理想のヒキコモリ生活
村娘フェイ。
ゲームとしての扱いはペットと同じで、ただ連れまわすだけのキャラクターであり、自分の主が攻撃を受けた場合は自動的に反撃を行ったりもする。
実は命令をすれば、殺されても一切戦闘行動を取らない『死ぬまで待機』モードと、攻撃のおそれのあるMOBを自動攻撃する『先制攻撃』モードがあるのだが、特に設定を変えていない為、初期設定のままの『反撃』モードになっていた。
NPCはプレイヤーキャラクターと違って戦闘用のスキルは持っていない為、余程気合を入れて育てない限り、戦力にはならない。
基本的にペットシステムは、純粋に犬や猫を連れ歩いたり、可愛い人間に犬耳装備を付けさせて連れ歩いたり、マッチョに首輪と鎖つけて連れ歩いたりするという、見せびらかし以外での使い道はほとんどされていない。
それというのも、居なくなるかもしれないペットに高価な装備品を持たせるプレイヤーがほとんどいなかったからだ。攻撃力500越えのユニークウェポンを持つ村娘など、誰も予想していない。
ペットは死ねばそれまでな上、好感度が一定値を割ると勝手に居なくなるのだから、戦闘で使うとしたら壁や自爆がせいぜいで、その場合は普通ならばHPの高い動物やおっさんを使う。
つまり、フェイはPK達からみれば、始めから戦力としては数に入っていなかった。
彼女は最初の魔法の爆発の余波で森の中へと真横に吹き飛ばされた後、森の中を一直線に進んでいた。
自分とマスターであるコウに直接のダメージを与えたPK集団の後衛に向かって。
誰もその動きに気が付かないまま、イノ VS PK戦士悶絶丸の会話は続く。
「お前らも気が付いてるんだろ? このログアウトできない状態からの離脱を試したいんだよ。お前ら死ね」
「こっちも死にたくないんッスよ。目の前で変異種に殺された弓士さんが戻って来てないんで」
「じゃあ勝手に殺すから死ね。戻ってきたら金とドロップした装備返してやるよ!」
そう叫んで一気に距離を詰めてくる悶絶丸と、その取り巻きの戦士達。
PK達の前衛と後衛の間が開く。
その前に『金の延べ棒』を積み上げて見せるイノ。
「これ、差し上げますから、他の人狙って下さい! 『出血』の治療アイテム『包帯』の材料になる『普通の服』も全部あげますから!」
うずたかく積み上げた延べ棒の上に、さらに自前のアイテムまで積み上げる。
さすがにその量にPK達の手も止まる。
「あれ貰って見逃してやった方が得なんじゃね?」
「他の人なんて居ねぇよ。プレイヤー人口どんだけ減ってると思ってんだ」
「殺して奪えばもっと持ってそうだな」
「むしろ殺してでも奪い取る」
「あいつらNPC殺しすぎだろ……見ろあの服の量」
その間にもくもくと金の延べ棒を壁状に積み上げ、道の上にちょっとした財宝の山を築きあげた。
エリクサー持つ量を削ってまで延べ棒を懐に入れていたイノの強欲さにみなみとゴンザも呆然としている。
一方、見逃すか殺すかの意見が割れた為、イノ達を監視しつつも一旦武器を降ろして相談を始めようとするPK達。
その矢先、PK後衛達の側面の茂みからフェイが飛び出した。
「「「「あ」」」」
イノ達が思わず声をあげたが、時すでに遅し。
PKの中でも、レベルが低いメンバーは後衛に集まっていたらしく、防具の貧弱な弓士・テル彦はフェイの一撃でテクスチャの欠片を撒き散らして爆散する。
あわててディレイの少ない弱攻撃魔法の【マジック・トカレフ】を詠唱し始める後衛職の詩人・ボブ彦と治療士・癒らし系も、フェイが詠唱完了までの2秒を待つはずもなく、振り回す屠竜に貫かれて消滅する事になった。
