敵が片付いて
一同は宿屋の二階から降り、開いた扉の前で準備を整える。
「じゃ、行きます。範囲魔法のノックバックで少し追い払えるんで、その隙に表に出てBOSSやっちゃって下さい」
†イノウエ†は、右手に生成したばかりの『隠者の杖』を持って知力と体力を底上げし、火炎耐性を上昇させる『火鼠の皮衣』と、火炎による攻撃を行った際に発生する状態変化の炎上の発生率を上げる『孔明の冠』をアイテムボックスから取り出して装備する。
靴や装飾品はNPC商人から購入した一般装備だったが、自爆戦法という戦い方だけに限って言えば、ほぼ完成した装備と言える。
気負いのない、ふらりと散歩にでも行くような歩きかたで、ゴブリンの群れの中に†イノウエ†が出て行く。
実際、体力特化である上にそこそこレベルの高い彼は、変異種・族長ゴブリンの攻撃以外ではさほどのダメージを受けない。
まっさきに†イノウエ†をターゲットとして認識し、正面から突っ込んで来たゴブリンを、詠唱時間・硬直時間共に少ない単体攻撃魔法『マジック・トカレフ』でノックバックさせ、その隙に範囲攻撃魔法『グレネード』を詠唱する。
耳をつんざく轟音が響き、10体以上のゴブリンが吹き飛ぶ。追加効果の『炎上』を受けたゴブリンは、燃えながら地面を転がり、数秒後に入った追加ダメージでHPを空にして消滅した。
一撃で倒れる事の無かった残りのゴブリン達は、†イノウエ†を敵として認識し、一斉に襲いかかる。
その中央で、†イノウエ†は尻もちをついて自分の受けたダメージに驚いていた。
「げほっ。なにこれ……痛い?!」
本来、ゲームである『空想世界ゲートワールド』では、斧で斬られても巨大な獣の角に貫かれても、軽く叩かれた程度の痛みしか感じない。
それは「ダメージを受けましたよ」という事を知らせる信号としての意味しか無く、本当に痛みを伝える必要は無いからだ。
ダメージの程度は、視界の下の方に表示されるメッセージログに数字として表示されるだけ。
しかし、†イノウエ†は間違いなく激痛を感じていた。
知力の低い†イノウエ†の魔法攻撃はダメージが低い上、†イノウエ†自身のHPが多い為に相対的にダメージは低い。
もちろん、本物のグレネードを至近距離で喰らったら、痛いどころの話ではないはずだが、自分の魔法では痛み自体感じるはずがなかった。
けれど、今、実際に痛い。痛い物は痛い。
その「本来あり得るはずの無い痛みを受けた事の疑問」と、純粋に「ただ痛い」事が彼をパニックに陥れた。
「う、うわあぁぁ!」
事前に決めた作戦も何も無く、石斧を持って押し寄せるゴブリン達を近寄らせない為に移動阻害魔法『サプレッション・ファイア』を掛ける。
杖の先端から噴き出る魔力の弾丸を広範囲にばら撒いて、濃密な弾幕が張られる。それを避ける為に身体を伏せたゴブリン達はそのまま動く事が出来ない。
「まずい、あんな魔法使ったらあっという間にMPが空になる!」
悲鳴を上げながら魔法を止めない†イノウエ†を見て、状況を理解したみなみが駆けだす。
魔力がきれて移動の自由を取り戻してしまえば、数に押されて一瞬でHPを削られ切ってしまうだろうが、幸か不幸か族長ゴブリンを含めたほとんどの敵が動きを止めている。
作戦とは違うが、千歳一隅のチャンスでもあった。
体力-知力型のみなみは攻撃力が完全に欠けている。攻撃を行う気は全然ないキャラクターだったので、スキルも支援型。それでも、当てれば通常のゴブリンを一撃で消し飛ばす威力の『屠竜』を手にしている上に、いくつものキャラクターを使いこなしてきたプレイヤースキルは有効だった。
ゲートワールドでのダメージ判定は『武器の攻撃力+筋力依存の乱数』で決まる。
この『筋力依存の乱数』がクセ者で、武器を当てた時に真芯に捕えていればダメージ幅の上位に補正が掛かる。
つまり、武器攻撃力+1~10までのダメージのばらつきがあるとして、うまく当てれば常に+10のダメージを与える事も出来る。
敏捷値で武器を振る速さは変わるとはいえ、当てる技術は完全にプレイヤーに依存する。
