チートで999億稼いだんだけど空想世界で散財する
全員の防具をゴンザの作れる限りの最高品質の物に新調し、表示される限界まで所持金を増やした一同は、今度は金に物を言わせたマジックアイテムお買い物ツアーを敢行しようという事になった。
今まで欲しくても買えなかったあのアイテム、数十万マネーの値段で展示される売るつもりのない見せびらかしレアアイテム、便利だけど使ってしまうのはもったいない高価な消費アイテム。
それら全てが自分の物になる。金の力の前にはあらゆる商品がひれ伏す。資本主義が土下座する。
もちろん全員がはしゃぐ。
「所持金の欄は11桁でカンストみたいですね」
「カンストってなんなんッスか?」
「カウンターストップじゃないかな?それ以上数えられない上限みたいな感じ?」
「残念なのはこの金が数字だけって事だな!できればコインとか札束を投げたり、泳いだりしてみたかった!いやー、俺、生まれて初めてバブルっていう物を味わってるよ!」
クロールで泳ぐ仕草をするみなみ。この世界のお金は所持金欄の表示しかないので、硬貨も紙幣も存在しない。
「バブルってなんッスか?」
「昔あった、裕福な時代の事らしいよ。歴史の教科書の近代史のトコに載ってた。就職率とか失業率とかも今とは比べ物にならなかったらしい。」
「……教科書ってなんッスかwww」
「……」
コウはイノに突っ込むのを諦める。ウザすぎる。
「この……買うだけ買って見て気に入らなければ捨てちゃえばいいやっていう、街に溢れる商品が全て自分の物って感覚は快感すぎる。札束があったらベンダーの顔叩いて回りたいくらいだ!」
にわか成金となり果てたみなみは、装備するわけでもない高価な剣などを買ってみては悦に入っている。屠竜を持っている以上、特殊能力などがあるのでもない限り剣を買う必要は無い。ただ「欲しかった物」を買って所有する事そのものに快感を覚えているようだ。
「そういうのやめましょうよ。売ってる側は商品が売れて良いかもしれないけど、それを買おうとしていた他のプレイヤーから買う機会を奪っちゃう事になりかねないですよ?
オフラインのゲームと違って、オンラインでのチートは他人に迷惑かかるんですから、買い物関連だけは自重しましょう」
「そうですね、このゲームは武具の修理費とか、変異種がBOT対策になってるのとかもあってインフレしてないし。NPC相手の買い物なら大丈夫だろうけど、プレイヤーにお金が渡る買い物はちょっと気を付けましょうか」
真面目な言動を保っているゴンザさんは心のオアシスだな、と思いながらも外見はモヒカンゴリマッチョ。暑苦しい姿を長い事視界に入れたくないので視線をそらす。心のオアシスはフェイだけか。
「あ、でも、あとで増やす用に消費アイテム関連は一個ずつ買いましょう。あと余り高くない料理アイテムに関しても制限解除で。『旨い』っていう説明文のあるやつがあったら買っちゃって下さい。増やしてからみんなで食べましょう」
「私、『不味い』っていう表記のアイテムなら知ってますよ。『幼馴染のお弁当』っていう瀕死効果持った食料アイテムがそんな説明でした!」
嬉々として不味いアイテムを勧めるフェイ。癒しは何処にもいなかった。
みなみも、えー、いいじゃん、金はあるんだから買占めようぜと言いながら、買いかけたガンブレードを置く。文句は言いつつも、チート能力で得た力の行使にはコウの意見を尊重してくれるつもりのようだ。
冷やかしに終わった買い物でも、販売代行NPCが「毎度ありがとうございました」と決まり切ったセリフを返す。
この「販売代行NPC」というNPCはベンダーとも呼ばれており、ギルドの機能で雇う事が出来るNPCだ。
プレイヤーは「露店シート」というアイテムを使用する事で、どんな場所でもフリーマーケットのように露店販売を始める事ができる。だがその間は移動する事が出来ないし、当然ログアウトしてしまうと露店も消える。その生産職にとっての不自由を解消する為に実装されたのが、販売代行NPCだった。
