表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/19

17

 週明けの月曜日。いつもの河川敷、今日は俺が先に到着したらしく一人で座って待っていると、暗くなった頃に七瀬さんがやってきて隣りに座った。


「結婚式、どうだったの?」


 俺が尋ねると、七瀬さんは少しだけ遠い目をしながら「すごく、良かったよ」と笑った。


「へぇ……やっぱりケーキカットとかやったりするの?」


「へっ!? あ、あー……う、うん! やってた! やってた! ってかさー……暑いねぇ……」


 七瀬さんは強引に話を変え、ハンディファンを顔に向けた。


「まぁ……暑いよねぇ……こんな時期にこんなとこで飲まなくても……って言うわけで今日は持ってきたものがあるんだ」


 俺がにっと笑ってそう言うと、七瀬さんは目を輝かせて「何?」と尋ねてきた。


「何だと思う?」


「や、『私って何歳に見えます?』クラスにダルい質問だ」


「俺、『私のMBTIなんだと思います?』って聞かれたことあるよ……」


「ふふっ……それ『私って』シリーズのラスボスでしょ。どれを言っても受け取り方によっては悪口になるもん」


「七瀬さんってINFP?」


「私のMBTI、どれだと思いますぅ?」


 七瀬さんは小馬鹿にするように唇を尖らせてそう言った。二人でケラケラ笑っていると、七瀬さんは「で、何を持ってきてくれたの?」と尋ねてきた。


「あぁ……そうだった。これだよ」


 俺はそう言って、コンビニの袋から小さな花火のセットを取り出した。線香花火だ。


「え……線香花火?」


 七瀬さんは驚いたように目を丸くする。


「うん。そうだよ。最近暑いけど、折角外で飲むならって思ってさ」


「……陽介、やるじゃん」


 彼女は、本当に嬉しそうにふわりと笑った。


 酒の缶を持って立ち上がり花火ができそうな開けた場所に移動し、二人でしゃがむ。


「ね、陽介」


「何?」


「そもそもここって花火はしていいの?」


「あぁ……確かに」


 二人で着火してもいいものかと困りながら再び立ち上がり、看板を探す。そこには『打ち上げ花火はご遠慮ください』と書かれた看板があった。


「打ち上げ花火『は』だから……手持ちはいいってこと?」


「や、解釈に困るね」


 二人で同時に首を傾げる。ふと目があうと七瀬さんはにっと笑った。


「や、けど夕薙凪が炎上しちゃうかも。『許可されてないところで花火をしてたー!』ってさ」


「花火だけに炎上ね……」


「や、上手いこと言うじゃん。ん……あっちにやってる人いるね。いいんじゃない?」


 七瀬さんが指差した先では大学生くらいのグループが手持ち花火で遊んでいるのが見えた。


 二人で安心してしゃがみ込み、俺がライターで一本の線香花火の先に火をつける。ちりちりと小さな火薬の匂いが漂い始めた。


「ん……陽介、火分けて?」


 七瀬さんは自分でライターを使うことはせず、俺の花火に自分の花火を近づけてきた。彼女の持つ、もう一本の線香花火の先に、そっと火を移す。


 暗闇の中に、二つの、小さな、オレンジ色の光が灯った。


「花火キスだ」


「ぶっ……へ、変なこと言わないでくれる!? それに花火キスだと花火を見ながらキスしてる感じじゃない? これはキス花火だよ」


「や、それだとキスマークの花火が上がってるイメージになっちゃうよ」


「なら今のは……?」


「ん。線香キスだね」


「それは線香が――いや……もういいや」


「ね、陽介。どっちの火が、長く持つか賭けない?」


 七瀬さんはいたずらを思いついた子供みたいな顔で言った。


「賭けるって……オフラインカジノってこと?」


「や、賭博罪には当たらないようにするよ。勝った方が相手に一つだけ、何でも質問できる、っていうのはどう?」


