76話 覇王と覇王
「一歩を踏み出すのに、今と決別するのに背中を押して欲しいのですね?
あなたは今、不安に駆られている。その先の道がまやかしではないと、信じきれていないでいる。
……良いでしょう、全力でぶつかってきなさい。私も全力で応えましょう!!」
オーカスとの戦いが始まった。
「うぉおおおおお!」
ワルターが駆け出した。右手で剣を抜き、左手で魔力を練り、オーカスに向かっていく。
「──キシャァア!」
だが、邪気をおびた樹木型モンスターが行手をはばんだ。
「──付与・中級炎魔法!」
ワルターは魔法で剣に炎をまとわせて斬りつける。トレントどころかサイクロプスですら耐えきれない火力だ。しかし──
「グシュウ……!」
一部が焼けながらもこのモンスターは耐え切ってしまった。
元が何の変哲もない木だったにもかかわらず、オーカスの邪気を少し注がれるだけでこれ程までに強いモンスターになってしまうのか。見た目はトレントの色違いだが、ケタ違いの強さだ。
「…"加護"です。大いなる御使様の意思の担い手である私に許された神聖なる御業。
この加護を受けた子供達は、大いなるチカラの一端を行使することを許されるのです。
そうですねえ……ここは覚えやすいよう"ダークトレント"と名付けましょうか。この者たちはいわば前菜。ディナーにとって前菜も大切な要素ですからね、ぜひ味わってみてください」
加護……上位存在が特定の者に、己のチカラに似た性質の能力を与えること。己の戦士にしたり、役割の代行をさせるのに使い、デウスがメーシャに勇者としてチカラを与えたのもギフトの一種である。
そのギフトはまさに上位者のチカラを使うに近しく、ギフトを手に入れたモンスターはもはや別個体である。
「ウガァア!」
ワルターに加勢するためにホブゴブリンのホブちゃんが飛び出した。
「──攻撃力強化!」
ホビットの浮遊円盤使いのダイアナがホブちゃんに補助魔法をかける。
「ウゥウグオオオ!!」
「グシュ!?」
もともと力が強いホブゴブリンに攻撃力強化までかけた結果、ワルターの一撃を止めてしまうダークトレントをそのウォーハンマーで一撃粉砕してしまった。
「ダイアナちゃん!」
その隙にワルターが短く指示を飛ばす。
「──攻撃力強化!」
「サンキュ! ……はぁっ!!」
補助をかけてもらったワルターも、ホブちゃんと肩を並べてどんどんダークトレントを薙ぎ倒していく。
「素晴らしいですよ、迷い子のみなさん。……ですが、まだ全員は動けていない様子。少し追加しましょうか。
──この地に眠る者たちよ……さあ、目覚めの時間です。"ソルジャーグール"」
オーカスの呼び声に応えてかつての冒険者が永き眠りを覚まし、ふたたび地上へと姿をあらわした。
そして、ただの血肉に飢えたゾンビが、オーカスの邪気を飲んで凶悪な兵士となる。
「ボォオオオ……!」
5……10……どんどん地中から這い出てくるソルジャーグール。
ダークトレントに加えてこの数の増援となると、いくら前衛ふたりが強いと言っても時間がかかってしまう。オーカスの言うとおりここは、全員が一丸となって戦う必要がありそうだ。
「──みんなに届いて……"守備力強化"!
……ポリーちゃん、カシーちゃん受け取って! "付与・中級光魔法"!」
ヒーラーのシャロンは味方がダメージを受ける前に補助魔法を発動。そして、手が空いた隙に自分も攻撃に加わる。
「──範囲中級光魔法!」
光の雨が降り注ぎ、ソルジャーグールにダメージを与えていく。ソルジャーグールの耐久力と耐性が高くそう簡単には倒されてくれない。しかし、さすがの耐久力も光の雨で数えきれないほど貫かれれば身体も崩壊してしまう。直撃した中央の何体かは浄化してそのまま大地に還すことができた。
「──あたって〜!」
「れんぞくこうげき!」
光属性のエンチャントを受けた鳥人のふたご、ポリーとカシーが連続で矢を放ってソルジャーグールに大穴を開けて吹き飛ばしていく。
「──上級闇魔法!!」
みんなの作り出した隙を活かしてアメリーの魔法が発動。漆黒の槍がいくつも出現する。
本来ならアンデッドに闇属性魔法は耐性だが、上位魔法……しかも使用者が闇魔法が得意となれば話は別。
「薙ぎ払う!」
アメリーの声に連動して巨大な漆黒の槍がソルジャーグールを薙ぎ倒していった。
「………………」
全てのダークトレントとソルジャーグールを倒されたオーカスは言葉を失う。ものの2〜3分程度で自慢の手下が倒されて焦っているのだろうか。
…………いや、違う。
「素晴らしい!!!
