稽古
次の日、ブルニアは騎士団の練習に参加した。
練習といっても、モンスターを討伐に行く前のウォーミングアップだ。時間は短い。
騎士の一人が、自分のウォーミングアップついでに横目でブルニアの稽古を見てくれた。
アイリス騎士団長とバイモ副団長の姿は、ここにはない。きっと、作戦会議とかで忙しいのだろう。改めて、遠い存在なのだなと実感した。
「はぁ。……剣をまっすぐ振り下ろすこともできないのか」
素振りをしていると、呆れられた。
剣は重たいのに、振りおろしてもまっすぐおりない。ヘロヘロと、剣は右に左にと揺れながらおりる。何回やってもそうだった。
「本当に剣を持ったことないんだな。
こっから教えるのか。……はぁ」
申し訳ないと思うが、強くなると決めたのだ。
アイリス騎士団長に、心配されないようになりたい。出来ることなら釣り合う人間になりたい。
ブルニアは「よろしくお願いします」と、頭を下げた。
「隊長の紹介じゃなければ、引き受けなかったんだからな」
そう言って、彼は説明をしてくれた。
「腕の力でおろそうとしてもダメだ。
力のある奴なら、腕の力で無理やり剣にいうことをきかせられるが……あんたに筋肉がないから、なおさらダメだ。
いいか? 剣を振り下ろすときに、両手で……」
「おぉ、やってるな。彼はどうだ?」
説明を聞いていると、アイリス騎士団長が現れた。
ライオンのたてがみのような黄金の髪が、朝日をあびて爽やかに輝いている。ブルニアは彼女のことが、より一層眩しく見えた。
「団長。彼は本当に素人です。
我々がいる間に、剣をまともに振れるようになれるかどうかも怪しいですね」
「そうか。では、私が見よう」
まさか、アイリス騎士団長に見てもらえるとは思わなかった。
なるべく恥ずかしい所は見せたくない。剣を握る手に力が入る。
「素人にいきなり剣を持たせても、できなくて当然だ。
まずは、生き残ることが優先。
足を運びやすい構え方から教えよう」
ブルニアが橋のそうじの仕事中にモンスターに殺されないよう、考慮してくれようだ。
やはり、彼女は優しい。
「足の運びも、流派によっていろいろある。
うちは、正対することを基本としている」
「生態?
すみません。
モンスターのこと、そんなに詳しくなくて……」
「いや、そっちの“せいたい”じゃない。
私は説明が得意ではないから、実際にやってみよう」
アイリス騎士団長がブルニアの真正面に立つ。
そして、「基本はこれだ」と言った。
それだけではわからないだろうからと、アイリス騎士団長はブルニアの右にまわった。ブルニアは、説明を見逃すまいと右に体を動かして、しっかりと彼女を見た。
「そうだ」
何が「そう」なのかよくわからないが、ほめられた。
続いて、アイリス騎士団長は左に動いた。ブルニアも体全体で左を向く。
「そうだ!」
なぜほめられているのか、わからない。
わからないが、正解らしい。
アイリス騎士団長は、だんだんスピードを上げてブルニアの右や左に移動した。それを見逃さまいと、ブルニアは必死で体を動かした。
「本当に素人なのか? 完璧じゃないか!」
やはり、わからない。
何をほめてくれているのか、さっぱりわからなかった。
「相手に真正面を向けるのが大事なんだ。
目だけで相手を見るのではなく、体全体を相手に向ける。
そうすれば、相手の攻撃に対して、すぐ右にも左にも動ける」
基本中の基本ができていたみたいで、ブルニアはホッとした。
「……しかしなぁ、あの動きについてこれるとは、さすが橋を任されているだけあるな」
任されていると言っても、橋のそうじだ。
そのついでに、森から帰ってこない人がいないか見ているだけ。アイリス騎士団長は、ほめて伸ばすタイプらしいとブルニアは思った。
「アイリスさんは優しいですね」
「はははははは! おもしろい事を言うなぁ」
なぜだかアイリス騎士団長に思いっきり笑われた。
その笑い方が豪快で、ブルニアには騎士たちの会話が聞き取れなかった。
「団長が優しい?」
「ウソだろ?」
「さっきも、素人相手に最後の方すごい速さで動いてたぞ?」
「なんでアレについていけるんだ?」
「あいつ、じつはすごいやつなんじゃぁ?」
これがきっかけで、騎士団員が友好的になった。
「君は、すごいな!」
「橋のそうじより、騎士団に入ったらどうだ!」
「本業は〔煙突掃除人〕? もったいないな!」
「団長についていけるやつなんていないぞ!」
「団長を“優しい”と言えるのは、君ぐらいだ!」
ブルニアを騎士団員が囲む。
わけがわからなくて戸惑っていると、偉そうな声が聞こえてきた。
「朝から楽しそうだなぁ!
こんなに緩みきって、貴様らは税金泥棒かぁ?」
騎士たちが、すぐにその場で敬礼をした。
アイリス騎士団長もキレイな敬礼をしている。ということは偉い人だ。
「ワタ王子!!
まさかおいでになられるとは____」
「俺が来なければ、適当に働くつもりだったのかぁ?」
「いえ、そんなわけでは____」
「言い訳はいい! この税金泥棒どもめ!!」
現れた金髪の男は「王子」と呼ばれていた。
彼の服は丸みを帯びていて、ブルニアには奇抜に見えた。
まん丸いパフ・スリーブの肩先。男性用の半ズボンの白いトランク・ホーゼ。スカートのついた白地に金のリボンのジャーキン。
おかっぱにカットされた髪はサラサラで、よく手入れがされていた。
(白を基調とした服装が、まさに〔王子様〕だ……って、まさか!)
ブルニアは、コルピーレの町を出たことがない。
王子の顔なんて知らないし、会ったらどうしたらいいのかもわからなかった。こんな辺境の地に、王都から騎士団が来たことですら初めてなのだ。
そして、〔王子〕ということは、アイリス騎士団長の元婚約者ということ。
ブルニアは、とつぜん現れた王子から目が離せなかった。
(手はつないだことあるんだろうか。きっと一緒にダンスしたり、食事したり、オシャレな街におでかけしたりもしたんだろうな。二人はてをつなぐ以上の間柄だったのだろうか____)
嫌な妄想ばかりしてしまう。
すると、ワタ王子のかげから小さな女の子が出てきた。