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いのちのパン屋さん〜明日への光〜  作者: 地野千塩


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小さきもののライ麦パン(4)完

 福音ベーカリーは、小さなパン屋ながら、イートインスペースがあった。二つテーブルがあり、イスもある。テーブルには水玉色のランチクロスがかけてあり、一輪挿しもある。イートインというよりはカフェっぽい。


 芝犬はイートインスペースがお気に入りなのか、そこで寝そべっていた。目が系のように細くなり、相当リラックスしている様子だった。


 イートインスペースの壁には、ライトノベル作家の色紙も飾ってある。その隣には、かなり達筆な文字で、聖書の言葉が書かれた色紙も飾ってあった。この店がキリスト教関係者である事は、間違いないようだった。


 その色紙はこう書いてあった。


「ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。ごく小さな事に不忠実な者は、大きな事にも不忠実である。 新約聖書・ルカによる福音書 16:10 より」


 綺麗な文字を見ていると、なんとなく心がザワザワしてきた。「あなたの在り方は間違ってるよ?」と言われている気もしてきた。


「はい、注文したコーヒーとライ麦パンのサンドイッチだよ」


 蒼がやってきてテーブルの上に、パンとコーヒーを置いた。


「はー、今日はちょっと忙しくて疲れたよ」


 そして里奈の目の前に座り、一息ついていた。


「副業でやってるんじゃないの?」

「本業が暇すぎて、こっちが本業化しつつある。困ったもんだね」

「ふーん。本業って何?」


 それには蒼は答えてくれなかった。深く追求してはいけない話題だと空気を読むことが事にした。


 ライ麦パンのサンドイッチは、ハムとチーズは挟まり、意外と美味しい。ライ麦パンの酸っぱさや硬さは、あまり気にならない。黒くて地味なライ麦パンだったが、こうして一緒に食べると案外美味しい。噛みごたえもあり、普通のサンドイッチよりも満足感もある。ライ麦パン単体で食べたら、あんまり美味しくない印象だが、ハムやチーズ、それにマヨネーズのベースの味つけもあり、不味くない。それぞれが、ちゃんと引き立てあっている。


「ライ麦パンって単体で食べるとそんなに美味しくないけど、サンドイッチで食べると美味しいね」


 里奈は素直に言った。


「そうだね。サンドイッチは、具材とのハーモニーも大事だから。一つとして不必要の具材ないから。このパンには添加物は入ってないけど、入れてあるのも全部意味があるんだよね。食べ物に無駄な材料って一つもないよ」

「へー。酢豚のパイナップルは?」

「あれはお肉を柔らかくする効果がある。パセリも栄養豊富で、かつ彩りをよくする効果がある。パセリも食べた方がいいよ」


 そう言われてば、料理で不必要にも見える食材も一つ一つ役割があるようだった。


「ねえ、あの色紙なに? 聖書? かなり達筆だね」

「お客さんの一人で達筆な人がいるから、ちょっと書いてもらった。この箇所は、私も好きなところだね」

「どうして?」


 蒼は疲れていると言っていたが、透き通った琥珀色の目で、ニコニコと笑っていた。イートインスペースの窓の外は、もうすっかり夜だったが、月も星も何も見えない。静かすぎて、何も無い宇宙空間にでも居るような気分だった。


「実は私は、あまり身分は高く無いんだよ。でも、神様には小さな私も大事にしててくれるのかなぁとか思ったりする。もし、たった一人しか人間がいなくても、神様は十字架で犠牲になっただろうね」

「意味わからないな」

「でも、身近なものに置き換えて考えれば、なんとなくわからない? コンビニ店員に偉そうな人には、素敵な彼女は居ないよね? 小さな事やものをきちんと出来る、守れる、認められる人の方が誠実じゃないかな。神様もそういうお方だ。社会で無視され、馬鹿にされている小さきものを一番尊いものとして大切にしてるんだよね。例えばスクールカーストの底辺の子供とかさ」


 そう言われてみたら、そんな気はする。神様についてはよくわからないが、思えば、自分の態度は色々と雑だった気もする。マリへの態度も酷いし、蒼にだって初対面の癖に馴れ馴れしい所もあった気がする。この蒼の身分が低いという話はよくわからないが、ちょっと舐めていた事は、否定できない。おばさんのように腕や肩をバンバン叩くのも、品がなかった気もしてくる。こういう事をされるのが嫌いな男性は意外と多いらしい。男女逆だったら、完全にセクハラだ。


「私、仕事は本当に誰でもできるもので、他の部署の人に馬鹿にされたりしてる……」


 なぜか、ついつい本音も溢れてしまった。


「まあ、そんな態度の人に大きな仕事は回ってこないから、大丈夫」

「そうかな?」

「逆に里奈さんは、小さな仕事丁寧にしてる? 1ミリ単位でズレないようにとか、気を使ってる? 好きな事やってキラキラするのが全てじゃないよ」


 そう言われると、ぐうの音も出ない。何より、自分が自分の仕事を雑に扱っていた。そういえば上司の部長にも、サンプル品のラベルの貼り方が雑だとか注意された事もあった。ムッとしてイライラしたが、確かに全くその通りだった。


「確かに、そうだったかも……」


 自分に大きな仕事が無い理由をなんとなく察してしまった。


「聖書とかはよくわかんないけれど、この言葉だけは素直にいいかもって思う」

「ありがとう。宗教嫌いな日本人にそう言われると嬉しいよ」


 蒼の笑顔を見ながら、とりあえず自己啓発セミナーに参加するのはやめようと思った。マリにも態度が悪かったと謝るべきかもしれない。確かに友達に対して、こんな雑な人間に素敵な彼氏が出来るとも思えない。


「ありがとう、蒼さん。また、このパン屋に来てもいい?」

「うん。こちらこそ、ありがとう。いつでもここに来てね!」

「わ、わん!」


 今まで大人しく寝ていた芝犬が同意するように吠えていた。


 また、明日も仕事を頑張ってみよう。


 とても小さな仕事で、小さな自分だけど、不必要なんかじゃ無いと思いたかった。

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