第二十三話 妄執の鬼
「コルベットを全て失うとは……もはや制空権はプロイセン側に帰したか」ゲルダ・ウル・ヴァルデスは物静かに、直立不動の姿勢をとる陸戦部隊の長、高坂忠良少佐とハインツ副艦長からこれまでの経過報告を受けていた。
「遺憾ながら、リアクター・ギルドの抵抗に呼応する形でエッセン、ライプティヒ両市の守備軍は息を吹き返しました。城門を開け放ち陸軍を出動させこちらを包囲せんとしております」
『プロイセン』に残された侵攻軍の拠点である重巡『ヒンデンブルグ』の作戦室では、テニスコート一面分に相当する3Dホログラム地図が床面から浮かび、光が織り成すジオラマが彼女らの前に投影されていた。
ゲルダはその中に足を踏み入れ、味方が駐屯する青色に投影されているポツダム市から、広大なレノン湖の対岸にあるライプティヒ市を見れば、反抗勢力を示す赤のポリゴンとして浮き上がっていた。
二つの市を繋ぐ幹線道路上には守備軍を示す幾つもの赤い矢印とポツダム上空には赤い点で投影される制空権を奪い返した守備側攻撃ヘリの群れが埋め尽くしていた。
「ポツダムの状況は?」と、ゲルダは高坂に問うた。
「現在は静謐であります。ですが事態が推移すればポツダムからの反抗も予想されます。閣下」
黙したままゲルダは足下に展開される3Dポリゴン式投影地図を眺め
「カナンよ。これは『革新・青の党』によるクーデター、プロイセン知事への反乱と見た方が妥当だな?」と、言った。
高坂とハインツが居並ぶ傍らからカナン・東雲中尉がついっと前へ出た。
「それにしても、性懲りも無くミハエル・デュシャンはわてらに盾ついて来よります」カナン・東雲はわざと声をか細くさせ、さらにこう付け加えた。
「反徒共なら手加減の必要はおまへん。艦砲射撃による制圧が有効どす」
「お待ちを。守備軍はプロイセン正規軍。知事領主の命を秘かに受けている事は明らか」高坂の言にもゲルダは背を向けたまま蝿のように飛び回る赤いポリゴンの光点をじっと見つめるのみ。
「そないな”絵”をこちらで用意したるんどす。こら言わばヴァルデス准将の恩情とお考え頂きたい。少佐」カナンが黙したままのゲルダの意を汲んで高坂に示すも
「恩情だと?」彼の訝し気な声をゲルダは耳朶に捉えた。
「そうどす。まだこちらには巡洋艦ちゅう有効な打撃力があるんやさかい。エッセンバッハ殿の命乞いの口実を……そないな事どすがな」カナンは自分の爪のささくれを気にするように視線を注ぎながら少しだけ白い歯をかいま見せた。
「ハインツ、『ヒンデンブルグ』再突入。無重量帯よりライプティヒ、エッセン両市への全方位艦砲射撃を行なう」ゲルダが両手を後ろ手に組んだままで艦を預かるハインツ大尉に下令すると、ゲルダの小柄な参謀はこう言った。
「ゲルダ様”贄”はライプティヒ市だけでよろしおすがな。火の海にしてあげたらええ」
「守備軍のみを砲撃すればよいではないか!」と、高坂が司令官にではなく、参謀に噛み付くも
「これが一番効果的なんどす。この惨状を見ればエッセン側は軍を返すやろう。そうなればライプティヒの執政官が単独で”畏れながら”とおつむを垂れてくる他あらしまへん。包囲網完成するまで待ったるほど、うちらはお人好しちゃうんどす」振り返ったゲルダの前で、カナンはメガネの奥の円らな黒い瞳を細めてから上目使いで高坂を睨めつけている。
「そういうことだ。ハインツ往け!いや、待て。核機雷はどうなっておるか?」
ハインツ大尉は機雷の用意はできており、指示を待つばかりであることをゲルダに告げると足早に作戦室を後にした。
