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 自宅へ近づくにつれて、人の姿は大幅に減りつつあった。

 まだそれほど遅い時間帯ではないのに、猟奇事件が影響しているからか、十八時前であっても十分に遅い帰宅なのかもしれない。

 電灯が点き始めて道を十分に照らしてくれるも不安が次第に増殖していった。

 誰かにつけられてる気がする、角を曲がったら何かがある気がする、物陰に誰かがいる気がする、気がするってだけなのに不安は次第に恐怖へと上り始めていって、自然と駆け足になる。

 あと五分くらい、自宅までもう目と鼻の先だ。

 その時。

 その時だった。

 少し先のほうで電灯がチカチカと点いたり消えたりして寿命を訴えており、何かが動いていた。

 動いていたというより、引きずられていたと言ったほうが正しい。

 それはすぐに丁字路の右へと消えてしまったけど、人が何かを引きずってたようだ。

 結構大きかったな……引きずる音も何か不気味だった。

 こんな時間に何だろうと近寄ってみて、俺は異変に気づいた。

 赤い色。

 それも暗赤色。

 心臓の鼓動が激しく脈動した、これが、この暗赤色が何なのかを理解したからだ。

 引きずる音が鼓膜に届き、まだそれほど遠くない場所に何かがいるのを察知。

 手足が震えて、どうしようかと停止しかけた思考をなんとか稼動させた結果、俺は携帯電話を取り出した。

 警察に連絡、そう、それだ。

 でもどう説明すれば、それに待てよ。

 業者かここらの近所の人がただ赤いペンキを運んでいてその液が漏れてただけだったら、それで警察なんか呼んでしまったらただでさえ猟奇事件で神経質になってる警察を無駄に振り回せてしまうかも。

 ちらっと確認するだけでいい、ここらの塀は俺の身長より高いから物陰から覗き見るくらいなら相手に気づかれはしないだろう。

 引きずる音はまだ続いている。

 俺は、ゆっくりと足音を立てぬよう丁字路に近づいて塀に身を沿える。

 あたりには人の姿が無いのが不気味さを掻き立てて恐怖が身体を縛りつけ始めるも、ゆっくりと俺は覗き見た。

 視線の先の電灯は良好、おかげで相手の姿ははっきりと捉えれた。

 ぼろぼろの黒いレインコート、フードを深く被っていて横顔を一瞬確認できたが口元あたりだけが見えた程度、包帯で覆われていて特徴の一つすら掴めなかった。

 身長は俺と同じくらいの高くもなく低くもない、見たところ体格から男性。

 問題は何を引きずっているか、である。

 ことん、と何かが引きずっていたものからずり落ちた、ハイヒールのようだ。

 その時点で、引きずっているものが何なのかを把握するには十分だった。

 女性だ。

 二十代後半と思われる。

 頭から血を流しており、目は虚ろ、ぴくりとも動かないところからもう……。

 全身は、言葉では表せないような、あまりにも酷い状態で喉の奥から湧き上がるものを必死にこらえて、俺は震える手で携帯電話で警察に連絡しようと、慌てずゆっくりとボタンを押していく。

 たった三つだ、すぐに押し終えて連絡できる。

 コール音が鳴ってる中、様子を伺おうと視線をレインコートの男に向けた途端、心臓の鼓動は更に脈動した。

 レインコートの男は足を止めており、身体はこちらを向いていた。

 息が止まるくらいの恐怖が足元から這い上がり硬直。

 気づかれた?

 いや、気づかれてなくても逃げよう!

