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いのちのパン屋さん〜明日への光〜  作者: 地野千塩


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捨てるところが無いパンの耳(2)

 マリは、ぐったりしながら、職場の聖マリアアザミ学園から帰っていた。


 仕事自体は、慣れているのでハードではないのだが、トイレにコンドームとタバコの吸い殻があり、教師を呼び出して、ちょっとした問題に発展してしまった。


 一見、お嬢様学園のようだが、内部は色々と闇深そうで、マリのメンタルはすり減りそうな思いだった。時々、学園の生徒ともすれ違う事もあるが、作業着姿のマリにクスクスと笑われたり、悪口を言われた事もあった。当然、挨拶などされた事もない。感謝の言葉も一度も聞いたことはない。学園のもの、どこかマリを見下している事は何となく伝わってきた。


「大丈夫ですか?」


 学園の裏口から出ようとしたところ、一人の女生徒に声をかけられた。マリは若い頃に事故にあい、膝や足が悪いところもあり、心配して声をかけたようだった。


 声をかけた生徒は、あまりお嬢様風ではなく、ちょっと不思議な雰囲気があった。


「あんた、名前と学年は?」

「一年の織田春歌ですぅ」


 マリが少し睨むと、春歌は小動物のようにピクっと震えながらも、きちんと挨拶した。


「金縛りとか、夜眠れないほどの悪夢とかあったりしません?」

「は?」


 この春歌は、本格的な不思議ちゃんというか、電波系らしい。黒くまっすぐな目は、嘘をついているようには見えない。むしろ、本気で心配しているようだった。


 春歌の言っている事は、間違いではなかった。夜、金縛りもあるし、鬼やゾンビに追いかけられる悪夢も毎日のように見ていた。


「もしかして、うちは事故物件だからか?」

「あぁ、やっぱり……」


 事故物件では、そう言った影響が出る噂を知っていたが、何より家賃の安さの引かれる。今更引越しするわけにもいかない。


「あんた、なんでそんな事知ってるの?」

「いや、ちょーっと、その手の事に詳しくて。放っておけなくなってしまったというか」

「ふーん。まあ、いいけど。私、仕事終わったんだよ。帰っていい?」」

「あ、待って。このショップカードだけは持って行ってくれない? 本当に困ったら、このパン屋来たらいいと思う。ほら、いきなり教会に行くのはハードル高いですし」

「は?」


 春歌は、マリの戸惑いなどは無視し、一枚のショップカードを手渡した。それは、学園の近くにあるパン屋・福音ベーカリーのものだった。赤ちゃん天使と柴犬、それに各種パンのイラストが印刷されていた。裏側をひっくり返すと、住所や連絡先も書いてある。


 このパン屋は知っている。パンの耳をもらった事あるファンシーな店だ。ファンシーすぎて普通の買い物には行きたくない所だと記憶している。


「なぜ?」

「一応。本当に困ったら、このパン屋行った方がいいと思うので」


 春歌はそう言い残すと、マリの前から立ち去っていった。


「意味わからない」


 マリはショップカードをカバンに入れ、自宅に戻った。本当はもっと仕事をするべきだが、最近は体調も悪く、清掃の仕事しかしていなかった。


 薬を飲み、ベッドに横になる。精神科からもらったものだが、年々量が増え、一向に効いた感じがしない。病院の待合室にいる患者は、もれなく全員目が死んでいて、思考力を奪われた顔だった。副作用がひどく、眩暈や手の震えがずっと止まらないものもいた。カルト二世の患者が多いらしいと小耳に挟んだ事があるが、その理由はよくわからない。


 薄々、この薬は麻薬のようなものではないかと気づいていたが、何年も通院が続いており、明らかに思考力も奪われていた。障害手帳についても、マリの病状ではなかなか出ない。中には、何でも診断書を出すヤブ医者の噂も聞く事もあり、マリは、通院するだけで、どっと疲れていた。こんな生活はやめようと思っては、体力も気力もなかった。少し薬を抜くだけで、激しい頭痛や眩暈に襲われ、とても怖かった。医学的な事は不明だが、依存性のある薬である事は間違いなく、だんだんと自立心も奪われているようだった。


 今日の金縛りは、なかなかキツく、薬もあまり効かない。効かないものを延々と飲まされている状況だった。医者は結果が出なくても何の責任も問われない仕事だとも思う。


『お前なんてダメなやつ、死んじゃえよ』


 どこから声が聞こえた。幻聴の疾患はないはずだが、その声はまるで悪魔のようで、ベッドの上のマリを苦しめていた。


「た、たすけて……」


 そう言えば自分も学生の頃は、キリスト教系のミッションスクールに通っていた。全く宗教のは興味はなかったが、授業で教えて貰った「主の祈り」は、妙に記憶に残っていた。当時は優等生で、校則や先生の言うことを守っていれば幸せになれると思っていた。実際は、想像以上社会は厳しく、そんな事は全くなかったのに。


 藁も掴む思いで、ベッドの上で「主の祈り」をした。いつの間にか気を失い、夢のようなものを見ていた。


 夢の中で、綺麗なラベンダー畑が目の前に広がっていた。空は、絵の具で塗りつぶしたように青く、太陽が輝いていた。空には小鳥や天使のような羽根がついた存在が飛び交っていた。


 ラベンダーの良い香りが鼻に届き、この世のものものとは、思えないぐらい美しいラベンダー畑だった。単なる夢なのに、この場から離れたくなかった。


「もしかして、ここは天国?」


 空中を飛んでいる天使のような存在に、尋ねると、彼らは深く頷いていた。


 この世界、天国の美しさに泣きたくなる。


 今生きている世界は、まるで地獄のように辛かったから。マリはずっとこの場にいたかったが、それは難しいようだった。


 目が覚め、ベッドの上で上半身を起こしていた。


「やっぱり、夢だったか……」


 しかし、今日に限っては金縛りの痛みをあまり感じていなかった。


「お腹減った……」


 一気に気が抜けると、空腹を感じた。ふと、春歌からもらったパン屋のショップカードが気になった。急にパン屋で売っている美味しいパンが食べたくなってしまった。

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