エルザ・シュペングラー中尉がハインツ大尉と入れ替わるようにして作戦室へと足を踏み入れてきた。
「シュペングラー中尉、まかり越しました」彼女はカナンと肩を並べるとゲルダに敬礼。
「エルザよ。貴官はこれを何とするか?」ゲルダは周囲を飛び回るホログラムの赤い光点を指さした。
「撃墜せよとの仰せならすぐさま」
「五〇機近い攻撃用ヘリだぞ。それに対して当方は滞空制圧型ドローンが六機のみの航空戦力しか残っていない!」と、高坂。
「充分です、高坂少佐。通常のリモートなら手強いでしょうが、D・Cシステムなら機動性は群を抜きます……私は至近距離でコクピットを撃ち抜くだけで事は済みます」やや嘲りを含むようなエルザの言動に高坂は歯噛みするばかりとなった。
「電波封鎖に影響は無いな?」刃の如くに鋭いゲルダの言にも彼女は揚々として
「そちらはあの人形に任せて有ります。……いささか退屈しておりました。聞けば制空権を再奪取するとの事。かような胸の躍る任は私に賜りとう存じます」と、ゲルダに一礼した後にエルザは自分の胸ポケットから筒状のケースを取り出すと、ふいに赤黒いだ円状の小粒を口中に放り込んだ。
これを間近で見ていたカナン・東雲がいきなり怒号を発した。
「司令官の御前にてドラッグを口にするなぞ無礼であろう!」腹心から叱責を受けているにも拘わらずエルザは、自分の肩口から蔑むような視線を向け
「うるせぇ!黙ってろぉチビメガネ!」と、叩きつけるようにして彼女を面罵する。カナンは臆することなく反射的にエルザの肘につかみ掛かりぐっと爪を立て、エルザもそれを乱暴にふり払いその鋭い視線に無言で睨み返した。
「止せ!……エルザにはエルザなりの身の処し方があろう」ゲルダが歩み寄ると二人は瞬時に不動の姿勢を取った。
「エルザ・シュペングラー中尉、己が力を遺憾なく発揮せよ。期待する」ゲルダはそっとエルザの頬に手を添えてから
「身体は……いとえよ」と、言った。
エルザはまた背筋を電気が走ったようにピッと伸ばし一礼の後、頬を染めたまま作戦室を後にした。
「ルシファードロップ!あんな物を常用するようでは!」エルザの危うい嗜好に苦言を呈したカナンではあったが、指揮官から無言で手を翳されるとそのまま口を閉じた。
「さて、高坂少佐、後はギルドへの対処であるが」ゲルダは自分の右前に控えている高坂に顔を向けた。
「これも忌々しき事態であります。……スサノオの傭兵団が彼らに加勢しているかと」これにはゲルダも目を見開き、口を真一文字にさせた。
スサノオ連合皇国からの傭兵。これはゲルダにしても厄介な軍団であった。艦艇制圧戦ならば歴戦の女武者たちが。陸戦となれば小兵だが精悍で怖れを知らぬ男の猛者たちとして各列強が鬼胎を抱く、漆黒の軍団”夜叉鴉”の群れだ。
「確認できたのは一名のみですが、彼奴らが単独で行動するとは考えにくい。相当数がギルド・ファームに潜んでいると思われます」こうゲルダに自分の懸念を表した後に、高坂はその証拠となる一枚の画像を投影地図上に表示させた。
それは先にギルド・ファームの上空へと派遣したコルベット『ゴート』の発令所で記録された物で、展望窓の外にヤモリのようにへばり付く一人の女武者を捉えていた。
ゲルダは群青の特殊装甲服を認めるや目を泳がせ、軍靴のつま先で床面を叩き始めた。そのまま視線を参謀に向ければ彼女は何か察してか、じっとりとした目線を向けてきている。ゲルダはそれからも逃げるようにして
「苦労をかける少佐」それだけをやっと言い終えると、黙考するかのように天井を仰いだ。
「わてに妙案がおますぅ」発言を始めたのはカナン。
