ライバルがいるのかもしれない
「なぜ〔煙突掃除人〕がこの場にいるのですか?」
次の日、ブルニアは町長室に呼び出された。
町長にきのうの報告をしていたら、突然ドアが開いてメガネの騎士が現れ、ブルニアを見るなり不満を言ってきた。
「まぁまぁ。先にこの部屋にいたのは彼の方だ」
続いてアイリス騎士団長が現れ、メガネの騎士をなだめた。
まさか、今日もアイリス騎士団長に会えるなんて思ってもいなかった。
ブルニアは、今日はなんていい日なんだと嬉しくなった。
好きな人に会えただけで、体が軽やかになる。
「彼にも、いてもらったほうが良いと思ったんです。
なんてったって、“帰宅の鐘”が鳴ったあとも外出を許可されている数少ない人物ですからね。ブルニア君には、橋のそうじのついでに、“帰宅の鐘”が鳴っても帰ってこない人がいないか見てもらっています。
あ、私、町長のソリダゴです。
騎士団のみなさまには、遠路はるばるお越しくださいまして、ありがとうございます」
町長がしわの入った手をのばし、アイリス騎士団長と握手した。
「第二騎士団長のアイリス・グロリオサです。
今回は、最近増えた魔物の討伐に参りました。ある程度、数を減らしたら王都に戻ります。
こちらは、副騎士団長のバイモです」
「よろしくお願いいたします」
紹介されたバイモ副騎士団長が、右手の人差し指でメガネをちょっとかけなおしてから、丁寧に礼をした。
「よくおこしくださいました。
こちらこそ、よろしくお願いいたします」
町長はバイモ副騎士団長とも握手した。
バイモ副騎士団長は、ブルニアとは握手をする気がないようだった。
まぁ、そうだろう。
そうじ要員にまでいちいちあいさつしていたら、日が暮れる。
しかし、‟下っ端をいちいち相手にしない”というあからさまな態度が、なんだか嫌だなと思った。
アイリス騎士団長は、ブルニアにも「短い間だがよろしく」と握手した。
(やはり、彼女はいい人だ)
「やはり。何も感じないな」
その言葉に、ブルニアは血の気が引いた。
今日も会えたと喜んだ矢先、振られるとは思いもしなかった。
(まだ何もしてないのに、アイリスさんに好意を抱いていることがバレた!?)
騎士団長ともなると相手の思考がわかるのか。
なんてことだとブルニアは慌てた。嫌われる心の準備ができていない。
休日に女性から変人扱いされたり、毛嫌いされることはある。だが、〔煙突掃除人〕の姿で嫌われることはなかった。
「彼には魔力を感じない。握手をした感じでは、剣を握ったこともなさそうだ。
橋には、町の騎士か冒険者を配置したほうがいいのでは?」
握手で、相手の戦闘力を測っていたようだ。
きのうの握手も、ブルニアの強さを測るためにしたのかもしれない。
少し切なくなるけど、気にならなかった。なぜならアイリス騎士団長は、ブルニアの心配をしてくれている。そう感じる話し方だった。
「大丈夫です。ブルニア君は強いですよ?