彼らは販売できる商品の数に応じてそれなりの費用が掛かるが、基本料金×日数のお金を渡しておけば、その間は例えアイテムが売り切れていても、雨が降っても街ごと火の海になっても、吹き出し型の看板を持って立ち続けてくれる。
露店シートを使ってぼーっと客待ちをしている場合は、モンスターの襲撃やPKの奇襲で死ぬ可能性もあるし、ぼーっとしすぎて寝てしまえばログアウトしてしまう。
だから、HPが固定されていて死ぬ心配のない販売代行NPCを雇う方が、大量の商品を定期的に販売する場合にははるかに楽だ。大昔のデスクトップ型のパソコンと違い、フルダイブ型バーチャルRPGでは離席放置する事は容易ではない。
そして、HPが固定されていると言う事は。
彼らもまた、始まりの村の案内人・アンディと同じ苦しみを抱えているという事になる。
そこに思い至ったコウは、特にメリットは無い上にその場しのぎでしかないけれど、空腹だけは解消させてあげる事にした。
死んだ魚の様な目はとうに通り越して、焦点も定まっておらず瞳の中には光も無い。そんな彼らの代行販売している商品の中から、食べる事が出来るアイテムを片っ端から購入して、詳細ウィンドウの記述を確認していく。
『串バーベキュー:一定時間、筋力+7。辛口ソースを塗った大きな肉を丸ごと焼いた料理』
『サラマンダーのホイコーロー:戦闘時の火傷を防止する。旨くは無い』
『肉のエアーズロック:火傷を負うかわりに全ての匂いの効果を上書して無効化する』
『シャリオ山羊のチーズ:中程度のMP回復。匂いはキツイが味は別格』
一通り詳細メッセージを確認するが、『旨そうな表記』というのはそれなりにあっても、「旨い」とはっきり明示したモノは思ったよりも少ない。
試しに食べてみても、はっきりしない味がするだけだった。もちろん手に取った状態で、指で料理をダブルクリックすれば料理はその場で消え失せて、満腹度の上昇と食事効果を得られる。だが、どうも物足りない。
まだゲームからのログアウト不可に気が付いてから、半日ほどしかたっていないが、ログアウト不可がまだ続くのならば、安全地帯で引きこもる事を考えてもせめて美味しい味がする物でも買い集めておきたいと考えるコウだった。
視界の上の方に固定してあったアイテムウィンドウを、指でドラッグして手元まで引きつける。そのままウインドウを掴んで買い込んだ料理アイテムを、通りがかりの販売代行NPCにドラッグしながら歩く。
「ありがとう」「わーいありがとう」「ずっとこれが欲しかったんだ!」「助かります」
次々と掛けられるNPCからの感謝の言葉。
「なにやってんッスか?」
「いや、さすがに不憫だろうと思って」
コウの言葉に顔をしかめる一同。(なぜかフェイ含む)
ゲームから出れない状態になって、似た境遇のNPCに感情移入して同情する気持ちはわからないでもないが、そう言う事すると経験値稼ぎもできなくなっちゃうよ?とみなみの言葉。
イノはキモいッスwwwと口にしただけで、ゴンザはなんかの実験かと思いましたとの返答。
やはりNPCはどんなに会話できようとゲーム内のデータでしかないって考えるのが普通なのか……
「そういや、HP固定のNPCって空腹状態になるって事は状態変化にはなるんだね?」
なんとなくフェイに聞いてみると酷い答えが返ってきた。
「HP固定は0にならないだけで、一応減ってるんですよ」
「そう言えば空腹以外に毒とか腹痛とかにもなってたみたいッスよ!」
とイノが追加情報を出す。誰で試したんだ、って決まってるか。
「空腹っていうバッドステータスは自然回復しなくなる状態なんだから、毒になったらそれも治らないだろ」
「じゃあ、アンディさんはずっとHP1だったんですねぇ。毒でHP減って空腹だから自然回復も無し」
「あっはっはっは」
フェイさん笑いすぎ。
「しかし、さすがにそこまで行くと、キャラクターとは言え何とかしてあげたくなるな」
「ちょっと私も食料アイテム配りますね……」
味方が増えたよ、やったね!