「艦砲射撃と同時にエッセン宛に、進発さした軍団の鉾先をギルド・ファームへ向けさせるんどす。それと併せて騒乱の首謀者ミハエル・デュシャンとその協力者の身柄を差し出せと恫喝させるのです。それを担保にエッセンへの攻撃は見合わせると」
この後カナンは高坂少佐に向けて
「さらに知事領主エッセンバッハ氏の下へ赴き、全権委任統治証の発行を強要なさいませ」これに高坂は眉間に皺をよせる。
「事は大海艦隊の到來前に決せねばなりませぬ。これくらいの事なら我らの帰還を待たずとも済むことでしょうに」こう言うなり、カナンは陸戦隊長を揶揄するかのようにほくそ笑んだ
「それは司令の裁量だ。私はどこかの出過ぎ者とは違う!」高坂はカナンを睨みつけ足取り荒く作戦室を後にした。
その後はゲルダとカナンのみとなった。カナンが立体地図を消去して暗がりとなっている照明を通常に戻すのにタブレットを操作しようとした時だった。いきなりゲルダから身体を引き寄せられ唇を奪われた。カナンは腰と豊かな臀部に愛しい女の爪が食い込むの覚えながら制帽を払いのけ、両の指でウェーブの掛かった頭髪を鷲づかみにして求めに応じた。
端末が床で音を立て、二人はそのままもつれるようにして作戦室の壁に寄りかかり、互いの熱くねっとりとした舌を貪り続けた。上気したカナンは震える利き手で乱暴に襟を開き、下のシャツごと引きちぎらんばかりに胸元を顕わに。ゲルダも荒い息遣いで耳たぶから首筋に舌を這わせ尻に立てていた爪で乳房をつかみ上げた。
獣じみた激しい愛撫に身をよじらせ恍惚としたカナンは胸元で暴れる虎の頭部に歯を立てる。
「滾るんどすか?仕方のあらへんお人やね……はぅっ!」身をのけ反らせ髪を振り乱し略帽もメガネも落ちるに任せるカナンにゲルダは
「そうだ!苦境に立たされればなおの事。望む所よ……アデルめ!」全てが彼女の所為であるかの如く柔肌に牙を立てた。サーベルタイガーの獲物は両足を虎の腰に絡め、嬉々として赤髪を掻きむしる。
「この作戦が済めば、次はアデル派と雌雄を決する。天下を統べるは我だ。そうであろう?カナン」
「今、あんさんが欲しいんはあの碧の戦士とその里親クレールとやらでっしゃろ?……あっ」
「フフッ。有望な配下はいくらでも要る。それと我の心をいちいち読むでない!」囁く副官の唇にむしゃぶりつくゲルダ。暫し二人は壁に身を預けつつ、口の中で呻きあいながら行為に没頭した。やがて腕の中で激しく痙攣するカナンからゲルダは唇を放し、鼻先を押し付けて
「靡かんか?カナン」と、舌なめずりすれば
「靡きまへんえ。ああいう手合い、特にクレールは斬りなはれ!天が与えたもうた機会は一度きり。ええどすな?」目に涙を浮かべるカナンはそのまま腕をゲルダに回し
「あんさんに天下獲らすためなら、うちは鬼にも蛇にでもなるぅ。誰にも渡さへんから」すすり泣きを始めたカナンにゲルダは
「やっぱりお前は……悪い子だ」今一度、噛みつくようにして唇に食らいついた。
軌道要塞『プロイセン』へ再度にわたる突入を果たした重巡洋艦『ヒンデンブルグ』は持ちうる最大火力計一五門の二〇・五センチ砲を以ってライプティヒ市への艦砲射撃を開始したのは一〇月八日の昼過ぎ。
重巡は宇宙都市内壁にへばり付く大地への鉄槌を振り下ろすにあたり、無重量空間帯に留まりポツダム上空に船底部をさらす形で滞空を開始。仰角を最大に上げ天頂方向から一四時方向となる市街地の尖塔や、古風なヨーロッパ式集合住宅へ向けて容赦なく巨弾を放ったのである。
