72話 オーカスの出現とジョン砦
いまだ姿を見せないラードロと覇王。戦況が討伐軍に大きく傾いているのに沈黙を続けている砦。
メーシャはそのふたつは繋がっていると判断し、ワルターが攻めている砦に向かっていた。
「…………さっきから砦の方になんかひとだまみたいなのがいっぱい飛んでいってるけど魔力? いや、雰囲気が違うな。初めて見るけどこれって……」
『生命力だ。普段は体内から出ることはないし、命が尽きてもそのまま霧散して大地に還るんだが……』
デウスの言う通り、魔力は空気中に滞留することはあるが生命力は地面に吸収されて、再び世界に循環していく。
だが、メーシャが出発した少し後から、いろんな方向から半透明の青白い炎のようなもの……つまり、生命力が飛び始めていた。向かう場所は全てオークロードの待つ砦である。
敵が顔を見せず、あり得ない状況まで起こっている。
ワルターも弱いどころか、むしろ上位の冒険者と比べても遜色ないが、相手ははウロボロスを破った邪神ゴッパの側近サブラーキャの軍。安心はできない。
「それにさ……ずっと地響きしてない? しかも、止まんないどころか少しずつ強くなってるし、なんかイヤな予感がするな」
地面は震え、空気はよどみ、魂が飛び交い、暗雲が立ち込め、覗き見える空は血のように赤い。
地獄のような光景が、これから生まれる覇王と、邪神という存在がこの世界にとって毒だと表しているようだった。
● ● ●
それから少し進んだ頃だった。
「あれ、止まった……?!」
異変に気が付いたメーシャが魔法を解いて地面におりる。
ひとだまは見えなくなり、地面が静まりかえり、雲は消えていた…………が、空が今度はドス黒く色塗られていた。
まがまがしいその空は吸い込まれそうなほど黒く、メーシャの背筋を一瞬凍らせるほどだった。
「──来る!」
瞬間、遠目に見えていた砦が崩壊し、空の色を呑み込んだかのような血の色をした巨大なモンスターが姿を現した。
『オーカス……!』
イノシシの頭、ヒト型の上半身にドラゴンの下半身、背中には蝙蝠の翼が6つ、そして身にまとうオーラは黒く邪悪そのものを体現し、その身体は高さだけでも30m以上はありそうだった。
「出てきちゃったか! 急がないと!」
メーシャが再び風魔法で浮かび上がり、オーカスの元に飛ぼうとする……が。
「──させんぞ」
鎌が虚空から出現しメーシャの首を狙う。
「うぉっと!?」
メーシャは空中で身体を回転させて鎌を回避。距離を離して攻撃をしかけた相手に目を向ける。
「……邪神の手下……だね?」
怪しくゆらめくローブから覗く邪悪なドクロ、まがまがしい黒い液体がしたたる大鎌、地面や空気を腐らせる邪気。その姿は"死"を想起させ、まさに死神というに相応しい姿だった。
初めて目にする相手ではあったが、本能的に邪神の手の者だと分かった。
「我はサブラーキャ……ゴッパ様の忠実なしもべ。ウロボロスにそそのかされた哀れなニンゲンよ……我らが崇高な儀式を邪魔するならここで消させてもらうぞ……!」
サブラーキャは、今までのラードロとは一線を画す威圧感を放っていた。
これまでオーラを受けても何の変わりもなかったメーシャでさえ、身体に痺れのような感覚を覚える程だ。『格が違う』のだろう。
「崇高な儀式とやらが何か知んないけど、あのオーカスを放っておけるわけないでしょ。まあ、これから壊した建物の復旧とかお腹空かせた人たちにご飯を送るってんなら応援するけど。
それと、ついでだからデウスから奪った宝珠も返してくれない? あれないと物理的な身体を作れないみたいで、デウスがご飯もまともに食べられないんよね。どうかな?」
メーシャは口を動かしながら、ポケットのスマホを急いで操作し『これから目の前にいるラードロと本気で戦うから近寄らないで。もし加勢するならこっちじゃなくてワルター先輩の方にお願い』と、カーミラに送る。
「これから朽ち果てる哀れな貴様だが、最期ゆえに教えてやろう……。
ゴッパ様はこの先ウロボロスのチカラを解放し、魔法、奇跡、超能力、現象、時間、世界、空間、多次元、全てのものを掌握して真なる王となる。
そして貴様らは偉大なるゴッパ様のため、この星より魔力と生命力を供給する歯車となるのだ。……素晴らしいだろう? 地を這って星のエネルギーを吸うだけしかできぬ者どもが、ゴッパ様のお役に立てるのだから」
サブラーキャは邪神ゴッパに心酔していた。
この星の住民を人とも思わず、たんなるエネルギーの燃料のような扱いである。邪神軍の崇高さの是非はともかく、異世界と地球の者たちの敵なのは間違いない。
「…………やっぱ、相容れないかな。あーしたちは敵同士だわ」
メーシャがオーラを放って臨戦体制に入る。
「……やはり、蛇の家畜ごときにゴッパ様の偉大さは理解できないか。いいだろう……ここで貴様は消えてもらう!」
サブラーキャの大鎌がメーシャを捉えた。
* * * * *
メーシャとサブラーキャが戦い始める少し前のこと。
アレッサンドリーテの廃れた砦の中でも随一の大きさを持つ"ジョン砦"。かつての賢王ジョンが強大なモンスターと戦うために作られた魔法砦であり、少量の魔力で強力な結界を作ったり魔法弾を撃ち出すことができたという。