ある程度は頑丈にしてあげたつもりでしたが、これ程まであっさり倒してしまうとは驚きました。う〜ん……ますます気に入りました!
……しかし、あなたが持っているもうひとつの覇王の石を使ってくれるかと思いましたが、見積もりが甘かったようです。ああ、いや……前菜しか用意していないのに見返りを要求するのは強欲です。
……悔い改めます。謙虚な心持ちで、真摯に直接あなた方と戦い使わざるを得ない状況を作り出しましょう!」
オーカスのその笑顔はまだ崩れなかった。それどころか、予想以上の活躍を見せたワルターたちに歓喜した。
そして、奥の手である『覇王の石』の存在を知った上で、その能力を使うことすら望んでいた。
「笑えるのは今のうちだよ? もし俺ちゃんたちが石の力を使ってオーカスちゃんを倒しちゃうだろうし、なんならそのまま『御使様』とやらとゴッパも倒すつもりだからね」
成功するか分からないし、チカラを発揮してもオーカスも同じチカラを持っている。勝てるかどうかはぶの悪い賭けだった。
だからこそ魔力を練り、また練りなおし、いつでも発動できるように、こうして会話をはさむことで魔力を安定させる時間を作る必要があった。
安い挑発。乗ってくれれば隙が生まれるし、そうでなくとも今までの言動から時間が稼げそうである。
「かまいませんとも」
ただ、オーカスは乗らなかった。しかも、その笑顔のまま邪気の塊をワルターに投げつけてきた。
「マジかよ!」
ワルターは大きく飛び込むようにジャンプして回避する。攻撃こそ受けなかったが魔力は霧散してしまった。
「ウガウ!?」
同じく回避していたホブちゃんがワルターに声をかける。
「ダメージは受けてない、大丈夫だよ!」
ワルターはそう言うが、気が付いていた。
オーカスがすでに大きな魔法を発動する準備を終えそうになっていたことを。
「負けたならそれまで。私が力不足であったというだけのこと。しかし、乗り越えるならばそれもまた面白い。
──範囲上級水魔法!! ふふっ、にげられませんよぉ〜!」
大量の水が出現するや否や巨大な竜巻きとなり、数百mもの範囲をまたたくまに飲み込んでしまう。
「──"魔力適性強化"! "魔力適性弱化"!」
飲み込まれる直前、ダイアナが補助魔法を発動。みんなの魔法に対する耐久力を強化し、オーカスの魔法攻撃力の弱体化をはかる。
「惜しい、オークロードの時であれば有効なんですが」
オーカスには弱体化は無効だった。正確には、覇王のチカラが弱体化の魔法を弾いてしまっていたのだ。
「──魔法障壁!」
それならばと、シャロンがとっさに魔法障壁を展開して味方を守る。
ふたつの補助を受けてほぼ万全の状態。ただ、オーカスの魔法の威力は予想を超えてきた。
「……ぐっ!? 剣と盾が……!」
水の竜巻きは補助魔法と魔法障壁で軽減してもなおワルターにダメージを与え、しかも水の特性で装備を酸化させ、腐食させていく。
「……ダイアナさん、ポリーさんとカシーさんも、できるだけ飛んで遠くへ!」
アメリーが指示を出す。
地上は逃げられないが、竜巻きといえど高さには限度があったのだ。円盤に乗っているダイアナと、翼をもつふたごたちに逃げられない高度じゃない。
「分かった!」
ダイアナは多少円盤が酸化しながらも魔法から脱出。
「はい……!」
「がんばる!」
ポリーとカシーも続いて範囲外に出た。
「──"範囲回復魔法"……!!」
なおも続く攻撃に耐えるため、シャロンが回復魔法で対抗する。装備のダメージこそそのままだが、魔法で削られた生命力はこれで回復。しかし、削られる速度が早く、多少時間稼ぎができたとはいえジリ貧であるのは変わらない。
「このままじゃ!」
「だね」
それを見たふたごは、ある程度の距離まできたところで攻撃に移った。
「まほう、とまって!」
「いつまでつづけてるのっ!」
少しでも怯ませてオーカスの動きを止められればと思い、ふたりは渾身の矢を撃ち続ける。
「ボクも協力するぞ!