その攻撃をギルド・ファームを外界と隔てる城壁上の回廊通路で、ルナン・クレールが具に見て取っていた。腕を組み左斜め上を仰ぐようにして立つ左右にはマティアスとキサラギも視線を同じにしていた。
三人からは重巡の姿を肉眼で捉える事は叶わない。人工太陽の光が彼女たちの視線を遮り彼女らは手を額にかざしながら見守るほかなかった。その凄まじい光源から伸びる、砲撃照準用レーザーが黒煙と炎に覆われている市街へと差し込むと、正確に砲弾が叩き込まれ、数秒後雷鳴に似た着弾音が木霊となって彼女たちに届けられた。
「重元素徹甲弾と対地用榴散弾を交互に撃ち込んでいるな。あそこで安全でいられるのはもう地下シェルターぐらいなものだろう」ハンナ・マティアスの呟きにルナンは微かに肯いた。
それを阻止せんと勇躍、上昇した守備軍航空隊は晴天の中では黒い豆粒にしか見えないドローンの俊敏かつ自在な動きに翻弄され、次々にエンジン部、コクピット辺りから業火を上げて落下していく。戦闘開始からものの数分でヘリは明らかにその数を減らしていった。
「また、撃墜された。やられっ放しだねヘリ部隊は……。あのドローンはあたしがコルベットを追い払った時とはまるで違う動きみたい」と、キサラギはルナンを挟んで新たな参謀に問うた。
「恐らくドローン・コンダクトシステムによって制御されている。詳しい理論は判らないが、人間の脳幹とドローンのAIとをリンクさせて思念だけで自在に操る手法らしい。AIその物に自我と判断力を委ねるアクティブ・ドローンシステムとは対極に位置すると言ってもいいだろう……後はお前さんには無理だろうから省く」
マティアスはルナンを挟んでキサラギへわざとらしく自分の頭を指でつついて見せると、キサラギもあからさまにあっかんべーで返した。
「お嬢さん方へ、いい知らせと悪い知らせがあるさぁ」三人は声のする方向へ一斉に振り返った。そこにはアロハシャツに短パン、白くなった頭髪をオールバックに撫で付けた老人が立っていた。
「いい方から聞きたい、長田組合長」ルナンが長田に歩み寄れば、彼の背丈は三人の中で一番小柄なルナンより更に頭一つ分小さい。
「皆さんのお連れの難民たちは全員ファームからリアクタードーム内に移動させたよ。早ければ赤子連れの母親とか持病もちの爺婆たちはなぁ……ええっとタ、『タービュランス』とか言うでっかい船に乗り込んでいる頃さぁ」長田は齢八〇近いという割には良く日焼けした張りのある相貌をにこやかにさせている。そして、彼は四角いお洒落なサングラスの奥に潜む瞳を細めて
「悪い方はねぇエッセンが寝返ったよ。連中はこっちを包囲するつもりよ。そんでもって、ミハエルさんと君らを差し出せって言うて来たのねぇ」と、事態の急変を告げた。
「艦砲射撃にビビったな。済まない長田さん」舌打ちをしながら苦渋の面持ちでいるルナンの肩を叩きながら長田はあくまで柔和な態度を崩そうとはしなかった。
「心配ないねぇ。連中が到着する頃には、ここはもぬけの殻。わしら一族はあのドームの中に立てこもるつもりさ。そうすれば連中もあれを傷つけたくはないから手出しはしないね。そして君らは出港した後さぁ。でもルナンさん頑張ったねぇ」
キサラギが長田の言うリアクター・ドームなる巨大な施設を頭上に仰ぎ見た。
「……でっかいよねぇ、別名”グリーンピラミッド”。確かにびっしり蔦に覆われてる。ギルドの先祖って凄かったんだねえ」
キサラギは自分の頭上、遥か数キロメートルの無重量空間帯まで聳え立つと言うより、彼女から見れば真横方向に延々と雲の峰々へと伸びるスチール・カラーとグリーンを帯びる横倒しのフラスコとも取れるメガストラクチャーを見て取った。
