最初(落ちこぼれ)
世界には今や「異能力」が存在している。
その発見から三十年。
各国は能力者の研究と育成に莫大な予算を投じるようになった。そして、その頂点に位置するのが――
人工島に築かれた巨大都市国家、
**神代学園**だった。
表向きは教育機関。しかしその実態は違う。
世界各国から才能ある少年少女を集め、能力を研究し、開発し、管理する。
そして有事の際には軍事戦力として運用する。それこそが神代学園の本当の目的だった。
能力者は兵器。優秀な能力者ほど高い価値を持つ。そして価値のない者は――切り捨てられる。そんな世界だった。
◆
「……また補習かよ」
高等部一年生、垣根神夜はため息をついた。
手元の端末に表示された成績表。
能力評価ランク。その欄には無情な文字が並んでいる。
Dランク能力名――《身体能力強化》。
身体能力を向上させるだけの単純な能力。
決して弱い能力ではない。
しかし学園都市では珍しくもない。
氷を操る者。
重力を捻じ曲げる者。
空間を切断する者。
そんな化け物じみた能力者たちが集まるこの街では、神夜の能力は平凡....否平凡より下と言える。何故なら身体能力強化という能力はあくまでも自身の体しか強化出来ず、それを元にした応用がしにくいからだ。
応用も効かず、開発の余地もあまり残されていない神夜のランクは自ずとDまで落ちた。
「お前、また最低評価か?」
クラスメイトが笑う。
「Dランクの身体強化とか将来警備員くらいしかなれないだろ」
「軍事部門の雑用もあるぞ〜」
周囲から笑い声が上がる。
神夜は何も言い返さなかった。
慣れている。入学以来ずっとこうだった。
学園都市は能力至上主義。強い者だけが評価される。
弱い者に居場所はない。
神夜は端末を閉じた。
「……帰るか」
誰もいない屋上へ向かう。
そこだけが唯一落ち着ける場所だった。
◆
屋上の扉を開けた瞬間。
風が吹き抜ける。
そして。
「やっぱりここにいた」
聞き慣れた声がした。
神夜は振り返る。そこには一人の少女が立っていた。
長い銀髪。
透き通るような白い肌。
青い瞳。
誰もが振り返るほどの美貌。
彼女の名前は――戸上真昼。
「真昼……」
「またクヨクヨして」
少女は柔らかく微笑んだ。神夜も思わず笑う。
「してねぇよ風が気持ちいいから浴びに来たんだ」
「ふふ、なら良いけど」
二人は幼なじみだった。
物心つく前からずっと一緒。
同じ施設で育ち、同じ訓練を受けてきた。
神夜にとって真昼は家族みたいな存在だった。
だが今では立場が違う。
あまりにも。
圧倒的に。
◆
戸上真昼。
学園都市最強クラスの能力者。世界にわずか十人しか存在しない特別な存在。
その総称は――
特異能力者。
通常の能力理論では説明できない規格外の能力を持つ者たち。
彼らは国家戦略兵器として扱われる。
学園都市ですら特別管理対象。
まさに選ばれた存在だった。一方で神夜はDランク。
落ちこぼれ。
誰もが比較する。
誰もが馬鹿にする。
だが。
「また嫌なこと言われたの?」
真昼は隣に腰掛けた。
「顔見れば分かる」
「別に」
「嘘」
神夜は苦笑した。
「お前には隠せないな」
「昔からそうだったでしょ?」
真昼は笑う。昔と変わらない笑顔だった。
周囲は彼女を神格化する。
特異能力者。
天才。
逸材。
だが神夜だけは知っている。
彼女が昔から変わらず優しいことを。
どれだけ偉くなっても。
どれだけ周囲に持ち上げられても。
落ちこぼれの自分を見捨てなかったことを。
「神夜」
「ん?」
「私はね」
真昼は空を見上げた。
「あなたが落ちこぼれだなんて思ったこと、一度もないよ」
神夜は言葉を失う。
「だって昔からそうだったじゃない」
真昼は微笑む。
「私が泣いてたら助けてくれた」
「怪我したら背負ってくれた」
「怖い訓練の時も隣にいてくれた」
「能力なんて関係ない」
真昼は神夜を見る。真っ直ぐに。
「私はあなたを尊敬してる」
神夜は視線を逸らした。そんなことを言われると困る。昔からそうだ。
真昼は時々、平気で恥ずかしいことを言う。
「……お前、本当に変わらないな」
「神夜もね」
その時だった。
突然。
学園都市全域に警報が鳴り響いた。
ウゥゥゥゥゥゥン――!!
真昼の表情が変わる。
「この警報……」
「まさか」
直後。遠方で巨大な爆発が起きた。
研究区画から黒煙が上がる。
神夜の顔色が変わった。
「テロか!?」
学園都市を狙う武装組織。
能力者を奪い、研究データと能力を強奪する反学園都市勢力。
その名は――
ノクターン。
そして真昼は静かに呟いた。
「狙いは……私かもしれない」
特異能力者。世界に十人しかいない存在。
その価値は国家予算すら超える。誘拐対象としては十分すぎた。
神夜は即座に立ち上がる。
「なら尚更だ」
「神夜?」
「俺がお前を守る」
真昼が目を見開いた。
神夜は笑う。
「昔からそうだっただろ」
落ちこぼれ。Dランク。才能なし。周囲はそう言う。だが関係ない。
たとえ世界中が価値なしと判断しても。
たった一人だけは守りたい。
それが幼なじみだから。真昼は少しだけ目を潤ませ――
そして優しく笑った。
「うん」
その笑顔は昔と同じだった。
だが二人はまだ知らない。
神夜の能力に隠された本当の秘密も。
学園都市が隠している計画も。
そして真昼が特異能力者となった理由も。
やがて世界を揺るがす戦いの中心に、自分たちが立つことになることも。
まだ誰も知らなかった。




