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大神殿婚礼係の見た、少し不器用な恋のかたち

大神殿婚礼係の見た、少し不器用な恋のかたち②

掲載日:2026/04/09

あのお二人のことは、いまでも時々思い出します。


花嫁は魔王、花婿は勇者。

肩書きだけ聞けば神話です。


現物を見るまでは、私もそう思っておりました。

けれど実際に大神殿の見学へいらした時の第一印象は、神話というより、担当を替えてほしい案件でした。


花嫁さまは、見るからに年上の美女でした。

艶のある黒髪、ゆるやかな笑み、高い目線。

立っているだけで周囲に「ひれ伏せ」と言い出しそうな空気。


けれど、よく見ればその“完成された大人の女”という雰囲気は、少しだけ力が入りすぎても見えました。

隣に立つ花婿さまに、きちんと並ぶために整えてきた。

そんなふうにも思えたのです。


対する花婿さまは、まだ少年と呼んで差し支えない年頃で、細身で、軽装で、顔立ちもやさしい。


並べば誰だって思うでしょう。

なぜこの組み合わせで婚礼が成立したのか、と。



とうとうこの日がきた。

私は、いつもの営業スマイルでお二人をお迎えした。

ひれ伏したくなる気持ちを抑え込んで。


なぜなら、目の前の方はどう見ても魔王でした。

この方を花嫁と認識しろというのは、神殿勤めに対する少々無理のある要求です。


「まお……花嫁様、本日は大神殿へようこそお越しくださいました」


危なかった。初手で終わるところでした。


「本日は、式場のご見学となります」


婚礼係の心得その一。

まず新婦の味方になる。

この場合、罪に問われないかな。


「新婦様、とてもお似合いです。新婦様らしいお召し物でいらっしゃいますね」


花嫁さまは肩をすくめた。


「……黒いドレスがか?」


黒でした。

神殿の婚礼係として、返答を一つ誤れば終わる色です。


「よく似合ってるよ」


花婿さまが口を挟まなければ、私はそのまま石像になっていたと思う。


「そういう格好の時が、いちばん君らしい」


花嫁さまが、ほんの一瞬だけ黙った。

それから目を細める。


「……そうか」


私は営業スマイルのまま、操り人形のような動作で振り返り、中へご案内した。


「ど、どうぞ、こちらでございます」


怖い。


「では、こちらが正面祭壇でございます。聖火は左右一対、花道は標準で二十歩」


「短いのう」


まお、……花嫁様が即座におっしゃいました。


「この倍は必要じゃ。わしが歩くには威厳が足りぬ」


婚礼のご相談で威厳という言葉が出ると、だいたい予算が荒れます。


「まあ、素敵でございます。かなり印象に残るご入場になりますね。花道延長と装花増設、さらに魔導灯を増やしますと、金貨はかなり――」


花道延長はできなくもない。私はあとで司祭に回す書類が一枚増えたことを思い、笑顔のまま少しだけ遠い目になりました。


「かなり、とはいくらじゃ?」


そこを詰めてこられると、こちらの笑顔だけが職務になります。


「ええと、列数にもよりますが……」


「あと天蓋は黒にせよ。金糸も散らせ。重めの布でよい」


「今日はその長さでも危ないよ」


「なにがじゃ?」


「その靴で長く歩くの、無理でしょ」


私はそこで初めて、花嫁様の足元を見ました。

細い踵の高い靴。

見栄えはたいへんよろしいが、大神殿の石床とは仲が悪そうである。


「大丈夫じゃ。この程度」


「さっき角でつまったじゃん」


「石床の方が悪い」


「文句を言う前に、こっち」


花婿様はごく自然に手を差し出し、花嫁様はごく不本意そうな顔でその手を取った。

けれど、その手を取る動きにはためらいがなかった。


歩き出した姿は威厳に満ちているのに、足元だけが少々心もとない。

生まれたばかりの小鹿みたい。

魔王様は復活の直後かなにかだろうか。

私は笑顔のまま、だいぶ失礼なことを考えていました。


「では次に、聖鐘でございます。通常は入場時に一打、誓いの後に一打――」


「少ないのう。六打鳴らせ」


六打。婚礼というより勇者パーティの凱旋である。


「たいへん勇ましいですね。かなり歴史に残るお式にはなります」


「よいではないか」


「ただ、神殿史ではなく近隣住民の記憶に強く残る方向かと」


「三打」


「二打が通常でございます」


「では二打半」


半打は聞いたことがない。

どうやら花嫁様は、かなり負けず嫌いでいらっしゃるらしい。


「三打であれば、特別演出として前例がなくもございません」


「ほら、通る」


花嫁様は得意げに言って、それから当然のように花婿様を見た。

通るかどうかを決めるのは、結局ここなのだと言わんばかりに。


「通ったんじゃなくて、神殿の人ががんばってくれてるんだよ」


花嫁様は不満げに唇を尖らせ、それでも少し嬉しそうでもありました。

その直後、一歩踏み出した踵がつるりと滑り、花婿様が腰に手を回して支えます。


「ほら」


「……ぬしは、いちいち早いのう」


「毎回そうなんだから、そりゃ早くもなるよ」


ずいぶん手慣れておられる。慣れすぎていて少々怖い。

けれどその時の花嫁様は、怒るというより、見つかった子どもみたいな顔をしておられました。


