ライバル
「きゃぁ♡ ワタ王子、凛々しいぃ!」
この場にそぐわない黄色い歓声が響いた。
声の主は、王子にぴょこんと飛びつく。
左の頬にハート型のホクロ。
明るいピンク色の髪は上のほうで二つにわけられ、白いリボンで結んだあと、たゆませてから縦巻きロールの〔ハールバール〕にしている。ブルニアには複雑すぎて、どう結んでいるのかわからない。
王子と同じように丸い印象のあるドレスは薄いピンク色で、胸元が大きく開いていて目のやり場に困った。
小柄な彼女からは、身分の高さがうかがえた。
「姫!!」
アイリス騎士団長が青い顔をして、彼女を見た。
モンスターの脅威が高まっている街に、姫が来たことを心配しているようだった。
ブルニアは、初めて見るお姫様という存在から目をそらした。
キレイなお化粧をしたお姫様だけれど、胸元があきすぎている。
「やだぁん。こわぁい♡」
王子に抱きつく姫。
「おぉ、ビバー。
かわいそうに。女の嫉妬は怖いなぁ」
姫を心配するワタ王子の視線は、明らかに彼女の胸元だった。
それを全く気にせず、むしろ見せるように胸をワタ王子の左腕に押し付ける姫。
「しょうがないのですわぁん♡
よくあることですものん」
(これが、アイリスさんの元婚約者?)
もっと、違う人だと思っていた。
顔は整っているが、こんなスケベで嫌な感じの男と婚約していたのかと、ブルニアは驚いた。アイリス騎士団長の苦労が想像できてしまう。いっぱい嫌な思いをしたに違いない。
婚約破棄は辛かったかもしれないが、それでよかったと思った。
「王子、なぜこんなところに他国の姫を____」
「決まっているだろぉ?
アイリス。お前が信用できないからだよ。
お前は、俺より弱い。
討伐にてこずるようなら、俺が代わりにモンスターを討伐してやろうと思ってな。
なんならブルードラゴンを倒してやってもいい」
「王子! それは____」
「文句があるなら、ちゃんと仕事をしろ!
今日の様子を見て決める。
まぁ、せいぜいガンバレよぉ?」
「ちょ、ちょっと、待ってください。
それは酷くないですか?」
立ち去ろうとする王子の前にブルニアは立ちふさがった。
ワタ王子が明らかに不機嫌な顔をする。
「あぁ?」
「い、一週間前に、婚約破棄したばかりで、この仕打ちですか!?」
「それが奴の仕事だ」
冷たく言い捨てられてしまった。
ショックを受けるブルニア。
貴族社会のことはわからない。
けど、結婚の約束をしていたのに破棄されるのはストレスがあると、ブルニアですら想像できる。なのに、いたわるどころか、恋人を連れて仲の良さを見せつけ、脅しをかける。こんな男が王子でいいのかと、怒りを覚えた。
「お前、そんなひょろひょろで、よく俺の前に出たなぁ。
なるほどぉ。バカも過ぎればカワイイものだぁ。
本来なら切り捨ててやるのだが、おもしろいから見逃してやろう。
はっはっはぁ!
第二騎士団は、こんなお荷物を抱えているのかぁ。
せいぜいガンバレよぉ?」
ワタ王子は、上機嫌でビバー姫を連れて優雅にさっていった。
「王子は〔煙突掃除人〕を騎士と間違えていましたね」
今までどこにいたのか、バイモ副団長が現れた。
「騎士団長の私ですら知らなかったのだ。
王子が〔煙突掃除人〕の制服の特徴なんて知るわけがないさ」
「そうですね。あの王子ですもんね。
ところで、討伐に持っていく荷物なのですが、準備が整いました」
「では、出発をしよう」
王子は、アイリス騎士団長より強いと言っていた。
ブルニアより細い腕をしていたのに、アイリス騎士団長より強い?
ブルニアの頭の中は腹立たしさでいっぱいだった。世の中はなんて理不尽にできているのだろう? 怒りに震えるブルニアを見て、アイリス騎士団長が言った。
「ブルニア殿。さっきは怒ってくれてありがとう。
私は恋愛に疎いので何とも思ってなかったのだが、やはり、あの場では怒るのが正解だ。ブルニア殿は強いな」
まさか「強い」と言われるとは思わなかった。
言われるなら、「優しい」とかだと思っていた。
剣もまともに振れない。
魔法も使えないのに「強い」?
アイリス騎士団長は、やはり、ほめて人を伸ばすタイプの人だ。
「さ、みんな、出発するぞ!!」
こうして、第二騎士団は気合を入れて森へと出発し、ブルニアは煙突掃除へと向かった。
ブルニアはストレスを発散するように働いた。
屋根の上にのぼり、ワイヤーブラシで煙突の煤をこそぎ落す手に力が入る。イライラしながら上下に動かしていると、やりすぎて煤が舞い上がってしまった。
「げほっ、げほっっ。
ダメだな。八つ当たりはよくない。
悔しいなら、強くなるために努力すべきだ」
今から努力したって、生まれながらに環境の整っている人に追いつくわけがない。
しかし、悶々と考え込んだり、イライラするなら何か行動すべきだと思った。
◇◇◇◇◇
「君はバカなのかね?」
煙突掃除が終わり、町長のもとに行って今朝のことを話して決意を告げると、町長から説教をされた。
「落ち着いて、自分が何をしたいのかを見極めるべきだよ。
ブルニア君は、王子にぎゃふんと言わせたいのかね?
それとも、アイリス第二騎士団長と結婚したいのかね?」
「け、けけけけけけけけけけ……結婚!?」
ブルニアの顔が真っ赤になった。
「そうか。そうか。
彼女はまっすぐで、いい人そうだよね。ブルニア君が好きになるのもわかるよ」
まだ返事をしていないのに、どんどん話が進んでいく。
そもそも、アイリス騎士団長が好きだと言ってないのに、なぜ気付かれたのか。ブルニアは不思議でならなかった。不思議でならないが、さらに顔が勝手に赤くなるので、どうしたものかと慌てた。
しかし、町長はおかまいなしに話を進める。
「なら、まずは彼女に好感を抱いていることを伝えた方が良いのではないかね?
とつぜん告白されても、びっくりして反射的に断られてしまう可能性があるよ?
道に咲いている花でもいい。さり気なく、彼女に贈ってみてはどうだね?」
そう言われると、そんな気がする。
ブルニアは早くに両親を亡くしていたため、町長が親代わりみたいなものだった。
「でも、剣も魔法も使えない俺は、彼女につり合いません」
「大丈夫。
王子に一言いう勇気のある君は充分強い。
それに、強さにも色々ある。
君は君のいい所を、伸ばすべきだ」
そうじゃない。
そんな生ぬるいことを言ってて、アイリス騎士団長と結ばれるわけがない。そう思った。
しかし、とつぜん告白されても、びっくりして反射的に断られるというのも気になる。女性は警戒心が強い。確かにそうかもしれない。
とりあえず、花は贈ることにした。
茶菓子として出されたケーキを見て、町長は言った。
「ケーキ屋に誘うのもいいよね」
「け、ケーキ屋にですか!?
ひょろひょろの俺なんかと一緒に行くと、アイリスさんも変な目で見られます」
ブルニアは二日前のことを思い出した。
ケーキ屋で女性たちに白い目で見られたのが、軽くトラウマだった。しばらくはケーキ屋に行く気になれない。
「ブルニア君。君は充分に強い。自信を持ちなさい」