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旅立ち、そして出会い。

 カーテンの隙間から差し込む光に照らされ、ゆっくりと目を覚ます。

だが、もう少し寝ていたいという気持ちが強く、左手で光を遮ってから右を向く。すると、顔に当たる心地よい微風。なんだろうと思い、もう一度目を開けると、目の前には気持ちよさそうに眠るクレアの姿があった。

それを見ると、なぜだか無性に近づきたくなり、クレアの背中に腕を回して自分の方へと引き寄せる。そのまま再び、眠りに落ちた。


「……ル」「ァ……ル」

徐々に大きくなっていく、誰かの声。それとともに眠りが浅くなっていく。

だが、先ほど目を覚ましてから、まだほんの数分しか経っていないという確信があった。だから、まだ起きたくはない。

けれども、聴覚、嗅覚、触覚が次第に鮮明になっていく。耳は心地よい声に癒され、鼻には優しい香りが漂い、腕の中では何かがもぞもぞと動いている。抵抗しているような感触もあった。


「アル! いい加減に──」


少し怒っているような声が聞こえた。でも、その奥にあるのは信頼の色。

アルは「何かしてるのか?」と焦りながら、ゆっくりと目を開ける。

目に映ったのは、腕の中で小さく丸まるクレア。顔は真っ赤に染まり、何もできずに固まっている。


「アル! 離してよぅ……!」


クレアの目が、少しだけ潤んでいるように見える。ただ、嫌がっているようには見えない。

そんなクレアを、アルはさらに引き寄せた。


「ひゃっ!」


クレアは、考えるのをやめた。

アルは、追い打ちをかけるように小さく呟く。


「もう少しだけ……」


完全に目が覚め、体を起こすと、クレアはそっぽを向いていた。

話しかけても返事はない。

その後もアルはクレアに無視され続け、朝食の小魚を一匹あげるまで、彼女の機嫌は直らなかった。

 

 「クレア、もう行くよ」

 「今行く!」

 小さい頃からずっとこの家の中で、言葉にしなくても通じ合っていた時間。木の床に響く足音、夜の台所に残る甘い匂い、笑い声が跳ね返った天井の高さ。理由なんて知らなくても、二人にとってこの場所は、当たり前の「居場所」だった。でも、今日は違う。

外には広い世界が待っていて、二人を呼んでいる。


「さあ、行こうか」

互いに小さく笑い合う。

家の中の秘密も、謎めいた時間も、すべてはそっと胸の奥にしまったまま。

これから始まる旅に、ただ心を躍らせて――


 森を抜けた僕たちは、柔らかな草原の道を歩き始めた。足元には小さな花が咲き乱れ、風がその香りを運ぶ。日差しはまだ優しく、僕の肩に降り注ぐ。クレアは横で、いつものように無邪気に歌いながら歩いている。


 「ねぇアル、これからどんなところに行くんだろうね」


 「そうだな……海の向こうの国とか、山の上の村とか。見たことない景色が、きっとたくさんあると思う」


 「ふふっ、楽しみ」


 そう言ってクレアは僕の腕にそっと手を絡めた。

 「ちょ、クレア……歩きにくいよ」


 「いいじゃない、減るもんじゃないでしょ?」


 そう言いながら、いたずらっぽく微笑むクレア。

 顔をそむけた僕の耳が、ほんのり赤くなっているのを彼女は見逃さなかった。


 「ねぇアル、照れてるでしょ?」

 「照れてないってば」

 「嘘。顔、真っ赤」

 「日差しのせいだよ」

 「うそつき」


 クレアは笑いながら、僕の頬を指でつつく。

 風が二人の間を抜け、彼女の髪が揺れた。その香りが一瞬、鼻先をくすぐる。

 胸の奥がくすぐったいような、少しだけ痛いような――そんな感情が広がっていく。


 「アル、ちゃんと前見て歩いてよ。転んだら大変でしょ?」

 「それ、今クレアが言う?」

 「……ふふ、そうね」


 二人の笑い声が、草原に溶けて消えた。


 しばらく歩いていると、遠くで鳥の群れが一斉に飛び立った。

 何かが起きている。そう感じた瞬間だった。


 「クレア、あれ……!」


 前方で、煙のような砂埃が舞っている。その中心には――一人の少女と、巨大な獣。

 体長は大人の三倍ほど。黒い毛並みが風に揺れ、鋭い牙が光を反射する。


 「魔物だ……!」


 少女は地面に倒れ、必死に何かを叫んでいる。だがその声は、唸り声にかき消された。


 「クレア、下がって!」


 僕は腰の剣を抜き、駆け出した。

 地を蹴る音が響く。魔物の爪が空を裂き、僕の頬をかすめた。

 すれ違いざまに剣を振るう。鋭い一閃。黒い血が飛び散り、魔物が低く唸る。


 「こっちだ!」


 挑発するように声を上げると、魔物は牙をむき、再び跳躍した。

 しかし――その動きは読めていた。

 剣を地面に滑らせるようにして反転し、魔物の腹を切り裂く。


 短い悲鳴。やがて、巨体が地に崩れ落ちた。


 静寂が戻る。


 息を整えながら振り返ると、クレアが少女を抱き起こしていた。

 少女はまだ震えていたが、クレアの手が背を優しく撫でるたびに、少しずつ落ち着いていく。


 「もう大丈夫。怖かったよね……」


 クレアの声は、まるで母のように柔らかい。

 少女は、涙を拭いながら小さく頷いた。


 「ありがとう……助けてくれて……」


 「名前、教えてくれる?」

 「……リリィ。リリィっていうの」


 「リリィちゃんね。わたしはクレア、こっちはアル」

 僕は軽く頭を下げた。


 リリィは少し迷うように僕を見上げたあと、ぽつりと言った。

 「アルとクレア……うん、いい名前」


 その言葉に、クレアが嬉しそうに笑う。


 「ねぇリリィ、君の村はこの近くなの?」

 「うん、少し先に……案内する」


 そう言って、リリィは立ち上がり、小さな手で僕の袖を掴んだ。

 その仕草に、思わず胸が温かくなる。


 草原の奥に続く道を、三人で歩き出す。

 やがて、丘の向こうに村の影が見えてきた。


 「ここが……リリィの村?」


 「うん。ようこそ、『オルディナの村』へ」


 その瞬間、僕とクレアは息を呑んだ。


 遠くに見えたのは、静かな村ではなかった。

 空には黒煙が立ちのぼり、建物のいくつかは崩れ、地面には焦げ跡が残っている。

 まるで、ついさっきまで“何か”がここで暴れていたかのように――


 「……クレア」

 「うん、見間違いじゃない」


 風が、焦げた匂いを運んでくる。

 リリィは、それでも笑顔を保とうとしていた。


 「大丈夫……もうすぐ、きっと大丈夫になるから……」


 その言葉が、どこか悲しい響きを帯びて聞こえた。


 ――僕たちの旅は、思っていたよりも早く“運命”の形を取り始めていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

投稿頻度は、あまり高くないと思いますが

是非読んでいただけたらなと思います!(^a^)

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