守護精霊はただ、見守るしかない精霊である。よって戦闘力とか、不思議な力とか何もない。
エルティナ・アーレス伯爵令嬢は、ともかく、王立学園で目立たないように目立たないように過ごしたかった。
高位な公爵令嬢達は我が物顔で、この王立学園を練り歩き、煌びやかに君臨している。
エルティナや他の下位の令嬢達はともかく、上位の令嬢達に睨まれないように、
大人しく過ごしていたのである。
中庭でエティルナは親友のマリーナ・ハルギリス伯爵令嬢とこっそりとお昼を食べていた。
この国の男女は17歳になると、自分を守護してくれる守護精霊が現れる。
守護精霊はもっとか弱い物で、その人の心の美しさを表すものと言われていて。
綺麗な鳥だとか、小さな妖精のような者だとか、青白い顔をした羽の生えた美しい青年だとか。
その人の美しき心を表す物だと言われていて、そして守護精霊は精霊であれども、普通は大した力はなく、ただの「飾り」である。傍にいて見守ってくれているから、守護精霊なのだ。
「エルティナは守護精霊は決まったの?」
マリーナの問いに、エルティナは首を振って、
「いまだに現れてくれないわ。マリーナはどうなの?」
マリーナは立ち上がると、あたりを見回して、
「それじゃ、お見せするわね。出現せよ。我が命によって。精霊ジュルベルト。」
いきなり空が暗くなる雷が落ちたようなドーンと音がして、現れたのは精霊と言うよりも蝙蝠のごとき羽が生えて、羊のような角を持つ恐ろしい姿の黒づくめの大男が現れて。
「参上しました。御主人様。ご用はなんでしょう。」
エルティナは驚いた。
「ちょっと、マリーナ。精霊っていうよりも魔族なんじゃ…このお方。」
「そうなのよね。どこで間違えたんだか、私の守護精霊ってこのジュルベルトなの。」
魔族が守護精霊なんて聞いた事がない。
「ジュルベルトもお昼食べる?」
だなんて呑気にサンドイッチをジュルベルトに与えているマリーナは、わが友ながら肝が据わっているとエルティナは呆れた。
マリーナはエルティナに、
「他の人達が見たら驚くでしょうねー。とりあえず、このことは秘密ねー。守護精霊は学園に報告義務があるから、いずれはばれるでしょうけど。」
「って、学園で呼び出したら、まず、誰かに見られるのでは?」
辺りを見渡してみても誰もいないようだ。
エルティナはほっとする。
そして思った。
自分の精霊はどういう精霊が現れるのだろう。
綺麗な鳥とかだったらいいな…
キラキラしていて、可愛くて。目がクリクリっとしている白い鳥。
楽しみだわ。
この国の一番の高位の公爵令嬢リリーナ・セルビントスは、威張るように、
「わたくしの守護精霊はこの方ですのよ。」
と、皆に見せびらかしている。
銀の髪の長い美しい男性で、青白い顔をし、天使のような羽が生えている。
皆、取り巻きの令嬢達が口々に褒めて。
「なんて神々しい。」
「さすが、リリーナ様。」
「素晴らしい守護精霊ですわ。」
エルティナはその様子を遠くから見つめて、
ふううっと吹けば、ペラペラと飛んで行ってしまいそうな、か弱そうな精霊…
夜見たら、幽霊と間違えそうだわ。
でも、さすが公爵令嬢リリーナ様。顔だけは凄い美しい精霊だわ。
中庭に行き、ハァとため息をつく。今日もいい天気だ。
「私の精霊様はまだ現れないのかしら。」
思わす口に出してそう言えば、背後から声をかけられた。
「現れるのが遅くなってすまない。私が君の守護精霊だ。」
「え??」
キラキラのオーラを纏ったその人は、この国の第10王子ある。
「あああああ…フィルロ様。何をやっているのです?」
「だから、私が君の守護精霊であって。」
「そんな訳ないでしょ。」
不敬な態度を取ってしまうのは、この男が第10王子で、エルティナとは幼馴染だからである。
第10王子は王族でありながら、王子は第24王子までいるので、扱いが粗雑で、
母方の実家に夏になると預けられていたのであった。
エルティナとは隣の家で、そりゃもう、顔馴染み過ぎる程、顔馴染みであった。
フィルロは馴れ馴れしく、
「ねぇ。考えてくれた?私の婚約者になってくれる件。」
「嫌よーーーー。第10王子だって、王族じゃない。私、王子様のお嫁さんになんてなれないわ。」
