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軍神(マルス)の星 改訂版  作者: 梶 一誠
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エピローグ この赤漠たる軍神(マルス)の星を

 「(もやい)解けぇー」

「姿勢制御スラスター、右舷オールスタート。推力三分の一」

「推力三分の一。宜候(ようそろ)

「メイン・エンジンスタートまであと三分。ステータスオールグリーン」

「了解した。発進準備全て滞り無く。クレール艦隊提督(フリート・アミラル)指示を」

 艦長用ブースの折り畳み式補助椅子で(かしこ)まったまま、ルナン・クレールはブスッと片手を上げ“了解”を艦長ルチアナ・ドレイクに示した。

 ルナンの視線は備え付けの個人用通信モニターに向けられその中の人物との応対に追われていた。

「……全く貴官は不調法極まりない。貴様が私と同期なぞ考えたくもないが」かく言うモニター越しの人物に、ルナンは平静を装いつつ当たり障りのない返答ばかり。ひょろりとした肌の白い狐目の青年将校、ルネ・ネルヴァ―ル大佐を上目使いでねめつけ

「ではこれにて」と、軍令部主査アルノー大将よりの諸事連絡を承った点取り虫からの解放を意図したルナンに

「まだある!貴官は提督と言っても艦隊提督。言わばお飾りだと言う事を覚えて置け」と、何が気に入らないのか何かと揶揄(やゆ)を差し食んでは管を巻く。

 ルネ・ネルヴァ―ルは満足したのか、ふうっと軽く息をつくと

「いいか、クレール。これから貴官には何かと余計な物が引っ付いてくる。お前の足を引っ張りたい奴はいくらでもいるってことを忘れるな」口調も柔らかく、どこかルナンの身を案ずるかの物言いにハッとしたルナン。彼は更に

素材(もと)が素材だからな難しいだろうが出世も仕事もスマートに行けよ。貴官は何でもお祭り騒ぎにしてしまうからな」通信を切る直前、ネルヴァ―ルは少し顔を綻ばせた。

 漆黒となったモニターをルナンはきょとんとした顔で見つめ、傍らで直立不動の姿勢を取っていたアメリア・スナールがその途端に

「この上官のひっつき虫がぁー。礼の一言ぐらいあったっていいんじゃねえのけ!」と、艦橋中にこれ聞えよがしの大声を上げた。

 それを他所にルナンは少し頬を染めていた。

 そこに今度はインド系の才女、ケイト・シャンブラーが表れた。

「ルナン、お先に失礼するわね。『タービュランス』は首府城『イル・ド・フランス』へ就航するわ」

「いろいろありがとうケイト。例の画像は処分できた?」

「ええ!隅々までシラミ潰しにしてやったわよ!あんな作戦には二度と参加しませんからねぇ!」とはにかみながら舌を出すケイト。

「ケイト、例のアイザックか?奴は完全に破壊できたのか?」これに一度表情を曇らせるケイト。

「あの後にルーヴェンス君の精査を行った結果だけど……ハック・デヴァイスの痕跡は完全に消去できていないわ。恐らくだけど奴は……」

「生きている訳か」

「冬眠中のようになって修復に掛かっているようね。対処法はみんなで検討中だから。ね、ルーヴェンス君?」

 ケイトの呼びかけにすっかり定位置となったキサラギ・スズヤに肩車のクロネコ型ドロイドは

「もう簡単にはいきませんよ。また潜り込んできたらパラサイトブレッドをぶち込んでやります!」と快活に言った後に喉を鳴らしてはキサラギの髪に頭をこすりつけた。

「それとね、アメリア。結婚式の時は呼んでちょうだいね。講義の予定なんてすっ飛ばして飛んでいくからね」

 笑みを浮かべるケイトにアメリアは自分の鼻先を人差し指で掻きながら

「そのことなんだがぁ婚儀はまだ先になる。デファンス隊にも少なからず被害者が出ている。今一度鍛え直さないといかん。ま、まぁウィルヴァーとは一度実家に挨拶に行くつもりだがなぁ」顔を真っ赤にさせては下を向いてもじもじしている。