沿道に並んでいる人々の口に『大トロ』を詰め込んで歩くゴンザ。
同じく『ダッキのハンバーグ』を配ってはお礼を言われるみなみ。
いや、いいけどさ。一気に満腹になるアイテムだし、と思いつつもそんなシュールな光景に眩暈がしてくるコウだった。
友好度をあげた為か、販売代行NPCたちからも声をかけて貰えるようになった。
「旨い物売ってる人いたら教えてよ」と言ってみた所、NPC達が自分の販売している商品名を一斉に読みあげてくれたのだ。これで全員の販売カートの中を覗きこまずにすみ、一気に捜索が進んだ。
そして見つかったのが……
『ショウロンポー』:口の中で爆発する、熱くて旨い。
「うん、確かに旨いって書いてあるけど。これでガチで爆発して死んだら大笑いだな」
「比喩表現だと思いますよ?」
「いくらなんでもまさかねぇ。無いよね?爆発とか」
「あるんじゃないッスか、こんなのもある事だし」
イノが持ってきたのは大きく育ったスイカ。名前は『爆弾スイカ』で、畑を荒らす者共に死の制裁を与える対人野菜、という記述。
果物を持って襲ってくる敵への対処法を教える軍隊というネタは知っているけれど、まさか畑に爆発物がなるなんてのは想像の斜め上。少なくとも日本においては。
ショウロンポーは安全の為に華麗にスル―。
一時間ほど掛けて探してようやく見つけた『ガスタブル・ダックの丸焼き』という食料が、「宇宙規模で三つ星付くクラスの旨さ。ぜひ食べに立ち寄りたい」という記述があり、これを購入する事が出来た。
「しっかし、コウさんってかなり食いしんぼですよね。『旨い』っていう設定のアイテム探すのにかなり時間使いましたよ~」
「いやなら食べなくても良いんですよー?」
いや、食べます食べますと、両手を胸の前で合わせてワクワクしているゴンザに、アツアツの『ガスタブル・ダックの丸焼き』を渡す。
「!これ、旨っ!」
「まじッスか?じゃあ俺も。うわ、旨い!味の宝石箱ッスよ!ホントに味がする」
次々と増やしながら、一つを自分でも食べてみる。確かに旨い。とても旨い。
そっとみなみに、他の二人に聞こえない囁きで確かめてみる。
コウシ>『みなみさん。どんな味しますか?』
みなみ>『旨い!詳細メッセージに旨いって設定があればホントに旨いってマジだったんだな!』
コウシ>『それも驚きなんですが……どんな味ですか?』
みなみ>『だから、旨いってば』
コウシ>『しょっぱいとか、辛いとか、そういうのって、無いですよね。凄く旨い…っていう感想しかない』
みなみ>『……言われてみれば、凄く旨いって思うけど、どういう味かわからないな、どういう事だ?』
ガスタブル・ダックをかじる手を止めて呆然とするみなみを眺めて、この事はまだ黙っておきましょう、と念を押す。
この「旨いという設定を持った食料が旨い」という出来事で、コウは二度とログアウトできないのではないかという直感を強めていた。味のデータが個別に設定されているわけでもないのに旨いと感じたと言う事は、設定されている通りの感覚を受けたと言う事。
例え湿気たせんべいみたいなぼやけた味でも、味覚までサポートしていないはずのゲームの中で味があった時点で変だ。
NPCがAIとは思えない受け答えをするのもありえない。プレイヤーが動かすアバターというよりも、ゲーム内の存在のようじゃないか。
ゴンザさんの旦那が帰宅して、強制的にヘッドギアを外して貰い、各自の自宅に連絡して貰えるまでまだ半日以上ある。希望があるうちはまだ黙っておこうとコウは決心する。
もしかしたら……自分達が、ログアウトなんて元々無い、ゲームの中のデータそのものになっているんじゃないかなんて。
そんな予感を口にしても、不安を煽るだけだから。
フルーツで武装した敵に襲われるネタは、モンティ・パイソン。
あれって、手榴弾をパイナップルって呼ぶ事からのネタなのかな?




