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 その日も、俺たちはいつもの河川敷で缶チューハイを並べていた。


「陽介、なんか持ってんじゃん。お菓子?」


「うん。残業してたらお腹すいてさ。コンビニで、つい」


 俺は、カバンから個包装のチョコレート菓子が入った箱を取り出した。新商品というわけじゃない。昔からある定番のやつだ。


 何気なくその箱を眺めて、俺はあることに気づいた。


 箱の真ん中にアイドルの写真がプリントされている。そして、『ルミナス・ティアーズコラボキャンペーン実施中!』という、派手なロゴ。


「あ……」


 そこに写っているのは、キラキラした衣装で、完璧な笑顔を浮かべた夕薙凪だった。


「これ、七瀬さんの……」


 俺がそう言うと、七瀬さんは「え?」と、箱を覗き込んだ。


「や、ほんとだ……コラボしてるんだね。ファンになったの?」


「適当に取っただけだよ」


 俺はそう言い、パッケージの夕薙凪と隣にいる七瀬さんを、まじまじと見比べる。


 写真の中の彼女は、寸分の隙もなく計算され尽くした「商品」としての笑顔。


 隣にいる彼女は缶チューハイを片手に少しだけ気怠そうに、でも、自然にそこにいる。


「実物より可愛い?」


 七瀬さんが冗談めかして尋ねてきた。


「うん。この写真の人も、もちろんすごく綺麗だけど……七瀬さんの方がかわいいよね」


 それは、本当に心の底から思ったことだった。


 何の計算も、下心もない、ただの素直な感想。


「……!」


 七瀬さんは、何も言わず、ただ顔を真っ赤にして俯いてしまった。その反応が、あまりにも、ストレートで、俺まで、なんだか、恥ずかしくなってくる。


「あ、いや、ごめん! 今のは、なんか、その……あ、アイドル顔負けのビジュアルって意味で! 変な意味じゃないから!」


 俺が慌てて取り繕おうとすると、彼女は俯いたまま「ふふっ……」と笑いか細い声で言った。


「や……ありがと」


 その沈黙を破るように、彼女はがさごそと自分のカバンを探り始めた。


「あ、私も、それの違う味のやつ買ってきたんだ」


 彼女が取り出したのは、同じシリーズの別のフレーバー。


 そして、そのパッケージにプリントされていたのは、ダウナーな雰囲気の、黒髪ロングの女の子。鳴海が前に教えてくれたことを思い出す。名前は確か……朝霧氷織だ。


「あー……見たことある。すごいオーラあるよね、この子」


「……まあね」


 俺がそのパッケージを眺めている、まさにその時だった。


「……なに、あたしの顔見て、ニヤニヤしてんの」


 背後から、温度のない平坦な声がした。


 驚いて振り返ると、そこに立っていたのは、朝霧氷織にそっくりな人だった。


 黒を基調とした、レースの多い服装。泣きはらしたような、赤い目元。パッケージの中の、アイドル衣装とは全く違う、私服姿。


 でも、その気だるそうな雰囲気と、鋭い目つきは……間違いなく本人。


「えっ……あ、朝霧……氷織!? 本物!?」


「……偽物」


「え、でもさっき『あたしの顔』って言ってませんでした?」


「……じゃ、本物」


「ひょえっ!?」


 俺は、混乱と興奮で、意味の分からない声を上げた。


 なんでここに? どういうことだ?


「よっ、陽介!? びっくりしたよねぇ!? こっ、この子! 私の友達なんだよね!?」


 七瀬さんは声を裏返しながら言った。


「俺より七瀬さんの方がびっくりしてそうな声だけど……」


「やっ、きゅっ、急に現れたからね!? 友達でもお化けでもアイドルでも、急に背後に現れたらびっくりするし!?」


「まぁ……それはそうだよね」


 朝霧さんは気配を察知させずに本当にぬるっと現れた。驚くのも当然か。


「でも……七瀬さんは芸能人じゃ……」


 俺は当然の疑問と共に七瀬さんと朝霧さんを交互に見る。


「まさか……七瀬さんって……」


 俺は1つの答えにたどりついた。


 七瀬さんは子供っぽく笑いながら「バレちゃった?」と言う。


「……仕事って、スタイリストをしてるの?」


 俺の言葉に二人がずっこける。


 そして、感情が何もなさそうな朝霧さんも七瀬さんと一緒に笑い始めた。


「……あたしはアイドル。七瀬は違うけど」


「ふふっ……そうそう。そうなんだ。私、スタイリストのアシスタントみたいな仕事してるから。それでぇ……氷織とはぁ……仕事で知り合って……ね?」


 彼女は最後に同意を求めるように朝霧さんを見た。朝霧さんは、こくり、と、小さく頷いた。


 スタイリストのアシスタント……。


 なるほど。


 朝霧さんと知り合いってことはルミナスティアーズの担当もしているはず。一番近くで本物を見ている。だから、私服とか癖とかそういう細かいところまで似てくるんだ。


 俺の中ですべてのピースが、すとん、と音を立ててハマった。


「そっか! なるほど、そういうことか! すごいんだね、七瀬さん」


 これまでの謎が払拭された、俺の100点満点の納得の言葉。


 それに七瀬さんはどうしようもなく可笑しそうな顔で笑った。

 

 そして、その隣で朝霧さんがふっ、とほんの少しだけ、口元を緩めたようだ。単に鼻が痒かっただけかもしれない。


 七瀬さんはそこで「そういえばさ」と切り出した。


「あ、私一回やってみたいことがあったんだ」


 俺と朝霧さんが「何だ?」と言いたげに首を傾げる。


「陽介、朝霧氷織。氷織、相川陽介」


 七瀬さんはそれぞれを手で指しながら名前を紹介してくれた。


「洋画でよくある自分だけが両方と知り合いの時の紹介の仕方だ……」


 七瀬さんは「ん、そう」と言いニヤリと笑う。朝霧さんも「よろしく」と言ってくれた。


「ど、どうも……」


 今度はそっくりさんではなく、本当に本物のアイドルと知り合いになってしまったらしい。



 ―――――


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