その後に彼女は長田が登ってきた石段を登ってくる、スカーフェイスの女性を認めると喜色満面で駆け寄った。
「師匠!ヨハンセンさんとディープキスしたって本当?」と、辺りが赤面しそうな事柄とて遠慮なく訊ねる。
苦労の末、この軌道要塞に唯一残された外宇宙への脱出孔となってしまったギルド専用の宇宙港へ船団を率いて到着を果たしたアメリア・スナールは、実の妹のように可愛がるキサラギへにこりと微笑んでから、手甲付きグローブで彼女の頬を軽く摘まんだ。
「お前にはまだ早いからね」階の中ほどで妹分を嗜めつつアメリアは
「こっちにもいい知らせと悪い知らせがある」と、少し陰を帯びた面持ちでルナンへ呼びかけた。
アメリアの報告では、いい知らせは『タービュランス』への難民の乗り込みは完了。あとは接岸している『タービュランス』をハブにして、各小型の民間船がドッキング。そこへ男性陣が乗り込みを開始。それもあと一時間弱で完了すると言う。
「早いな。アメリア!」と、驚きを隠せずにいるルナン。
「うちの人とギルド若衆が人選と船割を前もって決めてくれていたからな。ミハエルの先導に皆、大人しく従っている。人望なのか少し不気味なくらいだよ」肩を窄めるアメリアをにやにやしながら見ていたキサラギは
「ルナン、聞いたぁ?”うちの人”だってさぁ。イタタタッ!師匠……堪忍ですぅ」と、更にキサラギはほっぺを締め上げられて年上の女をからかった責めを追った。そしてアメリアはキサラギをきつく抱きしめると
「無事で何よりだった。さぁ着替えてこい!ヤヨイ・斑鳩が待っている。九二式の装着を確かめてやるとさ」と言うなり未だに野戦服のキサラギの尻を平手で軽く打つと、彼女を送り出した。
「悪い知らせは?」ルナンと残りの一行が、駆け足で石段を降りていくキサラギに続く形でアメリアに歩み寄る。
「二つある。一つは、偵察に出ているアクティヴドローンのジャン小隊からだ。いよいよドイツ大海艦隊が迫ってきている。あいつの長距離レーダーに掛かったよ。あと二時間もすれば『プロイセン』を包囲するだろうとさ」
「ジャン……小隊?」
「驚くなよ。ケイトが用意できたアクティヴドローンは全部で一五機になる。リーダー格のマークス、ジャンの他にそれぞれ二機、ないし三機の弟、妹分が付いて脱出作戦をサポートする予定になっている。私らの船団がプロイセン封鎖をしているドローンたちに勘付かれなかったのも、彼らの働きさ。覚えているか?ステルス・シールドを」
「ケイトは、あれを使ったのか!船団を遮蔽フィールドで包み込んで?」
「そこまでじゃないがな、その応用だよ」
アメリアが手配した『ディジョン・ド・マルス』を進発した大小様々の民間船団とパイパーが『ヴェルダン』にて借り受けた練習戦艦『ジャンヌ・ダルク』が『プロイセン』を肉眼で捉えられる宙域まで到達したのが同日、朝八時を過ぎた頃合いであった。
脱出船団は『ジャンヌ・ダルク』を中心に球状の船団隊形を組み、加速を抑えた慣性航行で接近を開始した。先頭に機動母艦『タービュランス』。その船長兼ドローン部隊の指揮官たるケイト・シャンブラー技官中尉の命を受けた、アクティブ・ドローン各機が球状船団のさらに外側をすっぽりと包み込むフォーメーションを組んだのだ。
監視衛星としての仕様をも併せ持つ、封鎖大隊のドローン群は、オービットフォートレスの回転運動とシンクロして電波封鎖フィールドを維持するため、全機が周囲近郊から離れられない状態であった。それらは常にプログラムに忠実であって、二次的な機能として割り振られた担当宙域を”電子の目”のみで監視するに専念していた。