「就任式で会いましょう。それと……これも確認しておいてね。じゃねぇ」ケイトはどことなく頬を引きつらせて通信を終えた。

 監視窓の向こうから機動母艦『タービュランス』の青白い噴射炎が辺りを照らし出す中、ルナンは自分の前までキサラギを呼び寄せ頬にそっと手を添えると

「君もこれからは義勇兵扱いではなく正規軍の二等兵曹。しっかりな」と、告げ里子の手を握ると

「いつか君もオレの下を離れる刻が来るだろう。その時は決して振り返らずに自分を信じてしっかり歩んで行きなさい。胸を張って堂々と生きていって欲しい」

 キサラギはその場で膝を折ってからルナンの膝上に頭を乗せると

「ハイッ、ルナン・クレール様。……でも今暫くはあなたの妹で娘でいさせて欲しい」と、呟けば

「まぁだ嫁に行くには早いぞぉ!こいつを野放しにすれば、あの家は半年もしないうちにゴミ屋敷さ」アメリアは腕組みしながらケタケタと快活に笑う。

 キサラギは顔を上げてソバカスだらけの新任提督に

「帰りましょう。ルナン・クレール艦隊提督。わたしたちの『ディジョン・ド・マルス』へ。赤い屋根のお家へ」と言った。これにルナンも破顔一笑して頷く。

「針路前方、オールクリアー!」

「『ジャン・バール』より伝文。『航海の無事を祈る。寄り道はするな』との事であります」

 艦橋に詰める各クルーの報告を受けた、ルナン・クレールは口元をほころばせるや洋々と

「クレール艦隊旗艦『ジャンヌ・ダルク』発進せよ!(エンゲージ)」との号令を発した。

 戦艦『ジャンヌ・ダルク』は一路、軌道要塞『セグント・マドリッド』を離れ針路を右へと転換させ、火星大気圏を眼下に捉えるコースを採り、赤い惑星を目指し虚空を疾駆し始めた。メイン・エンジンから発せられる心地よい振動と微かな唸り声が艦橋を席巻する中、隅に控えていたハンナ・マティアスがつうっとルナンの許まで歩み寄ると

「決めた所で悪いんだがな、これに目を通して欲しい」と、携えて来たタブレット端末をルナンではなくキサラギに手渡した。

「こういった類の物は君の方が妥当だと思ってね」

 立ち上がったキサラギが怪訝そうに端末に列挙された数字の羅列を見れば

「何これ!全部赤じゃん。ポツダム市上下水道管理協会から修繕費用お見積りぃ?こっちはレノン湖漁業協同組合から……何で私たちが生簀(いけす)から逃げ出した鮭やら(ます)の回収費用を請求されるのぉ?ご、合計金額三千五百万ジルゥ!」

 キサラギが危殆(きたい)な声を挙げる側で里親は口をアングリ。まるで合点がいってない様子を見受けた参謀は

「それなぁ『プロイセン』で世話になった長田組合長がこっちへ振って来たんだわぁ。あのコルベットを撃破した時の様々なクレームがギルドに殺到。今になってから具体的な請求になったってことだねぇ」と、まぁまるで他人事のようにして爪のささくれを気にしながら説明する。