ただ、それは数百年前のものであり、しかも廃棄されて久しいため本来なら使用できないか、もし使用できても今の時代ならただの物理攻撃でも結界が破れ、熟練した冒険者なら生身で魔法弾を受け切ることができる。
……はずだった。
「ワルター、結界が復活したようです。しかも……」
ジョン砦から少し離れた位置にある、テントを貼られただけの簡易作戦室にて。
憔悴したような表情のダークエルフの女性魔法使いが入ってきた。アメリーだ。
「しかも、前回貼られてた結界より硬い……だろ?」
その報告にワルターの表情が曇る。いつもの軽い雰囲気は感じられない。
「はい」
「……空中も地中も無理だったし、もう敵が動き出すのを待つしかないか」
戦いの序盤は砦の外を守る敵と戦ったのだが、ワルターのギルドの活躍もありものの数分で快勝。怪我人もゼロであった。
それから砦を守る結界を破ろうとしたところでラードロ(サブラーキャ)が襲来し、結界に何らかの術をかける。
その術のせいで結界は破れども破れども瞬時に復活し、しかも前回のものより格段に硬いものに強化されてしまうのだ。
壊すのに使ったエネルギーもその都度吸収しているので、時間がかかれば自動修復と強化もされてしまう。
「それで、ワルター……魔法弾の件ですが」
砦の持っている特性は結界だけではない。威力こそ凶悪ではないが全方位に射出される魔法弾が存在する。
「もしかしてそれも?」
「それぞれが中級魔法クラスの威力まで高まった上に、雨のように降り注いでいます。前線で戦えるのはもう、私を含め魔法に強いものがふたり、回避をしながら戦えるのがワルターともうひとり、魔法弾が当たらない位置から攻撃できるアーチャーがふたり、あと身体が頑強なホブゴブリンのひとりくらいです」
ワルターのギルドは多種多様なメンバーが揃っており、人間だけでなくホブゴブリンやリザードマンなども存在するのだ。
「100人以上いて、いま戦えるのは7人だけか。…………仕方ない、戦える子たちは一度集合してもらってさ、残りは帰そっか」
ワルターは少し困ったような笑顔でアメリーに言った。
戦えないのに前線に立たせられ、しかも被害を受けてしまった、なんてことになれば悲しすぎる。命を落とすなんて尚更だ。
だから、自分たちを追い込むことになるかもしれないが、仲間の安全を最優先にして、少数だけで砦を攻めることにしたのだった。
「…………分かりました」
アメリーは静かに頷くと、リーダーの命令を伝えるためテントの外に向かった。
「…………覇王の宝石、か。そろそろ覚悟しとくかな」
暴走させてバケモノに成り果てるか、コントロールして英雄になるのか。ワルターは岐路に立たされていた。
● ● ●
それから30分ほど後のこと。
「──そろったみたいじゃん?」
アメリーが言っていたメンツが全員テントに集まったようだ。
「ウガァ」
肌が緑色の大きな牙が特徴の小鬼型モンスター"ゴブリン"の上位種、2m近い筋骨隆々の肉体を持つ"ホブゴブリン"でウォーハンマー使いの『ホブ』
物理攻撃に強いのはもちろん、弱い中級魔法なら無傷で突き進むことができる。
「お待たせしました」
アレッサンドリーテ唯一の蘇生魔法が使用できるヒーラーの『シャロン』
ニンゲンでこの域に達したヒーラーは数えるほどだとか。
「ボクの出番じゃな?」
円盤型の魔法機械に乗って現れたのは、補助と状態異常魔法が得意なホビットの少女『ダイアナ』
この円盤は天井こそついていないものの、任意で結界を張ることができ、縦横無尽に移動もできる上に魔法も出せるすぐれものだ。
ちなみに口調はおじいちゃん譲り。
「わるたーちゃん……きたよ」
「わるたーちゃん、きてあげたよ!」
低空飛行しながら入ってきたのは、セキセイインコの鳥人であり双子の『ポリー』と『カシー』
12歳にして類い稀なる弓の使い手であり、初めて使う弓でも3km先の的に一撃で当てられるほどだ。
「他の方は、残りたい方は別の部隊と合流して頂いて、残りはワルターの言った通り町に帰ってもらいました」
最後にアメリーが現れて報告をする。
「アメリーありがとう。みんなもありがとう。……それで、集まってもらったのはまあ、単純にチームの再編成と意思確認だね。危険な作戦だからいて欲しいのは山々だけど、命を落とすくらいなら帰って欲しい。
…………って、みんな、ほんとに帰らなくて大丈夫?」
ワルターは苦笑いを浮かべながらも、集まった仲間に再確認する。が、みんな『何を言ってるんだ?』とか『行くに決まっている』と言わんばかりの表情であった。
「ワルターくん、みんな既にそんな覚悟はしてるわ。だから『大丈夫?』なんて聞かなくていいのよ」
シャロンが優しく笑う。
「そう……だよ?」
と、ポリー。
「あたしたちは遠くから弓をうつだけだし、こうげきもよけちゃえばいいもんね!」
と、カシーが言う。
「えっと、こう言う時何と言っていいか分からないけど……『生きる覚悟』っていうのは、常にしておるのじゃ。足手まといにはならんから……ワルターちゃんボクを連れてってくれ」
ダイアナが言葉に詰まりながらも心持ちを伝える。
「ウガウ」
そして、ホブがワルターの肩をポンポンと叩いた。
「どうやら皆さん参加されるみたいですよ、ワルター。どうしますか?」
「……この後に及んでオレちゃんが帰るわけないでしょ! それじゃ、いっちょやりますか!!」
これより、ワルターたちジョン砦攻略戦が始まるのだった。




