参
注文していたパフェがきたので彼女はそれを食べながら少しずつ話は再開されていった。
「信じてくれたかい?」
パフェが来る間、何をしていたかというと、彼女は俺に何度も触れて過去を覗き込んでは部屋が散らかっているなとか自分の部屋だからって退屈だなあと独り言はあまりよろしくないなど言われたい放題。
――信じてくれたかい。
その言葉、信じるしかなかろうに。
嫌というほど彼女の持つ力を証明してもらったのだから。
「もうわかったから、過去覗かないで」
俺の様子を見て面白がる彼女の顔は実にいい笑顔だった、憎たらしいくらいにね。
「さて、話を戻そう」
「そうしてくれるとありがたい」
「この手の話は詳しくないが、君は未来へタイムスリップしたけど一年二ヵ月後の自分を確認はしてないよね」
「ああ、見てないな」
よく未来にタイムスリップして未来の自分はどうしているかっていうのを見るっていう話があったな、一年二ヵ月後の自分……少し気になったけどいないのだから仕方が無い。
でもいないというのはどういう事だろう。
「ならば一年二ヶ月前から君はタイムスリップによって姿を消した事になってるのかも」
「でも周りは俺が昨日も普通に過ごしてたって言ってるんだよ」
「本当に君がいたなら入学式にもいたはずだ、机だって今日いきなり増えるはずがない」
言われてみれば確かに、辻褄が合わない部分があるな。
考えれば考えるほど解らなくなってくる。
「なのでタイムスリップさせて君が消え、騒ぎになるのを避けるために何者かがこの一年二ヶ月間、君がいると皆に錯覚、若しくは記憶の改竄でもしたのではないかな」
「そんな事できる奴もいるのか?」
「君をタイムスリップさせた奴がどこかにいて、過去の記憶を読み込める奴だって目の前にいるのだから不思議ではなかろう」
それもそうだな。
今の心境ならば指を使わずスプーンを曲げたり炎を出したり時間を止めたりする奴がいると言われたら信じられるな。
徐々に思考が適応してきてたので驚かなくなっている自分がいる。
「となれば、だ。相手は複数で身近な存在、机を用意していた事から同じ学校に通っている生徒か学校関係者の可能性が高い」
「複数?」
「錯覚、若しくは記憶の改竄を周囲に行った人物。人数は解らないが、兎に角複数」
ああ、なるほど。
「しかし何故君がタイムスリップさせられたのかね。何か恨まれる事でもした?」
「恨まれる事なんか別に何もしてないぞ」
何の目的で俺を一年二ヶ月後の世界に飛ばしたのか、恨みからきているのならば危機感を抱くべきかもしれないが恨まれるような行為などした誰かにした憶えは一切無い。
自分は誰かに突っかかったりするほど尖っているわけではなく、それほど人間関係は広くも広げようともしてないので恨みを買うような機会すら無いかな。
「タイムスリップされる前に誰か妙な奴に会ったとか、何かされたとかは? おそらく一年二ヶ月前に何かされたと思うのだが」
「まったく無い、昨日はいつもと変わらない一日で会う人も同じ。昨日どころかずっと何も変化のない日々を送ってて、目が覚めたらいきなりだ」
どこで何かをされたとしてもまったく身に覚えがないね。
「そうかい。普通さ、タイムスリップさせるなんてそれだけですごい。そうだろう?」
「……そうだな」
SFものでもタイムスリップやタイムトラベルは多くの本などがあるけど、それは本来現実ではありえない話で、現に体験してしまったのだからすっごいっていう表現で収めるにはあまりにも軽いくらいに、でも手っ取り早く表現するならやっぱりすごいでいいかも。
「それほど大事な用があるって事だ、ちょっと気になるね」
「大事な用ってなんだろう?」
「さあ?」
「でもどうすればいいんだ? 警戒したほうがいい?」
「なんとも言えないが、必ず君に接触してくるはずだ。会ったらその時考えればいいんじゃないのかな」
それもそうだけど、
「……会えたとして、用が済んだら一年二ヶ月前に戻れるのかな」
しばらく彼女は顎に指を当てて長考の後に再び口を開いた。
「現時点では何も解らないし何も言えない、何故一年二ヶ月後に君を呼んだのかなど様々な疑問はあるが今はただ高校生活を満喫でもすればいい。我武者羅に動いたところで何かを得られるとは思えないからね」
目眩を起こしてしまう、自分の置かれた状況を真面目に受け止めれば受け止めるほど。
話も済んだことだし、と彼女は手が止まりかけてたパフェを食べるという作業を再開。
俺は温くなってきたコーヒーを飲み干すまでは一分もかからない、話も終わって精神的に疲れたしすぐに飲み干して帰路に着いてしまおうと俺はコーヒーを喉へ一気に流し込んだ。
「急ぐ用は無いだろう? ゆっくりしていきなよ。コーヒーでも飲みな、落ち着くよ。あ、ケーキもいいかもね、美味しいんだよここのケーキ」
彼女はメニューを俺に半ば強引に渡してくる。
「……コーヒーでも頼むかな」
一番安いし晩飯前なのであまり腹に食べ物を入れたくない。
彼女は店員を引きとめてすぐさま注文、コーヒーは数分もしないうちに届けられたがその間俺はただ彼女の食事風景を眺めるだけ。
