シルクハットの怪人
猫は全速力で飛び跳ねた。
1階へ行く前に先ほどの女性店員たちを迎えに行かなければ。
しかし、階段の踊り場に着地した猫が見たものは、意外な、あまりにも意外すぎる光景だった。
「すまないな。君たちは『元の世界』へ還そう」
シルクハットにスーツの男が、穏やかな口調で女性店員たちに語りかけていた。
「おかえり。流石に早いな」
シルクハットの男はこちらを振り返ることもなく猫に話しかけた。
もちろん、足音など微塵も立てていない。
完璧なまでの紳士的且つ威厳のある振る舞いでマントを翻し振り返るが、その表情は窺い知れない。
またもや口元だけが露出した仮面を被っていたからだ。
「テメーがアタマかニャ?」
「ハハハ、私はただの『パトロン』だよ。しかし素晴らしい。これほど早く『本質』に近づくとは」
「あ!あいつです!オレをこんな目に合わせたの!」
シルクハットによってビニール紐を解かれたのだろう。
自由の身になった先ほどのチンピラが猫に向かって叫んだ。
「テメーが『殺す』って言ったからだろうがニャ。正当防衛ニャ」
ほんの一瞬、シルクハットの動きが止まると、厳かな口調でチンピラに詰め寄った。
「・・・・・本当かね?」
チンピラは狼狽している。
「う、嘘に決まってるじゃないですか!『発現者』を殺すなんて・・・そんな・・・・・!」
「『発現者』?俺のことかニャ?」
「ふう・・・まったくもう・・・」
「ああ!!すみませんすみません!!!」
「いいんだ、織り込み済みだよ。君の馬鹿さ加減はね」
「ッと!!」
猫は右脚で水月蹴りを放ったが、シルクハットは身を捩らせてそれを躱した。
猫はその勢いのまま右ロシアンフックを放つ。
シルクハットは手に持っていたステッキで辛うじて防いだ。
「おお、想像以上だよ。仮面をここまで・・・ガハッ!」
更にパンチを引く動作と連動するように一歩懐に入り、左フックを見舞った。
「なにわけのわかんねーこと言ってるニャ。とにかくテメーらはブッ飛ばすニャ」
「なるほど・・・どうやらもう『本質』が現れ始めているらしいな」
シルクハットがステッキで宙を丸くなぞると、その空間に穴が開いた。
「キャーーーーッッ!!!」
「待つニャ!!」
女性店員たちはそこに吸い込まれ、姿を消した。
「彼女たちをどこにやったニャ?」
「『元の世界』に還ってもらったよ。巻き込んですまなかったね」
「『元の世界』・・・・?」
「そのうち解る。『迷宮』はなくなる運命なのだから」
シルクハットが言い終える前に猫はタックルで捕獲を試みた。しかし空を切る。
「また会おう。どうやら君は『発現者』の中でも『特別』だ」
スーツ男とチンピラは、開いた空間に消え去った。
「糞ッ!」
とにかく、先ずは1階へ行こう。皆に合流しなければ。
猫は荒ぶる闘争本能を必死で押さえ込みながら、再び走り出した。