出来る事について
パシッと何かがはじける感覚の後、『始まりの村』の見慣れた景色を目にして、光司はゲートワールドへのログインした事に違和感を覚えた。
おかしい。
普段は、新しいキャラクターを作成した時には、無駄に壮大なストーリーのムービーが流れて、スキップもできないはずなのに。
今回はそれが無い。
「108体の封印された悪魔王がどうしたとか、精霊の加護を受けた伝説の武器がどうとか、ゲーム内容に大して絡みもしない10分のムービー。結構好きだったんだが」
GMアカウントだからかな?
そう思い、光司は特に気にする事も無くゲームに集中する。
のどかな……というには余りにも荒れ果てた村の景色。
焼け落ちた住居や切り倒された街路樹、その前にぼーっと立っている虚ろな目の男が見える。
街中の重要施設以外のオブジェクトが破壊されているのはいつもの事なのだが、昨日までとは違ってやけにくっきりしている。
解像度が上がったというよりは、テクスチャが別物になったように思えた。
まるで、ゲームでは無く現実世界のようだ。ぜんぜん区別がつかない。
光司が人差し指で、虚ろな目の男を指さしてカーソルを表示させ、軽くクリックすると、男の頭上に『村の案内人:アンディ』と表示された。
「こんちゃ」
「ここは『始まりの村』です。冒険者のみなさんようこそ」
NPCへの会話は内容はなんでもいい。そっちに視線を合わせて、一定距離内で声を出せば話しかけたと認識される。
特定の合言葉などのフレーズに反応するNPCもいるが、案内人の場合は『場所』とか『教えて』という単語と村の施設の名前が入っていれば地図上にマーカーを付けてくれるだけだ。
それ以外の音声には同じ返答しか返さない。そういう役職のNPCだ。
「こんな死んだ鮪みたいな目してたっけなぁ」
その案内人アンディをしげしげと見つめ、光司は思わず独り言を漏らした。
「そりゃ目の前で、毎日新しい冒険者が湧いてきて、自分や家族に向かって魔法の試し打ちとかしてきたら、こんな目にもなりますよ」
「うわっ!喋った!」
決められた事しか話さないはずのNPCが、自分の言葉に反応して返事をした事にびっくりして、思わず尻もちを着く。
光司は違和感がだんだん大きくなってきている事を感じる。
今触っている地面の湿った感覚。打った尻の痛み。そしてアンディの酷い口臭。いつものフィルターが掛かった感覚とはまるで違う。
GMアカウントだとこんなにリアルな表現なのか?なんで?
「あんた……冒険者さん。俺の言葉聞こえてる?セリフ以外の言葉聞こえてたら、メシ食わせてくれないか。腹へって死にそうなんだ、死ねないけど」
案内人アンディがか細い声で絶望的な事を呟く。
「聞こえてるけど。なんで?」
なんで腹減るの。なんで死ねないの。なんで喋ってんの。なんでアンディさん殺意を込めた目で俺を見るの。
いろいろな「なんで」を全部省略して、ただなんでとだけ聞いてみる。
「決まってんだろ。俺は『案内人』で、ここに場所固定されてるから歩けないしダメージも無効化されてんだよ。飯食いに家に帰る事も出来ないから、冒険者が居ない隙に妻が飯を運んでくれてたんだ、今までは」
「じゃあ、その奥さんは?」
「さっき、『†イノウエ†』って魔法士がLV5マジック・キャノンで吹き飛ばしてった」
まさに無法地帯。
「俺ら村人って『ふつうの服』をドロップするからさ。布を加工して包帯作りたかったんじゃないか?」
いや、確かにガードの居ない『始まりの村』ではモンスター倒すより安全に村人から装備剥いでいくのは普通にしてた事だけど。
される側の村人の意見を聞いてしまうと、世紀末覇者に秘孔突かれるモヒカンの悪人以上の酷い事してるみたいだ、俺らPCって。
光司はちょっとだけ罪悪感を抱く。ホンのちょっとだけ。
「俺の妻の『村人:ベス』は服だけじゃなくてパンもドロップするからさ。リジェネレートされてるのを見つかるとすぐ狩られるんだよね。明日になるまで湧かないからさ、それまで俺も飯食えないってわけ」
「なんっつぅか。シュールですね」
「うるせぇよ」
普通のNPCは、ゲーム内の時間の流れに応じて寝起きし、移動し、多少はランダムにも動く。
だが『村長』や『武器商人』『案内人』などの役職を持ったNPCは勝手に動かれると不便なので移動しないようになっているのだ。
HPも固定されているので死ぬことも無い。
イベントの関係上、アイテムを渡したりする事もあるので、アイテム譲渡や攻撃の対象にも出来るのだが、クエストでも無いのにそんなことするPCは居ない。
「えーっと。すいません、俺出来たてのキャラなんでまだパンも持ってないんです、ごめんなさい」
「ちっ!」
アンディの壮絶な日常に気押されてしまい、謝りながら逃げる光司。
背後から聞こえた舌打ちが心に痛い。
作ったばかりのキャラクターだと、ホントに何も持っていないはず。村で初歩的なチュートリアルクエストをこなして、初期装備や消耗品を手に入れるのが本来の流れなのだが。
GMアカウントなんだし、全アイテム無限で持ってたりしないかな?と期待して、光司は指で空中に四角形を描いてメニューウインドウを呼び出す。
使い勝手の悪い並び方をしたメニューの中からアイテムボックスを選び、オープン。
<使用できるアイテムがありません>
言わなくても分かる事を表示するポップアップメニューが、視界を塞ぐ。前が見えない。
相変わらずの評判の悪いユーザーインターフェースにうんざりしながら、光司は落胆する。
「やっぱりないか。そんなに話はうまくない」
しかし、出来の悪いウインドウの端に見慣れない項目がある事に気が付いた。
……
□能力
□装備
□アイテム
□情報管理画面
□GMメニュー
GMメニュー!これだ!
鼻息を荒くしながら、GMメニューを選択する。
□ 不可視モード
□ 広域メッセージ
□ クリエイト
□ ジェネレイト
□ バン
□ NPC役職変更
カタカナってのがなんだかマヌケだが、そういう所がこのゲームらしいともいえる。
とりあえず不可視モードと広域メッセージはなんとなく意味がわかるので、他のを使ってみよう。
クリエイトとジェネレイトってのはどう違うんだろう?
<create: 生成するアイテムの番号と名称を入力して下さい>
「ちっ!」
今度は光司が盛大に舌打ちした。
クソゲーの条件ってなんなんでしょうね。
不親切とか難易度が高いだけではクソゲとは言えないと思うのですが、
操作感がイライラするのはかなり高得点だと思います。
今回のクソゲポイント:「ムービーが長い上に飛ばせない」「メニューの並びが使い難い」