「だからーー。第10王子になれば、厄介者だし、エルティナの所へ婿入りしてあげるからさ。」
「やっぱり。うちに来たいのね。王家は貧乏だものね。
でも、親戚付き合いってあるんじゃない?王家に呼ばれたりしない?」
「そりゃ年に一度は集まりとかあるけどさ。その時は隣でニコニコ笑っていりゃいいんだけど。」
「ニコニコ笑っているだけって訳には…」
その時、ズモモモモモモモモと音がして、地から青い色をした何かが湧き出てきた。
何事??とエルティナとフィルロが後ずされば、腰まで湧き出たソレは恐ろしい顔をした角の生えた鬼であり、こちらをぎろりと睨んで。
「お待たせした。御主人様。ワシはゲンゴロウモモツネと言う者。そなたの守護精霊だ。」
「はいっ???」
エルティナは固まる。
凄いおっかないのが現れたんですけど…
「あの、何かの間違いでは?」
「間違いではござらん。エルティナ様。ワシは其方の守護精霊じゃ。」
フィルロは笑い出して、
「凄い。こんな凄い守護精霊は見た事ない。余計に君と結婚したくなったよ。」
エルティナは首を振って、
「お友達のマリーナだって、魔族みたいな守護精霊ですわ。」
「安心したまえ。私の守護精霊アポロディスも紹介しよう。いでよ。アポロディス。」
パッカラパッカラと馬が走るような音が聞こえてきたかと言うと、顔や体は人間、下半身は馬というこれまた怪しげな守護精霊がやってきて。
そしてその守護精霊、顔だけは金髪碧眼で美しい。下半身、馬だけどな。
エルティナはフィルロに、
「これまた、凄い守護精霊現れたーー。」
「そうだろう。でも、君程、凄い守護精霊ではないよ。よろしくね。私は将来、エルティナと結婚する男だ。」
ゲンゴロウモモツネに自己紹介をするフィルロ。
ゲンゴロウモモツネは地面から出ると正座をし、指先を揃え、頭を下げて。
「これは旦那様でしたか。我が主人、エルティナ様を末長くよろしくお願い致します。」
エルティナは思った。
礼儀正しい守護精霊ね…これは…しかし…非常にこの状況はまずいのでは…
守護精霊が現れたら、学園のクラス担任及び、学園長に報告せねばならない。
そして、エルティナとマリーナはすっかり、公爵令嬢達に目をつけられてしまった。
こんな恐ろしい鬼と魔族を守護精霊に持つ令嬢は他にいなかったからである。
公爵令嬢リリーナ・セルビントスは、取り巻き達とやってきて、エルティナとリリーナに向かって、
「貴方達、本当に品がない。わたくしの守護精霊はわたくしに似て品があるというのに、何ですか。鬼と魔族が守護精霊だなんて。最低ですわ。」
他の公爵令嬢達も、
「本当に品がない。」
「心の汚さが表れておりますわね。」
「まったく。」
二人して震えていれば、
フィルロ第10王子が、アレントス第11王子とやって来て、
「高位貴族が下位貴族を虐めるとは。」
「まったく、信じられない話だ。確か、セルビントス公爵令嬢はエリクス第8王子である兄上の婚約者だったな。」
そう、第8王子である。王位継承順位は第8位。
ちなみにこの24人の王子をこさえた国王は、臣下に王子達をいかに押し付けるか苦労している。王子達が王室に居残られたら、金がかかって仕方がないからだ。公爵家に婿入りする第8王子はまだ幸運と言える。
その噂のエリクス第8王子が現れて、
「リリーナは間違った事を言っていない。本当に品のない令嬢達だ。私の守護精霊を見よ。」
指し示す先に現れた守護精霊。
ふわふわした丸い球体につぶらな目がついていて、小さな羽を一生懸命動かしソレはピヨピヨ言いながら、宙を飛んでいる。
全員がその小さくて可愛い守護精霊に目が釘づけになる。
フィルロは一言。
「えらく可愛い精霊ですな…兄上。」
アレントスも頷いて、
「私の精霊ですら、もっと凛々しい物なのに…」
金色の大きな鳥が現れて、教室の中を飛び回る。
これは、アレントスの守護精霊だ。
リリーナが怒り狂って、
「ともかく、生意気なのよ。伯爵令嬢のくせに。」
ドンとエルティナを突き飛ばした。
「きゃっ。」
よろけたエルティナが倒れ込んだ先に、エリクス第8王子のピヨピヨ精霊がいたものだから、それごと床に倒れ込んでしまい…
ペチョッと音がして…
全員真っ青になる。
第8王子の精霊が潰れてしまった。
ショックで失神するエリクス。