「ボブ彦ぉーーっ!」「ひぃっ!」「前衛! 戻れっ!」「衛生兵?! 衛生兵が死んだっ!」
残りのPK後衛組は、異常な攻撃力を持つ村娘に背を向けて、全力疾走で主力と合流を目指す。
「てめぇらっ! 嵌めやがったなっ!」
最初に手を出してきたのはどっちかとかを棚に上げて、悶絶丸が攻撃力上昇系スキルを起動しながらイノに走り寄る。
「あー、タイミングずれたなぁ。コウさん、ギャンブルは好きですか?」
交渉の余地は無くなってしまった戦況を見て、イノが呑気に質問をする。
「レートの高いヤツなら」
イノの発言の意図が全然読めないが、とりあえずカッコ良さそうな返答を返すコウ。
「良い度胸ですね。じゃ、やりますよ。タイミング見て剣投げで個別撃破お願いします」
「え? ギャンブルがどうとかってどういう意味?」
「いや……なんかピンチなんでカッコいい事言って見たかった」
どうやら賭ける物は命と言いたかったようだが、そんなことよりも真面目な話の時は「ッス」という口調は控えるらしい事の方が気になる。
口癖なんじゃなくてわざとやってるんだろうと考えてコウはイライラする。
わざとイラッと来るキャラ作りしているのだろうか。
目の前に腰の高さまで積み上げた『金の延べ棒』の向こう側に、積み上げた大量の『普通の服』を手で払い落として撒き散らすと、食料品を買い漁っていた時に一緒に買った『爆弾スイカ』と『ショウロンポー』に加えて『たいまつ』を投げ入れる。
このたいまつというアイテムは、アイテムボックスの中に入れている間も常に火が付いており、洞窟の中などでは取りだすだけで明るくなる便利で都合のいい仕組みをしている。
アイテムボックスに入れている間は他の物に火は付かないのだが、投げ捨てた後は周囲のドロップアイテムを炎上させる。
『孔明の冠』を装備しているイノが投げた為、炎上率は通常よりもかなり上がっており、服は次々と延焼。金で出来た壁を挟んで向こう側のフィールドは火の海となった。
「耐火レンガが本当は良かったんだけど、金の延べ棒も中々燃えないんですよ、耐久度高いから」
「てめぇ! 交渉する振りして放火の準備しやがったな!」
壁の向こうで叫ぶ悶絶丸に向かって、イノがニヤリと笑って【グレネード】を詠唱する。
PK前衛集団は、積み上げられた金の延べ棒が障害物となっており、一斉に襲いかかれなくなっている事にようやく気付く。
金塊の壁を迂回しようとした力士・ドッスンにコウの【剣投げ】が飛ぶ。
壁を乗り越えようとすれば手がふさがるので盾が使えず、イノの【マジック・トカレフ】のノックバックで落とされる上、火炎のグラフィックに隠れて見えないがスイカが転がっていて踏めば爆発する。
そして、イノの手が空けば【グレネード】の詠唱が始まる。
PK達の最善手は、後ろで暴れているフェイを集中攻撃して離脱するべきなのだろうが、後衛を失ったパーティが遠距離攻撃系を敵に回して距離を取るというのは抵抗があるようで、どんどん貴重な時間を浪費してしる。
ヒットポイントの多い前衛職達はさすがに瞬殺には至らないものの、遠距離攻撃の手段を持った後衛をつぶされた上で、火炎フィールド越しに一方的に撃たれ続けるのがマズイというのは誰の目にも明らか。
「左右に散って森でバラけろ!」
「ちっくしょう!」
「ふざけんなよ!」
「撤退! 散れ!」
PK達のリーダー悶絶丸から撤収の指示が飛ぶと、生き残ったPK達はそれぞれに罵声をあげながら逃げて行く。
「勝ちましたッスよ」
「口調変だよイノ」
「勝ったッス」
得意げなイノの背後から、視界内に反撃対象が居なくなったので火炎フィールド内を歩いて戻ってきたフェイが合流する。
