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恋の鐘が鳴る

「きゃぁ!」

「煙突掃除人よ!!」

握手あくしゅしてください!」

「俺にも握手をお願いします!」

「俺もぜひ!!」



 〔煙突掃除人えんとつそうじにん〕のブルニアは、仕事で移動するとき、よく人に囲まれる。

 ”〔煙突掃除人〕に握手してもらうと、幸運がおとづれる“というウワサがあるからだ。



(この町には一人しか〔煙突掃除人〕いないからなぁ。

 珍しいからそんなこと言ってんだろうけど、俺は幸運よぶことなんて出来ないぞ?)



 普段は煙突の中にいるから、珍しいのだろう。

 煙突掃除人の黒い制服を着ているときは、冒険者からよく囲まれた。

 しかし、休日になると逆だった。



     *

     *

     *






「うわぁ。あの男の人、一人で来ているわ」






 天気のいい休日。

 〔煙突掃除人えんとつそうじにん〕のブルニア・ベルゼリア22歳は、店内20席ほどのケーキ屋に一人で来ていた。



(うぅ、居心地いごこちが悪い)



 甘いもの好きのブルニア。

 店内は女性だけだからか、猫背で座っていても彼の背が高いのがわかる。

 目がかくれそうなほどの黒髪でみずかららの視界しかいせばめても、女性客からかくれることはできなかった。



(仕事の制服を着てなければ、俺は単なる変な人)



 居心地は悪いが、どうしても食べてみたいスイーツがあった。それは、「スノー&スノートッピング」という新作のスイーツ。



____わたし、行きたいお店があるんです。



 仕事をしているとき、女性冒険者が、男性冒険者におねだりしている声がたまたま耳に入って気になっていた。


 「スノー&スノートッピング」は、ヨーグルトにジャムをのせたものに見えるが、酸味さんみはないらしい。雪のように白いホイップ状のお菓子には〔ローズウォーター〕が使われていると聞いて、食べてみたくなった。



____トッピングの〔いちごジャム〕にはワインやシナモンが入っていて、貴賓きひんを感じる甘さなんですよぉ!



 ぜひ、食べてみたいと休日に来てみたものの、居心地が悪い。男一人では店内でういてしまう。

 彼女ができたことがないうえに内気うちきなブルニアには、ケーキ屋にいっしょに来てくれる友人もいなかった。



(俺は弱い。一人で、この空気にえられない)



 〔シュラーゲン王国〕の北東にある小さな町に「煙突掃除人」はブルニア一人しかいない。

 煙突掃除は、基本一人。

 一緒に働く仲間もいない。

 食事に誘う同僚もいなかった。



「……すみません。やっぱり、帰ろうと…………」



 冷たい視線にたえられなくなって帰ろうとしたとき、女性客の歓声があがった。

 どうやら、この国一番の冒険者が入店してきたらしい。




「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「この国一番の冒険者よ!!」

「かっこいい!!」




 レモンの果実のような、さわやかな金色の髪。

 高身長で引き締まった筋肉。笑顔のまぶしい男。

 ただでさえ冒険者はもてるのに、彼はとてもかっこよかった。そして、お金持ち。


 依頼いらいをこなせば報酬がもらえ、モンスターを倒すとさらに報酬が入る。死骸の毛や皮はコートやカバンに。爪やキバはアクセサリーや武器になる。肉は高級食材。臓器は薬。すべて高い商品になる。


 女性が落ち着かなくなるのもわかる。

 彼は全てを持っている。

 いい男だ。


 今回はパーティーを組んでの依頼だったらしく、四、五人つれていた。



「わぁ! 本当におごってくれるんですか?」

「俺たちの分まで、ありがとうございます」

「無事に帰ってこれたお祝いさ」



(今のうちに食べよう!!)



 店内の女性客は冒険者たちに注目している。

 今がチャンスと、ブルニアは「スノー&スノートッピング」を堪能たんのうして店をでた。






 おかげで、次の日の仕事は晴れやかな気分でこなせた。

 〔煙突掃除人〕の制服は、黒い立襟たちえりジャケットに、黒いパンツ。白だと、すぐすすで汚れるので手袋も黒。目深まぶかかぶっているシルクハットも、もちろん黒。

 全身黒ずくめの暗い色だが、心は明るかった。



(きのうの「スノー&スノートッピング」、おいしかったなぁ)



 思い出すたびにスイーツの味がよみがえり、幸せな気分にひたれた。

 ワイヤーブラシを握る手も、いつもより軽やかになる。


 煙突掃除が終わり、屋根からおりる。

 片づけついでに煙突掃除をした家の周りをほうきでいているとき、妙な〔ラクガキ〕を見つけた。



「丸い円に何かの図形?

 ヘタなサインのようだし、ついでに消しておくか♪」



 いつもなら、〔ラクガキ〕を見つけたら不快になるが、きのうの「スノー&スノートッピング」で頭がいっぱいで、幸せ気分はうすれなかった。






 夕方。

 煙突掃除の仕事が終わって〔北の森〕に続く橋を掃除していると、騎士団らしき人たちが馬に乗って現れた。



(こんな辺境の地に、王都からの騎士団?)