「あの爺!『プロイセン』の危機を救ってやったのはオレたちだろうがよぉ!」食って掛かるルナンにマティアスはメガネを片手でくいっと上げながら

「だから私が最初に“コレ”が掛かるって言ったろう」と、冷静に指先で丸を造り即ちマネーを示して見せた。

 ここで長田氏の名前にアメリアがハッとなって

「あ、あれっ?ギルドから借り受けたシャトルを『ディジョン・ド・マルス』に置きっぱなしだった!今思い出したぁ!」と、彼女もキサラギのタブレットをスクロール。

「えーっとぉ駐機費用はぁ……ご、五〇万ジル!アハハ!わ、悪いルナン。これもそっちに付けといてくれな!」すぐにアメリアは一歩、二歩と後ずさると

「これから彼と実家に帰る算段あっからさ。おっつー!」すわ、脱兎のごとく艦橋を逃げ出した。

「お前ぇぇ!……待てよ?ケイトのメールを開けキサラギ」これを受けたキサラギ。メールを見た途端“うわぁ!”とのけ反った。

「『タービュランス』の改修費用で足が出たぶんの予算追加計上よろしくってさ。その額四千五百万ジルだそうであります。提督殿ぉ!」と、ツインテール少女。

「な、何ですとぉー!」目を白黒させる我らが提督殿。

「キサラギ君、君の分もあるぞ」マティアスが顎をしゃくっている先を見てみると、全く見覚えのない宛からの連絡が。

「え?スサノオ連合皇国東部軍管区『加賀府』兵器工廠(こうしょう)からあたしに何で?」

「君の落とし物を長田氏が製造元に送ったんじゃないの?」

「お、朧刃(おぼろやいば)だ!えー何々、修理費用と改修見積りに……うわぁ。それと引き取りに来いって無茶なぁ!」今度はキサラギが目を白黒させているとルナンが恐る恐る

「お幾らになりますの?」と、もはや涙目。

「ざっと二五〇万ジルですの」彼女はさらに

「えーっとぉ、あたしぃ未成年の十六だしぃ。返済義務はぁ里親様になるようですねぇ」けろっと事も無げに言ってのけた。その後ルナンは髪を掻きむしり、“ノォォーン”と“オーマァイガッ!”を繰り返した。

「まぁ、デーニッツの工作による借款は帳消しになるだろうが、これは君が払っていくしかないんじゃないの」マティアスが薄ら笑いと共に艦橋の片隅へと影のように身を潜めていく。そしてキサラギの腰に抱き着いては騒ぎ立てるルナンを冷淡に見つめつつこう囁くのだった。

「ルナン・クレール、貴様の在りようの全てを私が見届ける。聖女か悪魔かこの先貴様が如何に変わって行くのかを。まだ時間はある。未来は決して一方向に流れゆく物ではない筈だから」彼女の姿は闇に溶ける様に、その場を静かに退出していった。

「艦隊提督閣下へ、『ディジョン・ド・マルス』到着予定は三六時間後となります。ねぇルーヴェンスちゃん」ブースに収まる艦長の膝上にはいつの間にやらルーヴェンスが乗っかり喉を鳴らしている。それを見たキサラギ・スズヤは諦めたように溜息を一つ。

「ルーヴェンスもクロネコロボになっちゃったしねぇ。よっしゃ!ルナン・クレール根性据えろやぁ!」と、ルナンの小さな肩にバシッと両手を叩き付けた。

「借金はぁもうイヤだぁぁ!」節操なく喚き散らすルナン・クレール。

「何とかなる。ドンと行けぇドンと!」キサラギは金髪小柄な義理の姉をぐらんぐらんと揺らし続けた。

「本当に騒がしい人たち……」呆れるドレイク艦長を他所にクロネコは幸せそうに腹を上に向けては大きく一つ伸びをして見せた。


 その年も押し詰まった、クリスマス前の統合暦〇一〇五年一二月二三日。この日、自由フランス共和国首府城『イル・ド・フランス』の中核都市オロール・パリ府内のラ・マルセイエーズ大聖堂にて、過ぎる十一月五日の選挙を圧倒的過半数を以って制したミハエル・デュシャンの大統領就任式が挙行された。府内の沿道は彼の就任を祝う人たちで賑わい、人だかりは絶え間なく大聖堂を中心に生まれては消えを繰り返す活況を呈していた。

 その就任式の模様は自由フランス共和国内はもとより各連邦国家にも実況生中継で逐次配信されて、その名立たる広場、遊技場、球場といったレジャー施設を始め公共施設に設けられている大型モニターにも中継の様子が映し出され、火星の軌道要塞に住まう人々はその荘厳華麗さに嘆息をついた。

