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「そういえば、七瀬さん。今度の週末、何かするの?」


 いつもの河川敷。今日は金曜日。天気予報では、土日ともに雲一つない完璧な晴れになると言っていた。絶好のお出かけ日和だ。


 俺の何気ない質問。

 それに七瀬さんは一瞬だけぴくりと肩を揺らした。


 そして下を向き「ウワァ……今週かぁ……」だったり「よりによって……」とボソボソと呟いている。


「どっ……どうしたの?」


「や、それってさ『週末どこか行かないか?』ってことだよね?」


 七瀬さんが顔を輝かせながら聞いてきた。


「え? ただの雑談のつもりで……」


「……」


「……」


 俺の言葉が一つ一つ声を震わせる度に七瀬さんの表情が曇っていく。


「さっ、誘ってたよ!?」と慌てて補足する。


 七瀬さんが人のいるところにどれだけ行きたがっているのかはわからないにしても、一緒に出かけられるのであれば、それはそれで嬉しいこと。


 もちろん、そこまでの勇気は無かったのだけど、なんだかうまくいきそうなので乗っかってみることにした。


「ふふっ……ありがと。嬉しいな。けどなぁ……」


 彼女は少しだけ視線を泳がせた後、何かを思い出したように、あ、と声を上げた。


「友達の結婚式にお呼ばれしてて」


「結婚式……」


「ん。ちょっと遠いところでやるから、泊まりがけなんだ。だから、土日はこっちにはいないかな。もちろん、ここにも来られない」


 彼女は、少しだけ申し訳なさそうにそう言った。


「ここに来ることは約束してるわけじゃないから、気にしないで」


「陽介、一人で来てそうだね」


「隣にお供え物的に缶でも置いておこうかな」


「や、後ろから見たら悲しすぎるって。恋人に先立たれた人の哀愁が出ちゃってるって」


「そ、そうかな……」


「ん。そうだよ」


 七瀬さんはにやりと笑い、缶を定位置において一人で立ち上がる。


 駆け足で俺の後ろに行く。振り向くと「前、 見てて」と言われた。


 指示に従って一人で前を向くと、後ろからスマートフォンのシャッター音が聞こえた。


「ほら、こんな感じ」


 七瀬さんが見せてくれた写真は、俺の背中と夜景が綺麗に写っていた。俺の隣には等間隔で並んだ二本の缶チューハイ。確かに、相手がいるはずなのに一人で座っているような物悲しさがあった。


「ちょっとエモ目な写真だ……」


「私のも撮ってよ」


「はいはい……」


 七瀬さんに言われるがまま、俺は立ち上がって七瀬さんの後方に向かう。


「撮るよー」


 俺が声をかけた瞬間、七瀬さんは満面の笑みで振り向いてピースサインをしてきた。勢いで画面にある撮影ボタンを押してしまい、いい感じの写真が撮れる。


「七瀬さん、趣旨忘れた!?」


「ふふっ……もう一枚ね」


 七瀬さんが前を向く。二本の缶チューハイを相棒に一人で佇む女性の写真が撮れた。


 元の場所に戻って座り、七瀬さんに写真を見せる。


「ふーん……いいじゃん。ホーム画面、これにしたら?」


「は、恥ずかしいんだけど……」


「私はもう設定済み〜」


 七瀬さんがスマホをフリフリと横に振りながらホーム画面を見せてくる。


 アイコンの並んでいる、その裏側に、おしゃれな加工がされた俺のバックショットが配置されていた。


「ま……まぁ……このくらいなら……」


 俺が照れながら設定をする傍らで、七瀬さんは微笑みながら缶チューハイを口にしている。


「あ、そうだ。陽介」


「何?」


「明日明後日は無理なんだけど、来週は大丈夫だよ。夕方か……夜になっちゃうけど」


 仕事上、休みが不定期になるのは仕方がないんだろう。


「そっか。なら、そこで。七瀬さんも忙しいのに合わせてもらって悪いね」


「ん。どこに行くかは各々考えて来週持ち寄ろう」


「人混みは嫌い?」


 七瀬さんは冗談めかして顔を歪ませ「ゴキブリくらい」と言った。


「結構好きってこと?」


「食べちゃうくらいにはね。ちなみにこれはジョーク」


 七瀬さんはウィンクをしながらそう言った。


 ◆


 七瀬さんが結婚式に向かっているその週末。


 俺は家で暇を持て余していて、国内最大級の野外音楽フェスのネット配信を見ていた。ふと目に飛び込んできた『ルミナス・ティアーズ』の文字が飛び込んできた。


 突き抜けるような青い空。どこまでも続く緑の芝生。そして、地面を埋め尽くす、何万人という人の波。


 巨大な野外ステージの上で、キラキラした衣装をまとった女の子たちが並んでいる。『ルミナス・ティアーズ』だった。


 その中心にいるのは七瀬さんにそっくりな夕薙凪だし、その隣には朝霧さんもいる。朝霧さんとはあれからほとんど話していないけれど、河川敷で会った人がこうやってステージに立っているなんて不思議な感覚だ。


 すごい熱気だ。会場の興奮と歓声が、テレビのスピーカーを通して、ここまで、ビリビリと伝わってくる。


 パフォーマンスが始まると、カメラが、ステージの中央に立つ一人の女の子をアップで映し出した。


 夕薙凪。


 汗でキラキラと光る額。気温も相まってとんでもない暑さのステージの上でも、完璧な笑顔を崩さずに、歌い続けるその表情。


 俺はぼんやりとその姿を眺めていた。


(本物さんは、大変だな……)


 こんな天気のいい週末に、何万人もの前で、歌って踊って。


 すごい仕事だ。俺には到底真似できない。


 ふと俺はもう一人の彼女のことを思う。


(七瀬さんは、今頃、結婚式か)


 きっと、綺麗なドレスを着て、友達の幸せを、祝福しているんだろう。


 美味しいコース料理を食べて、ワインでも飲んで、笑ったり泣いたりしているのかもしれない。


 俺はテレビ画面の中の完璧なアイドルと、どこか遠い街で、幸せな時間を過ごしている七瀬さんを、頭の中で並べてみた。


 顔は驚くほどそっくりなのに、二人が見ている景色は全然違う。


(アイドルって、大変そうだな)


 俺は、画面の中の、夕薙凪に、少しだけ、同情していた。


(七瀬さんは、そっくりさんで、まだ、良かったのかもな。少なくとも、友達の結婚式には、行けるんだから)


 その時、客席が映された。最前列で雄叫びをあげている熱烈なファンの中でも最前にいる、戦場なら一番槍の誉れを受け取るに値する位置に同僚の鳴海らしき人がいた。


「あれは……そっくりさん……ではないよなぁ……」


 俺は、ポテトチップスの袋を開けて、遠いどこかで行われているライブを、ただぼんやりと眺め続けていた。


―――――


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