「何でも?」


「ん。何でも」


 彼女は俺を試すようにふふっと笑う。


「いいよ。やろうか」


 そこから、二人の間に、静かな、でも、真剣な時間が流れ始めた。


 ちり、ちりちり……。


 繊細な火花が、松葉のように、四方八方に、散っていく。やがて、その勢いが少しずつ弱まっていく。


 ぽてりと、オレンジ色の玉が地面に落ちる。


 先に消えたのは俺の火だった。彼女の火は、そこから、さらに数秒間、最後の光を懸命に振り絞っていた。


「……あ」


 そして、彼女の火も静かに消えた。


「私の勝ち……だね」


 彼女が、少しだけ誇らしそうに、囁くような声で、言った。


「うん。俺の負け。じゃあ、質問、どうぞ」


 俺がそう言うと、彼女は何も言わない。


 ただ、消えてしまった線香花火の先を、じっと見つめている。 


 何を聞かれるんだろう。


 少しだけ、心臓がどきどきする。


 やがて、彼女は顔を上げて、まっすぐに俺の目を見た。


「……もし」


 彼女は、一度言葉を切った。


「もし私がどこかに行きたいって言ったら……陽介は、一緒に行ってくれる?」


 それは、質問というより、ほとんど確認に近い響きを持っていた。


 俺は、その、真剣な瞳から、目を逸らせなかった。


「もちろん。約束してたじゃん」


 俺は間髪入れずに答えた。


「七瀬さんが行きたいところなら、どこでも」


 俺の言葉に、彼女は心の底から安堵したように、ふっと、息を吐いた。


「七瀬さん、どこか行きたいところってあるの?」


 俺が尋ねると、彼女は少しだけ恥ずかしそうに、でもはっきりと頷いた。


「……ん。あんまり人がいないところがいいな。できれば、遠くの……誰も、私のことを知らないような、静かな田舎町とか」


 その、控えめなリクエスト。


(そっか……)


 俺は、すぐにその理由を察した。

 そっくりさんである彼女の苦労。


 都内だと、いつ、誰に、本物の夕薙凪だと間違えられて、騒ぎになるかわからない。


 だから、彼女は誰もいない遠い場所へ行きたいんだ。普通の休日を一日過ごすためだけに、そこまで、考えなければいけないなんて。


「ま、『私を知らない』って言ってたけど、要は七瀬さんを知らない……っていうか夕薙凪のことを知らないってことだよね?」


「ん……ん? ん! そっ、そうだよ……あは……あはは……」


 七瀬さんは急に焦りながら微笑んだ。


「うーん……人がいないところか……」


 俺は腕を組んで考える。


「じゃあさ、目的もなく、電車に乗ってみるっていうのはどう? 例えば、伊豆の方に向かう電車に乗って、海の見える景色のいい駅でふらっと、降りてみるとか。そういう旅なら、きっと、人も少ないよ」


 俺の提案に、彼女が頷いた。


「ん。いいね、それ。すごくいい。行きたいな、知らない駅。週末さ、予定を空けるよ。丸1日ね」


「でっ……できるの? 前、夕方になりそうだって……」


「や、なんとかなる……はず」


「じゃあ、一旦仮で決まりだね」


「ん、仮決まり。明日には予定確定させるから待ってて。報告は……ここで」


 俺たちは顔を見合わせて笑った。


 実際に乗るのが何線なのか、向かうのはどの駅かも決まっていない。


 でも、俺たちにとって初めての一日のデート。


 線香花火の火薬の匂いが、まだ少しだけ夏の夜の空気に残っている。七瀬さんは次の線香花火2つに火を付けると「次は何を聞こうかなぁ」と言って、先に火をつけたほうを俺に手渡してきた。


―――――


 更新のモチベーションに繋がりますので作品フォロー&★★★で応援していただけると嬉しいです。何卒……何卒……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