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いのちのパン屋さん〜明日への光〜  作者: 地野千塩


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隣人と黒パン(3)

 マルは今、天野蒼という名前の人間になり、パン屋をやっているようだった。マルをよく知る春歌は、違和感しかない。いかにも女性受けする繊細そうなイケメン姿に、天使バージョンの時と違いすぎると笑いたくもある。


「お願い、この件については、内緒にしてて。特に春歌のご両親、友達には絶対言わないで」


 マル、いや蒼と春歌はイートインスペースのテーブルで向き合って座っていた。パン屋のイートインスペースの割には、テーブルクロスも可愛く、一輪挿しも置いてあり、半分カフェのような雰囲気があった。


「訳ありっぽいね」


 春歌は、蒼が持って来たコーヒーをすすった。天使は時々、肉体をもって地上で仕事をしているし、神様に命令されてパン屋をやっているのだろう。色々と訳アリっぽいので、春歌は空気を読み、突っ込まないであげる事にした。


「ミルルとルルルもちゃんと仕事してたよ。あそこ、悪霊の門がガバガバだったからね」

「うん。後輩たちもよくやってくれてるよ」


 蒼は自身の栗毛をわしゃわしゃと撫でていた。正体がバレてしまい、心底バツが悪そうだった。春歌のように見える人も別に珍しくないので、正体バレて仕事がしにくい場合が、しばらく消えていないといけないようだった。


「マルちゃんは、社畜だね。パンの技術も、寝ずに習得したとか?」

「あたり! 神様に手取り足取り教えて貰ったけど」

「やっぱりね……」


 目の前には蒼が焼いたバターロールがあるが、どう見てもプロの出来だった。バターロールのてりてりと輝く表面は、太陽みたいに光って見える。まず、食前の祈りを捧げた。


 バターロールを半分にわり、口にいれる。ふわふわとした食感に、ほっぺが溶けそうだった。やっぱりパンは、柔らかい方が美味しそうだった。


 佐々木マロンという作家のライトノベルでは、ご飯は不味い異世界が舞台だった。硬いパンが主流の中、ヒロインは柔らかいパンを作って無双する。春歌はこういったライトノベルが好きでよく読んでいた。柔らかいパンを食べると、佐々木マロンの作品を思い出したりする。


「春歌は、なんか悩みない?」

「悩み?」

「なんか、成り行きでお客さんの悩み聞いたりしてる。最近は、お悩み相談屋っぽくなってしまったよ……」

「本当に社畜ね。本業はそうじゃないでしょ。そっちは大丈夫?」


 一応心配して聞いてみたが、蒼は答えなかった。また、困ったように髪をグシャグシャと撫でている。


「悩みか……。牧師さんや両親に言いにくい悩みはさー」


 悩みというと、江崎の顔が浮かんでしまった。江崎の事は、大人にはちょっと相談しにくい。友達の事は、何となく言えないと躊躇してしまう面がある。


 蒼の琥珀色の透き通った目を見ていたら、江崎の事をポツポツと語ってしまっていた。そういえば、天使は子供の頃は友達だった。忙しい両親に変わって子守をしていてくれたのかもしれない。実は天使は神様の命令以外では動けない。そう思うと、子供のころから、神様に見守ってくれているような気がして、胸が暖かくなってきた。もし、子供の頃、天使が子守りをしてくれなかったら、もっと病んだ子供だったかもしれないと思う。


「そっか。お友達は、そんな感じで浮いてるんだね」

「そうなの。江崎にも悪いところがあったのは、事実だし、本当にどうしたら良いか。悪霊払いだって、素人で経験値のない私は迂闊にできないわけだし」

「ああ、悪霊払いは迂闊にやらない方がいい」


 蒼は真剣な眼差しで止めていた。そう思うと、やっぱり迂闊には悪霊払いはできない。両親の同業者も、ミイラ取りがミイラになってしまったものもいた事を思い出していた。


「でも、神様は江崎さんの事を一番大事にしてると思う」

「えー? 悪霊の声に聞き従って、いじめしてるような子だよ?」


 蒼の意見には、すぐに同意できなかったが、神様は敬虔ぶった人より罪深い人の方が好みだった事を思い出す。もちろん、人間を全員平等に愛しているが、新約聖書の中では、神様は売春婦とよく絡んでいた。自分から罪がある人にばかり話しかけていた。それに、元ヤクザや元占い師のクリスチャンも多かったりする。たくさん罪がある方が、神様の事を実感しやすいのも事実だった。実際、そういった聖書箇所があるのを思いだす。


