先輩、後輩。
「僕は君が羨ましいよ。」
私の隣を並び歩くアリキタル先輩は、唐突に、そんなコトをぼそりと呟いた。
この先輩というのは、つい先日に私が入部した文芸部の先輩で、一言で言い表すのなら根暗な眼鏡の木偶の棒であった。
「それは私の事を言っているのですか?」
午後八時をまわった校舎から最寄り駅へと続く道は、日もトップリと暮れきっていて、月明かりもなく、電灯だけが道を照らしていた。
目を瞑って耳を澄ませてみても、聴こえてくるモノといえば、サワサワという、風に揺られてさざめく、木の葉の音くらいだった。
つまり、何を云いたいのかといえば、周りに人気は無く、今私の隣を並んで歩いているこの男が、先程言い放った台詞中の“君”が指すものとは、彼が極度の妄想癖か虚言癖でもない限り、私のことでしか有り得ないと推測させられるということだ。そう考えると、独り言の様にしか聞こえなかった彼の呟き声に対して無視するわけにもいかず、とりあえずのその場しのぎに、そう問い返すことしか出来なかった。あー、やだやだ。
「君はとても可愛い、羨ましい。」
アリキタル先輩(以下、くそ虫。)は、丁度私が彼の顔を窺おうと目線を上げたのを見計らってか、私の瞳を確りと見定めて、そんな気色の悪いことを云ってのけた。くそ虫は続ける。
「キスをさせてくれないか。」
随分と話が飛躍したものだな。と、思いながらも、私はいいですよと言って立ち止り、同じく立ち止るくそ虫の腰へと手を回してやって、木偶の棒である彼を慮り、つま先立ちをしてやったりしつつ、私の唇を彼の唇に押し当てた。
しばらく、その体勢のままだった。
丁度私がつま先立ちに疲れてきた頃に、どうやらくそ虫は満足したらしく、私の唇から唇を離し、プイッと、駅への道を再び歩き始めた。
舌は這入ってこなかった。
感想を求めたい気もしないでもなかったが、私は基本的にこの男が嫌いなので、なるべく自分から声をかけたくない。ので、それはやめることにした。
乗車する予定であった十二分の電車が、私とくそ虫を置いて、目前を走って行った。
必然的に次の電車が来るまでの三十分弱もの時間を駅で待たされることになる。てやんでい。
チクショウ、こんな目に遭ったのも、この隣に佇むくそ虫が唐突にキスがしたいなどと言い出したからだ。是だからネクラ眼鏡な木偶の棒は。そんなことを腹の中で呟きながら、私は出血大サービスに、行っちゃいましたね。などと、そんな何でも無い言葉を、嫌いな、大嫌いなくそ虫野郎へと投げてやった。
しかし、折角投げてやった私の言葉をくそ虫は無視し、代わりに無言で私の胸元へと手を伸ばし、ブレザー越しに私の胸の膨らみを撫で始めた。
「先輩は死ねばいいと思いますよ。」
汚い手で私の胸を撫でているくそ虫へと、もう一度だけ、そんな言葉を投げてやる。するとくそ虫は、僕もそう思いますよ。などと呟いた。
しばらくして、くそ虫が私の胸からやっとでその汚い手を離した。・・・かと思ったら、なんと今度は私の首筋へと両腕を回し、そのまま私を抱擁したのである。
そして案の定、くそ虫の汚い腕は肩から腰へと徐々に下がっていき、最終的には私のスカートの中へと其の汚い指先を伸ばしていた。
クチャクチャなどと音を立てて彼に掻き回される私の股間は、下着から漏れるほどに熱い汁を垂れ流し始めていて、それが右太ももを、ツ―と伝いだした頃に、“後三分くらいで電車は来るのに、是はこのまま乗車しても大丈夫な状態なのだろうか?”と本気で心配になってきて、そろそろ。と呟くと、くそ虫の胸を両手で押して、彼からの距離を確保した。
ポケットからハンカチを取り出して、太ももの辺りを拭き始めた頃、不思議な事に、急に息が苦しくなった。
ああ、なんだ。見れば、くそ虫の汚い両手が今度は私の首を掴んでいた。
私はこの可哀そうな男の為に一度死んでやろうと思い立ち、かるく目を閉じ、それから全身の力を抜いた。すると私の首を絞めていた彼の手の力が弱まり、そのまま私はコンクリートの上に崩れ落ちることと為った。
「・・・・・・。」
バーカ。
死んじゃえ。
今、私はホームに停車しようとする電車を待つ、彼の背中に手を伸ばす。
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