夜に沈む息
夜が、村を静かに包み込んでいた。
焚き火は消え、風だけが音を立てている。
アルは剣の鞘を確かめ、立ち上がった。
「……行くか」
「うん」
二人の声は低く、短く。
無駄な言葉はもういらなかった。
昼間、村長から聞いた言葉が頭をよぎる。
――“魔物は夜になると動く”。
それは恐怖を意味すると同時に、隙でもあった。
「夜に動くってことは、巣も空になる時間がある。
……もし、さらわれた人たちが生きてるなら、その時しか救えない」
アルの言葉に、クレアは頷いた。
だがその目には、強い光が宿っている。
「アル……私、絶対に助けたい。リリィのお姉さんも、みんなも」
「わかってる。だからこそ、落ち着いて行動してくれ」
「うん……でも、もし危なくなったら――」
「いいか、絶対に俺のそばを離れるな。
一瞬でも気を抜けば、終わる」
アルの声は低く、強かった。
まるで自分に言い聞かせるように。
クレアは少し唇を尖らせたが、やがて小さく笑った。
「わかってる。アル、しつこいんだから」
「お前が無茶するからだ」
「ふふ、信じてるよ」
そう言って、クレアは闇の中へと歩き出した。
月の光がわずかに森を照らしている。
二人は身を低くしながら、山道を登っていった。
足元の小石を踏むたび、心臓が小さく跳ねる。
やがて、洞窟の入り口が見えた。
黒い口のように開いたその穴の周りには、いくつもの影がうごめいている。
「……いたな」アルが呟く。
「魔物……こんなに……」
炎のような目が闇の中で光っていた。
四足の獣、翼を持つもの、地を這うもの――
まるで、洞窟を守るようにうろついている。
「正面突破は無理だな」
アルは低く言い、クレアの肩に手を置く。
「高い位置から様子を見よう。あの岩の上、行けるか?」
「うん、任せて」
二人は音を立てないように岩場を登る。
月明かりがわずかに差し込み、石肌を照らす。
息を殺して、彼らは洞窟の前を見下ろした。
魔物たちは、何かを守るように一定の間隔で動いている。
その中心に、大きな影がいた――昼間、村を襲ったあの獣。
「……あれが“主”か」
「アル……これ、やっぱり強そう……」
「強い。だが、動きに規則がある。今夜、あの隙を突けるかもしれない」
そう言った瞬間だった。
――ガラッ。
小さな音が、夜を裂いた。
クレアの足元の岩が、欠けた。
「え……?」
次の瞬間、クレアの身体がバランスを崩す。
「クレアッ!!」
アルが手を伸ばすが、間に合わない。
クレアは短い悲鳴を上げながら、岩場を滑り落ちた。
地面に転がり、土煙が上がる。
その音に、魔物たちが一斉に振り向いた。
無数の赤い瞳が、闇の中で光る。
「しまっ――!」
アルが剣を抜くより早く、魔物たちが動いた。
クレアの周りを、次々に取り囲んでいく。
地を這う唸り声。
牙が光を反射する。
空気が、冷たく、重く、凍りつくように――。
クレアは立ち上がり、杖を握りしめた。
「くっ……!」
魔法陣が一瞬光り、炎が走る。
火の弾が一匹の魔物を弾き飛ばした。
だが、数が多すぎる。
「アル!!」
彼女の叫びに応えるように、上から鋭い光が落ちた。
アルが飛び降り、着地と同時に剣を振り抜く。
音もなく、一体の魔物の首が飛んだ。
「クレア、下がれ!」
「でも――!」
「いいから!」
闇の中で、アルの目が光る。
その瞳には恐れも迷いもなかった。
剣が唸り、血が飛ぶ。
クレアは背中を合わせるようにして、次の魔法を放つ。
炎と刃が交わり、夜が赤く染まる。
それでも、魔物の数は減らない。
洞窟の奥から、低い咆哮が響いた。
地面が震える。
「……来るぞ」
アルの声が、鋭く響いた。
夜の空気が張り詰める。
闇の奥から、巨大な影が姿を現した。
――昼間、村を襲った“黒の獣”。
クレアは息を呑み、アルは剣を構える。
そして、風が止んだ。
闇が、牙をむいた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
投稿頻度は、あまり高くないと思いますが
是非読んでいただけたらなと思います!(^.^)