これに対して、ケイト率いる彼らのリーダー格マークスは、以前ケイトとルナンが初めて出会ったフリゲート艦『ルカン』に乗り込んでいた時に遭遇した遮蔽型光学迷彩ステルス・シールドを有する『モビィディック』新型迎撃艦との死闘を経験していた。
彼は指揮下にある兄弟たちにその手法を忠実に再現せしめ、『プロイセン』の外郭部に張り付く敵性ドローンに、接近する船団の姿をスペース・デブリの乱流と誤認させる偽装信号を流したのだった。
それは功を奏した。そして遂に船団は軌道要塞の北端、巨大な茶筒の中心部に建設されていたギルドが専有する宇宙港へのランデブーを果たした。後は鳴りを潜めて円形の外壁が生み出す死角に隠れて難民の乗船と移送を始めたのであった。
船団は幸運にも恵まれていた。彼らが信号を発信したと同時に、『ヒンデンブルグ』は軌道要塞内部への突入を開始した事がそれに当たる。それと、ドローン集中制御を担うエルザ・シュペングラーが攻撃ヘリ群撃退の任を授かる前、配下となる人型アヴァタートーマスを自らの肢体を以って躾けていたのも重要な因となった。
「ねぇエルザいいの?このレーザー信号波は人為的な物だよ……ヴェスぺⅡbは……」
「いいのよ。今は私だけを見るの。そう……上手よ。トーマス……私のことお姉ちゃんて呼んで。良い子ね」
エルザはドローン制御用コンソールに座するトーマスの上に脚を大きく開いてまたがり、顕わになった豊満なバストの谷間にアヴァターの頭部を埋め弄ばせていた。そして彼の耳元である秘め事を囁いた。その途端アヴァターは金色の眼をギラつかせ
「本気なの?お姉ちゃん……ぼ、ボクの」と、彼はせっつく様に両の手をタイトスカートの隙間にねじ込んだ。
「まだね……でもその日は近いわ。いいわね。全て私の言うとおりに……出来るよね?私の弟」
「うん!出来るよ。……任せてよ」トーマスにスカートの奥をまさぐらせながら、満足げな笑みを湛えたエルザは何度も獣のようなよがり声と共に激しく肢体をのけ反らせた。
「……で?アメリア、もう一つと言うのは」
長城から土くれだらけの大地に降りたルナンにアメリアは
「ミハエルの奴がな自分だけはここに残ると言い始めた」と、もうお手上げだと言わんばかりに大きく首を振った。
「この期に及んでまたか?私が説得しよう」マティアスが嘆息しているのを尻目にルナンが彼女の肩をポンっと叩いた。
「いや、オレが先ず、あいつの話を聞いてやることにするよ」と、ぶすっとしたマティアスに微笑を見せた。
「そんな悠長な!いざとなれば麻酔弾を使ってでも船に押し込むしか……」
「それじゃ何にもならないだろう?向こうはどう思っているのか知らんが、オレはもう友人だと思っているんだよ。友なら顔付き合わせてやらなきゃね。……その前に、マティアス」
「何だ」
「三年前の軌道要塞『J・F・K』で何があった?聞いておきたい」
ルナン、アメリア、マティアスそして長田の四人は寡黙にリアクター・ギルドの砦となるリアクター・ドームの搬入口へと歩みを進めていたが、やがてマティアスが口を開いた。
「当時、私は追い詰められていた。我々の最高指導者であるヒューバート・ファン・アイクがアトランティアの首府城『マルス・セントラル』で捕縛された。彼自身が外国人としての権利を主張したため、第八代大統領リヒャルト・ファーマー氏は永久国外追放の大統領令を発して、彼の故国での収監を求めた。だがそれは表向き。事実上の放免処置。これに異を唱えたのが前大統領アーサー・ケイリーだ。彼は軍を掌握していた。黒い独裁者はその本領を如何なく発揮して議会を抑えてファーマーを更迭。その後釜に自分の娘婿となる現大統領スタインメッツを半ば強引に据えた。彼にしてみれば『革新・青の党』をバックに自分と対抗しようとしていたファーマーを追い落とす絶好の機会だった」
