黒鷲、六牙、蓮華草
街外れにどしりと構えられた、白塗りの土壁に囲われた巨大な敷地の中へミニバンが滑り込む。
砂利が敷き詰められており、正面には立派な和風屋敷が建てられていた。
扉が開けられると、黒いスーツを着た複数の人間が駆け寄ってくる。
『黒鷲一派』の構成員は、黒いスーツが共通なのだ。
「よ! 御屋形様は起きてるか?」
「はい。健太郎様が出発した直後くらいに」
車から降りながら、健太郎は黒スーツの一人へ気さくにものを尋ねる。
まだ慣れていなさそうな若い新人の、ぎこちない返事を聞いた健太郎は満足気に頷いた。
「オーケー、健太郎が帰ってきたって伝えておいてくれ。後で会いに行く」
健太郎の指示に深く一礼し、新人は砂利を蹴って屋敷の方へ駆けていく。
その足取りに追従する形で、健太郎と風歌と沙也はのんびりと屋敷へ足を踏み入れた。
靴を脱ぎ、濡れ縁側を静かに踏んで奥へと進む。
ある一室の襖を開けると、即座に健太郎が跪いた。
その視線の先には、恵比寿を思わせる丸い体格に優しげな糸目の老人が胡坐をかいている。
彼は入ってきた風歌に気が付くと、口元を綻ばせて膝を叩いた。
「おぉ、『辻斬り太刀花』! 本当に会うたとは」
「この方は吉野 春一郎様だ。『黒鷲一派』の頭領でもある」
健太郎が紹介をしている最中にも関わらず、風歌は畳へ胡坐で座し始める。
傍らで立っていた黒スーツの構成員が不快感を露わにするが、春一郎が片手を上げてそれをなだめた。
「『椿骸』の居場所を知ってる、って聞いたから来たんだけど」
風歌が屋敷に来たのは自身の愛刀を探すためであり、目の前の老人の事などどうでも良いのである。
彼もそれを分かっているのか、穏やかな表情のまま小さく頷いて口を開いた。
「うむ。どうやら『椿骸』は鰯真壁歴史博物館に保管されおるようだ。……が、一つ問題がある」
春一郎は顔を少し固くさせ、人差し指を立ててその『問題』を説明し始める。
「あの博物館は警備が頑丈だ。昼間は客に加えて警備隊もあちこちに配置されているし、夜は『千変武龍』が警備をしていると聞く」
「『千変武龍』かぁ……」
その名を聞いた沙也が苦い顔をした。
それもそのはず。
『千変武龍』とは、『薙ぎ赤鬼』と同じく『六牙将』の一人なのだから。
齢30にも満たない若武者ながら『六牙将』入りを果たし、多種多様な戦い方であらゆる困難を切り抜ける真正の天才。
加えて容姿端麗で頭も切れ、非の打ち所がない貴公子だと言われている。
「そのために、君や沙也くんのような強者を集めているのだよ」
風歌に顔を向け、春一郎が目を開いて瞳を見せた。
「なるほどね。夜に『千変武龍』がいるとすれば、狙うのは昼間?」
「いいや。夜に決行する予定だ」
沙也の予想に対し、春一郎はそれを真っ向から否定する。
『六牙将』は警察の手に負えない極悪犯罪者を倒すための最高戦力だ。
まともにぶつかって勝てる相手ではないが、逆にそれこそが春一郎にとって『まともにぶつかる理由』なのである。
「ここで『六牙将』の一角を落とすことができりゃあ、デカいと思わねえか?」
そう言った春一郎の眼光は、野心に満ち溢れていた。
ぱから、ぱから。
軽快な蹄の音を鳴らしながら、重松は馬に乗って歩道を歩いていた。
その異質な姿と圧倒的なオーラには、道行く人々の視線を一斉にかっさらっている。
街中に現れた『六牙将』の姿に周囲がざわつく中、唐突に彼の背を蹴った無礼者がいた。
「よう! 『辻斬り太刀花』に逃げられたんだって?」
振り返った重松にそう言ったのは、大きなつり目が特徴的なポニーテールの女性。
『六牙将』が一人。『稲火狩り』こと、飛ヶ谷 神楽である。
油の焼ける音がやかましい中華料理チェーン店の端に、重松と神楽は座って息をついた。
さっそく店員を呼びつけ、神楽は重松の要望など完全に無視してどんどん注文をし始める。
「また昼間から酒を飲むつもりか。体に障るぞ」
「うるせぇ。オレにとっちゃソフトドリンクなんだよ」
神楽のめちゃくちゃな持論にため息を吐きながら、重松は鬼の仮面を静かに外した。
現れた立派な壮年の顔は、岩のように無愛想である。
「相手が『辻斬り太刀花』とはいえ、お前が取り逃がすなんてな。眠かったのか?」
「……小型噴進砲を撃ち込まれた」
「小型噴進砲!?」
重松の口から飛び出したとんでもない兵器の名を聞き、神楽は大口を開けて笑いを飛ばした。
爽快すぎる彼女の笑い姿に、重松は目を閉じて静かに腕を組み、不機嫌を露わにする。
「そりゃあ仕方ねえな。むしろ、軽傷なのは流石だねぇ」
「『丑丸白波彦』で防ぐことができると分かったのは、唯一の収穫だ」
「大業物って、小型噴進砲でも傷1つ付かねえのか」
重松の隣に立てかけられている大薙刀……大業物『丑丸白波彦』の刃先をちらりと見た神楽が、感心の声を上げた。
「それにしても、『辻斬り太刀花』が脱獄なんてな。ただでさえ犯罪が増えてるってのに、面倒なことになりそうだ」
先に出された水を飲みながら、神楽がため息交じりにそう呟く。
重松はただ深く頷き、同意を示した。
そうこうしているうちに、店員が料理を運んでくる。
神楽が頼んだのは天津飯に大盛りのチャーハン。大量の餃子に赤すぎる麻婆豆腐。唐揚げの甘酢がけといったラインナップだった。
天津飯と麻婆豆腐の皿を重松の方へ押しやると、続いて届いたレモンサワーのグラスを手に取って半分ほど飲んでしまう。
「ま、お疲れさん。冷めないうちに食おうぜ」
いただきますと手を合わせ、神楽と重松は出された料理を食べ始めた。
白に包まれた入院室の一角で。
ベッドに横たわっていた少女は、来客に背を向けていた。
まるで対話を拒んでいるかのように。
「すみません。ちょっと、話す気になれなくて」
少女は来客に、それだけを告げた。
その震えた声色から、それを言うだけでもかなりの勇気を絞ったのだと分かる。
「そうか。悪かった」
来客の男は噛み締めるように最低限の言葉だけをかけ、席を立った。
黒いボーラーハットを被り、カーキ色のコートを翻して静かに部屋を出る。
左眼に眼帯を着けているその男の顔は、ひどく怒りに満ちていた。
橘 風歌と、自分に対する怒りで。
俺のせいだ。
俺があそこで『辻斬り太刀花』を倒していれば、路地裏で出くわした彼女が腹を貫かれることは無かった。
情けねえ。
もっと、強くならないと。
男の足取りは、無意識に早くなっていた。
部屋から男が立ち去った事を確認した少女は、机の上に名刺が置かれていることに気付く。
先ほどの男が置いていったのだろう。
少女は名刺を手に取り、そこに刻まれていた彼の名を呟いた。
「佐々木、十兵衛……」
男の名は佐々木 十兵衛。
無辜なる市民を救えなかった責任を清算するため、風歌と再び戦うことを決意した一人の戦士である。
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