フラグの立たない勇者様3
剣の訓練を終えて、与えられている部屋に戻ると、浴室に湯を張った大きなタライが置かれていた。
俺の部屋には風呂はない。日本ほど湿度がないせいか、毎日風呂に浸かる文化がないようだ。
初めて俺の専属につけられた従者のティリティアは、何度言っても背中を流す気でいるらしく、一人でできるとやんわり伝えても毎回
「大丈夫です!従士の仕事ですから!」
と、そう言ってきかない。
「俺が恥ずかしいんだよ。」
そう言うとようやく、ちょっと顔を赤くしながら浴室から出て行く。
「勇者様ー、お湯の加減はいかがですかー?」
ドアの向こうに適当に声を返しながら、俺は一日の汚れを落とす。
剣の訓練は、最近毎日の日課にすることにした。本職の屈強な戦士に囲まれて、俺だけなんか部活動レベル。
これまでの勇者ってさ、1を知り10を得るって言うか、すごい勢いで成長したらしいよ。
一番軽い練習用の剣をプルプルしながら振り回すような勇者は見たことがないと、樫の木のじいさんが話していた。
あ、こっちの木はモノによっちゃ喋る。びっくりするよ。
本職の騎士様方の手を煩わせるのは申し訳ないので、俺の従者であり、手におぼえのあるティリティアが相手をしてくれるようになった。
ティリティア小さくて細いのにね。ちょっぴり情けないよね。
でもティリは人間と比べ物にならないほどの力を誇る、戦闘民有角族だ。子供の遊び以下の俺とは地が違う。
ようやく手足の痺れが取れた頃、浴室を出るとティリはいなかった。
食堂に行ったのかもしれない。
こっちにはスポーツドリンクなんてないから、運動の後スープを食べることが多い。
ティリティアはくるくる良く動き、気が利き、いつも元気だ。
ふわふわで桃色の髪、くるりと螺旋を巻く白い角、くるりと大きい金色の瞳も可愛らしく、健気でかわいくて甲斐甲斐しくて…
なのになんで…男の子なんだろう…
あ、ちょっと涙出てきた。
いやいや男の子だからダメってわけじゃないんだよ!
こっちきてから同年代の友達っていなかったしさ、前につけてもらってた、肩書きは従騎士だけど明らかに護衛だった、屈強な中年男性に比べたら気易いし!
…でも…純粋に好意を向けてくれた可愛い女の子が本当は男の子でしたって言うあの瞬間の衝撃がね…
ちょっと泣きそうになりながらも、今日の本にざっと目を通す。
元々本を読むのは好きだったから、読むこと自体は苦にならない。
3冊積み上げられた本のうち2冊が、世界中の様々な民族の風習や風俗に関するものだった。
中二設定、ファンタジー小説、ゲームブックの設定資料と軽く見てはいけない。
これは命を守るための知識だ。俺は身をもって知った。
主だった種族の風習だけなら少し解るようになった今、
俺は、エルフの里で殺されなかったのが不思議なくらいだった。
すべてはあのイケメンが悪いと思う。
全裸で地雷原に放り込まれたようなもんじゃねーか。
でも、ちょっと解らんでもない。勇者はまず、その手と足で情報を得るることを学ばなきゃいけない。
暗黒の世では、情報を与えてくれる相手が翌日には国ごと滅ぼされていたりするのが日常。
情報よりも、自分で情報を得る知恵と力をつけさせるためなんだろう。
身をもって理解させるために、ハイエルフの地雷を踏みぬかせることも厭わず……
……やっぱあのイケメンが諸悪の権現じゃねーかよ!ボケカス!
餅を喉に詰まらせて死ね!
でもまあ、たしかに効果は絶大だよ。
必死に勉強するもん。無知は死。ばっちりトラウマ。
女王陛下付きの女官に、背が低めで緑の髪のエルフいるんだけどさ、急に現れるとちびりそうになる。
コンコン、とドアを鳴らす音がして、続いてティリの声がする。
「勇者さまー、お客様ですー」
だらしなく転がっていた所を座りなおし、返事をするとドアの開く音と共にティリが入ってきた。
それと後ろについてきたのは
?!!
「勇者様!違いますよ!エルヤ様じゃありません!お気を確かに!」
「……エルヤ様じゃ…ない…?
……………はっ!」
緑の髪の、女官?
「ラーナにございます、勇者様。」
緑エルフの女官は穏やかに微笑みながら、礼をする。
俺は無意識に土下座をしていたらしい。
床冷たい。反射的に額を床に擦りつけていたのかひりひりする。
一応俺勇者だからさ、椅子に座ったままで迎えても非礼にはならないらしいのに。
ラーナは女王陛下付きの女官だ。何も用事がなく部屋まで来ないだろう。
そう思っていたら案の定、イケメンからの伝言だった。
あのイケメンの言うことは神託って言うらしいよ。
ありがたーいものだから、ちょっとした伝言も下級の役人に任せられないんだってさ。
そんな大層なモンでも無いだろうに面倒くせえよイケメン。
「今すぐ、神託所までいらしてください」
「やだ」
これもまた反射的に言ってしまってから、ティリの泣きそうな顔を見て撤回した。
ラーナはくすくすと笑いながら、退室していく。
くそう。何が面白いんだ。俺のトラウマを抉っておいて。
「勇者様、神様から直接お言葉を賜れるなんて光栄じゃないですか」
優しくかけられたティリの言葉も、何の慰めにもなりそうにもない。
イケメンのことだから、きっとまたろくでもない地球の食いものにについて聞きたいとかだろう。
そうじゃなければ、勇者を迎えにきた使者がやってきたかのかもしれないな。
…今度行く国は、かわいい普通の女の子がいる国がいいな。
もういいよ顔の美醜は。やさしくて愛嬌がある女の子なら文句は言わない。
「お前明日からユニコーンの森」
ユニコーンの里って女に近づくと刺されんじゃねーかイケメン!
お前が刺されろ!
ピンクの髪って、王道ヒロインっぽくていいよねという話。
ティリ君は有角族なのであと1年ほどで幼年期が終わり、一気に筋骨隆々の大男に成長する予定です。
とか色々考えながら書いて推敲すると勢いがなくなって違う感じになるのでとくに直しもせず投稿。
別物になった話の一部を活動報告に貼り付けておきます。