63話 強大なチカラとピエロ
「……リッチちゃん、そんなに怒ったら足元すくわれるよん? まあ、オレちゃん的には仕事がすぐ終わるからありがたいけどさ!」
ワルターが余裕の表情でウインクをすると、リッチは怒りをあらわにおどろおどろしいオーラを解放する。
『異世界をはいつくばる劣等な下位種ごときガ! 身のほどをわきまえず、上位者たる御使様の僕であるこの我に!? サブラーキャ様の直属の僕であるこの我にィ!? 足元をすくわれるダト!!?
キサマは……御使様より頂いたこのチカラで、直々に葬ってくれるわァアア!!!』
リッチは魔法陣から取り出した鈍い金色の宝石を取り込んだ。
「おっとぉ、予想以上に怒らせちゃった。って、これは……!」
うねる蛇ような七色のオーラがリッチの身体を突き破ったかと思うと、暴れ狂いながらその宿主であるリッチを飲み込んでしまう。
「まがまがしい……」
色自体はオーロラのようで鮮やかであったが、うごめきながら膨張するそのオーラは本能が拒否するようなまがまがしさを秘めていた。
『コココココレガ……御使様ガガガガガ求めるゥウ……。魔王のチカラかァアア!! チカラが、みなぎって来るゾゾゾゾゾオォォ!? ココココレレレレデデデデ……宝珠の、真のチカラヲ…………解放デキルゥウウオオ!!』
リッチはオーラに侵食されながらも、徐々に自我と元の姿を失いながらも、そのチカラが『御使様』の役に立てる事の喜びに打ち震えていた。
「魔王のチカラ? 400年前に封印されたっていう魔王ゼティフォールの? ……考えてることは分からねーけど、少なくともリッチちゃんはここでバイバイした方がが良さそうじゃん?」
まがまがしく光を放つ骸の巨人と成り果てたリッチを前に、ワルターは本気で戦うことを決める。
『──ルルファァア……スバラシイチカラダ!! アア……ワレ上位者ナリ……!! ニンゲン、ケシサル!!』
リッチだったその骸の巨人は己の力に酔いしれながら、目の前にある空の墓石を手当たり次第に破壊して進んでいく。
その巨人のチカラは確かなもので、ほとんど指先で触れるだけで大理石が崩れ去り、身体から漏れ出るオーラに触れるだけで地面が毒の沼地に変わっていく。
「……でもリッチちゃん、チカラに振り回されて理性を保ててないじゃん」
認められたくてチカラに固執し、目の前にある偽りのチカラに溺れる。今のリッチは見た目こそ仰々しいのに、ワルターの目にはあわれに映った。
『潰レロ……ニンゲンンンンッ!!!』
ワルターを踏み潰さんと骸の巨人が足を大きく上げた。
「……付与魔法・多重がけ──"中級雷魔法"="中級風魔法"!!」
ワルターは少しも動じず1歩も動かず魔法を詠唱し、己の身体に雷と風をまとわせていく。
「……リッチちゃん、チカラが弱くてもさ……正解の努力を無数に乗り越えれば、強いヤツにも勝てるんだ。よ〜く見ててくれよ?
──疾風迅雷!!!!」
瞬間、元々いた場所は吹き荒ぶ風と荒れ狂う稲妻だけ残してワルターの姿が消えてしまう。
『……ウガァ?』
ワルターを見失い、巨人は行き場を失った足を降ろして周囲を探し始める。
元の姿なら魔法やアンデッドを使って自分を守りながら標的を探したはずだろう。しかし、骸の巨人となった今はそこまで考える理性も知性も残っていなかった。
そおして、その大き過ぎる隙をワルターは見逃さない。
「──っるぁあ!!」
──ドゥォォオッ!!