「『青の党』が”ファーマーズ”と呼ばれているのもそれが由来なのか」と、言うアメリアにマティアスは首を縦にした。
「ケイリーが目指したのは民族自決主義に根ざした挙国一致体制。だが、ファーマーはそれに汎人類主義を掲げて対抗した。政治とは常にバランスだ。ケイリーの強硬政策に辟易していた国民はファーマーを熱狂的に支持したが、独裁者はそれを軍靴で踏み躙ったのさ!」
「独裁を志向する者にとって民族主義は都合がいい。人々に嫌悪する対象を与え焚付けては、片方で民族の優位性やら、格式高い伝統と血統を鼓舞する。……危うい幻想さ。為政者が人々に向かって”夢”を語らなくなって久しい……」ルナンがぼそりと呟けば、マティアスは口の端を少し上げつつ語り続けた。
「お前さんらしいね。だが現実は常に冷酷だ。当然ながらケイリーに反旗を翻した軌道要塞も連邦内にいくつか存在はした。ケイリーの意を受けた連邦各艦隊、制圧陸軍はこれを徹底的に叩いた。その中で頭角を現したのが」
ハンナ・マティアスはこれには応えずに昔の恋人を思い描くようにして頬を染めた。
「あれは常に艦橋にあった。決断と行動は素早く反乱軍艦隊を殲滅して軌道要塞内部へと踏み込めば自ら陣頭に立った。白刃を振るっては果敢に挑み”白虎”と名付けられた装甲服を血で染めながら、数多の敵を容赦なく討ち堅陣を粉砕した。……ほんに、体の芯が震えるほどに美しかったよ」
ハンナ・マティアスは勢い良く面を上げるとルナンの両腕をつかみ、自分の胸元までしかない小柄の女性を上から睨みつけるようにして言った。
「いいか、ルナン・クレール。今から私が話す事は、連邦政府が緘口令を布き洩れ聞こえてこなかった事だ。だが、私はそれをこの目で見た。あれがかの地ペルガモンで何をしたか君に話そう」
火星統合暦MD:〇一〇二年 八月九日。アトランティア・ネイションズ邦内軌道要塞『J・F・K』、政庁都市ペルガモン
「少佐!どうかこれ以上はお止め下さい。既にペルガモン蜂起の首謀者にしてあなたの叔父ジャスパー・テオ・ヴァルデスの首級は挙げました。反乱軍は武装解除に応じています。残っているのは今あなた様が抱き上げている幼子とその母、非戦闘員ばかりなのです」
連邦正規軍の野戦服に身を包んだハンナ・マティアス大尉は、ペルガモン市庁舎の中央広場に聳え立つ巨木を基点に設けられた野戦キャンプ幕下にあった。
彼女と当時少佐の階級にあったゲルダは仮設司令部の天幕の外、烈日に晒されて砂地が目立つ大地に車座に集められた自分にとっては一族にあたる人々を見つめていた。彼女の腕には年の頃なら二、三歳と思われる金髪で碧い目の女の子が抱きかかえられていた。。
ゲルダは未だ叛徒討伐に赴いたままの返り血を浴びた動甲冑『白虎』の厳つい姿である。彼女は自分の胸元で大人しくしている幼女の髪を手に取り、その香りを楽しむかのように目を細めた。明るい色の半袖ブラウスの幼子は顔だけを天幕の外に向けて、されるがまま自分の親指をしゃぶっている。
「オリガ殿、見目麗しい姫をお産みだな。息災であられた由……我のことは覚えておいでかな?」
彼女は炎天下の中意気消沈する、主に父方の縁に繋がる白人系の人々の中から従兄弟にあたる、オリガ・ヴァルデスを名指しした。