 そして、ここ北極冠上空に版図を有すアトランティア連邦『マルス・ベクター』のシャトル発着場待合リヴィングにも畳十畳敷きはあろうかと思われる大型モニターにもその実況が映し出されていた。

 シャトル到着を待つ人々の喧騒を他所に一人の老いた黒人が手持ちの新聞を開き、ある些末な三面記事に右目のみを光らせた。

 そこには『自由フランス共和国内の情報局局長ヨハン・デーニッツ氏急死』との見出しがあった。エドガー・ブライトマンが目を細め微かに白い歯を覗かせると

「早速人事の模様替えのようです……。こういった訃報はまだ続きましょう」と、彼が座する待合席の下から、ややハスキーな女性の声。

「それは主の声マネかね?感心せんな」彼は座席の下でうずくまる三毛猫型ドロイドに言った。それは黙したまま喉を鳴らすのみ。

 エドガーが大型モニターを見れば、今まさに教皇代理の枢機卿から王冠を下げ渡されんとして、その御前に膝まづくミハエル・デュシャンの姿が映されていた。

 それは大統領就任式と言うよりはむしろ、中世の新国王への戴冠式とも思われるライブ映像であった。新大統領の衣装は白地に金の豪奢な刺繍が施された豪壮なローブを纏い、煌びやかな赤の法衣に包まれた枢機卿の前に恭しく膝まづく姿は今風の動画より古式ゆかしい絵画の方が相応しくもあった。

 大型モニターからはどよめきと共に拍手が沸き起こり、時折バンザイの声が上がっている。エドガーは顔の造りにしては大きすぎる右目をさらにぎょろりと式典に視線を注いでいると

「おいでになったようです」三毛猫の声に促されて入管ゲートを見やれば、お目当ての二人組の女性が。

 ゲルダはダークブラウンのタートルネックのセーターにベージュのロングスカート、足には編み上げのブーツ姿であった。さらに男性向けのトレンチコートを羽織っている。彼女の隣にはこれまた私服姿のカナン・東雲が。小柄な日本系子女には少し大きめの真っ白な毛糸のセーター。紺のタイトスカートに黒のストッキングにピンクのパンプスである。セーターの首周りからは彼女の肩がちらっと見えている艶やかな姿であった。

