反抗期の激辛カレーパン(3)
皐月のオフィスは、飽田市の駅前にあった。雑多なビルが連なる北口にあり、少し怖くなってくる。風俗の店や、パチンコ屋、小さな神社もあり、なんとも言えない場末感がある。
一方、オフィスの中は、温かい雰囲気の照明があり、狭いながら美容院の中の雰囲気に近かった。ディスクの上には花瓶もあり、華やかだった。
「あなたが依田さんね」
皐月は、まだ名乗っていない光の名前を当てた。
「え、なんでわかったんですか?」
「いえ、占い師ですから。さ、座ってね」
皐月に案内され、奥の方にある席に向かう。防音されているらしく、ちょっと狭くて居心地が悪いが、皐月はハーブティーを持ってきた。ハーブティーは、カモミールだった。柔らかく爽やかない香りに、ちょっと眠くなってきた。
「いい香りですね」
「さ、お茶で飲みながら、鑑定しましょう」
さっそく皐月は、何か表を書きながら鑑定しはじめた。一見可愛いらしい雰囲気の若い女性だったが、その目は真剣だった。時々、空中の方に視線を合わせているのが気になったが、皐月が言っている事はだいたい当たっていた。
「光さんのホロスコープ は、土星と太陽が印象的ね。この土星が他の天体とも悪い角度を作り、あなたの女性性を封じてる。いわゆるグランドクロスがあるわ。あなたのお父様は、厳しいお方ではないですか?」
「え!? 当たってます。クリスチャンで、キスシーンのある漫画とか見ちゃダメって言います。異世界転生のラノベも読んじゃダメだって」
「あらあら、親もクリスチャンなのね……」
ここでなぜか皐月は、ニヤっと笑い、ハーブティーを口に啜った。
「あなたの悩みはなに? 私が協力できると思うわ……」
「本当ですか?」
一度皐月に占いの結果を当てられると、光は心を開いていた。家では両親に放っておかれる事、家政婦のおばちゃんが絶妙にうざったい事、クラスにいじめがあった事、頼りない教師にウンザリしている事、次から次へと本音が溢れてしまう。
「特に両親は私の事を無視した癖に、教会の奉仕はするんです。信じられませんよ!」
半分涙目になりながら語ると、皐月に頭を撫でられた。子供がされるような仕草だったが、心は癒される感覚があった。皐月がつけている香水の香りが、ツンと鼻に響いたが、これだけ優しくされると、号泣してしまった。占い師というより、近所の優しいお姉さんにしか見えなくなっていた。
「うわーん。正直、家に帰りたくない!」
「だったら、うちのオフィスにいればいいわ。簡易ベッドやシャワーもあるから。服や食事も用意するわ」
皐月に抱きしめられ、光は泣きながら頷いていた。
「ありがとう、光」
「え? なんでお礼を言うんですか?」
「いえ、こっち側に来てくれてありがとうね!」
なぜ皐月がお礼を言ったのかは謎だったが、こうして光は、皐月の元に家出する事になった。
食事もデリバリーでファストフードやアイスクリームを届けてもらい、服や化粧品も皐月から貸してもらった。空いた時間はオフィスの奥でゲームや漫画三昧で、光はすっかり夢見心地だった。
しかし、その日の夜。二十三時ごろだった。皐月は電話鑑定の業務で忙しく、光もゲームや漫画に飽きかけた時だった。何気なくスマートフォンをチェックしたら、美紅や春歌はもちろん、香織からも鬼のように連絡が届いているのに気づく。
なぜか春歌からは、「家に帰らなくてもいいから、家の隣にある福音ベーカリーっていうパン屋に来て!」とある。どういう意味かさっぱりわからない。春歌は真面目な子で、冗談なども全く言わないタイプだ。その春歌がこんなに必死にパン屋に行けってどういう事?
確かにこのまま家出するのは、不味い気もしてきた。
「っていうか、なんでパン屋?」
とりあえず、皐月のオフィスに置き手紙を書き、こっそりと外に出た。電車を乗るのは面倒だったので、タクシーを乗り、家の前に下ろしてもらった。なかなか家の門をくぐる気になれず、結局春歌の言う通り、福音ベーカリーというパン屋の前の向かった。
「こんなパン屋あったっけ?」
もう夜中なのに、明るいオレンジ色の照明がつけられてていた。小さなパン屋だが、どことなくメリへンな雰囲気があった。確かに夜中に見るパン屋は、変な気分だった。
頭上には、クロワッサンみたいな三日月が出ていたが、そんなに明るくは無かった。




