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100日後に結婚するふたり(の、一日目)

作者: 佐藤山猫

オチのない会話劇にオチをつけたような作品です。


「おふたりの馴れ初めを教えてください」


 ウェディングプランナーに尋ねられ、ふたりは顔を見合わせた。


「話せるようなきっかけって……」

「話せるようなのは、無いわね」


 頷き合って、「大学からの知り合いです」と言うに止める。プランナーは不思議がるでもなく粛々と、「そうなんですねー」とメモに何かを書きつけている。

 式へのこだわりは、お互いの親の意向によるものが大きい。どうやら双方の親とも、子どもの結婚を諦観していたらしい。降って湧いたような祝事に、毎日止むことなくお祭り騒ぎだった。辟易を隠せない。


 本当のきっかけは、親にも──いや、親にだからこそ言えなかった。












「モテないんだ」


 駅前の居酒屋チェーン店。枝豆の大皿とホッケとジョッキを前にして、男は絞り出すように言った。男の名前は江田という。


「こんなにハイスペックなのに」

「当然だと思う」


 対面に座る女がゴクリと喉を鳴らして、ジョッキグラスに注がれたレモンサワーを飲み干す。女の名前は籠原という。廉い酒を飲む姿ひとつとっても様になる美人だった。


「当然だと!?」

「うん。モテる要素、どこにあるの?」


 籠原の冷徹な口調に、江田は納得がいかない様子だ。憮然として言う。


「金がある」

「それだけ?」

「重要だろう!? 引き落としを気にせず金を使えるんだ。それでも残高は増える一方だ」

「さすがお医者様ね」


 江田はフンと鼻を鳴らした。


「学生の頃より遥かにマシになったんだ。だって大学の六年間で、俺はめちゃくちゃ自己プロデュースに取り組んだからな」


 そう言って江田は、アピールポイントを指折り数え始めた。


「背も低くない。170センチ以上ある。痩せてもいないし太ってもいない。服にもハンカチにもアイロンをかけている。ファッションにだって気を遣っている。極端に派手でも幼くもない格好だ。髪型だって毎日整えている。芸能人並みとはとても言わないが、顔だってそれほど悪くないはずだ」

「大した自信ね」

「そう思わないか?」


 反問されて、答えの代わりに籠原はおざなりに拍手をした。


「……それで、あんたはどうしてモテたいの? 結婚したいの?」

「結婚はしたい」


 籠原の細めた目に気付かず、江田は言下に答える。


「社会人になって交友がさらに減った。医者の仕事は不定休だ。夜勤もある。飲みだってあまり行けない。いまある友達付き合いだって、この先友達が結婚したり家庭を持ったりすれば益々減っていくだろう。孤独だ。結婚すればそういうのも無くなる」

「中々最低なことを言うわね。というか、あんた不安がるほどは友達いないじゃない」

「その数少ない友達だって無くしていくかもしれないだろう? 結婚しなさそうなのはお前くらいだくそビッチ」


 言葉のナイフがお互いを刺し合う。いつも通りのやり取りだ。今更ふたりも表情を変えたりしない。


「親からも結婚するよう急かされている。俺の人生なんだから好きにさせてほしいのに。あれで中々鬱陶しい」

「うちは上の兄弟にもう子供がいるから、文句も言われないけど」


 親子関係を持ち出されて、籠原にも少し同情心が湧いた。籠原も大学を受ける時、進路で揉めて親と口論して、結局資金が足りなくて奨学金に頼った思い出がある。完済の目処は立っているがまだ遠い。

 それはそれとして、だ。「この際ヤリ目セフレでもいいから相手が欲しい」などぶつくさ言っている江田に、籠原は枝豆の鞘の先を突き立てた。


「まず、あんたは性根が腐っている。打算的な理由で結婚? モテたい? 馬鹿じゃないの?」

「人間なんて誰しも打算的だろ?」

「主語が大きい」


 カリカリに揚がったポテトフライの大皿が運び込まれる。テーブルの上には食べかけの料理が所狭しと置かれている。ふたりは、早速と熱々のポテトフライに手を伸ばし、同時に熱くて手を引っ込めた。