モンスターが現れても、冷静に行動することができます」
「ちょ、町長! ほめすぎです」
まるで孫をほめているような感じがして、はずかしくなった。
“戦える”ではなく“行動できる”。
何でもいいからほめようというのが見える。穴があったら入りたい。
無理に橋のそうじの仕事をくれなくていい。騎士団の人の言うとおりにしてほしい。そう言おうとしたら、バイモ副団長が苦い顔をしてコソッと言った。
「経費削減のためですかね。まぁ、仕方ありません。
我々がいる間は、彼がケガをするようなことはないでしょうし、べつにいいのでは?」
「うむ。そうだな」
バイモ副団長にかばわれた。
ブルニアのことを嫌っていそうだったから、意外だった。
ただ、橋のそうじなんて、どうでもよかった可能性もある。たぶんそうなのだろう。騎士団の人は強いので、時間になっても帰らないということもなさそうだ。
ブルニアは、心の中でため息をついた。
「この町には鐘がたくさんありまして____」
町長が町の説明に入った。
この町の特徴は、中央と東西南北の五ヶ所に鐘が配置されていることだ。
「‟朝の鐘“は、東から西に鐘が鳴っていきます。
家の外に出てもいいという合図です」
‟昼の鐘“は、中央。
“夕方の鐘”は西から東に鐘が鳴る。これは、一日の仕事を終える時間が近づいてきたことを知らせている。
次の“帰宅の鐘”で全ての鐘が鳴り、夜勤の〔警備隊〕と〔煙突掃除人〕以外は家から出てはならない。どんなに強い冒険者でもだ。特別な許可がないと厳しい罰則になる。
そもそも“帰宅の鐘”が鳴ったあとは、モンスターに襲われても助けが来る可能性が限りなく低い。だから、この決まりを破る者はいなかった。
「この町の北にある山に〔ブルードラゴン〕の巣があるので、〔ブルードラゴン〕の魔力にあてられて、この辺りのモンスターは強くなっています。必ず守ってください」
「わかりました」
「今回のようなことは前にもありました。
あの時は、〔ブルードラゴン〕が卵を産んでましてね。ヒナがかえって、空を飛べるようになるまで縄張りを広くとっていたようなんです。
今回もきっと同じことがおきていると思われます」
「それでも、〔ブルードラゴン〕を退治してはいけないんですよね?」
「そうです。
〔ブルードラゴン〕は退治しないでいただきたい」
実は、この町は〔ブルードラゴン〕の恩恵を受けていた。
〔ブルードラゴン〕は水遊びをする。
水が足りなければ魔法で水を出すほどに、水に囲まれた生活を好む。
そのおかげで、下流にあるコルピーレの町は水不足に悩んだことがなかった。近くにいると困るけど、一定の距離でいてほしい存在なのだ。
「ありがたい。このコルピーレの町を調べてきてくださったのですか」
「フンッ。アイリス団長は、王子の元婚約者です。このぐらい、当然です」
バイモ副団長が、胸をはって自慢してきた。
アイリス騎士団長のことを誇りに思っているのだろう。彼女は部下からも慕われる素晴らしい人なのだと再認識した。
(ん? 王子の元婚約者!?)
ブルニアは、頭に強い衝撃を受けた気分になった。
やはり、婚約者がいたのだ。しかも、王子。
(もと?)
「“元”ということは、今は婚約者はいないのですか?」
思わず質問を投げかけた。
バイモ副団長が白い目で、ブルニアを睨みつける。無礼な平民だと蔑むような目だった。
しかし、アイリス騎士団長は、笑顔で答えてくれた。
「あぁ、一週間前に婚約破棄を言い渡されたばかりなので、今は婚約者はいないよ」
「……殿下は愚かな決断をしました」
「まぁまぁ。国のためだよ」
不満をもらすバイモ副団長を、アイリス騎士団長がなだめた。
「あなたのような素晴らしい女性なら、きっとすぐにいいお相手が見つかりますよ」
町長がそう言ってから、ブルニアのこのあとの記憶がない。
そのあと、どんな話をしたのか、どうやって橋まで来たのかわからなかった。頭の中はアイリス団長のことでいっぱいだった。
(婚約者がいた! しかも、王子!!
「婚約解消」ではなく「婚約破棄」ってどういうことなんだ!?
町長は「すぐにいいお相手が見つかる」と言っていた)
「はぁ……」
夕方になっても、ため息が出た。
アイリス騎士団長が、王子とはどんな関係だったのか、すごく気になる。
こうしている間にも、“いいお相手”とやらが見つかるのではないかと焦る。
(だめだ! 不安ばかりを募らせても何も変わらない。
何かしなければ、何も変わらない!)
ブルニアは無謀にも、騎士団の訓練に参加することにした。