──"中級雷魔法"!」
ダイアナもありったけの魔力を注ぎ、円盤から雷のビームを射出していく。
「──"魔法障壁"!
良い攻撃ですが、私もある程度の補助魔法は使えるんですよ」
3人の渾身の攻撃は魔法障壁で無効化されてしまった。とはいえ、オーカスに別の行動をさせて水の大竜巻きを止めるのには成功する。
「よしっ──」
誰が言ったか、安堵の声を漏らしたその時。
「……『なんとか耐え切れた』ですか?
目的を達成していないのに攻撃は止めませんよ。
……窮地におちいってこそ生命は輝くものです。さあ、受け止められるものなら受け止めてみなさい! もしくは覇王の石を使っても良いですよ!!
──"上級炎魔法"!!」
隕石のごとく、巨大な灼熱の玉がワルターたちめがけて降りてくる。
「手を取り合うなら最高の友人となりましょう!
ですが、このまま敵対するならその覇王のチカラをも乗り越える。
そして……私は、チカラごとあなた方をも飲み込んで、真なる覇王……いや、魔王となるのです!!!」
オーカスはさらなる侵略と力の誇示、邪神への貢献を望んでいた。そして、チカラの目覚めと同時に出会った相手が、同じ覇王の石を持つ者であることに運命を感じていた。
故に、『正しき道』へと導いて協力者となりたいと思っていた。
ただ、そうなれなくとも先導者として正しき道へ導けなかった責任をもって、ワルターたちを飲み込み、その魂を大いなる使命のために捧げるつもりであった。
「……これは!?」
ワルターが気が付いた時にはもう遅かった。
大量の水と灼熱の炎。ぶつかればどうなるか、他のみんなも気が付いていた。だが回避するのは不可能。なぜならそれは、超広範囲の……。
──水蒸気爆発。
しかも魔法による強化を受けた爆発だった。
だが、その爆発を受けたのはひとりだけであった。
「──ウガァァァアアアアア!!!!」
ホブちゃんは仁王立ちして特殊スキルを発動。その攻撃の全てを一身に受けたのだ。
「ホブちゃーん!!!!」
ワルターが思わず叫びを上げる。しかし、すぐに冷静さを取り戻してシャロンに指示。
「蘇生魔法を!!」
命を落とした位置、もしくは身体が残っていることが条件で蘇生できる魔法だ。しかし、10分……長くても30分以内。身体の状態によっては1分以内に蘇生できなければ魂は帰ってこれない。
「すぐに!」
今回は今すぐに蘇生しなければならないことを、シャロンも、もちろん他のみんなもわかっていた。だからこそ、この魔法は絶対に成功させなければならない。
失敗すれば永遠の別れか。最悪ラードロの操り人形として永遠に苦しむことになる。
「素晴らしい献身です!
しかし、応えると言った以上私も手は抜きませんよ!
