一振りの剣
――「クレアは、まだ生きているかもしれない。」
その言葉を聞いた瞬間、アルの心に、かすかな灯がともった。
あれほど暗く沈んでいた心の底に、もう一度立ち上がる理由が生まれたのだ。
村長に言葉をもらった後、アルは糸が切れたように眠りについた。
眠っている間も、意識の奥でクレアの笑顔が浮かんでは消える。
「アル、あなたは一人じゃない」――そんな幻聴が、夢の中で何度も響いた。
どれほど時間が経っただろうか。
目を開けると、夕日が部屋の壁を朱に染めていた。
包帯で覆われた体は鈍い痛みを訴えていたが、アルは上体を起こし、静かに息を整える。
「……このくらい、問題ない」
痛みを無視しながら立ち上がり、剣を手に取る。その刃に映る自分の顔は、どこか穏やかで、しかし確固たる決意に満ちていた。
夕闇が村を包み始めたころ、広場には村の男たちが集まっていた。
松明がゆらめく中、アルは皆の前に立ち、静かに口を開く。
「――作戦を伝えます。魔物を引き連れていた謎の影は、僕が倒す。でもほかの魔物がいるとまともに戦えない。だから僕とその陰の一騎打ちに持ち込みたい。村の皆は、入口付近で魔物を引きつけてほしいです。......頼めますか。」
どよめきが走る。しかし、その中に恐怖よりも闘志があった。
「俺たちもクレアを助けたい!」
「奪われた仲間を取り戻すんだ!」
その声に、アルは小さく微笑む。
「ありがとう、みんな」
夜が来た。
冷たい風が頬をかすめ、月光が草原を青白く照らしている。
アルは剣を背負い、深く息を吸った。
「……行くぞ。」
その一声で、静かに村の人々が動き出した。
洞窟の前まで来ると、無数の魔物がうごめいているのが見える。
村人たちが叫び声を上げながら飛び出し、矢と魔法が闇を切り裂いた。
爆発のような轟音が響き、魔物たちの注意が一斉にそちらへ向かう。
「今だ……!」
アルは岩陰から走り出した。魔物の視線をかいくぐり、洞窟の入口へと滑り込む。
洞窟の中は冷たく、湿気を帯びた空気が肌にまとわりつく。
通路を進むごとに、耳鳴りのような低い唸り声が響く。
黒い霧の中から飛び出してくる魔物たち。
アルは止まらない。
「邪魔だ……!」
剣が光を放ち、闇を切り裂く。
一太刀、また一太刀。
切り伏せられた魔物たちの血が飛び散り、岩壁に赤黒く染みを作る。
荒い息をつきながらも、アルの視線は前を向いていた。
(もう少し……この奥にいるはずだ)
その先に、開けた広間があった。
そこに――いた。
黒い霧のような存在が、静かに立っていた。
人の形をしているが、輪郭は曖昧で、瞳だけが赤く光を宿している。
その背後には、気を失った村人たち。そして――石の上に横たわるクレアの姿。
「……クレア……!」
声を上げた瞬間、影がわずかに首を傾げた。
数秒間の沈黙。
そして、何の前触れもなく、戦いが始まった。
風が裂け、闇が飛ぶ。
影の腕が槍のように伸び、アルの頬をかすめる。
反撃の剣を振るうが、まるで霧を斬るように手応えがない。
(斬れていない……?)
その隙を突くように、影が背後に回り込み、蹴り飛ばしてきた。
アルの体が地面を転がり、背中に鋭い痛みが走る。
「くっ……!」
立ち上がるや否や、影の爪が迫る。
反射的に剣で受け止めたが、腕に鈍い衝撃が走った。
影の力は重い。冷たい。まるで闇そのものの意志がぶつかってくるようだった。
(強い……だが、負けるわけにはいかない!)
アルは力を込め、剣を押し返す。
火花が散り、闇の中で二つの光が交錯する。
だが、影の動きは止まらない。次の瞬間、爪がアルの腹部をかすめ、血が噴き出した。
「ぐっ……あぁっ!」
膝をつき、呼吸が乱れる。
視界がかすむ。だが、その奥に――クレアの姿が見えた。
彼女の笑顔、声、そしてあの夜の光景が脳裏を駆け巡る。
「――あなただけでも」
その言葉が胸に響いた瞬間、アルの中で何かが弾けた。
「クレア……俺は、もう何も失わない!」
アルは腰のポーチから青い魔石を取り出し、頭上で砕いた。
粉末が宙に舞い、白い光が剣に吸い込まれる。
同時に、アルの体がまばゆい光に包まれた。
剣を握る手に力が宿る。
影が再び襲いかかるが、今度は見える――その動きの一瞬先。
剣が閃き、闇の腕を切り落とす。
影が呻き声を上げ、体をうねらせる。
「……人の力で、ここまで……!」
アルは構わず踏み込んだ。
連撃――踏み込み――跳躍。
光の残像が何本も走り、影の体を貫いていく。
少し距離を取り構える。
剣を振り抜いた瞬間、白い閃光が洞窟全体を包み込んだ。
影が叫び声を上げ、闇が四散していく。
しかし、消えゆく中で、影は低く呟いた。
「……いずれ、お前も“選ばれる”……その時が来る……」
意味を問う間もなく、影は霧となり、跡形もなく消えた。
「はぁ……はぁ……!」
アルは膝をつき、血に濡れた手で顔を拭う。
息を整え、すぐにクレアのもとへ駆け寄った。
「クレア! お願い、目を開けてくれ!」
震える手で彼女の頬を叩く。
しばらくして、彼女のまぶたがかすかに動いた。
「……アル……?」
かすかな声。
その瞬間、アルの喉の奥が詰まった。
「よかった……本当によかった……!」
クレアは、ぼんやりとした瞳でアルを見つめ、微笑んだ。
「助けてくれたんだね……あなたが来てくれるって、信じてた」
その言葉に、アルは涙をこらえきれなかった。
彼女を強く抱きしめる。
「もう離さない……二度と……」
クレアも弱々しい手で、アルの背中を抱き返した。
洞窟の天井から、崩れた岩の隙間を通して一筋の光が差し込む。
まるで二人を祝福するように、白い光が彼らを包んだ。
アルはクレアを抱きかかえ、静かに立ち上がる。
背後では、倒れていた村人たちが次々に目を覚まし始めていた。
「……さぁ、帰ろう。みんなのところへ。」
クレアが小さく頷く。
その瞳には、確かに命の輝きが戻っていた。
洞窟の出口から差し込む夜明けの光。
長く続いた闇の夜が、ようやく終わりを告げようとしていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
投稿頻度は、あまり高くないと思いますが
是非読んでいただけたらなと思います!(^^^)




