大神殿婚礼係の見た、少し不器用な恋のかたち②
あのお二人のことは、いまでも時々思い出します。
花嫁は魔王、花婿は勇者。
肩書きだけ聞けば神話です。
現物を見るまでは、私もそう思っておりました。
けれど実際に大神殿の見学へいらした時の第一印象は、神話というより、担当を替えてほしい案件でした。
花嫁さまは、見るからに年上の美女でした。
艶のある黒髪、ゆるやかな笑み、高い目線。
立っているだけで周囲に「ひれ伏せ」と言い出しそうな空気。
けれど、よく見ればその“完成された大人の女”という雰囲気は、少しだけ力が入りすぎても見えました。
隣に立つ花婿さまに、きちんと並ぶために整えてきた。
そんなふうにも思えたのです。
対する花婿さまは、まだ少年と呼んで差し支えない年頃で、細身で、軽装で、顔立ちもやさしい。
並べば誰だって思うでしょう。
なぜこの組み合わせで婚礼が成立したのか、と。
◆
とうとうこの日がきた。
私は、いつもの営業スマイルでお二人をお迎えした。
ひれ伏したくなる気持ちを抑え込んで。
なぜなら、目の前の方はどう見ても魔王でした。
この方を花嫁と認識しろというのは、神殿勤めに対する少々無理のある要求です。
「まお……花嫁様、本日は大神殿へようこそお越しくださいました」
危なかった。初手で終わるところでした。
「本日は、式場のご見学となります」
婚礼係の心得その一。
まず新婦の味方になる。
この場合、罪に問われないかな。
「新婦様、とてもお似合いです。新婦様らしいお召し物でいらっしゃいますね」
花嫁さまは肩をすくめた。
「……黒いドレスがか?」
黒でした。
神殿の婚礼係として、返答を一つ誤れば終わる色です。
「よく似合ってるよ」
花婿さまが口を挟まなければ、私はそのまま石像になっていたと思う。
「そういう格好の時が、いちばん君らしい」
花嫁さまが、ほんの一瞬だけ黙った。
それから目を細める。
「……そうか」
私は営業スマイルのまま、操り人形のような動作で振り返り、中へご案内した。
「ど、どうぞ、こちらでございます」
怖い。
「では、こちらが正面祭壇でございます。聖火は左右一対、花道は標準で二十歩」
「短いのう」
まお、……花嫁様が即座におっしゃいました。
「この倍は必要じゃ。わしが歩くには威厳が足りぬ」
婚礼のご相談で威厳という言葉が出ると、だいたい予算が荒れます。
「まあ、素敵でございます。かなり印象に残るご入場になりますね。花道延長と装花増設、さらに魔導灯を増やしますと、金貨はかなり――」
花道延長はできなくもない。私はあとで司祭に回す書類が一枚増えたことを思い、笑顔のまま少しだけ遠い目になりました。
「かなり、とはいくらじゃ?」
そこを詰めてこられると、こちらの笑顔だけが職務になります。
「ええと、列数にもよりますが……」
「あと天蓋は黒にせよ。金糸も散らせ。重めの布でよい」
「今日はその長さでも危ないよ」
「なにがじゃ?」
「その靴で長く歩くの、無理でしょ」
私はそこで初めて、花嫁様の足元を見ました。
細い踵の高い靴。
見栄えはたいへんよろしいが、大神殿の石床とは仲が悪そうである。
「大丈夫じゃ。この程度」
「さっき角でつまったじゃん」
「石床の方が悪い」
「文句を言う前に、こっち」
花婿様はごく自然に手を差し出し、花嫁様はごく不本意そうな顔でその手を取った。
けれど、その手を取る動きにはためらいがなかった。
歩き出した姿は威厳に満ちているのに、足元だけが少々心もとない。
生まれたばかりの小鹿みたい。
魔王様は復活の直後かなにかだろうか。
私は笑顔のまま、だいぶ失礼なことを考えていました。
「では次に、聖鐘でございます。通常は入場時に一打、誓いの後に一打――」
「少ないのう。六打鳴らせ」
六打。婚礼というより勇者パーティの凱旋である。
「たいへん勇ましいですね。かなり歴史に残るお式にはなります」
「よいではないか」
「ただ、神殿史ではなく近隣住民の記憶に強く残る方向かと」
「三打」
「二打が通常でございます」
「では二打半」
半打は聞いたことがない。
どうやら花嫁様は、かなり負けず嫌いでいらっしゃるらしい。
「三打であれば、特別演出として前例がなくもございません」
「ほら、通る」
花嫁様は得意げに言って、それから当然のように花婿様を見た。
通るかどうかを決めるのは、結局ここなのだと言わんばかりに。
「通ったんじゃなくて、神殿の人ががんばってくれてるんだよ」
花嫁様は不満げに唇を尖らせ、それでも少し嬉しそうでもありました。
その直後、一歩踏み出した踵がつるりと滑り、花婿様が腰に手を回して支えます。
「ほら」
「……ぬしは、いちいち早いのう」
「毎回そうなんだから、そりゃ早くもなるよ」
ずいぶん手慣れておられる。慣れすぎていて少々怖い。
けれどその時の花嫁様は、怒るというより、見つかった子どもみたいな顔をしておられました。
「では、来賓席でございます。ご親族席、旧臣席、ご友人席――」