当然炎上しているのでエリクサーで治療する。
パーティを組んでいなければ、この瞬間にも炎上ダメージを発生させたイノに攻撃を開始している所なのだが、一応仲間として見てくれているようだ。
「あー、えっと。一体何が起こったんですか?」
事情がわかっていないゴンザにコウが説明する。
イノが取った作戦は、錬金術師の使う【毒ガス】などのガス兵器系のスキルと並んで周囲に迷惑な事で有名な『孔明の罠』と呼ばれる作戦だった。
ドロップアイテムすら破壊出来てしまうFOIシステムの隙をついた技で、地面に撒き散らした大量のアイテムの中に敵をおびき出してからまとめてアイテムを炎上させるという……ぶっちゃけただの放火だ。
だが、耐火能力の無い敵ならばMOB・対人を問わず有効な為、場所さえ選べば、便利な小技として親しまれている。
問題は、ちゃんと消さないと森や街まで延焼する事。
そして、ドロップアイテムが燃えるので全然儲からない事。
かつて石や瓦礫なども炎上する設定だった初期バージョンの頃は、付いた火がいつまでも消えずに全ての同サーバ内のMAPを焼き尽くし、街中の復活地点の床まで燃え続けた為延々とPCをリザ&キルし続けた事もある。
この「炎の七日間」と呼ばれたこの出来事は動画サイトにもUPされ、クソゲオンラインの名を一躍有名にした出来事だった。
一方、錬金術師の【ガス兵器】はそこまで凶悪ではないのだが、効果範囲が広い為意図せぬPK行為になる事が多いので普通に迷惑がられている。
それにも関わらず、材料・MP消費共にコストが安い事にくわえて、とある理由から錬金術師の人口が多いので被害を受ける人数もかなりの物だった。
錬金術師のスキルは【料理】や【鍛冶】と比べて、材料から完成形を想像しにくい為、手さぐりでのレシピ探しは至難を極める。
ドロップ率の低いアイテムを消費しては調合に失敗する毎日に、数多くのプレイヤーが心を折られていたのだが、ある時『成人用制限解放パッチ』というサービスが公式から販売された。
『成人用』という言葉の響きに多くの紳士達が人柱となったのだが、実態は一部のグロ描写と『酩酊』の状態変化で実際に酔えるという点だけ。
課金した紳士達が「俺達は酔いたかっただけ」「酒持ってこい」とアルコールに走った為、いまだにアルコールの需要は高いのだ。
アルコールを唯一作成できるのが錬金術師だけな事もあって、錬金術師は非常にお金が稼ぎやすく、錬金術師の数自体も多いのだ。
この無数の金稼ぎ用錬金術師達が安易に【毒ガス】を調合しては撒き散らすのだ。
初級から中級レベルのキャラクターの多い狩場がどんな惨状であったかは説明するまでもないだろう。
普通の森なのに「腐海」と呼ばれるほど常にガスだらけの狩場がある程だ。
それにもかかわらず、このガス兵器よりも迷惑と言わしめた『孔明の罠』はかなり迷惑な行為だが、効果的だった。
他のプレイヤーへの迷惑を考えなければ。
なにしろ、少々のレベルや人数差をモノともせずに、敵も味方も焼き尽くしてしまう。
今も周囲の森が延焼し始めているのだが、広範囲の火を消すスキルは誰も持っていないので、速やかに逃げる事を提案する。
どうせ他のプレイヤーなんてほとんどいないのだし。
「初心者のゴンザさんはPKに遭遇した事自体が初めてかも知れないッスけど、みなみさんが慣れてないのは予想外だったッスよ~」
「俺は常に群れてたし、レベルも高い方だったから襲われる事ってほとんどなかったんだよ。むしろイノの立ち直りの早さとか、交渉とか罠とか、そっちの方が驚きだよ。なんていうか……慣れてる?」
