後継者
元々はお姉ちゃん側のお話を書いていたのですが、妹サイドのお話を書いてみました。
過去に自サイトにあげていたのですが、サイトのサービスが終了した際に移転し損ねました。
ある春の日の昼下がり。うららかに晴れ渡った空。風の国ヴェスタの公爵の領内。小高い丘に位置する公爵の館の木々にとまってさえずっていた小鳥たちが、一斉に羽ばたき、村のほうへと飛んでいった。
畑仕事をしていた領民が、目を細めて空を見やる。
「あんれま、また館の鳥が飛んで来たでな」
「お嬢様が癇癪さ起こしなすったんじゃろうてのう」
館のお嬢様のカンシャクのお声は、鳥たちを怯えさせる。
そしてその癇癪を起こされたお嬢様は、ガーファイル公フォルシア卿の午睡用の私室の入り口にて、金の髪を振り乱し、翠の瞳を涙で濡らし、普段は白磁と謳われる頬を紅く染めていた。黙ってさえいたら、ヴェスタで五指に入る美少女であることが知られていた。そう、黙ってさえいたら。領民や城下町の人々の間では「人間拡声器」としてその名を轟かせている。
「まあ、おちつきなさい、フランチェスカ」
「大声を出しては喉にさわりましてよ」
午睡を妨げられた公爵は、自身の耳をふさぎながら、入り口で吼える娘を部屋に入れ、窓辺の椅子に座らせた。とにかく落ち着かせなくては。館の者もおちおち休めない。
「いったい、どうしたというのかね」
公爵夫人から机上の水差しからグラスに注いだ水を渡されるまで、フランチェスカは「あんまりですわ!」と叫び続けた。そして母から水を受け取り、飲み干してから具体的にわめき始めた。
「あんまりですわ、お父様! どうして姉様はこんなに自由に冒険していらっしゃるのに、わたくしは館の外さえ許可なくしては行かせていただけませんの!?」
贅沢をさせていただいても、私はかごから出られない小鳥だわ、と涙目で訴える娘に、公はもう一人の娘を思い出した。自由のない小鳥は、生きていくのが大変でも野鳥を羨むものなのかもしれない。
手にはしわだらけになったものをもう一度伸ばした羊皮紙を握っている。察するに、読んで感情的に握りつぶしてしまったのを、思い直して伸ばしたようだ。
手紙の差出人は、隣国水の国エリアルの辺境の村にある冒険者養成学校の生徒で、受取人は、本国ヴァルスの城下町に居を構える老宮廷楽師であった。
生徒は、公と夫人がまだ婚約する前、夫人がまだ流浪の歌うたいだった頃に生まれ、公の父の旧友の老楽師が養子として引き取った子どもであった。老楽師は自分の後を継がせるべく、宮廷楽師として教育しようとしたのだが、その才能の高さゆえ、一国にとどめておいてはいけないと言う宮廷魔術師の助言を聞き入れ、そして本人たっての希望で冒険者学校へ入学したのである。
フランチェスカは姉の存在を知っているが、姉は本当の父母を知らない。そして、妹がいることも。
生徒は時折、身の回りのことを手紙に書いてよこした。楽師はそれを本当の親である公爵に読ませるべく館に持ってきたところ、どう間違ったのか妹のフランチェスカに先に渡され、今の事態と相成ったわけである。 冒険者養成学校での出来事、学校の楽しさや仲間のこと、アルバイトのこと。どれもお嬢様には物語でしか知らない世界だ。絵巻物や心躍る冒険の話を読むのは楽しい。でも、実際に冒険している人の話を聞くほうがもっと楽しい。うらやましさと悔しさで握りつぶした手紙を再び伸ばしたのは、そんな複雑な思いからであった。
「フラニー。そなたと彼女の住む世界は違いすぎる。だいいち、そなたは一人では何もできないではないか」
そのように育ててしまったのは公爵自身であるのだが。
「それにあなたはお父様の後を継がなくてはならないのよ」
夫人がやわらかくたしなめる。
瞳の涙は乾いたものの、頬はさらに赤みを増したフランチェスカが反論する。
「どうして! 先に生まれたお姉様が継げばいいじゃない!」
館の木にぼつぼつ戻りかけていた鳥たちが、また村へと避難した。
公と夫人は顔を見合わせた。そして目線だけで確認する。
……言えない。こればかりは今の娘には言えない。
かわいそうだから。
公は王宮での実務全般を取り仕切っている。平たく言えば王宮の総務課なのだが、ほかにあまりおおっぴらにはできない王命を受けている。そしてその王命は、音痴でなければできないという、ある意味ヴァルスの臣民であるというプライドをズタズタにするものであった。その者は類まれなる音痴であるという太鼓判を宮廷魔術師団から押されたものが、王からひっそりと任命される。
風と音楽と魔法の王国ヴァルス。音楽を愛で、音楽に人生をささげるものが多いこの国で、ヴァルスの民が誇りとし、ヴァルスの民のみが使うという魔法の歌は、完全な音痴には使えず、そして効かずというものであった。
完全な音痴にも使え、そして効く魔法の歌を、というのがヴァルス王ツェイザー四世の悲願であった。子のないツェイザーは他国の嫁いだ姉の末息子を王子として引き取ったのだが、これがまた類まれなる音痴であった。そしてそのことを国民は知らない。 王として即位させるためには、戴冠の儀で冠を受けた後に、天聖エアリアルに風の歌を、国民に向かい祝福の歌、大地母神エストリアに感謝の歌をそれぞれ披露しなければならない。王子はまだ六歳。王もまだ若いので戴冠の儀まではしばらく時間もあるだろう。しかし、いつ何時何が起こるかわからない。できるだけ
早く音痴に使える魔法の歌を解明すること。公はその研究の長であり、公自身もその研究の成果を望んでいた。
公の歌、お嬢様の癇癪は館から鳥を追い払う。ある意味別の魔力を持っているのではと口さがないものは言うものの、宮廷魔術師団の調査により、二人の持つ『特殊効果』は魔力を帯びていないことが解明されている。
歌がその者の美しさを決定付けると考えられるヴァルス国内では、フランチェスカはお嫁に行くのは難しいだろう。しかし、己の仕事を継いでもらうことはできるだろう。そうしたら少なくとも職業人として生きていくことはできる。それか、他国へ嫁に行かせるか、だ。
「ねえ、どうしてですの? どうしてですの!」
かつて、風の歌姫と謳われた夫人の娘たちは、一人は歌の才を、一人は類稀なる声量を受け継いだ。二人の娘に才を持っていかれた夫人は、今は優しい母親という才を奈何なく発揮している。
ヴァルスの公爵が本当の親だとは露知らず、手紙の差出人は吟遊詩人への道を歩み始めている。伝え聞くところによれば、エリアル冒険者養成学校始まって以来の歌の才で、最年少で冒険者資格認定試験「吟遊詩人」一級を通ったとか。とても公爵の後を継がせるわけにはいかない。表の仕事も継がせられない。王宮で納まるような子ではなかろう。 公爵はふかーく、ため息をついた。
「いつかそなたにもわかる日が来る」
「いつかっていつよーッ!」
フランチェスカの声は屋敷中どころか領地の半分以上に響き渡った。
若手の宮廷魔術師ライアル・スィスラーが、フランチェスカの声の拡張性と魔法の範囲の拡大の応用について研究したいと言っていたことを思い出した公爵は、再度ため息をついた。より深く、より長く。
夫人は、仕方がないわね、と微笑んだ。
館の木々に鳥が帰ってきたのは、三日後の朝のことであった。
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