──"範囲上級水魔法"!」
オーカスはまた水の巨大竜巻きを作り出さんと魔法を発動。
もし同じ状況になれば、蘇生は確実に間に合わないだろう。しかし、発動した以上はその魔法を圧倒的なチカラで消し飛ばすか、相手を倒すしか助かる方法はない。ならば──
「……有と無、ヴィヴィッドとセピア、始まりと終わり。
おおいなる魔力は剣となり、盾となり、手となり足となり、翼となり我がチカラとなれ……!」
ワルターは『覇王の石』を握りしめ、周囲の魔力と同調し、ありったけのエネルギーをそこに注いでいく。
「うぐっ……!」
不安定なエネルギーが体内で暴れ、ワルターは思わず膝をついてしまう。
「ワルター……!」
水流に押され、ダメージを受けながらもなんとかアメリーは駆け寄る。
「成功させますよ!」
そして、不安定なエネルギーを安定化させるために魔力を操作して協力する。
「シャロンちゃんを守るぞ! ──付与・中級風魔法!」
ダイアナがポリーとカシーの弓に風をまとわせた。
「「わかってる!」」
エンチャントがきた瞬間、ふたりは同時に矢を発射。
矢は轟々とうなりをあげて水流を貫き、シャロンの足元に突き刺さる。すると風の竜巻きを起こして水流を押しのけた。これで蘇生魔法の詠唱が続けられる。
「これは試練です。あなた方にとっても、私自身にとっても!
さあ、このまま果てますか? 降参しますか? 私を乗り越えますか?
ワルターさん、あなたと……あなたの選んだ者たちの『答え』を教えてください!!」
クライマックスを察したオーカスは、持てるチカラを出し切って全力の一撃を叩き込むつもりだ。次で全てが決まる。
「──全ては同じところから生まれ、同じところで消える。循環……全てがつながっている」
その時、不思議なことが起こった。
周囲の水魔法が魔力へと還元され、ワルターの身体にどんどん吸い込まれていくのだ。
「これは……!」
アメリーが確信する。そう──
「──きた!!」
ワルターが適応し、その頂きに昇ったことを。
凄まじきそのオーラは上級水魔法をいともたやすくかき消してしまう。
「──"蘇生魔法"!!」
そして、時を同じくしてシャロンが蘇生魔法を発動。
「ガウガ!」
ホブちゃんの蘇生に成功した。
「俺ちゃん、珍しく怒っちゃったわ。……みんな!!」
「「「「「「応!!!!」」」」」」
ワルターに応える。
みんな意思はひとつだった。そして、やるべきことは単純。間違えるはずもない。
「おお、時が満ちたようですね!
では『あなたの答え』と『私の答え』、どう違うか答え合わせといきましょう!
──"アポカリプス・レリーフ"!!!」
邪気が渦巻き破滅の象徴を形作る。それはドクロ、それは病、それは戦争、それは飢餓、無数の象徴が螺旋を描くように絡み合い、ひとつの杭となってワルターの元へとゆっくりと、しかし確実に突き進んでいく。
「うぉおおおおお……!」
ワルターは次の一撃のため、その凄まじいチカラを己の剣に集中させる。だが、その一撃を完成させるのはワルターだけのチカラではない。
「ワルター!」
アメリーが、
「ガウガー!」
ホブちゃんが、
「ワルターちゃん!」
シャロンが、
「ワルターちゃん!」
ダイアナが、
「わるたーちゃん!」
ポリーが、
「わるたーちゃんっ!」
カシーが、
「チカラが溢れてくる! これなら──!!」
みんなが自分の全力をワルターに託し…………そして完成する。
ワルターなりの覇王のチカラの使い方。操るためではなく、ともに歩むためのチカラ。
これがこの時代の英雄『ワルター・ジャーヴィス』の英雄になる瞬間である。
「答えが欲しいならくれてやる!
これが俺たちの光!! ……いくぞ!!
──シャイニングライザァアアアアア!!!!」
まばゆい輝きの奔流が放たれる。それは目前に迫るアポカリプス・レリーフを正面から受け止め、完膚なきまでに打ち砕いた
そして──
「なんと……輝かしい!
これがあなた方の『答え』なのですね。……完敗です」
輝きの奔流はそこで留まることはなく、邪気を覇王のオーラごと浄化させ、覇王オーカスも無へと還してしまう。
その光景は名前の通り、光の柱……天の梯子……そう、まさに輝光が天に昇るようであった。
「……夜が、明けたな」
こうして、オーカス討伐隊の長い戦いが幕を閉じたのである。