「慣れてるッスよ? 基本的にソロで狩りしてるんで、PKは日常茶飯事ッス。むしろ確率の低いレアドロップとか狙うより、PK返り討ちにしてた方が儲かる位なんで」
そもそも自爆戦法なんてパーティ組んでたら使えね―ッスと胸を張るイノのぼっち力の高さは、いっそ清々しいほどだが、コウには気にかかる事が一つだけあった。
「なぁ、追い払えたのは良いんだが、逆恨みされたりとかしないのか?」
その言葉を聞いて、ゴンザさんの顔色が青くなる。
いや、グラフィックが変わるわけではないが。
頭上に(^_^;)とか出してるイノほどの余裕は無い。
「たぶん、されるッスね。弓キャラの人達連れて復讐にきたら『死亡ログアウト』は可能って事だし、いいんじゃないッスか? 前衛だけでリベンジに来るならまた返り討ちにすればいいんだし」
「耐火装備で来たら『屠竜』の攻撃力だけじゃ乗りきれないかも。レベルとかスキルもだけど、プレイヤー自身の対人スキルが段違いなんじゃないですか?」
イノの反撃は上手かった。
しかし、こちらがパーティを組んでいた以上、全員がPK達を敵に回してしまった。
コウがGMである事などを上手く使えば、無駄に敵対する事もなかったかもしれないし、敵対するのなら、いっそGMメニューでBANしてしまえば恨みを買う事もなかった。
返り討ちにできたのはイノの対人スキルのおかげだが、相談せずに突っ走ったスタンドプレーのせいで敵を増やしたとも言える。
「ど、どうするんですか! また襲撃されたら次こそ死んじゃうかもしれないですよ?」
「いやー、すまんッス」
涙目になって慌てるゴンザさんにただ頭を下げるしかないイノ。
戦闘はともかく、安全の為の行動方針はみなみが主に決めていたが、そうそう良い案が出てくるわけでもない。
「PKの人達って対人スキルもだけど、装備とかも対プレイヤーを想定してたりするから、戦わないに越したことはないんだよなぁ。なんとかお金とかで手打ちにしてくれないかなぁ」
気弱な事を言うみなみの言葉を聞いて、コウの脳裏に電球のシンボルがピコンという音と共に浮かぶ。
「対人特化なんですよね、PK組は。じゃあ、ダンジョンに入りませんか? 補給が無限のうちらはモンスターの湧きが良いダンジョンでも引きこもれますし」
その言葉にゴンザが目に見えて安心した表情になる。
「じゃ、アップフィールドの『シノ・バズ』ダンジョン行こうか?」
「いや、どうせならあそこにしませんか? 日暮里の階段ダンジョン。見晴らしが良いので奇襲されにくいですし」
「いいね、あそこ猫居るし」
「PKが耐火装備揃えに街に寄ってからリベンジに来るっていう前提で警戒しておこう。上野や秋葉は人が多いから避けて日暮里まで行くのに賛成。猫可愛いし」
「あのダンジョンってNPC居ましたよね? コウさんのGM能力で職業変えちゃえば買い物とかもできるし、行き止まりの通路に『レンガ』とか積み上げて安全地帯作りましょうよ! うわーやっと安全なヒキコモリ生活ですよ、戦うのとかホント怖かったんです。猫眺めて過ごしましょう」
みなみの要望での『ドリル』スキル探しは一時中断し、一行はPKから身を隠すためにダンジョンに篭る事になった。
この時点でコウがログインしてから既に24時間が経っている。誰も知ることのできない情報だが、ログイン中のプレイヤー数は既に100人を切っていた。
死期と魔法の仕様とサブタイどっちにするか迷った。
しかし、なんでこんなに読みにくいんだろ。どうしたら改善できるんでしょう。
今回のクソゲポイント:オブジェクトの炎上が自然消火されなくて、シムシティで消防署が火事みたいな事になる。
あとデスペナが鬼畜。