「たとえ百歩譲って、あんたが言うみたいに人間みんな打算的だったとしてもよ。普通、そんなのは隠し通すものよ。本音は晒さないの。あんた、建前でも『好きだから』なんて言える? 本音でぶつかりたい、受け入れてほしいだなんて青臭い子供みたいなこと、本気で思ってないでしょうね」


 江田の喉から、声にならない声が漏れた。呻き声だ。ぐうの音も出ない、と江田は頭を抱える。拍子に腕が当たって、江田の箸が床に転がる。


「だいたい、あんた人の好意を無碍にするじゃない。知ってんのよ。看護科の濱野ちゃん、今日あんたと食事したいって誘ってたって。わたしと飲むからって言って断ったんでしょう? かわいそうに。濱野ちゃん以外にもさ、何人か、あんたを狙ってるのがいんのよ。アプローチしてたの気付いてた?」

「……あんなの、俺の金が目的に決まってる」


 俯いたままの江田の目の前に、新しい箸が差し出される。店員に持って来させたものだ。入れ替わりに、籠原があらかた食べ切った枝豆の空皿が下げられる。


「モテない俺に近付いてくるなんて、どうせ金目当てだろう。看護師なんて医者狙いの玉の輿志望が七割だ」


 はあ、とこれ見よがしに籠原は溜息を吐いてみせた。どうしてこれでモテたいなんて言えるのかしら、と呟く。


「あんた、その偏見捨てなさい。失礼よ」

「看護師連中に嫌われているのに、肩を持つんだな」

「好き嫌いの話じゃないの。礼節と品性の話なの」


 籠原は肩に落ちた栗色の髪をかきあげ、ポテトフライに手を伸ばす。ポテトフライは塩だけで食べるのが王道だと籠原は思う。ちびちびとケチャップをディップする江田の食べ方は邪道だとも。


「そりゃ、あの人たちだけじゃなくてもわたしのこと嫌いな人は多いでしょうね。性別に関係なく。うちの看護科なんて女の園なんだから余計に」


 江田は黙って食べかけのホッケの切身をつまんでいる。

 籠原とは、大学時代からの付き合いで、同期の中でも飛び切り優秀だった。

 医科大学の勉強に次ぐ勉強と実習に次ぐ実習を、殆ど独力で乗り切り、ばかりか試験成績はすべてトップクラスで、誰もが一目置いていた。

 医科大学は小規模な大学だ。一学年の数は少なく、過酷な毎日を耐え忍ぶため、同期同士の団結が強い。この女のように、誰とでも寝るような尻軽で無ければ。

 性道徳のリミッターがぶっ壊れている籠原は、近所の私立大学の学生を中心に、下は18から上はアラサーまで、手当たり次第の男とワンナイトラブを楽しむという趣味を持ち、健全な同期方から白い目で見られていた。団結という言葉は彼女の中では辞書の中だけに存在していた。


「仕方ないじゃない。セックスが好きなんだから」


 映画を観たり旅行に行ったりするのと変わらない。ただの趣味だと籠原は嘯いていた。この女と友人として接するのは自分くらいでは無いかと、時々江田は訝しんでいた。


「一人の人間として接されるか、恋愛対象として接されるかって、結構分かるものよ」

「そうなのか」

「ええ。だってそうじゃないとセックスできそうかどうか分からないじゃない」


 なるほど、逆も然りなのかもしれないと江田は思う。はじめから恋愛対象として品定めしてくる男に、女は警戒心を抱く。結果、コミュニケーションが取れず、色恋は成就しない。江田にとって、籠原は対人スキルの教師だった。