公爵令嬢の一人が通報したのか、すぐに警備員たちが飛んできて、
リリーナが叫ぶ。
「エルティナ。この女が第8王子殿下の精霊を潰した大罪人です。捕まえなさい。」
フィルロは、
「私は見ていたぞ。お前が突き飛ばしたのではないか。リリーナ。お前こそ大罪人だ。」
大騒ぎになった。
突き飛ばしたのはリリーナであるが、潰しちゃったのはエルティナである。
そこで冷静にアレントスが潰れたピヨピヨ精霊を摘まみ上げれば、ぺろろーーんと平べったくなっていたが、ピヨピヨとか弱く鳴いており。
ブンブンと振り回せばびよーーーーんと伸びて、ぷわわーーんと膨らみ元に?いやそれ以上に大きくなったような…。
ピヨピヨと元気に鳴き出した。
アレントスは、警備兵達に、
「この通り、なんともない。兄上を保健室へ運んでくれ。ショックで失神しているだけだ。」
「はっ。かしこまりました。」
運ばれていくエリクス。
ともかく、大罪人にならなくてよかったと思う、エルティナ。
公爵令嬢リリーナは、ゴホンと咳ばらいをし、
「ともかく、今日は大目に見て差し上げますわ。」
他の令嬢達に声をかけて、席に戻るリリーナ。
フィルロは庇ってくれた。アレントスは助けてくれた。
エルティナとマリーナは頭を下げて、
「有難うございます。」
「助かりました。」
その時、どどーんと音がして、大鬼のゲンゴロウモモツネと魔族のジュルベルトが現れる。
教室中の生徒達が悲鳴をあげた。
しかし、二人とも正座をし、頭を下げ、
「我が主を助けて下さり有難うござりまする。」
「感謝してもしきれませぬ。」
礼儀正しい守護精霊達なのだ。
二人の王子達はにこやかに笑って、
フィルロは、
「それはもう。愛しいエルティナの為だから…」
アレントスも、赤くなって、
「私はマリーナがいい。」
「えっ??」
マリーナは驚く。
「あの、初耳なんですけど。」
フィルロはエルティナを抱き締めて、
「だから、観念して私の婚約者になっておくれ。」
アレントスは跪いて、手を差し出し。
「マリーナ。まずは恋人から。私は君の事を遠くから、時には近くから、時には落ちたハンカチを拾って匂いを嗅ぎ、時には靴箱の靴の香りを嗅いで。」
教室にいる全員が思った。ストーカー?そして匂いフェチ?
しかし、マリーナはうっとりとした表情で。
「王子様にお付き合いを申し込まれるだなんて、なんて素敵。」
エルティナは小声で、
「でも第11王子だから。24人いる中の一人だから。」
「ええ。あああ…でもハンサムだからいいわ。私、アレントス様と恋人になります。
だから、アレントス様のその…ハンカチとか…色々と持ち物を…私も嗅ぎたいです。」
アレントスは幸せそうに微笑んで、
「あああ…幾らでも。何だったら下(以下・規制がかかったようだ)」
抱き締め合う二人。生暖かい目で見つめる周りの人々。
何だか変態なカップルが誕生したようだ。(遠い目)
フィルロもエルティナを抱き締めて、
「お願いだから。どうか良い返事を聞かせてほしい。」
守護精霊のゲンゴロウモモツネも深く頷いて、
「フィルロ様は良いお方じゃ。幸せにしてくれるぞ。」
「いえ、ゲンゴロウモモツ…モモツネだったかしら。ともかく、幸せにしてくれるぞじゃなくて、私だって幸せにしてあげたいです。フィルロ様。」
「それって…私と婚約してくれると言う事だな。これはもう、逃がさないから。さっそく荷物をまとめてアーレス伯爵家へ。」
(王家としては王子様達に一刻も早く王室を出て行って欲しいようだ。)
何だかごたごたのうちに、婚約を了承してしまったエルティナ。
隣では友のマリーナが、アレントスといちゃついていて。
アレントス第11王子も、
「仲を深める為なら、恋人からだけれども、君の家に転がり込んだ方が早くない?」
「まぁ是非とも来て頂きたいわ。」
(もう一度言おう。王家としては王子様達に以下略…)
エルティナはフィルロに抱き締められながら、思った。
まぁ…いいかしら。
教室では、潰されたせいで、何だか平べったくなった末に大きく膨らんだピヨピヨ精霊がのんびり飛んでいる午後の昼下がり。
今日も王立学園は平和に過ぎていくのであった。
守護精霊はただ、見守るしかない精霊である。よって戦闘力とか、不思議な力とか何もない。