 なかなか見ることのない王都の騎士が、一人ではなく15人ぐらいいる。

 ブルニアは、何事かと驚いた。

 とりあえず道を開けるべく、急いで橋の隅によける。

 


「君は、この町の騎士か?」



 ブルニアはあわてた。

 隊長と思われる人物に、話しかけられた。

 しかも、女性。

 ライオンのたてがみのような、黄金の髪。若々しく健康的な肌。白い軍服に、白いよろい。白馬に乗り、堂々としたその姿にひれ伏したくなる気分になる人物だった。


 剣のことは全くわからないブルニアでも、彼女はそうとう強いと推測できた。



「お待ちください。アイリス騎士団長。

 騎士のように見えますが、彼の手袋は〔黒〕です。

 騎士の手袋は〔白〕。彼は〔煙突掃除人〕です」



 白い髪で、二十代ぐらいの騎士がいった。

 白い髪といっても、光にあたるとうっすら緑色が入っているように見えて、キレイな色の髪だった。メガネをかけ直しながら話すところが知的だが、怒られそうで怖い。



「そうなのか?」

「は、はい。俺は〔煙突掃除人〕です」



 この国で〔煙突掃除人〕は、黒い制服に黒いシルクハットを被る。

 仕事着で姿勢よくすれば、〔煙突掃除人〕を見たことのないこどもから〔騎士〕と間違えられることもある。若くして騎士団の団長なんて、彼女は貴族に違いない。きっと、初めて〔煙突掃除人〕を見たのだろうとブルニアは思った。



「そうか」



 彼女は納得し、ブルニアにまた話しかけてきた。



「〔煙突掃除人〕に聞きたいことがある。

 この町に“守護神”がいるそうだが、何か知っているか?」



 初めて聞いた。

 ブルニアは生まれてからずっとこの町にいる。

 だが、“守護神”なんて聞いたことがなかった。


 もしかしたら、自分が知らないだけで、そんな伝説があるのかもしれない。それか、何かの宗教の話かなと推測した。

 どちらにせよ、仕事柄あまり多くの人と接しないのでわからない。

 ブルニアは、ウワサ話にうとかった。



「すみません。宗教の話はちょっと……」


「宗教? そういうわけじゃないのだが……。

 そうか、知らないか」



「アイリス騎士団長。

 そんなことより握手あくしゅさせてもらうといいですよ」


「握手?」


「はい。

 〔煙突掃除人〕に握手してもらうと、“幸せがおとずれる”という言い伝えがあるそうです」



 それを聞いてブルニアはあわてた。

 確かに、そう言って握手を求めてくる人がいる。

 だが、自分は他人に幸せをあげられるような人間ではないと思う。



「い、いえっ!

 〔煙突掃除人〕は屋根の上にいることが多いので、地上で見かけるのがめずらしいってだけです。

 だから、そんなウワサが____」



 誤解だと説明しようとするブルニアのもとに、女性騎士団長が白馬から降りて近づいてきた。



「私は、アイリス・グロリオサだ。

〔シュラーゲン王国〕の第二騎士団長をしている。

 しばらく、この町に滞在する。よろしく!」


「お、俺はブルニア・ベルゼリアです。

 この町の〔煙突掃除人〕です。

 よ、よろしくお願いします」



 アイリス第二騎士団長は、ブルニアの手を「ガシッ」とつかんで握手してきた。




(あ!! この人、すごくいい人だ!!!!)




 ただ握手するだけでなく、わざわざ馬から降りて自己紹介までしてくれた。

 煙突掃除人の制服を着ていれば人が寄ってくるが、中には握手ではなく「ちょんっ」と恐る恐る体にさわってくる人もいる。なのに、彼女は正面から堂々と、しっかりブルニアの手をとった。そのことに感動した。


 ちょうどその時、高らかにいくつもの鐘が鳴った。






「ガラァン、ガラァンガラァン。ガラァン、ガラァンガラァン____」






 川に浮かんでいた鳥の群れが、鐘の音に驚いて羽ばたいていく。



(まるで、この出会いを世界が祝福してくれているようだ)



 水しぶきが飛び、白い羽根が数枚ひらひらと舞い落ちてくる。

 そして、鐘の音が響くたびに、感動の波がやってきた。ブルニアは魂が体から抜け出してしまうぐらい、心をひかれた。アイリス騎士団長のことで、頭がいっぱいになった。






(俺は今、恋に落ちていっている!!!!)






 グゥゥゥゥゥゥッと、今、まさに心を強くひかれていく感覚がとても心地よかった。

 しばらくこの感覚の余韻よいんにひたっていたいほどに。




「ガラァン、ガラァン____」



 この日の夕日はさわやかなピンク色で、空気のつぶが下からキラキラと輝いて見えた。

 夕日は赤いと思っていたが、こんなにも幻想的な色の日もあるのかと感動した。

 運命を感じずにはいられなかった。



 ブルニアは、アイリス第二騎士団長に恋をした。

 一般人が貴族に恋をしても、その想いは届くはずがない。

 だけど、この胸に宿やどったキラキラした想いを大切にしたいとブルニアは思った。


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