「あんたには感謝してるのよ。ただの友達として見てくれるのって、もうあんたくらいだから」

「お前の趣味がどうだろうと俺に影響ないからな」

「……それって、だいぶ人に無関心なんじゃない?」

「かもしれないな。俺はモテるための努力を惜しむつもりはないが、俺から付き合うための努力には正直関心がない。誤解しているかもしれないが、俺は不特定多数の人間から好かれた上で、魅力的な女性と交際し結婚したいんだ」

「うわ最低。誤解のままで良かったわ」


 それでモテたいだなんておこがましいにも程があるわね、と籠原は小さく呟いた。


「恋愛感情なしに男を取っ替え引っ替えしているお前だって似たようなもんだろ」

「セックスするのに愛情は必ずしも必要ないから」

「お盛んなことで。この間も学会の後でどっかの病院の人とホテルへ抜け出したって聞いたぞ?」

「社会人になってからの方が遊びやすいのかもね。なにせ、みんなわたしのことを知ってた学生時代の方が、遠巻きにされることが多かったもの」

「不倫とかしそうだな」

「そんなリスクは犯さないわ。ワンナイトだったとしても、結婚してなくてたとえば婚約だったとしても、慰謝料請求なり退職勧告なりに繋がり得るでしょ」

「恋人は寝取るのにか?」

「向こうが声をかけてきたのに、こっちに恨みを向けるなんて筋違いだわ。どうやっても互いに合意があるんだから。向こうに断る理性があれば良かったんじゃない」

「正論パンチだ」


 空の皿を下げる店員に、ふたりは次の酒を注文する。江田も籠原も同じ中ジョッキ。


「じゃあやっぱり、これは嘘か」


 江田は呟いて、メッセージアプリの画面を差し出す。訝しげにトークを確認する籠原の表情が次第に険しくなっていく。


「外科の部長が不倫して、それが奥さんにバレて離婚危機だっていう」

「誰と不倫したかは分かってないんでしょう?」

「お前とだって話になってる」


 同期の間で回っている噂話だ。わざわざ籠原一人を抜いて作り直されたトークルームには、正義感に溢れた何人かの『許せない』『奥さんかわいそう』『不倫の証拠を見つけよう』という書き込みが連なっている。