 覚束無い足取りながら、俺は道を引き返して兎に角走った。

 警察への電話はすでに通じていた、でも話をする余裕が無くて、かなり遠回りして自宅へと向かう。

 どれだけ走っただろう。

 呼吸は荒く、辺りを見回して誰もいないのを確認して自宅へ戻り、玄関でしばらく呼吸を整えていた。

 自分の部屋に入って、繋がったままの電話に気づいて俺はありのまま見たものを話した。

 しばらくして、あたりは騒がしくなった。

 窓から見える風景は、向かいや隣の家の住民がパトカーのサイレンを聞いて家を出て、一方へと不安そうに視線を向けていた。

 通話はもう切れていて、無意識に自分が電源を切ってしまったのかもしれなかったけどそれよりも外の騒がしさが気になった。

 誰かが階段を駆け上がる音。

 扉を叩く音。

 肩を上下させて盛大に驚愕、下手したら声をあげてたかも。

「部屋にいるわね! 近くでなんか大変な事があったらしいから絶対に家から出ちゃ駄目よ!」

 扉を叩いたのは母さんだった。

 まったく……びびりすぎだ俺。

「わ、わかったよ母さん」

 家から出れる精神状態ではない、今日はもう、部屋からさえ出たくない気分だ。

 次に母さんは瑞希の部屋に行ったようだ、靴はあったから事件を知らずに部屋で小説でも読んでるに違いない。

 家族の無事を確信して一先ず安心。

 でも、すぐに不安が押し寄せてくる。

 あいつは多分、今この街で起きている猟奇事件の犯人。

 もしも。

 もしも、俺が見ているのを気づいて、逃げる俺を追いかけて、俺の家を特定していたら……。

 いかんいかん、いらぬ不安に対応できなくなってる。

 ちゃんと誰もいないのを確認してから家に入った、静かにそっと。

 それに犯人は目撃者がいたとしてもその場を放っておくはずがない。

 あれだけ大量の血が残っていたんだ、誰かに見つかればすぐに警察が駆けつける、一刻も早く犯人はその場から去るのを優先するはず。

 ……大丈夫、だよな。

 その日の夕食はまったく喉を通らず、半分以上を残してしまった。

 母さんには申し訳ないな。

 部屋のベッドに倒れこみ、少しでも目を閉じるとあの引きずられていた女性とレインコートの男が浮かび上がってしまう。

 かも、かも、かも、と次から次へと浮かび上がる不安を拭い去ろうとテレビをつけて気を紛らわせ、眠気が来るまで時間を潰した。

 いい具合に眠気がきたところで、今日は電気をつけたまま眠ろうと、照明はそのままに。

 カーテンを閉めるために窓に近寄った。

 そして、硬直した。

 窓の外。

 家の前は近くの電灯で薄らと照らされていた。

 そこに、レインコートの男が立っていた。

 俺の部屋をじっと見つめ、しかし何かをするわけでもなくただただ直立。

 心臓の鼓動は激しく、呼吸も荒く、震える手でしばらくカーテンを無意味に掴んでいた。

 まさか、まさか、だ。

 家の前に、いる?

「嘘……だろ?」

 するとその時、部屋の照明が消えた。

 取り乱しそうになって、部屋を見回したが、一階から慌しい足音がした後に照明は復活した。

 なんでもない、ただの停電……。

 それよりも、だ。

 そっと、俺は窓の外を覗いてみる。

「……あれ?」

 そこにはレインコートの男の姿は無かった。

 周囲を見てみても人気は無い。

 ……きっと、きっと見間違いだ。

 ああ、そうだ、疲れてるんだ俺は。 

 今日は目が覚めた時から非現実的な事ばかりで、帰りには猟奇事件なんか目撃してしまったからな。

 逃げ込むように俺はベッドへ行き、頭から布団をかぶって早く眠れるよう祈るように目を瞑った。





 結局、昨日はほとんど眠れなかった。

 寝不足のおかげで瞼は重石でも乗せられたかのように重く、食欲は減退、中々箸が進まず気分は最悪。

 具合が悪いのかと母さんに心配された、顔色が明らかに悪いらしい。

 そりゃあ、猟奇事件なんか目撃したら青ざめた顔色はしばらく抜けそうにない。

 昨日の事、母さんに言っておくべきかな。

 不安や心配を与えるだけなのではと中々言い出せなかった。

「近いわよねぇ……」

 近い、とは。

 あれ、だ。

 朝のニュースはどのチャンネルも猟奇事件を報道している。

 その現場が映されているが見覚えのある場所。

 行こうと思えばすぐに行ける距離にある場所だ。

「とても怖いよん」

 にしては無表情、箸も止まらず平然と朝食を食べ続けているところから怖がってるようには見えないよ瑞希。

 しかしテレビも家族の会話も猟奇事件一色で嫌になる。

 溜め息をついて、朝食はほとんど食べ残して席を立った。

 靴を履いて覇気など欠片も無い動きで家を出て雲ひとつ無い青空を仰ぐも、普段ならば心地良い微風も相まって気分は高揚しただろうが、今日は一日中気分が優れる事は無さそうだ。

 向かいに住んでいる若い夫婦がいたので目が合った時に会釈。

 朝から家の外で何をしてるのかな。

 夫を優しく見送る妻、いつもそんな朝を迎えてるはずだが今日は家の前で表情を曇らせていた。

「不気味ねえあなた……」

「何、ただの悪戯さ」

 二人の会話が耳に入る。

 玄関の塀に何か悪戯でもされたようだ。

 ちらっと、その塀を俺は見てみる。単なる好奇心だ。

 でも、見なきゃよかったと、後から後悔した。

 そこには暗赤色、掠れ気味で、何かがついていた。

 ああ。

 ――手形、だ。

 それを見た瞬間、俺はレインコートの男が思い浮かんだ。

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