『……!?』
骸の巨人は状況が理解できなかった。傾く視界、いうことをきかない右足、打ち付ける地面。
骸の巨人はもがくように、通り抜ける風と雷に殴りかかるが、その手は空振りしてしまう。
「ほら、足元すくわれてんじゃん。言わんこっちゃないね……!」
ワルターは勢いよく地面に着地し、それから少しして切断された骨の足が降ってきた。
『ナ、ナゼ……!?』
骸の巨人は困惑しつつも、もがきながら右足のない身体を起こす。
「風を噴射して高速で飛んで、風と空気中の微粒子を雷と摩擦させることで電気を強くして、攻撃の瞬間に真空を作り出して雷が通りやすくするようにして威力を……って分からないか」
ワルターは説明を試みたものの、骸の巨人は理解するどころか話を聞いているそぶりもなく、攻撃をするためにはいつくばりながらワルターに迫ってきていた。
『ゥガアッ!!』
骸の巨人はある程度近付いたところで噛みついてきた。
「……よっと」
ワルターは1度のステップで軽く回避。
『ガルフゥ! ギャヒ! キシャアアア!!』
骸の巨人は手で叩きつけ、なぎ払い、噛みつき、頭をうちつけ、何度ワルターに回避されようともあきらめず………………いや、ただ目の前にいる目障りな異物を攻撃するだけのモンスターになり下がってしまっていた。
『ガルァアアアア!!』
実は骸の巨人が飲み込んだ石には7属性の魔法のエネルギーが内包されており、使いこなせていたなら各種魔法が放てるほか、得意魔法は大幅に強化され、失った右足を回復させるチカラもあった。
ワルターと同じ疾風迅雷も使えていたかもしれない。
だが、骸の巨人にそれを理解できる冷静さはもうなかった。
『キエサレ、ニンゲンンンン!!』
骸の巨人はただ無理やり、盲目的に己の内包するエネルギーを口に収束させていく。そして、わきめもふらず、ただがむしゃらに、目の前の敵を消し去るためだけに邪悪で強大なエネルギー砲を撃ち放った。しかし──
「させないって!」
ワルターは巨人のアゴを蹴り上げる。
『ガフゥッ!!?』
骸の巨人の頭は上を向き、それとともにエネルギー砲も上空へと解き放たれてしまった。
『チカラが……抜けていく……!? カラ……ダが……? オノレ、ニンゲン……!?』
持てるエネルギーの全てを放出してしまった骸の巨人は、身体すら動かせ無くなってしまったようだ。
「……無防備な敵にって、スッキリしないな。まあ、やるしかないか……」
ワルターは剣に雷と風を片手剣に収束させる。
「──"風雷刃"!!」
そして、ワルターの放った風と雷の刃が骸の巨人を一刀両断。
それを皮切りに限界を迎えていた巨人の体がボロボロと崩れ落ち、灰になって風と共に消えていった。
● ● ●
「……魔王のチカラか。ひとまずは倒したけど、あのリッチはどこかの組織に入ってるっぽかったし、また同じような……いや、次はチカラをコントロールできる敵が出てくるかもしれないな。
シタデルに報告して各ギルドに通達した方が良さそうか」
今回はリッチはチカラに飲まれて半分自壊したような形であったが、もしチカラを取り込むことに成功していたらここまでスムーズに事は進まなかっただろう。
数え切れない鍛錬と実戦を乗り越えてきたワルターは、もしそうなっても勝利を納める算段があった。しかし、無傷とはいかないのはもちろん、決死の切り札ゆえに失敗すれば一生戦えない身体になり、成功しても最低1週間は寝たきりになるもので、もしここで使ってしまえばオーク討伐戦にはまず参加できなくなっていた。
ワルターは無事この戦いを乗り越えられたことに安堵しつつ、踵を返しトゥルケーゼに帰ろうとした。が……。
「──素晴らしい……! 失敗作であったものの、まさかニンゲンひとりであのチカラを取り込んだリッチを倒してしまうとは予想以上です」
ひょうひょうとした態度のピエロがそこにいた。
「だれ……?」
ワルターは警戒の色を強める。
ほんの3mの距離までいつの間にか近付かれたのだ。気配も感じられなかった……そもそも今も感じない。
先ほどのリッチみたいなまがまがしいオーラは出ていないが、善性というものも感じられない。
張り付いたように微動だにしない笑顔で、声色は常に楽しげで余裕があり、敵意はないが味方である様子もない。
場違いなほど明るく、敵意が無いのに走る緊張感、一切分からない手の内、敵か味方かも不明、威圧感が一切ないがゆえに圧倒的存在感、まるで手の内で転がされる人形であるかのような錯覚にとらわれそうになる。
そのピエロは底知れなかった。
「ええ、ええそうでしょう……気になって当然ですねえ。ごもっともな意見です、ワルターさん。……では、お話ししましょう」
ピエロは深々と頭を下げると、慈愛にも似た表情を浮かべてふたたび口を開いた。