「旧臣席は一段低くせよ」
その発想がもうだいぶ魔王でした。
「段差の追加は可能でございますが、ご高齢の方が転ばれますと威厳より先に介抱がまいります」
「む」
「では来賓の椅子は大きく、背を高く――」
図面担当が泣く。泣くが、まずは笑う。
「花嫁様、式場内の高低差が増えますと導線確認も必要でして」
「威厳が必要じゃ」
「結婚式だよ?」
「勇者と魔王の婚礼じゃぞ?」
神殿でその理屈が通るかはさておき、花嫁様の中では筋が通っているらしかった。
いや、通したいのだろうとも思いました。
隣に立つために。
「もう座った方がいいよ」
「まだ歩ける」
「歩けるかどうかと、こけないかどうかは別でしょ」
花嫁様は目を細めた。
いかにもご不満そうだったが、結局は長椅子に腰を下ろされた。
他の者がすすめても受けないのに、花婿様の言葉だけは聞くようである。
私はこのあたりで、最初の見立てを少し修正しました。
これは花婿様が一方的に世話を焼いているのではなく、過保護にならざるを得ない事情があるのかもしれない。
あるいは、花嫁様の方が、その相手にだけは素直になってしまうのかもしれない。
見学の終わりに控室へお通しし、私はいつもの質問を差し上げました。
「最後に一つだけ。大神殿では、誓いの前に“お相手のどのようなところに惹かれたか”を一言添える習わしがございます。差し支えなければ、お聞かせいただけますか」
花嫁様は腕を組み、いかにも不本意そうにおっしゃいました。
「簡単じゃ。こやつは過保護すぎる」
花婿様が少し笑います。
「それ、悪口?」
「半分はそうじゃ。わしが歩けば手を出し、段差があれば騒ぎ、少しふらつけば大ごとのように支えよる。見栄も何もあったものではない」
私は心の中で深くうなずきました。
たしかに、見栄はだいぶ崩れておられました。
「じゃが」
そこで花嫁様は少しだけ目を伏せた。
「……そうされるのが、嫌ではない」
私はなるほどと思い、台帳に書き留めようとして――
その時です。
でぽん。
と、控室にはたいへん気の抜けた音がいたしました。
私は瞬きを二度ほどいたしました。必要があったからです。
長椅子に座っておられた年上の美女が、ひとまわりほど小さくなっておられました。
同じ黒髪、同じ目、同じ声。けれど年頃は花婿さまと同じくらい。
ずいぶん年若く、張っていた気配がふっと抜けた女の子が、耳まで真っ赤にして固まっておられたのです。
「……み、見るでない!」
花嫁さまは両手で顔を隠し、小さくなりました。
私は婚礼係ですので、台帳を落とすようなことはいたしませんでした。
ただ、心の中はただ事ではありませんでした。
控室で”でぽん”は、神殿勤めになって初めてです。
「だから途中で休もうって言ったのに」
花婿さまは、少しも驚いた様子なく、その方の前にしゃがみました。
「ぬ、ぬしのせいじゃ! ぬしが見すぎるから、保てなんだのじゃ!」
「うん、それはごめん。でも」
そして勇者さまは、恥ずかしさで縮こまっているその子に、やわらかく言ったのです。
「僕の前では、見栄も力もなくていいよ」
花嫁さまはしばらく黙り込み、それからますます顔を赤くして、
「……そういうところが、ずるいのじゃ」
と、小さくおっしゃいました。
そこではじめて、私は少しだけ笑うのをやめました。
この方が張っていたものが、見栄だけではなかったとわかったからです。
私はそこで、半分仕事、半分興味で、最後の一つをお尋ねしました。
「差し支えなければ、もう一つだけ。どうして先ほどまで、あのお姿でいらしたのでしょう」
花嫁さまはしばらく黙り、顔を隠したまま、ぼそりと言いました。
「……わしが馬鹿にされるだけならよい」
花婿様が、何も言わずに待ちます。
「じゃが、わしが子どもに見えれば、隣のこやつまで軽く見られよう。
そんなのは、嫌じゃ」
その時の私は、やっと全部が腑に落ちました。
花婿様は最初から、本当の花嫁様を見ておられたのです。
年上の美女に化けてまで保ちたかった見栄も、その理由まで全部わかったうえで。
私は台帳を閉じ、笑顔を整えました。
婚礼係は最後に形を整えるのが仕事です。
「承りました。ではご紹介文は、少し整えまして――『花嫁さまにとって花婿さまは、ご自分のことを誰より理解し、静かに受け止めてくださる方。
花婿さまにとって花嫁さまは、強くあろうとするお姿ごと守りたい方』――このようにいたしましょうか」
花婿様は素直にうなずき、花嫁様は顔を隠したまま、
「……よい」
とだけおっしゃいました。
普通、このお二人は結婚しない。
最初はそう思いました。
けれど今思えば、あれほど見栄を張る相手が、その見栄ごと預けてしまえるのなら、それはもう夫婦になるのでしょう。
もっとも、あの後の衣装合わせは、本来のお姿のままで進められました。
その方がずっとお似合いでしたし、何より花婿様が、終始ひどく機嫌のよい顔をしておられましたから。