「父上、私服まで送ってくださりありがとうございます」

「ゲルダはんのサイズはやっぱしうちには大きかったどすけど、軍服でここへ降り立てばマスコミがやかましおすさかい」

 そして帰還を果たした二人は待合席に座する“黒いハンニバル”の下へ歩み寄る。

「ゲルダ・ウル・ヴァルデス中佐及びカナン・東雲中尉ただ今帰還いたしました!」と、きれいな敬礼を送りエドガー・ブライトマンは大きく頷いた。

「いろいろと苦労を掛けましたな。東雲中尉感謝しますぞ」と、エドガーは先ずカナンに、膝を庇うように立ち上がり深々と謝辞を示した後

「君……」と、声を掛けると、彼の足元から三毛猫が現れ二人の前で姿勢を正し

「お初にお目にかかります。ルルと申します。ヴァルデス様」と、告げた。

「父上にしてはお珍しい。そこな毛玉よ所属はいずれか?」ゲルダが敬礼を解いたままの姿勢で目だけでルルを睨みつけると

「大ロシア騎士団帝国からの使者だよ」と代わりに答えたのはエドガー。

「第四皇女アナスタシア様直属レイブン騎士団にございます。お迎えに罷り越しました」ルルが頭を垂れるようにして平伏すると

「お前の通り名は要らぬ。主より賜った名を申せ。それとレイブンとやらは何用か?」

「失礼いたしました。私、リディア・パラヂエンコと申します。実を申さば、あるお方をお預かりしております……その件で我が主はあなた様と是非お会いしたいとの事」

「アナスタシア・イワノーヴナ・ロマノフスカヤ殿か!」やや声を荒らげるゲルダ。

 ここでエドガーは愛娘の容姿にある初めての違和感を覚え

「お前……歯をどうした?」養女の前に歩み、牙の様に大きかった犬歯がすっかり豊かな唇の下に隠れてしまっている事に驚きを隠さうとはしなかった。

「あちらで収監中に歯の矯正をされたのです」少し頬を赤らめるゲルダに代わってカナンが答えたが、ゲルダは顔を綻ばせると

「これよりは牙を余人には見せず、心の内で研ぎ澄ませる事と。牙を剥くはここぞという時にのみにて」と、養父に頭を垂れてみせる。だが、彼女の女房殿がすぐに

「ほんま子供みたいに大騒ぎしたのどすえ。わてが治療台の側でずっと手ぇ握ったったんどすさかいねぇ」こうほくそ笑んでいると、顔を真っ赤にさせたゲルダが相棒にひじ鉄を食らわせた。

「おかしいでしょうか?父上」

「いや、……美しいぞゲルダ」養父はついぞ見せた事の無いように目を細め皺だらけの顔に一層深く皺を寄せている。ゲルダはいささか照れ臭くなったのか

「ルルとやらこれへ!」と、養父と腹心から離れ大型モニターの方へと歩んで行った。

 

「今回の作戦は文字通りの失敗どした。ゲルダ様にとっては手痛い敗戦となったけど、あの方はそこからぎょうさんの事を学びっとったようにわてには思えるんどす」二人がゲルダの背中を見やれば、エドガーはカナンの言に大きく何度も肯き

「何の。負け戦なぞこれからいくらでもある。要はそこから何を得るかだ。……察するに」エドガーは足を引き摺り杖を頼りにしてカナンを正面に据えると

「どうやら、あれは君と言う生涯の親友を得たようだね。……うれしい限りだ」と、どこか安心したかのように全身の力をふっと抜いて見せた。徐にカナンは手持ちのハンドバックから一組の手錠を取り出した。

「これは?」彼が娘の親友に問えば

「あの方は『これは我の宝であり戒め。陣中にても携えておきたい』と申され、わてはこれを額に収めようと思うとります」と、少しはにかむようにして答えた。

 後日この手錠をゲルダは“プロイセンの枷”と名付け常に傍らに置き、時折手を添えて自らの行動が思慮に欠けてないかを問う戒めにしたと言う。

「そうか……それで良いのだ。娘よ」少し声を上ずらせたエドガーは右目だけを細め

「カナン・東雲殿。どうかあれに末永う付いてやって下され。これは……ただ一人の父としての願いです。どうか……」彼は深々とカナンに頭を垂れた。

 「父上!どうやらあの裏切り者は大ロシアに」ゲルダが三毛猫を伴い二人の下へと歩み寄れば、彼は即座にブライトマン機関の長としての顔に戻り

「うむっ。ゲルダよ、よい機会だ。国許を離れかの地へ赴くのも良かろう。得難き親友と共に征け」と、言った。

「エルザ・シュペングラーめ。やはり古巣に戻っておったんか」カナンがメガネの奥を研ぎ澄ませると、これを受けたゲルダも頷く。

「良いか両名。よく聞け」

 ここでエドガーはプロイセン騒乱の事後処理として、第五〇二は解体。新たにゲルダには規模が半数以下となる第九〇九派遣艦隊指揮官としての任が与えられた事、これまで麾下としたラングレー、メンツェルの艦隊は諸艦隊へと編入される予定であると告げた。

「ナイン・ゼロ・ナインでっか」カナンがどこか嬉し気に呟けば、ゲルダも意気揚々として

「身軽で良い。我が『ハンニバル』はメンツェルに呉れてやろう!」と。

「向こうで暴れて来い。あの二人を通じての根回しは任せるが良い。ゲルダよ……お前の新たなる敵はいずれか?」策士黒いハンニバルの顔になったエドガーからギロリと睨まれたゲルダ。だが彼女は父の前で臆することなく

