違和感の正体
「あら!!おはようございまーす!」
「あ…、おはようございます」
「久しぶりだねえ、すれ違うの!!なーに、電車の時間、変えたの?」
「そうなんです、半年ぐらい昼勤が続いてて……」
朝、7時。
出勤途中、随分ぶりに…顔なじみのご近所さんと遭遇した。
よく知っている陽気な笑顔、コロコロしたフォルム、ド派手なリード、赤い首輪の…ポメラニアン。
挨拶をかわし、気さくに近況報告をしながら…俺は、違和感を覚えていた。
「……あの。ワンちゃん…黒柴じゃありませんでした?」
確か、毎朝お散歩しているワンちゃんは…黒くてしっぽの丸いタイプの子だった。
毎朝、頭を撫でさせてもらっていたから、印象に残っている。
……どこかの子を預かっているのだろうか?
「ええー?!なに言ってるの。うちはずっとポメだよー!!」
「あれぇ…そうでしたっけ?」
何となく腑に落ちないまま…、軽く頭を下げて、歩き出す。
電車に乗り遅れないよう…急いで、駅に向かった。
昼、十二時。
同僚と…期間限定メニューを食べるため、少し遠くにある牛丼屋にやってきた。
俺は、ふと…違和感に気付いた。
やけに…店の周りが狭苦しい。
「あれ?ここ、駐車場だったよね……?」
確か、端っこに…ぼろぼろの外車が停まっていたはず。
めくれ上がったアスファルトから雑草が伸びっぱなしになっていて、みっともないなと思ったから。
「いや、ここはずっとこんなんだよ!!前に来た時もさ、狭くて駐車場に入りにくそうだって言ってたじゃん!!」
「あれぇ…そうだったっけ?」
何となく腑に落ちないまま、空いた腹を抱えて…階段をのぼり。
店内に入って、キング牛丼を注文した。
夕方六時…、晩飯の準備をしていた俺は、違和感を感じた。
「あれ?ない……」
結婚式の引き出物でもらった高級ビーフシチューの缶詰が…棚の奥にしまい込んであったはずなのだが。
…俺は食べていないから、たぶん俺以外の誰かが、食べたんだろう。
「……誰が?」
腑に落ちないまま、パスタを400g、茹で始めた。
たまに…おかしな記憶が、ひょいと顔を出すことがある。
自分の知っていることが、この世界に存在していない時があるのだ。
自分の知っている何かが、この世界では違っている時があるのだ。
自分は知っているのに、誰も知らないような。
自分は知っているけれど、誰もが否定をするような。
こういう時、俺は…世界を渡ったのだなと思う。
この世界は、似たような世界がいくつも重なって存在しているのだと、聞いた事がある。
いわゆる…平行世界というやつには、ほんの少し違う自分が無限に存在しているのだそうだ。
きっと、何らかの理由があって……、俺は世界を移動することになったのだろう。
他の世界の俺が何らかのピンチに陥った時……、都合よく入れ替えられているのだろう。
世界を移動してしまえば、起きた出来事は、起きなかった出来事に変わる。
世界を移動してしまえば、起きなかった出来事は、起きた出来事に変わる。
俺は……、いろんな出来事を正しく覚えているに過ぎない。
気のせい、勘違いなんてのは…、ありえない。
俺の脳裏に浮かぶのは、確かに俺が知っている出来事なのだ。
俺はごく平凡に、暮らしている。
俺はごく普通に、世界を移動している。
違和感は、世界を移動したことによって…仕方なしにもたらされているものなのだ。
おかしなシステムのせいで、若干混乱していることは、否めない。
だが、しかし。
俺のわずかな違和感で…他の世界の自分自身が助かっているのだとすれば。
それもまたヨシだと、思えるのだ。
いつか、自分を救ってくれることもあるはずだと、思えるのだ。
「まったく、ありがたいことだよ」
俺はぼそりと呟いて。
ゆで上がったばかりの、そうめんをすすった。