煙突掃除人
コルピーレの町では、一日に何回も鐘が鳴る。
ちょうど今、“夕方の鐘”が鳴ったところだった。
次の“帰宅の鐘”が鳴ったら、みんな家に帰らなければならない。辺境にあるこの町は、夜はモンスターが町に入り込むこともある。
絶対、守らなければならない決まりだった。
さっき“守護神”という聞きなれない言葉を聞いたものだから、ブルニアはちょっと幻想的な気分になっていた。〔運命の恋〕というものを信じたいほどに。
そんなブルニアを、突如現れた冒険者の声が現実に引き戻した。
「お! 〔煙突掃除人〕だ!!」
この国一番の冒険者であるレンが、嬉しそうに近づいてきた。
レモンの果実のような、さわやかな金色の髪をパタパタと弾ませながら小走りに近づいてくるので、本当に嬉しいらしい。今日は、まだ防具を着なれてない少年をつれている。きっと新人冒険者だ。
「なんてラッキーなんだ! 握手してくれ!!」
レンが現れたせいで、アイリス騎士団長が握手していた手をはなしてしまった。
残念に思うブルニアの手を、レンが握りしめる。
悪い人ではないのだけれど、この日ばかりは彼を恨んだ。
「“この橋で〔煙突掃除人〕に会えると、無事に帰れる”とも言われている。
時間に余裕はないが、お前も握手してもらっとけ!」
「はっ、はい! ぼくもお願いします!!」
恐る恐る手を差し出す少年とも、ブルニアは握手した。
すると、レンが声を小さくしてお願いしてきた。
「彼、初めての冒険なんだ。
お守りにちょっと……アレを分けてくれないか?」
「……いいですよ」
ブルニアは橋を掃いていた自分の〔ほうきの枝〕を一本だけ小さく折って少年に渡した。すると、少年は目を輝かせて、両手で大事そうに受け取った。
「ありがとうございます!!」
そのやりとりを見ていたメガネをかけた白い髪の騎士が、咳をした。
王都からはるばる来た騎士団を無視して、「煙突掃除人に会えた」とはしゃいでいる冒険者に気を悪くしたらしい。
それを見ていたアイリス騎士団長が、右手で制してレンに話しかけた。
「なぜ、少年はそんなに喜んでいるんだ?」
「〔煙突掃除人〕の〔ほうきの枝〕は、冒険者にとって最高のお守りなんだ」
「ふぅん……」
興味深そうにしているので、ブルニアはアイリス騎士団長にも〔ほうきの枝〕をあげた。
受け取ると、彼女はキレイな白いハンカチにくるんで大事そうに懐に入れたものだから、ブルニアはとても嬉しくなった。
さっきは恨んだけど、このきっかけをくれたレンに心から感謝した。
「そうだ。
冒険者なら“守護神”について、何か知らないか?」
「“守護神”?
〔煙突掃除人〕のことじゃないのかな?」
アイリス騎士団長はレンにも、同じ質問をした。
レンもブルニアと同じで、よくわからないようだった。
悩むレンを見て、新人冒険者が口をはさんだ。
「レンさんのことじゃないですか?
この国一番の冒険者じゃないですか!」
「俺は“守護神”なんて呼ばれたことないぞ?」
「きっと陰でウワサされているんですよ!」
「そうかな?」
レンは腑に落ちないようだが、ブルニアは「そうかもしれない」と思った。この国一番の冒険者なら、陰で“守護神”と呼ばれていてもおかしくはない。
メガネの騎士も「そうかもね」と思っていそうな顔をしているように見える。
ブルニアはとつぜん不安になった。
(もしかして、アイリスさんはレンさんのことを好きになるんじゃぁ!?)
この国一番の冒険者であるレンは、とてもモテる。
強くてお金持ちのうえに優しいし、面倒見もいい。今だって「“守護神”は〔煙突掃除人〕なのでは?」と言ってくれた。自分の力におごることなく、他人をしっかり立ててくれる。こんないい男、好きにならないわけがない。
ブルニアは焦った。
(アイリスさんが、レンさんを好きになる瞬間を見届けなければなないのだろうか?)
さっき、鐘は鳴ったので、自分と同じような幻想的な恋の落ち方はしないだろうが、アイリス騎士団長が目の前で誰かを好きになるのを見たくない。
ブルニアは、剣も魔法も使えない。
ほうきやブラシは人より使いこなせるかもしれないが、そうじが得意だからといって何の対抗になるものかと思う。剣でほうきを切られたり、魔法で燃やされれば終わりだ。
ブルニアはむなしくなった。
「そうか。知らないか」
アイリス騎士団長は、憶測の意見は受け取らず、「三人とも、ありがとう」と言って騎士団を連れてさっていった。
“仕事ができる女”
そういう印象をうけた。
身分に関係なく意見を聞いて、キッチリ仕事をこなしていくタイプ。
ウワサに振り回されないアイリス騎士団長に、ブルニアの心は鷲掴みにされた。
(本当に“守護神”と呼ばれる神様がいるなら、一緒に探してあげたい。でも……)
“守護神”が人間だったら、その人に恋をするのだろうか?
