表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/19

19

 俺と七瀬さんは、いつもと同じ河川敷で、いつもと同じ缶チューハイを飲んでいた。


 今日は二人とも、少しだけお酒の回りが早い気がした。先週末の非日常の余韻がまだ残っているからだろうか。


 俺は足元に落ちていた手のひらサイズの平たい石を拾い上げ、缶チューハイを持ったままおもむろに川の方へ近づく。


「……えいっ」


 手首のスナップを利かせて、川面に向かって石を水平に投げる。


 石は、ト、ト、トン、と、軽やかな音を立てて水面を四回跳ねた。そして、最後の力を使い切ったように、静かに水の中へと消えていった。


「なんて言うんだっけ? それ」


 俺の隣に七瀬さんがやってきてぼーっと水面を眺めながら尋ねてきた。


「水切り」


「ん。そんなやつ。私もやったことあるよ。でも、一回も成功したことない」


 七瀬さんは悔しそうにそう言った。


「やってみる?」


「ん!」


「じゃ……まずは平らな石を集めよっか」


 俺たちはほろ酔いの少しだけふわふわした足取りで中腰になり平らな石を探し出した。


「陽介、これどう?」


「うん。いいんじゃない?」


「ん。やってみる」


 彼女は意を決して腕を振る。


 綺麗なサイドスローから川に投げ込まれた石は、ぽちゃん、と、情けない音を立ててすぐに沈んでしまった。


「むー……なんで?」


 子供みたいに頬を膨らませる彼女はバラエティ番組で罰ゲームを受ける前のアイドルのように見えた。


「コツがあるんだよ」


「じゃ、教えて、陽介。そのコツってやつ」


「コツコツ練習すること、かな」


 七瀬さんがジト目で俺を睨んでくる。


「まっ、まあ……腰をぐっと低くして。で、手首を使って、こう横に滑らせるように……野球のサイドスローみたいな感じでさ」


「ベースボールの横投げってこと?」


「そうだけどオウム返ししてるだけだよね!?」


「ん……腰を落として……横から……難しいなぁ」


 言葉だけで必死に説明する。でもなかなか伝わらない。


(ああ、もう……実際に手を取って教えた方が早いんだけど……)


 さすがに触れるのはダメだろう。俺たちの間には、まだ、そういう見えない壁があるような気がした。


 俺がどぎまぎしていると、そんな俺の心を見透かしたように、七瀬さんが言った。


「ん? あ、陽介。別に気にしないよ。教えてくれるんでしょ? 身体の動かし方、教えてよ」


 彼女は、いたずらっぽくにっと笑い、自分の腰を指差した。その笑顔に安心感を覚えて背中を押された。


「……じゃあ、ちょっと失礼します」


「ん。先っちょだけね」


「もうやめてもいい?」


「や、ジョークだよ」


 いつものように軽口を叩きながら、俺は彼女の背後にゆっくりと立った。


 すぐ目の前に彼女がいて、香水の甘い匂いが立ち上っている。心臓が少しだけうるさくなる。


 俺は震えそうになる指で、石を握っている彼女の手にそっと、自分の手を重ねた。


 小さい。そして、驚くほど、柔らかかった。


「えっと……まず、こう構えて……」


 俺の声が少しだけ上擦る。そのまま左手を七瀬さんの腰に添える。


「で、腰を落として……そうそう。で、腕を振る。すると――」


「相手は死ぬ?」


「エターナルフォースブリザードの使い方を教えたわけじゃないよ!?」


「ふふっ……じゃ、投げてみる。もう一回教えて?」


 俺は、促されるまま彼女の手を優しく導いた。二人の腕が一つになってしなり、石が放たれる。


 トン、トン、トン、トン、トン――


 俺がやった時よりもずっと多い回数、石が水面を跳ねた。徐々に水面をジャンプする感覚が短くなり、やがて水面から消えていく。


「……っ! できた! すごい! 陽介のおかげ!」


 彼女は弾けるような笑顔で振り返った。そしてその勢いのまま「いえーい!」と、俺に向かって右手を高々と掲げた。


 ハイタッチ。


 俺も嬉しくなって、彼女のその小さな手のひらに自分の手を合わせた。


 パン、と、乾いた音が響く。


 その次の瞬間だった。


「……あっ」


 ハイタッチをした反動か、それとも少しお酒が回りすぎていたのか。


 彼女の体が、ぐらりと傾いた。


 俺は、咄嗟にその華奢な体を抱きとめていた。


 腕の中にすっぽりと収まる彼女の体。


 驚いたように、少しだけ見開かれた彼女の瞳。


 川のせせらぎと、虫の声だけが、聞こえる。


 世界に俺たち二人だけしかいないような、静かで甘い時間が流れる。


 このまま時間が止まってしまえばいいのに。


 二人してそう思っているかのように動かないまま時が加速し始めたその時だった。


「……何してるの」


 平坦で温度のない声が、俺たちのすぐ後ろから聞こえた。


 俺と七瀬さんは、感電したみたいに、びくっ、と体を離す。


 そこに立っていたのは、朝霧さんだった。


 黒を基調とした、レースの多い服装。手には、缶チューハイじゃなく、エナジードリンクの缶が握られている。


「ひ、氷織!? なんでいるの!?」


 七瀬さんが明らかに動揺した声で尋ねる。


「……なぎゃっ……七瀬が変な男に絡まれてないか見に来ただけ」


 朝霧さんは、眠たげな瞳で俺をじろりと見た。七瀬さんを抱きとめているところを見ていたので、変な勘違いをされているようだ。


「ち、違う! 俺たちは、その、水切りを……!」


 しどろもどろな言い訳をしながら定位置の座る場所に戻る。


 それに、彼女は、ふん、と、鼻を鳴らしただけだった。


「……別に。陽介が変だとは言ってない」


 そう言って朝霧さんは、七瀬さんの定位置ほ隣に、どかっと腰を下ろすと、エナジードリンクのプルタブを、ぷしゅ、と開けた。


 さっきまでの、甘い雰囲気は、もうどこにもない。


「氷織も陽介に教えてもらったら?」


「……水切りを?」


「ん。楽しいよ」


「……遠慮しとく。そのまま抱きしめられたらスキャンダルになっちゃうし」


「さすが現役アイドルだ……」


 俺が感心してそう言うと二人は小さくずっこけた。


「ど、どうしたの?」


「……七瀬。この人、ゴマゾウの進化系だ」


「ドンファン!?」


 即座に俺が突っ込むと朝霧さんがにやりと笑った。


「や、驚安の殿堂だよ」


「ドンキホーテ!?」


 二人は楽しそうに笑う。何がなんだかわからないけれど、二人が楽しそうなら何より。


 そんなこんなで、3人で並び各々の愚痴を話しながら時間が過ぎていくのだった。


―――――


 更新のモチベーションに繋がりますので作品フォロー&★★★で応援していただけると嬉しいです。何卒……何卒……!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