「では、来賓席でございます。ご親族席、旧臣席、ご友人席――」


「旧臣席は一段低くせよ」


その発想がもうだいぶ魔王でした。


「段差の追加は可能でございますが、ご高齢の方が転ばれますと威厳より先に介抱がまいります」


「む」


「では来賓の椅子は大きく、背を高く――」


図面担当が泣く。泣くが、まずは笑う。


「花嫁様、式場内の高低差が増えますと導線確認も必要でして」


「威厳が必要じゃ」


「結婚式だよ?」


「勇者と魔王の婚礼じゃぞ?」


神殿でその理屈が通るかはさておき、花嫁様の中では筋が通っているらしかった。

いや、通したいのだろうとも思いました。

隣に立つために。


「もう座った方がいいよ」


「まだ歩ける」


「歩けるかどうかと、こけないかどうかは別でしょ」


花嫁様は目を細めた。

いかにもご不満そうだったが、結局は長椅子に腰を下ろされた。

他の者がすすめても受けないのに、花婿様の言葉だけは聞くようである。


私はこのあたりで、最初の見立てを少し修正しました。

これは花婿様が一方的に世話を焼いているのではなく、過保護にならざるを得ない事情があるのかもしれない。

あるいは、花嫁様の方が、その相手にだけは素直になってしまうのかもしれない。


見学の終わりに控室へお通しし、私はいつもの質問を差し上げました。


「最後に一つだけ。大神殿では、誓いの前に“お相手のどのようなところに惹かれたか”を一言添える習わしがございます。差し支えなければ、お聞かせいただけますか」


花嫁様は腕を組み、いかにも不本意そうにおっしゃいました。


「簡単じゃ。こやつは過保護すぎる」


花婿様が少し笑います。


「それ、悪口?」


「半分はそうじゃ。わしが歩けば手を出し、段差があれば騒ぎ、少しふらつけば大ごとのように支えよる。見栄も何もあったものではない」


私は心の中で深くうなずきました。

たしかに、見栄はだいぶ崩れておられました。


「じゃが」


そこで花嫁様は少しだけ目を伏せた。


「……そうされるのが、嫌ではない」


私はなるほどと思い、台帳に書き留めようとして――


その時です。


でぽん。


と、控室にはたいへん気の抜けた音がいたしました。


私は瞬きを二度ほどいたしました。必要があったからです。


長椅子に座っておられた年上の美女が、ひとまわりほど小さくなっておられました。

同じ黒髪、同じ目、同じ声。けれど年頃は花婿さまと同じくらい。

ずいぶん年若く、張っていた気配がふっと抜けた女の子が、耳まで真っ赤にして固まっておられたのです。


「……み、見るでない!」


花嫁さまは両手で顔を隠し、小さくなりました。

私は婚礼係ですので、台帳を落とすようなことはいたしませんでした。

ただ、心の中はただ事ではありませんでした。


控室で”でぽん”は、神殿勤めになって初めてです。


「だから途中で休もうって言ったのに」


花婿さまは、少しも驚いた様子なく、その方の前にしゃがみました。


「ぬ、ぬしのせいじゃ! ぬしが見すぎるから、保てなんだのじゃ!」


「うん、それはごめん。でも」


そして勇者さまは、恥ずかしさで縮こまっているその子に、やわらかく言ったのです。


「僕の前では、見栄も力もなくていいよ」


花嫁さまはしばらく黙り込み、それからますます顔を赤くして、


「……そういうところが、ずるいのじゃ」


と、小さくおっしゃいました。


そこではじめて、私は少しだけ笑うのをやめました。

この方が張っていたものが、見栄だけではなかったとわかったからです。


私はそこで、半分仕事、半分興味で、最後の一つをお尋ねしました。


「差し支えなければ、もう一つだけ。どうして先ほどまで、あのお姿でいらしたのでしょう」


花嫁さまはしばらく黙り、顔を隠したまま、ぼそりと言いました。


「……わしが馬鹿にされるだけならよい」


花婿様が、何も言わずに待ちます。


「じゃが、わしが子どもに見えれば、隣のこやつまで軽く見られよう。

そんなのは、嫌じゃ」


その時の私は、やっと全部が腑に落ちました。

花婿様は最初から、本当の花嫁様を見ておられたのです。

年上の美女に化けてまで保ちたかった見栄も、その理由まで全部わかったうえで。


私は台帳を閉じ、笑顔を整えました。

婚礼係は最後に形を整えるのが仕事です。


「承りました。ではご紹介文は、少し整えまして――『花嫁さまにとって花婿さまは、ご自分のことを誰より理解し、静かに受け止めてくださる方。

花婿さまにとって花嫁さまは、強くあろうとするお姿ごと守りたい方』――このようにいたしましょうか」


花婿様は素直にうなずき、花嫁様は顔を隠したまま、


「……よい」


とだけおっしゃいました。


普通、このお二人は結婚しない。

最初はそう思いました。


けれど今思えば、あれほど見栄を張る相手が、その見栄ごと預けてしまえるのなら、それはもう夫婦になるのでしょう。


もっとも、あの後の衣装合わせは、本来のお姿のままで進められました。

その方がずっとお似合いでしたし、何より花婿様が、終始ひどく機嫌のよい顔をしておられましたから。

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