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いのちのパン屋さん〜明日への光〜  作者: 地野千塩


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穴の空いたドーナツ(4)完

 翌日、昼過ぎ。美穂子は福音ベーカリーの店の前にいた。住宅街に埋もれるようにあるパン屋だった。叔母の家からは五分も歩かずに到着した。


 クリーム色の壁に、赤い屋根の外観はメルヘンな雰囲気のパン屋だった。赤い屋根は青い空と対比され、SNS映えしそうな雰囲気もある。福音ベーカリーという看板も出ていたが、全部英語の店名にしたら、もっとSNS映えしそうではあった。


 店の前にあるミントグリーンのベンチには、柴犬が座っていた。よく躾された大人しい柴犬のようで、美穂子が隣に座っても、騒がれる事はなかった。


 ベンチのそばにある黒板状の立て看板には、この柴犬のイラストも描いてあった。カレーパンやコッペパン、サンドイッチのイラストとともに、聖書の言葉も書かれていた。


「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。(新約聖書 マタイ11:28〜30」


 黒板の手書きの文字を見ていたら、なぜか泣きたくなるようだった。意味は全くわからないが、心の空洞にこの言葉が一つ一つが積もっていく感覚がした。単なる言葉なのに、まるで生きているかのような力強さみたいなものは感じた。言霊ってやつだろうか。


「ねえ、この言葉なに? 何だと思う? 普通の言葉とどこか違うみたいなんだけど?」


 隣にいる柴犬に聞いても答えはない。小さく吠え、ニコニコ笑っているように見えた。昼過ぎの暖かい日差しに、気が抜けてきた。


 ちょうどそこに店員が店から出てきた。叔母行言った通りのイケメン店員のようだ。色素が薄めの二十五歳ぐらいの男性だった。確かの王子様っぽいが、職人っぽい白いコックスーツもよく似合っていた。見かけに合わず中身は仕事大好きなワーカーホリックかもしれない。こういったタイプは音楽業界にもよくいた事を思い出す。


 かくいう美穂子も外見はフワフワしてうたが、仕事中の中身は完全に男だった。泣き言なんて決して言えないし、言いたくもなかった。操り人形だったのに、人並みのプライドだけはあったようだった。いくら男女平等といっても、女だから舐められる事は日常茶飯事だった。思えばずっと走り続けていた。息切れをおこし、再起不能になる前に、しばらく今は休む時期なのかもしれない。あの言葉のように休ませてくれるのなら……。


「あれ、戸田美穂子ちゃん?」

「バレた。面倒くさいから、他人のフリしていい?」


 店員は、グイグイと美穂子の隣に座ってきた。人懐こいというか、案外図々しいタイプらしい。パンの甘い香りがした。よく見ると、白いコックコートの胸元には、名前が刺繍されていた。天野蒼という名前らしい。


「ねえ、ドーナツって何で穴空いてるの?」

「さあ。でも、そういう風にできてるからさ」

「ふーん」


 蒼は美穂子が知りたかった答えは、安易に教えてくれないようだった。


「人間の心もそうなの? そういう風に出来てるの?」

「うん。そうじゃないと神様が必要じゃないでしょ? 人間は完璧じゃないんだよ」


 チラリと蒼は、あの言葉が書かれた看板に目をやる。看板は、太陽の日差しを浴び、キラキラと光っているように見えた。


「美穂子ちゃん。香織さんから聞いたよ。毎日暇なんだってね」

「うん、暇。仕事干されたしね」

「だったら、讃美歌でも歌わない?」


 蒼は、鼻歌で何か歌っていた。


「主は良いお方〜。私の一生を良いもので満たす〜」


 その優しい声に、柴犬はすっかりリラックスし、目尻を下げていた。


「下手くそ。音程ズレてるよ?」


 この声も、すっと心の穴の染み込むようで、泣きたくなってくる。でも人前で泣き顔なんて見せたくない。そんな気持ちを誤魔化すように、悪態をついてしまった。


「うーん、やっぱりプロは厳しいね」


 蒼は美穂子の悪態など全く気にせず、再び何かを口ずさんでいた。

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