みなみは、この点を逆手に取った。
もともと筋力の低いみなみは与えるダメージボーナスの幅が狭い。ならばうまく当てるのを放棄する。
かすっただけでも最低ダメージは与えられる。
ならば、剣を突き出したまま軽く当て、相手の攻撃は半身ずらして回避する。
これぞ、40年以上前から伝わるゲーム技術『半キャラずらし』の秘技だった。
そして何より今は、攻撃力547の屠竜を持っている。最低ダメージですらゴブリンをオーバーキルするのに充分だった。
みなみは、剣を振る事すらなく斜めに下げて、ゴブリンの中を駆け抜けた。
みなみの通った後に空白が生まれる。
「ゴンザ!コウシ!数を減らせ!」
みなみの叫び声を聞いて、二人も弾かれた様に走りだす。
小学生が鉄の柵を傘で鳴らすように、ゴブリンの首をぽぽぽぽ~んと刎ねて行く。
目指すは薄汚い緑色の肌をしたゴブリンと族長ゴブリン達の中にあって、ただ一匹の色違い。
青い肌の変異種・族長ゴブリンの目の前に3人がたどり着いた時、†イノウエ†のMPが尽きた。
突如訪れる静寂。ゆっくりと身を起こす変異種・族長ゴブリン。周囲の族長たちも身体を起こし、巨大な石斧を構える。
群れの中で孤立した3人はなすすべもなく死ぬのを待つばかりかと思いきや……
全てのゴブリンは、3人を無視してそのまま†イノウエ†に向かった。
一撃で粉砕している3人よりも、敵対的な魔法をかけてきた†イノウエ†の方を脅威度の高い敵とみなしているようだ。これはモンスター達はパーティを組んでいるわけではない為と思われる。
みなみは、武器を失い攻撃力の低下した状態なら一撃で落ちる事は無いと判断し、変異種・族長ゴブリンに対して、スキル:『武器落とし』を仕掛けて成功、大きく攻撃力を削ぐ。
ゴンザが変異種の首に一撃を当てる。続いてコウシが腹を刺し、筋力に10のステータスを振っているコウシがレベル1にも関わらず一番攻撃力が高い状態らしく、変異種の攻撃はコウシに集中する。
折れた石斧とはいえ、一撃で8割のHPを持っていかれるが、こちらにはアイテムボックスを埋め尽くすエリクサーがある。
受けたダメージが実際に「痛い」と感じる事が奇妙に感じるが、ログインしたばかりの時から違和感はあるので、とりあえず今は置いておく。エリクサーさえ飲んでしまえば痛みは消えるのだ。
攻撃、被弾、エリクサー、攻撃、被弾、エリクサーを繰り返し、変異種・族長ゴブリンの攻撃を光司は自分に留め続けた。
回復が遅れてしまえば終わってしまいそうなダメージの中、振るいあげた折れた石斧の下を潜るようにしてゴンザが脇の下から心臓に向けて剣を抉り込む。
そのクリティカルダメージでHPを削り切ったらしく、変異種・族長ゴブリンは悲鳴一つ上げずに爆散して消えた。
同時にゴンザとコウシの頭上に花火が上がり、やたらと荘厳なファンファーレが鳴り響いた。かなり煩い。
「よし、大元は片付いた。後ろのを数減らそう」
BOSSを倒した感動もそこそこに、みなみが背後を指さす。
そこには、地面に倒れたままゴブリンの群れに囲まれたまま殴られ続ける†イノウエ†の姿があった。まるで餅つきみたいになっている。
†イノウエ†自身はさすがは体力特化と言った所か、たいしてHPは減っていない。
囲まれている†イノウエ†を救出し、エリクサーを飲ませて落ち着いてしまえば、雑魚の群れは範囲攻撃魔法『グレネード』であっという間に殲滅した。
†イノウエ†はなんで早く助けてくれないんだとか文句を言っていたが、ダメージ通知信号の強さに驚いてパニックを起こしたのは彼なので、特にフォローもされず。
「じゃ、適当にレア装備とかユニークアイテムの番号見てきますね」
そう告げて、みなみがログアウトする。
しようとした。
「あれ?」
みなみの身体が消えない。メニュー画面からログアウトを選択しても、音声入力で宣言してもゲーム外に離脱できない。
気が付いた†イノウエ†とゴンザも同様に試してみる。
間違いない。ログアウトが出来ない。
今回のクソゲポイント:「敵のレベルが少し上がったら攻撃力がめちゃくちゃ上がってる」