「感想は?」

「不愉快ね。どうしたら汚名を雪げるかしら。名誉毀損で訴えたいくらい」

「おっと。俺の名前は訴状に載せないでくれよ」

「しないわよ。あんたは初めからわたしの潔白を信じていたみたいだし」


 トーク画面を遡ると、江田が『籠原はそんなことしないと思うな』と言って、それが怒りの乱立に埋まっていくところが確認できた。籠原は内心で少しだけ溜飲を下げた。

 そもそもな、と江田は空になったジョッキを煽る。


「お前がそういった危ない関係を持つとも思えなかったしな」

「おじさんに性欲は湧かないわ」

「部長は確か40オーバー……おじさんか。若く見えるけどな」


 籠原はしばらく難しい顔でスマホの画面に目を落としていたが、ややあって顔を上げて、


「教えてくれてありがとう。どうりで最近、風当たりが強くなったわけね」

「風除けにできることは無いか? なるべくだが協力するよ」


 籠原は虚をつかれたように目をぱちくりと瞬かせた。


「えっ。あんたからそういう言葉が聞けるとは思わなかったわ」

「友人としてできる範囲で協力してやらんこともやぶさかではない」

「煮え切らない言い方ね」


 文句を言いながらも、籠原の顔には、肩の荷が降りたような力の抜けた笑顔が形作られる。常にない表情に江田は僅かに狼狽し、そんな自分の心の動きにまた狼狽した。


「証拠や証言があったら、こんな風な噂にならないわよね。誰か、不倫相手の名前もあがるはず」

「最初に勘付くのが奥さん、っていうのも腑に落ちない」

「院内不倫では無いのか、そうだったとしても巧妙に隠している──」

「奇しくも、直近のお前の休みと、部長の休みが重なっているんだ」

「それだけで不倫相手がわたしだって言うの?」

「お前が相手なら、隠す理由も分かる。相手にとって不足しかないからな」

「その日本語、間違ってるわよ」


 江田の言わんとしている旨はどう取っても失礼で、籠原は微かにこめかみをひくつかせる。


「不倫している時点で、気にする対面なんてないでしょうに」

「俺に言われても知らんよ」


 江田は大袈裟に肩をすくめてみせた。「似合っていないしウザいだけだからやめなさい」と女はすぐさま忠告を入れる。


「で、今日、わたしは休みで、だからあんたとサシで飲んでいる訳なんだけど」

「おう。部長も休みらしい。有志による尾行隊が結成されててな。実習に来てる学生たちも巻き込んでえらい勢いだ」


 なるほどね、と籠原はしたり顔をつくって、すぐに眉根を顰めた。


「わざわざ部長の家まで行って見張ってるの? 週刊誌の記者だって、今どきそんなことしないんじゃない?」

「興信所なら?」

「本業じゃないでしょみんな。素人の張り込みなんて、どう考えてもあからさまじゃない。警戒されるわよ。もし、部長が出かけなかったらどうするのよ」

「それがだな。ついさっきになって、ようやく部長がそそくさとどっかに出かけて行ったらしい。車でな」


 カラカラと笑って、江田はビールのおかわりを頼んだ。顔も赤らんでいないし、呂律もはっきりしている。そんな江田を視界の端に入れながら、何か笑えるところがあったかしらと籠原は不思議がる。どうやら随分と酒に酔っている。どれだけ酒に酔っても表に出ないことは、長い付き合いで知れていた。


「まだ張り込みしてるの?」

「ん? んーと、いや、ああ。何人かは明日も予定が無いっていうので、まだ張り込んでるらしいぞ」

「医者の貴重な休みを、そんなどうでもいいことに費やさなくても……」

「あ、あとは別働隊がいるって」

「別働隊?! なにそれ!? …………や、別働隊、か」


 籠原は押し黙って、テーブルに目線を落とす。既にサワーは無くなって、溶けきれなかった氷が浮かんでいるのみだ。


「……いいわ。そろそろいい時間だし、店を出ましょう」

「ん。ああ」


 会計を済ませ通りに出ると、籠原は辺りを不自然で無い程度に窺った。視線が向けられるのを感じる。


「さ、行くわよ」


 これ見よがしに、籠原は江田の腕に身体を巻きつけた。


「しなだれかかるな。暑い」

「狼狽えてる狼狽えてる。やめなよ。童貞くさいからさ」

「そういうことじゃないんだよ。どういうつもりなんだってことだよ」


 心底鬱陶しそうに振り払おうとする江田の耳元に口を近づけ、籠原は囁いた。


「尾行されてるわよ……馬鹿。キョロキョロしないの」


 酩酊気味な江田の頭でも、尾行と聞いて閃くものがあった。灰色の脳細胞が働き始める。


「あ、不倫の?」

「でしょうね。これで容疑は晴れたかしら」

「お前が代わりに、俺と付き合ってるってことに──ならないか。いつも通り男を食っていると思われるだけか」


 したり顔の籠原に、こいつも随分酔っているなと江田は思う。酒は飲んでも飲まれるな、を地でいくのが常の籠原にしては珍しい。初めて見たかもしれない。江田は感心し、そして同時に、不愉快を覚えた。


「俺がお前のただの遊び相手、と見られるのは業腹だな」

「へ? へえ。モテたいんじゃないの? ヤリ目でも良いって言ってたじゃない」

「そう思っていたんだけどな。ちょっと宗旨替えだな」

「ガチ恋? してみる?」


 あくまでも茶化す調子の籠原。平素の江田なら溜息と苦笑と皮肉で返すところだったけれども、今日は違う。「籠原」と名前を呼ぶ。道の端まで手を引いて、正面から江田は籠原を見つめる。


「俺と付き合ってくれ」


 籠原はにまりと口角を持ち上げ、そして得意そうに鼻を鳴らした。


「気に入らなかったら別れるから、あらかじめ覚悟はしておきなさいよ」


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