そもそも、彼女が貴族なら、もう婚約者がいるかもしれない。いろいろな不安が頭をよぎる。
「橋を渡るときは、お金を箱に入れるんだぞ」
ブルニアの思考をレンの声が遮った。
なぜ橋にお金を払うのかと不思議そうにしている新人冒険者に、レンは説明した。
「橋は冒険者の命綱なんだ。
モンスターに襲われて帰って来たとき、橋がなかったら困るだろ?」
「命にかかわりますね」
「そうだ。
〔ブルードラゴン〕に出くわしてみろ、腕のたつ冒険者が最低300人は必要だ。
他の冒険者たちと合流できなかったら死ぬ。
そして、もし死んだら、この橋が、俺たち冒険者の墓標になる」
「なるほど。
モンスターの多いこの町で冒険者の墓をたてていたら、墓だらけになりますもんね」
そんな会話をしながら、二人は急いで森に入っていった。
冒険者の命綱であり、墓標でもある〔石造りの橋〕。
ブルニアは敬意をもって、橋のそうじの続きをした。
数分後。
「うわぁ! まだ追いかけてきますよ!!」
「もうすぐ町に入る橋だ! がんばれ!!」
くそっ!
森によく生えている薬草を刈り取るだけだと、油断した!!」
レンと新人冒険者が砂煙をあげながら、走って帰ってきたようだ。
まだ姿は見えないが、どうやらモンスターに襲われたらしい。
「まさか、本当に〔ブルードラゴン〕と出くわすとは!
いつもは、もっと山の奥にいるはずなのに!!
おい! 〔煙突掃除人〕は、まだいるか?」
「え? 〔煙突掃除人〕ですか? たぶんいます。
ほうきを持った人が見えます!」
「よし! このまま全力で橋を渡るぞ!!」
「そんなことしたら、〔煙突掃除人〕が〔ブルードラゴン〕に襲われます!!」
「大丈夫だから、走れ!!」
“この橋で〔煙突掃除人〕に出会えると、無事に家に帰れる”
昔から、この町の冒険者はみんなそう思っている。
困った時は、橋にいる〔煙突掃除人〕にモンスターをなすりつけて家に帰る。
今までずっとそうやってきた。
剣も魔法も使えない彼が、いったいどうやって助かっているのか誰も知らない。
でも、〔煙突掃除人〕が橋で傷を負ったことはなかった。
煤のおかげだと言うウワサもある。
人は暖炉で火をつける。
冒険者の多いこの町は、魔法で火をつけることが多い。
魔法は精霊の力をかりて発動する。と、いうことは暖炉には〔火の精霊〕がよく呼ばれるということになる。
そのうち暖炉に住みつく〔火の精霊〕もでてくるだろう。
その〔火の精霊〕の住処をそうじする〔煙突掃除人〕には、“〔火の精霊〕の加護”があるのではないかと。
だから、みんな喜んで〔煙突掃除人〕をさわりにいく。
他に、モンスターは煤の臭いが苦手なのではないかとのウワサもある。
〔煙突掃除人〕についた煤をさわれば、〔火の精霊〕の加護か、モンスターの苦手な臭いを少し分けてもらえる。みんなが、そう思っていた。
「あとは任せてください」
「たのんだ!」
レンは新人冒険者と一緒に、ブルニアの横を走り抜けていった。
「やっぱり、守護神は〔煙突掃除人〕だと思うんだよなぁ」
すれ違いざまに笑顔でそう言われたが、ブルニアはそうは思わなかった。
(俺は弱い)
ほうきで橋の地面に円をかく。
すると、地面が青白く光った。
「みんな。力をかしてくれ。
〔ブルードラゴン〕が来た」
ブルニアが語りかけると、青白く光った円から次々と〔青白い冒険者〕が出てきた。
剣を持った者もいれば、杖を持った者もいる。弓や槍を持った者もいた。
皆それぞれに武器を持ち、着ている服もそれぞれだった。
よく見ると時代を感じる服装の者もいる。
ブルニアの能力は、〔火の精霊の加護〕を受けることではない。
橋に眠る冒険者たちの魂を呼び起こし、力を借りられることだった。
呼び出された冒険者たちは、あっというまに〔ブルードラゴン〕を追い払った。
(俺は弱い。死者の力を借りなければ、戦えない。俺自身に何の力もない。
アイリスさんにふさわしい男になるため、強くなりたい!!)
ブルニアは強くそう願った。




