暇人の迷宮掘削(課題
「じゃあ、ちゃんと味のする食料も見付けた事ですし。引きこもりましょうか!私の旦那様が帰ってくるまで」
ガスタブル・ダックを食べ終わったゴンザさんが分厚い唇を丁寧にハンカチでぬぐいながら宣言する。
始まりの村から街に移動したり、オーグルの群れを突破したりしてはいるが、このメンバーの目的は安全なログアウトなのだ。救出されるまで待つのは当然の事だった。
だが、みなみにとってはそうではない。
みなみは「どうせそのうちログアウトできる」と信じており、それまでの間にコウのGM能力を使ってできる限りのスキルツリーなどの便利な情報を集めたいと考えている。
だから今の状況はゲーム内監禁どころかボーナスタイム。逃避するなんてもったいない、なるべく長い時間この状態を維持したいとすら考えていた。
「えー、スキル検証の人柱は?」
「やっぱりやりますか……んー、レベル上げは安全なトコにしましょうね?絶対死なない感じでお願いします」
人柱というのは『情報を得る為に、使い物にならないスキル構成になるリスクを踏まえて、テストをする』行為を指す。後続の為に犠牲になる事からこう呼ばれているが、別に死ぬわけではない。しかし、いろいろ試す為には、レベルを上げやすい低レベル者の方が便利な上、その後のスキル構成が使い物にならなくなる可能性も高いので、死にこそしないものの犠牲は犠牲なのだ。
みなみやイノはそこそこのレベルがある為、みなみにとっては心苦しいが、ゴンザやコウの協力が不可欠なのだ。
以前に検証を手伝ってくれる事を言い出した時に比べて、食料アイテムの味やゲーム内人口の低下など、「以前と違う」という不安を感じる要素がいくつかあったのだ。人柱やっぱりやめると言いだされたらどうしようと思っていたみなみは少しほっとする。
装備も一通り揃い、スキルのお試し取得要員も揃った以上、試してみたい事はたくさんあった。
コウのGM能力でいろいろ遊んでみたい気持ちもあるが、まず重要なのは「ゲームが正常化した後に使える情報」を集める事だろう。
ゴンザにいろいろとスキルを覚えて貰って、隠しスキルを探したい。
必要なアイテムが多すぎてクリアできないクエストを、コウのアイテム増殖を使ってクリアしてみたい。
エリクサーが使い放題な今のうちに、スキルレベルによるダメージ増加率の検証もしたい。
そしてなによりも「未踏破地域」の情報収集がしたい。なにしろ、今使っている剣の攻撃力は500越え。『初心者用ナイフ』の攻撃力など12なのだ。店売り装備の最高クラスである『フランベルジュ』でも150前後。ありえない攻撃力に加えてエリクサー使い放題なのだ。ぜひとも高レベルダンジョンMAPのスクリーンショットをとり、出てくる敵に有効な攻撃方法を知り、効率のよい稼ぎ場所を探したい。
しかし、みなみのプレイヤーには以前から行っている計画があった。現在のキャラクター「みなみ」を、「敵の弱体化」「仲間の回復」「自身の高HP」という、中途半端な弱支援・弱壁仕様な構成にしているのは、人柱大量投入を行う為の初心者育成を見越しての事なのだ。
「みんなに見せたいものがある。ちょっと着いてきてくれないか?」
みなみの案内するままに中央通りを進み、ケルピーが大量にスタックしている川を覗きこむ。ノータイムで『濁流』の魔法が飛んできてみなみの顎を打ち抜いた。
頭上に星が舞うエフェクトと、緑色した下向きの矢印のエフェクトが浮かぶ。『気絶』と『移動力低下』だ。
「何がしたいんだ?」
「いや、知ってはいると思うが、一応見て貰った方がいいかと思って。これがオータムリーフ-巨大ダンジョン間の通行ができないと言われている原因だ。ダメージそのものは低いんだが、気絶と移動力低下の追加効果を持った魔法が、川の中からギリギリで届く。橋を渡ると中央で凄い数のケルピーから集中砲火喰らって、身動きできなくなって嵌め殺される。」
