リア充不在の大地にて
「ゲームしながら死ねたらって!死ぬ気なんですか!」
大声で叫んだゴンザさんの声は、自動的にシャウト設定が反映されて通常の会話よりも広い範囲に会話ログを残す。物騒な内容のせいか、周囲から数少ないプレイヤーが覗きこんでいるのが見える。
「ここだと周りに迷惑だし街の外に出ましょうか。もしスキル使うならどうせ街の外だろうし」
【さじを投げる】は街の外で使う想定のスキルだ。
結界石の中である街中では使えないかもしれないので、街の外に向かって歩きながら会話を続ける。
「だって考えてみればさ?ゲームの中に閉じ込められて出れないなんて、デスゲームみたいでめったにできる経験じゃないだろ?」
「身も蓋も無い事いうね、みなみさん」
「でもそれ、少し俺も思ったッス」
現実の秋葉原であれば歩行者天国になっているであろうあたりを、鎧を着て歩く。これもめったにできる経験では無い。
「想像した事ないか?異世界から召喚されるとか。自分が勇者とか。考えた事ある者手をあげて!」
「あります!学校で授業中にテロリストに占拠されるのに次くらいにする妄想ッス!」
「俺もある。楽器引いた事も無いのに学園祭でキャーキャー言われるのと同じ位」
挙手を求めるみなみに、堂々と手をあげるイノ。少し恥ずかしそうに手をあげる光司。
「で、俺は思うんだ。世の中にこれだけ『異世界召喚』とか『デスゲーム』とかの漫画やゲームがあふれてるんだ。もしかしたら、ほんとに『それ』かもしれないだろ?」
「フィクションと現実の区別はつけましょうよ、みなみさん?」
「いやいや、だってさ、考えてもみろよ。もしも自分がそういう目に合ったら人にそれを言えるか?」
「言ったら病院送りになるか、クラスメイトから遠巻きにされるかッスね。俺は小学生の時に二重人格って言う設定でいろいろやらかしてそういう目にあったッス」
「それはまた……うん、それはそれとして、言えないだろう?」
言っちゃったイノの目の前で言い難い事ではあるが。脳内設定ならともかく口に出してしまえば痛い人全開である。
話ながら歩いているうちに、ついさっきオーグル達を倒したあたりまでついたので、適当な樹を屠竜で切り倒して切り株を作って座る。
「つまり、みなみさんが言いたいのは」
1:非日常の体験をした人は、それを他人には言えず、フィクションとして発表する。
2:世の中に異世界モノなどが大量にあるのは、何割かが実際の体験だから。
熱く語るみなみの言葉を要約してみると、こういう事らしい。というかこう言う事であってほしいという願望だろう。
「その通り。漫画家とか原作者とかのうちの半分くらいは実際にそんな体験をしていると俺は思ってる。だから今のログアウトできないって言う状態も、ただのトラブルじゃなくてさ!なんか、すごい、ほら。運命的なナニか!」
「全力で逃避しないでください!ちゃんとゲームはあくまで遊びです。リアルの生活の事を考えないと!」
願望どころかガチだった。イノとコウもさすがに引く。フェイなど剣を構えている。
みなみは、ゴンザさんの真っ当過ぎる正論をさえぎって吼える。みなみ・オンステージ。
「そんなのは、中途半端な逃避しかしなかった奴らの泣き事だ!