沈黙に締め付けられているものの、話題が思い浮かばず俺は溜め息一つ。
それにこちらから口を開く必要は無い。
俺に何か注文させようというその振る舞い、彼女は他にも話があるから俺を留めさせているはず、多分。
多分ってだけで、どうかは解らないけど。
今はパフェの完食とコーヒーが届くのを待つとする。
これで何も話が無いとか言ってきたらすぐにでも帰路に着くがね。
「ご馳走さまでした」
「いただきます」
彼女の完食と同時に俺はコーヒーを口へ運ぶ。
この香ばしい香りと丁度良い俺好みの熱さの、それに飲んだ時に口の中に広がる心地良い苦味と旨味が安らぎを与えてくれる。
それはこの小さなカップ一杯というひと時だけど、この与えられたひと時は十分に味わわなければ。
「よかったら」
彼女は、スプーンについた白いクリームを舐め終えてから、もう一度口を開いた。
「よかったら、君とはなるべく行動を共にしたいんだ」
「……どうして?」
やはり他にも話はあるようだ。
「タイムスリップさせるほどの特異者はとても興味がある、君の傍にいればきっとそいつを知れるからね」
「行動を共にって言われても……」
「なら言い方を変える。よかったら友達になろう」
「それはそれであまり嬉しくないな、ついでっぽくて」
俺との交流が目的ではなく、俺に接触するであろう特異者が目的とわかってるのだから。
「いいじゃないか、ついででも形だけの友達でも」
「とても悲しくなる」
「その悲しみを拭うべくケーキを奢ってやろう」
「いやいいよ、コーヒーで十分」
「遠慮するなよ、友達なんだから今日からお互い思う存分馴れ合おうじゃないか。ケーキの一つくらい奢ってやれる仲になろう」
「わかったよもう……ケーキ食べるよ、食べればいいんだろ」
奢ってもらってるというよりも奢らされてるという感じ。
特に食べたいわけではないけど、奢ってもらわなきゃ納得しなさそうなのでメニューを流し目で見て目に留まったショコラケーキを頂くとする。
「しっかしいろんな事があるものだ、タイムスリップとはね。一年ほど前から特に妙な事ばかり起きる、ああ、君は知らないか」
「そうだ、この一年二ヶ月間の……世の中の変化とかこの街の事でもいい、何か教えてくれない?」
最近話題になってるものとかニュースとか流行も知りたいな、兎に角周りに遅れを取らないようにしなくては。
「ふむ。一番に君が知っておくべき事といったら、この街での事件かな」
ショコラケーキが届けられ、俺はフォークを突き刺したところで手が止まった。
「事件?」
「最初は何だったかな、ああ――遺体消失事件だ。遺体安置所から遺体がいくつか消えたっていう妙なニュースから始まってね」
「ふぅん……変な事件」
わざわざ遺体を盗んで何をしたいのだか。
俺はケーキを一口食べて、窓の外を確認。
通行人は歩道にいた時よりもやや少なめ、橙色が目立ち始めて店内にその光が浸食し始めていた。
日が暮れるまでには帰るか――なんて口の中に広がるショコラの甘みを舌で転がすようにして味わいながら心の中で呟く。
「学校では皆話題にしてたよ、遺体を使って何か実験してる奴がいるんじゃないか、フランケンシュタインでも現れるんじゃないかってさ」
「はは、都市伝説なんかを好きな奴は想像を膨らませて楽しんでそうだな」
「確かに、皆面白がって想像を膨らませてたね。半年前まで続いてたけど、その後は猟奇事件さ」
「……猟奇事件?」
思わず手が止まる。
彼女は笑みを見せているものの、その目は笑っていなかった。
「一人目は腕を引きちぎられていたらしい、喰いちぎられたような跡もあってね、それも動物のものではなく人間の歯型」
「人間……だって?」
彼女は小さく頷いて、小さな溜め息をついて、再び口を開いた。
「二人目は足、三人目はわき腹部分だったかな。引きちぎられた部分は見つかっていない、食べられたのではという話もされている。襲われて生きてたのは二人だけ、一人は右目を突然取られて全身打撲、もう一人は左腕を吹っ飛ばされて持っていかれたとか。こういう話を聞くと、食べられたっていうのも、信じてしまう」
食べられた、って……。
「今でも続いててさ、今月はまだ起きてなくて最近はそれほど話が出なくなったけどね。事件の噂は広がって誰かがそいつを――」
彼女は言下に前のめりになって俺に顔を寄せて、
「食人鬼、と名付けた」
ケーキにフォークを刺したまま、手は――いいや、体全体が硬直していた。
「びびった?」
彼女はそんな俺の様子を面白がって小さく笑って体位を戻す。
「いや、その、はは……」
「ま、殺人鬼では盛り上がりに欠けるからそう名付けられたのだけどね」
乾いた笑いで強がりを見せた。
俺の顔を見て彼女はまた、妙な、正直ちょいとびびった俺の気持ちを把握したのか違った笑みを作っていた。
「それは、特異者とは関係あるの?」
「さあね、解らない。私は特異者についてはそれほど詳しくないから、でも中には人を喰う奴がいてもおかしくは無いかな」
そういうのなんていうんだっけ。
カニバリズム?