「知ってるッスw」
「知ってました」
「動画で見た」
「NPCでも知ってます」
せっかく身を持って喰らってまで説明までしたのに無駄だった。みなみは不運の星の下に生まれている。
気を取り直したみなみは、少し不機嫌になりながらも、わざわざ魔法を喰らって見せた理由を説明する。『通る方法はある』と。
「魔法防御上がる装備で固めて、高HPのキャラクターが回復アイテム連打しながら、背中からノックバックで後押し。でしょ?それで何人か通ってるのは知ってますよ」
「そうそう、俺が動画で見たのもそれ。体力極振りのキャラに『ミラーアーマー』『エウダーナの皮の盾』『懐疑主義者の印』とかの魔法耐性装備で固めて、風の槍とかで吹っ飛んで強行突破するやつ。動画見て奇声上げた覚えある!」
「それやったのが、俺だ」
固まるコウとゴンザ。
「みなみさんのメインアカウントのキャラって、かなり高レベル?」
尋ねるコウに、みなみはゆっくり首を振ってこたえる。
「レベルは47。まぁ、強行突破に使ったキャラはメインじゃないけどレベル40。その辺が壁なんだよ。」
「レベルの制限は99らしいんッスけど、40代後半から50辺りまでで戦える敵がいないんッス。フィールドに湧くモンスターは40レベル前後で、それ以上のレベルで倒してもカスみたいな経験値しかくれないんで、全然レベル上がらないんッス。だからってグループホースとかの新規追加されたMAPいくとレベル70越えの連中に囲まれるし」
「何と言う酷いクソゲー……」
みなみの別キャラと同じようなレベルのイノが解説を引き取る。適正レベル帯の敵がいないというのは、レベル上げの効率を著しく落とす要因の一つだ。
「だからさ。未踏破の東京駅ダンジョンに何としても行きたいんだよ。適正レベルの敵がいるかもしれないだろ?だけど、環状に街を繋げる街道を、ニッポリ・ポンドバッグ・アイブラックと……」
「日暮里、池袋、目黒でいいですよ。無理にゲーム内の名前で呼ばなくても」
「すまん。ニューブリッジ……新橋方向まで普通に進めて行くとだな、人口が少ないからプレイヤー商人とかもほとんどいないんだよ、需要ないから。そうするとNPCも何故か少なくって回復アイテムとかもろくに買えないんだ。このゲームってワープ系の魔法とか施設が無いから、東京駅ダンジョンに行く頃には補給がもたない」
そう説明しながら、みなみは川から離れて一軒の家に足を進める。扉を開けて中に一同を招く。
「だから、この一番賑わっている上野・秋葉側から直接東京までいけるこのルートを何としても突破したい訳だ」
「それはわかりますけど、強行突破ではアイテム輸送も無理でしょう?通れるのも体力特化の前衛だけで、パーティで通るのは無理だし」
みなみの言っている事はわかるが、それをわざわざ説明する意味がわからないコウが疑問を口にする。全員同じだったらしく、後ろで二人も頷いている。
その様子は期待通りのリアクションだったようで、笑みを浮かべたみなみは、一般家屋のさらに奥の扉をもったいぶって開いた。
そこには地面に開いた大きな穴があった。
穴の周囲にはスコップやつるはし、トロッッコが置かれており、床に直接刺さっている立て札には『ギルド・土木研究会&廃神同盟 共同作業中』と書かれている。
「俺のギルド『廃神同盟』が主体になって、ここから川の底をくぐるトンネルを掘ってる。」
みなみは、呆れている一同に向かって誇らしげに胸を張るのだった。
全然話が進まない。
なんでかって言ったら、読むのに夢中で書いてないからだな。そりゃそうか。