『ゲームばかりやってるとロクな大人にならない』とか、『せめて人並みに』とか、『誰でも出来てる事がなぜできない』とか皆が言う。
でもさ、そいつらに出来るか?一歩も表に出ずに40時間ログインを続けてランダム湧きするボスを独占し続ける事が。誰でもできる仕事をしてる奴らに、ギルドを立ちあげて対人戦最強ギルドの座を守りながらクエスト攻略も進める事が!」
ヒートアップしたみなみは両手を広げて唾を飛ばして叫ぶ。本気の目だ。
「どう考えても、全力で逃げ続けた人間だけがたどり着ける頂点って言う物もあると思うんだ。
俺の理想と言うか夢は『1位:二次元の彼女が迎えに来る』『2位:空から女の子が降って来て俺にべた惚れになる』『3位:異世界から勇者として召喚される』そして4位がゲームの世界に移動とか転生とかして無双するってヤツなんだよ!」
「いや、ありえないでしょ」
視線が虚空を彷徨いだすみなみに、ゴンザさんの常識的な突っ込みが走る。
「信じれば夢は叶うと歌とかでも散々流れてるだろう」
将来の夢と妄想とを一緒にしてはいけない、と光司は思う物の、ここはみなみに乗る事にした。
なにしろ光司自身も、目の前で女の子が崖から落ちそうになった場合に、引っ張り上げる事が出来る様にという理由で筋トレを続けている。片手で懸垂が出来るかどうかは重要な要素だと信じている。
「みなみさんの妄想は無いとしても、せっかくだから、この状況を楽しもうって事なら賛成です」
「痛いッスみなみさん。でももっとゲームしながら死んだら本望ってのだけ、賛成します。」
【さじを投げる】スキルを使い、期待した通りのクソ仕様で無かった場合。ログインサーバでの「応答なし」の読み込み中状態のまま何時間も放置になる事が光司は怖い。する事が無い状態というのは恐怖だ。
水分を取っていない事による体調不良はあるだろうが、リアル肉体が餓死するまでにはまだ時間があるはずだ。せっかくのGMアカウントでタイムリミット一杯まで遊ぶ方が良いし、もしもそのまま死んでしまったのなら、遊んだまま痛みも何も無く死ぬなら怖くない。どうせ未練も無いのだ。
みなみの話を聞いて、光司はそんな気分になっていた。だから、ゴンザさんには悪いけれどこのスキルは使えない。
「ごめんなさいゴンザさん、期待させて。ゴンザさんはスキルポイントを使ってしまっているけど、あと10レベル位あげれば【さじを投げる】は覚える事が出来るじゃないですか。脱出の手掛かりがあるだけでも良しって事にして下さい。GMアカウントはまたログインできるわけじゃないから、ログアウトするのもったいない気持ちもあるんです。ほら、トラブルが自然に復旧するかもしれないですし」
「いや……。もう、付いていけないです。なんで命懸けで遊ばなきゃいけないんですか……」
か細く呟いたゴンザさんが膝から崩れ落ちる。
そのゴツイ肩を叩いて慰めようとした手が、パァァン!というクリティカル音を響かせて吹き飛んだ。
視界の上あたりに貼りついているHPゲージが3分の1ほど赤く染まる。鳥の鳴き声の聞こえる平原フィールドのBGMが緊迫感のある戦闘BGMに切り替わった。
呆然とする間もなく、視界が立て続けに揺れてHPゲージが0に向かって減り始めた。
既に無い右手でアイテムウインドウを開き、エリクサーのアイコンを連打出来たのは奇跡だったろう。何しろインターフェースが使い難い。
間一髪で間にあった為、大量に並んだ『毒』『猛毒』『麻痺』『部位欠損』『移動封じ』『出血』の状態異常が一気に消える。
「PKだ!」
イノの叫ぶ声が聞こえた。
モヒカンが焼けて無くなっているゴンザさんと、頭と両脚に矢が刺さって麻痺しているみなみに【ポーション投げ】でエリクサーを投げる。イノにも投げようとした所で、手で要らないと抑えられる。
結界石を配置してある街の入口に、5人ほどのプレイヤーキャラが見える。おそらく見えない場所にも数人潜んでいるはずだ。
ログアウトスキルを使わないと決めた矢先に、強制ログアウトさせられる所だった。
なにしろこのゲームは死亡率が高い癖に蘇生スキルが無いのだ。
ひでぇはなしだ。