「神様だったら、江崎さんにどう接すると思う? 僕は答えは言わないから、自分でよく考えてみて」

「うん、そうだね……」


 春歌は柔らかいロールパンを咀嚼しながら、神様の事を考える。確かに神様だったら、やりそうな行動、やらなそうな行動が色々と目に浮かんでくる。それに江崎も神様の大事な娘だと思えば、恨んだり嫌う気持ちも消えていく。自分には神様がいて、幼い頃から天使と遊んでいたが、そうじゃななかった場合をイメージすると、江崎の行動も責められない。


「春歌は、他に悩みない?」

「うーん。他は、うちにある黒パンの処理に困ってるのよ。うちの親がロシアから送ってきたんだけど、酸っぱくて硬くて」


 黒パンの硬い食感などを思い出すと、思わず顔が曇る。目の前にあるロールパンのように口当たりが優しいパンばっかりでは無いようだ。


「黒くて硬いパンは、濃いスープとあうよ。これとか」


 蒼は店のすみにある棚から、粉末スープの元を持ってきた。この棚は、ジャムや紅茶、スープなどパンのお供が販売されているようだった。


「まあ、黒いパンが不味くて食べにくいっていうのも、個人の一方的な好みでしかないからねー。よくカロリー高いパンを悪魔のパンとか言うのもおかしな話だよ。別にパン自体は何も悪くないし、神様はこの地にある物は全部愛してるから」

「そっか。そうだね。ジャッジする人間のがよっぽど悪よねぇ。運動しないで何でも食べる人間が悪い。カロリー高いパンは別に悪魔じゃないよねー。黒パンも全く何も悪くないね」

「私たちが勝手に嫌っている苦手な隣人も、親にとっては大事な子供。それは神様の視点でもそう。だから、大切にしたいよね」


 そうかもしれない。春歌も黒いパンが不味いと一方的にジャッジしていたが、それ自体は全く悪いものではない。


「マルちゃん、またパン屋来ていい?」

「いいけど、君は私の正体を知ってるわけだから、あんまり長く会話はできないよ。あくまでもパン屋と客という関係でオッケー? 困ったら、祈って神様に頼るんだよ」

「うん、わかった。天使崇拝やっちゃいけないもんね。あと、私にできそうな事あったら、逆に頼ってね」

「いや、そこまで気を使わなくていいから。でも、さすが神様の娘だよ。春歌はいい子でも悪い子でも神様に愛されてるから、大丈夫」

「うん、愛されてるから、神様を悲しませる罪はダメなんだよね。別にルールだから、罪をやりたくないって意味じゃないんだよね」


 帰り際、蒼に軽くハグもされた。ふわりとバターの甘い匂いが鼻の届く。


 春歌の胸はさらに暖かくなった。もしかしたら、江崎はこんな風に誰かから認められたり、ハグしてもらった事は、無いのかもしれない。そんな事を思ったりした。


 家に帰り、夕食に黒いパンを食べてみた。いかにも頑固そうで、心を閉ざしていそうな黒いパンだったが、スープや生ハムと一緒に食べたら、案外美味しかった。咀嚼に時間はかかったが、食べやすくて柔らかいパンばかりなのも、食べ応えが無いのかもしれない。


「神様ありがとう。食べにくい黒パンも、マルちゃんの店で食べた柔らかいロールパンも全部美味しかった」


 食後に再び、お礼の祈りをした。


 さて、クラスで孤立している江崎にはどう接しようか。聖書を読みながら、神様だったら、すると思う行動を紙に書き出し、一つ一つやろうと決意した。


〜神様がすると思う行動〜

・挨拶をする

・笑顔

・自分から話かける

・罪を責めない、裁かない

・悪いところに限ってはちゃんと注意はする

・一緒に食事する

・話を聞く

・自分が犠牲になる?(これは超難しい…)

・弱くて罪深い人こそ愛する。

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