「ちなみにもう六人死んでる、犯人はまだ捕まってないから気をつけなよ。被害者は若い男女が多いらしい」
恐怖を煽るような言い方だ。
俺が怖がるのを見て楽しもうっていう魂胆かもしれないが、平然と俺はケーキを食べて見せる。
そんなのちっとも怖くないぜ、ほら、ケーキだってすんなり口に運べるっていう主張。
ケーキを食べ終えた頃には、店内に妙な変化があった。
まだ夕方真っ只中、日が暮れるまで一時間ほどはあるが店内にいた女子高生や若い客らが続々と店を出て行ったのだ。
「私達もそろそろ帰りますか」
それはどうしてか。
ああ、事件のせいかって連想するには少しだけ時間が掛かった。
さっき聞いた話だったから、まだ身構えが出来ていない。
彼女達にとっては一年も続いている猟奇事件、自分が被害者になる可能性もという不安があるから日が暮れての帰宅は避けたいのだろう。
店を出て、とりあえず俺は彼女を自宅まで送り届けようと彼女の帰路に合わせた。
送ってくれるの? と問いかけたので頷くと、彼女は嬉しそうに口元をゆるめる。
綺麗で可愛い人だと、一々浮かぶ感想。容姿とその雰囲気には惹かれるものがあった。
「一応、警察の巡回も強化されてね。夜間でも安全といえば安全だ」
人通りが多いところなら、と彼女は付け足した。
「それに今日は友達が送ってくれるのだから私は安全だね」
「いざとなったら友達を置いて逃げるかもしれないけど」
「中々酷いな君は」
「冗談」
「そうそう、他の変化といえばぱっとしなかったお笑い芸人が新しいネタで大ブームになったり、今年この街に新しい駅が出来るから工事が始まったくらいだ」
「そうか、あんまり変わってなくて安心したよ」
「あんまり? 違うね」
「え?」
「外観的にはそれほど変わってはいないように見えるが事件で街の雰囲気は大きく変わった」
事件……ああ、その点では確かに、大きく変わったのだろう。
昔から事件もあまり起きない平和で退屈な街だった。
猟奇事件だなんてこの一年二ヶ月間、街は物騒になったもんだ。
道路を走る車両の中には警察車両もいくつか紛れており、それほど速度はあげずに走行していて助手席の警察官は歩道に目を向けていた。
彼女の話を聞いてから、注意して周りを見れば街の雰囲気はかなりの変化が見られる。
歩道を歩いていても警察官とすれ違い、やや視線を上げれば監視カメラをいくつか発見、事件への警戒がはっきりと窺える。
息苦しさすら感じる街を抜け出してしばらく歩き、彼女の家に到着。
瑠璃垣、聞き覚えがあって当然だ。
目の前にはやや黒ずんでいるもまだ赤さを保っている鳥居、奥には神社が一つ――そう、ここは瑠璃垣神社だ。
祈莉の家が結構近くにあって、昔何度か神社の夜店でイチゴ飴や焼きそばを食べた思い出がある。
中学に入ってからは全然足を運んでなかったから、久しぶりに来た。
隣には一軒家が建っていて表札は瑠璃垣。
「送ってくれてありがとう、また明日」
「ああ、また明日」
そろそろ空も橙色が黒に染まり始める時間帯、猟奇事件の話なんて聞くんじゃなかったなあと一人で帰る事にちょっとした恐怖感が芽生え始めていた。
自分の帰路へと踵を返して、なるべく人通りの多い道を選んで早足で帰ろうと志す。
「……忘れてた」
歩くこと一歩目、彼女の言葉が背中に届き、踵を返したばかりではあるが振り返る。
「携帯の番号とメルアド、教えてくれない?」
「いいよ、ちょっと待ってて」
まだこの携帯の使い方は覚束無いもののなんとか連絡先を交換できた。
「もしもタイムスリップさせた特異者と出会ったら連絡してくれたまえ」
「解ったよ」
その特異者と出会ったら、どうなるのか予想も出来ないけど俺の願いは一つ、元の時間に戻して欲しいって事だけだ。