バグ利用なんて言ってもこんなもの
こ、これまでのあらすじ:デスゲーム脱出のお約束という言い訳でボス狩りなど楽しんでいたら、以前倒したPKが追ってきたみたい。
「マップに赤く表示されてるってことは戦闘したことがある相手ってこと?」
「だね」
ちょっと小首を傾げて頬に手を当てる筋肉大男にも慣れて来たのでキチンと目を見ながら優しく答えるみなみ。
このゲームでは犯罪値を溜めると名前が赤くなり、街に入ると衛兵に攻撃されるようになる。とはいえ、衛兵は武器をドロップする為率先して狩られており、大抵の街では姿を見かけることは無いのだが。
名前が赤くなる以外にも、被害者側プレイヤーのマップにも表示されるようになり、避ける事も復讐する事もしやすくなる……という事になっているのだが、あまり機能していない。
犯罪者がマップ上で一目でわかってしまえばスリルを欠くという事で目視するまでは表示されないという犯罪者に優しい仕様になっている為、機能した時には再び戦闘になっているというクソ機能になっているからだ。双方に何のメリットもないあたりこのゲームらしい機能だった。
「そうっスね。今日会ったPKの生き残りでしょうね」
「いやいや、死に戻ってログインして追ってきたのかも」
ゴンザさんの期待は、普通に死んで無事にログインもできましたという作者的にはエタる以上に避けるべきエンディングなので地の文で否定しておきます。それはない。
「無いと思うけど確認してみようか。名前だけ見てログの中にあるかどうかだけ」
「生きてて逃げたのは悶絶丸さん?」
「あと後衛でボブ彦とかは死んでたな」
「フェイが倒したのはログにでてないからわからんな」
コウが増やしたレンガを、みなみの指示に従って三人がかりで積み上げる。入口付近のネコがポップする場所と扉道場くらいしか名所の無いダンジョンである。ボスまでの最短経路ならともかく、それ以外の場所の地形を覚えているようなプレイヤーはそうそういないだろう、というみなみの判断であった。
「ドンドン積んでって。PKさん一直線にこっちきてる」
「上に乗った時に転ばない様にしろよ、あぶないから」
レンガを積み上げて壁を作り、地形を誤認させてやり過ごす。ゴンザさんが提案したのはそんな案だった。穴を掘ったり壁を作ったりするのはこのゲームでは一般的な事だが、コウはその上を行く案を出した。
階段にレンガを積み上げて平地に変え、敵が乗った所で下段を破壊して落とす。墜落死トラップだ。
これを聞いたみなみが、さらに酷い手を付けくわえて最終案とした。
「みなみさん、これってあの有名なバグッスよね?」
「バグを上手く利用するんですか……? 大丈夫なんですか、いろいろな意味で」
いろいろな意味で。大丈夫、パクリじゃない。
岩などのオブジェクトの上で転倒し、同時に下のオブジェクトが壊れた場合に発生する現象がある。
壊れて何も無くなったはずの場所の上に立ちあがるという、通称スカイウォーカーバグと言われる小技がだ。
これを利用すると、こんな事が出来る。
1、足元にアイテムを置く
2、置いたアイテムの上に登る
3、足元のアイテムを破壊と同時に自身が転倒する
4、1から3を繰り返すといつまででもはるか高みへと昇り続ける事が!
足元の破壊と同時に転倒するのが難しいと言われていた時期もあったのだが、椅子やスイカなどの爆発物が実装されてからは、上に乗って蹴る事で簡単にこの何も無い場所に立ちあがるバグが再現できるようになった。
地上でモブの攻撃を受けない高い位置に昇るという使い方をすれば有効な様にも思えるが、真下への攻撃手段は少ない。遠距離攻撃ではほとんど存在しないと言われている。
爆弾などを落とせばいいと思うかもしれないが、置いたのと同じように自分のいる高さと同じ高さに落ちるので戦闘が不可能になる恐ろしいバグだ。
リログすれば治るので、特に問題視もされておらず、初期からあるバグの癖に対処もされていない。
リログすれば治る。そう、ログアウトが出来ない今の状態に置いては、ハマりと言う致命的な状態異常と言える。これをPKに対して仕掛けてやろうと言うのがみなみの考えたPK迎撃用の罠だった。
「よし、そろそろ来るぞ。さがって!」
みなみの指揮で爆発に巻き込まれないよう距離を取る。特に意味があるわけでもないが息をひそめてその時を待つ。
「おいてめぇら、さっきは良くも」
「起爆!」
PKらしき人物がコウ達のいる部屋に入った瞬間、轟音が唸り爆音が炸裂する。
今回使った爆発物は『ダイナマイト』主に自爆に使われるアイテムだ。さすがに本職の爆発物はスイカや携帯電話とは桁違いの爆発力を見せてくれた。
煙がはれると、苦労して積み上げたレンガは一つも無い。数十段の階段を途中から平面の床に変えるだけの量のレンガを一気に吹き飛ばしてポリゴンの破片に変えてしまった。ついでにキャラクターの姿も無い。
「しまった。バグとか関係なしにPKさん吹き飛ばしてしまった」
「ダメじゃないッスか」
呆れたようにみなみを見下ろすイノの頭上に、紅い革鎧を纏った蛮族風の姿が現れる。
何らかの方法で隠れたのか回避したのか。爆発のダメージは受けていなかったようだ。
「お前らさっさと」
「伏せろイノ!」
紫色のオーラを滲ませるハルバードを大きく振りかぶった蛮族風の男……PK悶絶丸は、伏せたイノに攻撃が届かず、ようやく自分の身に起こった事に気がついた。
「おい、なんなんだこれ。なんでお前らこんな……」
「よし、成功!お前の高さからは扉を通る事が出来ない。それどころか、階段に登っても常に正しい地上の高さより上にいるお前は天井を壊さない限り上の階に入れない。俺達を逆恨みするのは勝手だがもう追って来れないからな!」
「当然、上の階の階段周りの床には『耐久度上昇ワックス』使っとくッス!」
「ついでに少し上にいるNPCは衛兵に転職させとくから頑張って逃げろ?」
「すいません、死ぬよりはマシだと思うのでおとなしくしてて下さい。ログアウトできたら知らせに来ます」
それぞれ、言いたいだけの捨て台詞を言うと、それ逃げろーとばかりに階段を駆け上がって撤退する。悶絶丸は完全にバグに掴まり封印された状態と言える。この状態で、もし再遭遇したならば、ログアウトができているという証拠になる。
いくらゲームしたまま死ぬのが本望なみなみと言っても、ログインしたまま出られないゲームのお約束とも言える、「ゲーム内で死んだら本当に死ぬ」という常識が怖くないわけではないのだ。死ぬ以外の方法で安全にログアウトできて、その後もゲームができるならその方がいい。
そんな事を考えてとった生け捕り作戦だったのだが、予期せぬ方向に事態は転がって行く事になる。