「我が連邦三軍の長。アデル・ケイリー!」声を大に淀みなく答えて見せた。

 師は弟子の答えに満足げに何度も肯いたのだった。そこに大型モニターから大きな歓声が上がり、待合リヴィングに居合わす全ての人の眼目が集中した。

 その中で実況中継されている式典はいよいよ『宝剣奉呈の儀』に差し掛かり、国家鎮護の象徴たる宝剣を携えし者が会場に現れたのだった。

「奴や。……ルナン・クレール」カナンがボソリと声を潜めた。

 ルナン・クレールは今日この日ばかりは見事に化粧を施し、唇を紅く輝かせ髪はきれいに耳元で揃うように鋤を当て清潔感を漂わせていた。そして人々が最も刮目したのは彼女の衣装。

 ルナンは歴史上最も名の知れた女傑、往時の聖処女ジャンヌ・ダルクそっくりの甲冑を纏っていたのだった。クロームの輝きを帯び、細かな金銀の蔓草模様があしらわれている。左肩には百年戦争当時に彼女のシンボルとなった神のお姿と天使が描かれた長い三角旗を掛け、両手の上には豪奢な銀色のクッション。その上に宝剣を横たえたまま、しずしずと歩を進めていく。

 彼女の後ろからはオレンジ、ブルーの襷を掛けた儀典用の白い軍服姿の海軍、陸軍そして海兵団の将星たちが続く。

 モニター映像からは興奮したアナウンサーの声が辺りに響き渡る。

『皆様、ご覧ください。まさに私たち国民の前に一代の女傑ジャンヌ・ダルクが、国難を救わんと立ち上がった聖処女が蘇ったのであります。彼女の名こそはルナン・クレール。ミハエル・デュシャン新大統領と多くの難民を伴い敵地からの脱出を成功させた立役者であります』これに人々は拍手を送り、なお一層の歓声が上がる。

 画面が会場の外に集う群衆に変わるとそこに居合わす人々は興奮して口々に

「おおっ!ラ・ピュセルの再来ぞ!」「火星のジャンヌ・ダルク万歳!」「ルナン・クレール天晴!」と諸手を上げては大いに騒ぎ立てている。

 やがてルナンは大聖堂最奥の壇上におわす白いローブと王冠を被った新大統領の前まで来ると、ゆっくり膝を折り頭上に高々と宝剣を捧げ持った。

 デュシャンはこれを厳かに両手で捧げ持ち赤い法衣の枢機卿へと振りかえれば、枢機卿は彼とルナンに向けて祝福の十字を切った。そこで奉呈の儀は終了となるはずであったが、デュシャンは控える従者役の少年に剣を預けると、膝まづくルナンの手を取りその場で立たせ、自分がルナンの下に膝まづくや、彼女の手甲に接吻したのだった。

 式典は一気に最高潮へと盛り上がり、大聖堂内からは“ウラッウラァー”と万歳の声が絶え間なく上がる。そしてその波動は会場はおろかオロール・パリ府その物を揺るがすほどの大歓声となって、市街の隅々まで伝播していったのだった。それを実況するアナウンサーの声は感極まって最早涙声になっている。


 ゲルダ・ウル・ヴァルデスはこの光景を鋭く虎の眼で捉え傍らの養父に

「あれがルナン・クレール。我が終生の好敵手……軍神(マルス)の星のジャンヌ・ダルク!」と言った。

 エドガー・ブライトマンはソフト帽を脱ぎ、頭を垂れ

(わが妻、アリシアよ見ているか?お前の妹は……強うなったぞ)との感慨にふけるのだった。

 ゲルダはモニターから流れる歓呼の声にかき消さんばかりに声を高らかに上げた。

「ルナン・クレールよ。いつの日にかまた相まみえん!その時は戦場で雌雄を決さん!」

 その後更なる声高に挙げたゲルダ・ウル・ヴァルデスの咆哮に周囲に居合わす人々は目を見張ったのだった。

「この赤漠たる軍神の星を統べるは、我かそれとも(うぬ)かぁ!」と。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とうとう、軍神の星は終わってしまいました。 ルナンとゲルダの運命が、これからまた交差し、剣を交合わせて行くというところで。 ここまでが序章で、これからが本編なのではないかと、期待してしまい…
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