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きっかけは、同期の鳴海から大げさなメッセージと共に、一方的に送りつけられてきた動画のURLだった。
『凪ちゃんの伝説のライブだから! これ見ないと人生の8割は損するから!』
休日の昼下がり。特にやることもなかった俺は、話のタネにでもなるか、と、送られてきたリンクをテレビ画面に映し出した。
『ルミナス・ティアーズ、スペシャルライブ!』
派手なテロップの後、大歓声と共に、キラキラした衣装をまとった女の子たちがステージに現れる。そのセンターで、ひときわ眩しいスポットライトを浴びて、夕凪凪が笑っていた。
(やっぱりすごく似てるな……)
七瀬さんに驚くほどよく似ている。二卵性の双子と言われてもしっくり来るほどだ。
だが、河川敷で会う時の、少し気怠そうに、でも楽しそうに笑う彼女とは、表情が全然違う。
画面にいるのは完璧に作り込まれた寸分の隙もないプロのアイドルの笑顔だ。
でも、ふとした瞬間に細められる目の形や口角の上がり方がそっくりだった。
(そっくりさんってすごいもんだな……)
俺は感心しながら画面を眺めていた。
ライブ本編が終わると、おまけの映像だろうか、バックステージの様子が映し出される。
練習かリハーサルの合間の風景らしく、メンバーたちが、ソファでくつろぎながら、スナック菓子を食べていた。
その中で、夕薙凪が、ポテトチップスの袋に、無邪気に手をつっこんでいる。
「んー、おいひい!」
屈託なく笑う顔は、ステージの上とは違う、年相応の女の子の顔だ。
そして。
彼女は、ごく自然な仕草で、ポテトチップスを摘んだ自分の指を、ぺろりと舐めた。
その瞬間、俺の脳裏に河川敷の光景が鮮やかにフラッシュバックした。
『ん……んまっ。これ、何?』
『うーん……こういうお菓子の粉、美味しいよねぇ……指まで美味しいや』
俺が持ってきたドリトスを食べて、同じように、幸せそうに指を舐めていた七瀬さんの顔。
「……ははっ」
俺は、思わず声に出して笑ってしまった。
そっくりさんって、そういうものなんだろうか。行動まで、シンクロしちゃう、みたいな。ドッペルゲンガーって、そういうことなのかもしれないな。
「ま……本物なわけないか」
その奇妙な偶然の一致を、ひどく面白く感じていた。
◆
数日後の夜。
俺と七瀬さんはいつもの河川敷で、各々がポテトチップの袋を持って座っていた。
俺はのり塩で、彼女はシンプルな塩味。
「ね、陽介。なんでのり塩?」
「えっ? 美味しいからだけど……」
「や、わかるけどさ。歯に青のりがつくリスクと天秤にかけても勝る美味しさ?」
「青のりリスクなんて考えたことなかったよ!?」
「青のリスクだ、青のリスク」
「2回言わなくても分かるよ……そもそも青のりが歯についてるところを見られても困ることなくない?」
「じゃ、いーってしてみて」
「えぇ……」
「ほら、はよ」
ジト目でニヤけながら俺を見てくる七瀬さんに促され、横を向き口元に力を入れて歯茎を見せる。
七瀬さんの大きな瞳がじっと俺の顔を見てきて、真正面から受け止めるには可愛すぎるビジュアルに思わず後ずさる。
「おぉ〜歯並び綺麗だね――じゃなくて、ほらほら! 青のり! 青のり! 見つけた!」
「小さい秋見つけたみたいに言わなくていいから……」
俺の口をじっと見てはしゃぐ七瀬さんから顔を逸らす。
「私は塩。ポテト本来の味と塩っていう最低限の味付けで勝負してるこの潔さがいい」
七瀬さんはこの前の目玉焼きの主役の話みたいによくわからない持論を得意げに語りながら自分の袋から塩味のポテトチップを取り出して口に運んだ。
「青のりが歯につくことを気にしない潔さという観点もある」
「や、確かに……ねえ、陽介のそれ、一口ちょうだい」
「なんだかんだで食べたかったんだ!?」
「や、青のりリスクが軽減されたことによって食べても良いかなと」
七瀬さんは恥ずかしそうに言った。素直じゃない人だな……
「いいよ。じゃあ、俺も、そっちの塩味もらおうかな」
「ん。どうぞ」
俺たちは、ほとんど同時に、お互いの袋に手を突っ込んだ。
橋の下での雨宿りを経てから、こういう、何の気兼ねもないやり取りが、前よりもずっと自然になった気がする。
俺はうすしお味のシンプルな塩気を味わう。七瀬さんはのり塩味の複雑な磯の香りに少しだけ目を見開いた。
「ん……なるほどね。これは、これで……美味しいじゃん」
そして、彼女はごく自然な仕草でのりの粉がついた自分の指をぺろりと舐めた。
俺はこの前家で見たライブ動画の光景を思い出す。
あまりの既視感に、笑ってしまいそうになるのを、ぐっとこらえる。
俺も、うすしおの塩が、指についていた。
なんだか、彼女の真似をするみたいで、少しだけ照れくさかったけど、俺も自分の指をそっと舐めてみた。
「陽介もやるんだ?」
七瀬さんが楽しそうににやにやしながらこっちを見ている。
「七瀬さんの真似をしただけだよ」
「美味しい?」
「……うん。指、美味しかった」
「でしょ?」
彼女は満足そうに大きく頷いた。
そして、俺はそんな彼女と、こうして河川敷でポテトチップスを分け合って指を舐めている。今この瞬間、夕薙凪もどこかにある自宅で同じことをしているのかもしれない。
人生って、面白いもんだな。
俺はのり塩味のポテトチップスをもう一枚口に放り込みながら、そんなことを、ぼんやりと考えていた。