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いのちのパン屋さん〜明日への光〜  作者: 地野千塩


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燃える炭火とフォカッチャ(2)

 福音ベーカリーは、穂麦市という小さく長閑な町の住宅街にあった。隣には教会やお金持ちそうな大きな家もあった。裏手にはコンビニもあり、老人が買い物している様子も見えた。


 平日の午前中という中途半端な時間に行ったせいか、店にはまだ他の客はいないようだった。店の前のベンチには、看板犬のヒソプがちょこんと座っていた。


「ヒソプ、元気? 久しぶり!」


 人間の言葉など理解できるわけがないが、ヒソプは元気なワンコのようで、茉莉花にちか近づくと、吠えていた。


 ベンチのそばには黒板状の看板があり、何か書かれていた。てっきり、おすすめのパンの情報だと思ったら、芝犬のイラストと共に聖書の言葉が書かれていた。


「もしあなたの敵が飢えているなら食べさせ、渇いているなら飲ませよ。なぜなら、こうしてあなたは彼の頭上に、燃える炭火を積むことになるからだ。悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。新約聖書(ローマ12:20-21)」


 茉莉花は、聖書は読んだ事がある。陰謀論カルトにハマっている時、教祖に読ませられた。それは有料記事を纏めたもので、だいぶ書き換えられたものだったが、このローマ書の箇所はオリジナルのまま残っていた。確か教祖はこの箇所を引用しつつも「イルミナティと悪魔崇拝者は神の裁きが必要だ。我々は悪を憎み、彼らの不幸を祈る」と言っていた。


 今思えばとんでも無い事だ。聖書はそんな事は言っていない。このローマ書の箇所は文字通り、復讐なんてするなという意味だろう。


 そういえば店長の蒼は、仕事で聖書を読むとか言っていた。看板にこの箇所が引用されているのは、謎だが、神様が何かを伝えたいのかもしれない。例えばカルトにハマり、相手の不幸を祈っていた事も「間違ってるよ」と伝えているのかもしれない。カルトをやめ、今は宗教自体に縁の無い生活だったが、この聖書の言葉は頭に引っかかってしまった。なぜか、チラチラと頭に夫や浮気相手の女の顔が浮かぶ。


「ヒソプ、お店入っていい?」

「ワン!」


 別にヒソプに許可など必要ないだろうが、一応彼に聞いて店に入った。


 店に入ると、ふわふわとした小麦粉の良い匂いがした。オレンジ色の温かみもある照明のおかげで、店の中は春のような雰囲気だ。今の実際の季節は初夏だが、この空間だけは季節がちょっと違うように感じた。


 前来た時と同じように、店の大きなテーブルの上には、カレーパンやコッペパン、あんぱんなどの定番人気商品が全面に出されていた。種無しパンという聖書に出てくるパンも販売されていた。ツオップというユダヤ人やカトリック教徒の為のパンもある。


 以前は無かったが、チルドケースも新しく設置されているようだった。サンドイッチやピーナッツバター、プリンやミニケーキなどもある。今日はちょっと暑いし、プリンやミニケーキなどを食べても良いかもしれないと考えていた時、厨房の方から蒼が出てきた。


 相変わらずの色素が薄いタイプのイケメンだった。ふわふわの栗毛は、ヒソプの毛の色にそっくりで、飼い主と飼い犬って似るものなのかもしれないと思う。


「茉莉花さんじゃないですか。今は、フォッカッチャが焼きたてだよ!」


 蒼はそう笑顔で言い、焼きたてのフォッカッチャをテーブルのカゴの上に並べていた。


 フォッカチャは平たいスクエア型のパンだ。確かイタリアのパンで、夫とレストランに行った時に一緒に食べた事がある。


 夫は「フォッカッチャは火で焼いたものって意味らしい。そういえばイタリア人の友人が、もらったパンの代わりにフォカッチャを返すって言葉があるって言ってたな。悪い事したら倍返しするって意味だそう。茉莉花、俺に復讐なんてすんなよ?」などと言って笑っていた事を思い出した。まだ新婚で仲の良かった時期だが、今思うとその言葉も笑いにできない。焼きたて熱々のフォッカッチャを見ていたら、夫の嫌味な顔を思い出してしまった。


「茉莉花さん、どうしたの? 落ち込んでる?」


 よっぽど渋い顔をしていたのだろう。蒼に心配され、フォッカッチャとコーヒーを奢ってくれる事になってしまった。


「そんな。悪いよー」

「茉莉花さんにはいつでも来てねって言っちゃったし。今日は特別だよ」


 悪いと思いつつ、蒼の言葉に甘える事にした。


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