「それ」に気が付いて
「なんで?ログアウトできないよ?」
ゴンザが可愛らしく首をかしげる。
翼を広げた鷲のような堂々とした胸毛を持つモヒカンマッチョのその仕草に、コウシもみなみも目を背ける。
メニュー画面から。
音声で。
どちらでログアウトを宣言しても、受け付けられない。
「ログインも、たぶんできてないんだよね?」
「なんでサ?」
みなみが顎に手をあてて天を睨みながらポツリと言うと、†イノウエ†が即座に理由を尋ねる。
「うん、そもそもコウシさんが言うように、間違ったキャラに接続されたって言うなら、ログインサーバーに異常が起きてるわけだし。それにさっきマジ・バズ喰らって落ちた弓使いのアリアさんが、復活地点で湧いて来ない。これ『セーブ地点から復活』ってしようとしてそのまま弾かれたんじゃないかと」
「あと、いつもならこの時間もっと賑わってる…よね。いくら始まりの村とは言え、プレイヤー少なすぎる気がする」
光司もログアウト・ログイン共に不可な証拠をあげるが、とりあえず何にでも反論したい†イノウエ†は、ここにもなんでと言ってみる。
「なんでだよ、少なすぎはしないだろ。さっきまで5人居たんだから。キャラ作り直し以外ではこんな村来る奴いねぇって」
「じゃ、お前はなんでここにいるんだよ」
光司が突っ込むと、
「金、稼ぎたかったんだよ。普通の魔法士なら一撃で倒せる敵を狙って行けばいいんだけど、俺ってタンク仕様だから確殺できなくって回復薬で赤字になるんスよ。
だから村人狩りでパンと包帯集めて売ろうかと。料理スキルとかのクエストで使うから、何気に需要あるんッスよ?」
少し得意げに語る†イノウエ†だが、あまりの効率の悪い稼ぎ方にみなみが呆れる。
光司とゴンザは、NPCとは言え村人狩りという単語に少々引く。
が、パンという言葉を聞いて思い出す。
ログアウトできないと食事ができない。
ヘッドギアをかぶって完全にバーチャルな世界に没入している間は、意識の無い肉体は完全に抜け殻状態だ。
トラブルを防ぐ為に、痛みや振動、飢えに乾きに寒さや熱さ。そういう「不愉快感」を感じるとアラームが出るようにはなっているのだが…
光司はどうせ長時間遊んでいると親が怒るのがわかっているので、時間制限式のアラームにして、飢えなどによるアラームを切る設定にしている。
食事の時間になってもゲームを辞めない光司に怒って、メシ抜きにはされるだろうが、ヘッドギアを引っこ抜いてまで叱りはしないだろう。親はゲーム機器に疎いので一日くらいでは怖くて強制切断は出来ない気がする。
さらに、その場合は学校を休む事にもなりそうで、後でこっぴどく叱られるのも気が重い。
それを告げると、三人も生身の体の心配を口にする。
「俺は……ヘッドギア抜かれるとかは無いな。メシも部屋の前に置いておけって言ってあるし。食べてなければ下げられるだけ。何日かそのままだったら心配はされるだろうけど。されるかな……仕事とか学校とかそういう面倒なのも無いし、ログアウトできないとずっとこのままかもしれん」
みなみはさりげなく引きこもりニートのカミングアウト。
「俺は近所で一人暮らししてる兄貴の家に遊びに来てログインしているから…わからない。そもそも家族に言って来てないから、兄貴が気付いてくれないと、やばい。中学もどうせ行ってないからいい……」
†イノウエ†は義務教育で不登校。
「私は普通に起こしてくれると思うけど、旦那が出張中だから明日まで帰ってこない。
明日の夜になったらたぶん救出されると思う。
リアル電話番号とか教えてくれたら、ご家族に連絡してもいいよ?」
「旦那ってあんた主婦だったんすか!」
「まだらぶらぶの新婚なんですよー」
両手で顔を覆って照れるゴンザは、アバターこそキモいものの、中の人は女性宣言。
「明日の夜かぁ。ゴンザさんに電話連絡して貰って強制ログアウトはできるとして、まぁ大惨事だな」
「俺はペットボトルがあるから平気」
「俺は兄貴にぶっ殺されるな」
何の事かわからないと言った表情のゴンザだが、問題のアラームが表示されたのか、急にハッとした表情になる。
「えーと。皆さんが危惧しているのもがわかりまして……」
「わかりましたか。ご愁傷様です」
「元気出して下さい」
「新婚おもらしプレイ、キタコレ」
最悪なコメントの†イノウエ†は放っておくとして、みなみとコウシは二人でゴンザに両手を合わせる。
「いやーーーーー!アラームの点滅が速くなったーーーっ!」
そう。ログアウトできないと困るのは食事だけでは無い。
不愉快感アラームは尿意にも反応する。
「うわぁ。アラーム消えた……あぁ。あああああああああ」
「本当にご愁傷様です」
「そのアラームは切ってるんだが、俺もなんかアラームでたな」
「俺ももうアウトです」
半日以上ログアウトしないプレイヤーはそれなりの対策を取るらしいが、みなみ以外の3人は全滅だろう。
少しログアウトするのが怖くなった光司だった。
うん。
ずっと気になってたんですよ。
ゲームの中に入っちゃう系って、この点どうなってんだろって…