表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いのちのパン屋さん〜明日への光〜  作者: 地野千塩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/65

燃える炭火とフォカッチャ(1)

 船瀬茉莉花は、いわゆる勝ち組女性だった。大学の時に実業家の男性にみそめられ、卒業後に即結婚、専業主婦になった。周囲からはシンデレラと言われるほど勝ち組の結婚だった。


 茉莉花自身は仕事もしたかったが、夫・龍司は、海外でも働く事になり、一緒についていく羽目になった。


 アメリカや香港での暮らしは、案外楽しかった。特にアメリカは、ご近所に気さくな主婦が多かったので、英語もバリバリと上達させるのもなかなか楽しかった。


 ところが、去年、再び日本に帰ってきたら、やる事もない。疫病騒ぎもあり、自宅に引きこもりの生活だった。港区にあるタワーマンションの自宅は広いが、誰かと交流する事もなく、暇でしょうがない。中国語や英語もマスターしてしまったし、次は韓国語でもやろうかと考えている時、再び夫の浮気が発覚した。


 元々かなりの浮気性の男だった。ワンナイトも含めたら、かなりの数だろうが、目を瞑っていた。子供ができたら変わるかもしれないとうっすら期待しつつ、妊娠の兆候は全くなかった。


 ちなみに夫の女関係は、探偵を使って全部把握していた。万が一相手の女に子供が生まれたり、何かトラブルがあったら妻として情け無い。表面的には夫の浮気なんて知らない天然系妻を演じていたが、実情は全くそんな事はなかった。


「暇、暇〜」


 自宅で、韓国語の勉強をしつつ、趣味の筆ペンで字を書いていた。元々書道をやっていた事もあり、茉莉花の文字は達筆だった。他にこれといった特技はないが、文字を書くのは好きで、時々夫にも賞状を書かされる時もあった。部下が成果をあげた時など、わざわざ賞状を作って送っているらしい。夫としては最低だが、上司としては人望があった。


「あぁ、暇。そういえば、韓国語教室ってないかな?」


 暇を持て余した茉莉花は、家の近くに韓国語教室があるのに気づく。しかも無料でやっているというので、さっそく行ってみた。暇で孤独を持て余していた専業主婦の茉莉花は、誰かと交流するのだけでも楽しかった。


 韓国語教室には、陰謀論好きな主婦もいて、マスキクやワクチンの事も教えてもらった。確か夫もアレは打ってなく、茉莉花も止められていた。夫のような経営者のコミニティーではアレは危険と噂されているようだった。当然、強制に打つような同調圧力も無いらしい。そんな事もあり、主婦から教えてもらった陰謀論にすっかりハマり、一日中ネットで調べていた。


 そのうち反ワクチン集会などにも集うようになり、オンライン教会をもつキリスト教系陰謀論カルトにもズブズブとハマっていった。陰謀論とキリスト教は、なぜか相性が良いらしく、こういった小規模カルトが無数に存在しているらしい。


 陰謀論は低所得者や主婦がハマりやすい報道もあるが、それは本当だろう。茉莉花は夫のおかげで勝ち組だが、その実情は単なる暇な専業主婦。孤独になりやすい環境だった。自ずと視野も狭くなり、そういったものにハマりやすい。


 茉莉花も気づくと、こういったものにズブズブと沈んでいった。どうせ夫は忙しくて、ろくに帰ってこない。仕事と浮気ばかりしている。茉莉花がこういったものにハマっても、誰も注意などしない。孤独感は抱えていたが、それを認めるのも嫌だった。勝ち組主婦として、見栄を張りたい気持ちも少なからずあった。こういった陰謀論は厨二病的な面白さもあり、自尊心をちくちくと刺激される。「目覚めた」なんて言われると、楽しくて仕方ない。


 高校の時からの親友・鈴木良子にも教祖の教えを伝え、よく勧誘していた。良子は、茉莉花にとって、数少ない友達の一人だったので、話を聞いてくれると甘えていた部分があった。


 しかし、良子は冷たく、茉莉花の語る話に真っ向から反論されてしまった。いわゆる論破というやつだった。


 良子にまで否定され、寂しさを抱えていた。もう陰謀論と教祖しかない。そろそろ全財産投げ打って入信しようと考えていたところ、良子から連絡がきた。教祖の話などはなく「近所に可愛いパン屋があるんだけど、一緒に来ない?」という誘いだった。


 元々パンとかケーキとか美味しいものが好きな茉莉花は、すぐに誘いにのった。


 良子が連れてきてくれた可愛いパンと屋、福音ベーカリーは、店の外観も中も確かに良い雰囲気だった。もちろん、パンも美味しそうだが、店長の天野蒼は、超イケメンで、茉莉花の話もよく聞いてくれた。


 蒼や良子に話を聞いて貰うと、自分は単に孤独だった事実に直面した。別にワクチンやマスク、キリスト教系陰謀論にも心の底から興味あがあるわけでもなく、孤独を誤魔化すためにそんな行動をとっていただけだったようだった。


 こうして、一見勝ち組専業主婦だった茉莉花だが、カルトや陰謀論をスッキリとやめ、大人しくいつも通りの生活に戻った。


 良子も店長の蒼もホッとし、これで丸くおさまるだろうと思っていたところだった。


 雇っている探偵から連絡があった。夫は、また不倫をしているという知らせだった。しかも秘書の女性と浮気し、京都や伊豆に何度も旅行に行っているという話だった。夫は陰謀論をいいところ取りし、コロナは全く怖がっておらず、不倫旅行も楽しんでいるようだった。


 慣れていた事だったが、「なんで、また……」と脱力しそうだった。思えば茉莉花がカルトをやめられても、マイナスからゼロになっただけで、決してプラスにはなっていなかった。相変わらず、夫は浮気性。自分の生活も暇で、生産性も何もない日常を繰り返していた。


 ふと、福音ベーカリーの店長・蒼の姿が目に浮かんだ。蒼はいつでもパン屋に来てと言っていた。社交辞令的な雰囲気はなく、心底茉莉花を心配していた表情だった事も思い出す。


「どうせ暇だし、福音ベーカリーまた行ってみようかな」


 こうして再び福音ベーカリーに向かっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