オリガ・ヴァルデスは天幕の中で台座の上に据えられた父ジャスパーの首級へ何度か視線を向けながら、ゲルダが立派に成長して故郷へと返り咲いた事への祝賀を口にした。そして、更に自分がかつてゲルダの姉、アリシア襲撃の事にも触れて
「あの時は、私も父には逆らえなかったのよ……ゲルダ、いえゲルダ様。全ては……父の差し金でありました」おずおずと、申し開きしたあとゲルダに向かってあざとい笑みを浮かべ
「き、今日よりはあなた様が一族の長、王たる称号”ラオ”を冠することを我らは何の異存も有りませぬ。終生にわたる忠義を尽くしまするゆえ……ご恩情賜りたく」
膝立ちになってにじり寄るオリガの姿を、ゲルダは涼しい日陰の中から何の感情も持ち得ない面持ちで見つめている。
「あ、あの折は……皆が、私もどうかしていたのです。このペルガモンの全市民が熱病に浮かされていたような物。……時勢に乗らねば何をされるか……誰もが我が身だけは可愛いものでありましょう」
オリガ・ヴァルデス。ゲルダが八歳の頃に見舞った悲劇にあって姉アリシアと自分を執拗に追い、さらに幼かった自分を謀って、援けをよこす代わりに自らも姉を陵辱する事に加担した人物。今まさに手の平を返したように媚を売る従兄弟にゲルダは寡黙を通す。
ハンナ・マティアスはつっと彼女に歩み寄って
「受け入れなさい。これであなた様は晴れてご両親の仇を討ち、生まれ故郷へと返り咲きを果たすのです。『J・F・K』を治めるのはゲルダ様ただお一人。アーサー・ケイリー閣下の御意を得ております。若き領主としてここで軍馬を養い、己が研鑽を積むのです。来るべき日のために」
幼子がゲルダの胸元でむずかり始めた。ゲルダはその子をあやしながら目を頭上の大樹へと転じた。その立派な枝ぶりに、かつて自分の両親が吊るされて無惨な最期を遂げていたことをゲルダは思い起こしていた。幼女はさらにむつかり、自分の母の下に帰るのだと聞かない。
「要らぬ」ゲルダは微かに呟き幼子を足下へと降ろしてやった。
「今、何と」
ハンナ・マティアスの膝下あたりを幼子が駆け抜けていく。母の下へと向かわんとした幼子の姿を振り返り目で追ったマティアスは、炎天下にくっきりと浮かび上がったその影が瞬時に二つに分かれるの見て取った。
ゲルダ・ウル・ヴァルデスはオリガの娘が母の腕の中に飛び込む寸前に、一歩大きく跳ぶようにして進み出るや剣を抜き、下から斜め上へと一閃に薙ぎ払った。哀れ、その子は虚ろな表情のまま胴と頭の部位だけを高く空中へと躍らせた。
その母もまた、一瞬凍りついたようになったが、血飛沫を上げ堕ち行くわが子の亡骸を見るや、大暑の蒼穹を切り裂かんばかりの絶叫を上げた。
マティアスはただ呆然として「あ、あぁ……」と、声を震わせた。
「鬼めぇ!薄汚い褐色の鬼だぁ!お前はぁー!」オリガは髪を振り乱し、目を怒りに研ぎ澄ませてゲルダを詰るも、当のゲルダは薄ら笑みを浮かべて尊大に構えている。
「そうとも……我は鬼だよ、オリガ殿。そしてその鬼を生み出したは汝らよ!相違あるまい!我と姉、そして両親の無念を知らぬとは言わせぬ!」
最早これまでと察したのかオリガは、敵意を顕わに立ち上がった。
「何度もオヤジに進言した!金なぞいくら掛かっても構わないから、幼い内にあんたを始末しろとな……。挙句この様だぁ」
「やっと、本音が聞けたよ。オリガ殿よ……座れ!」血刀の切先を従兄弟に向けるゲルダを蔑むような眼差しで返すオリガはそのままゲルダの神経を逆撫でさせる、ある事柄を語りだした。それは死を悟った彼女にしてみれば最後の抵抗であったかも知れない。
「お前が斬った、その子はアリシアって言うのさ!ゲルダ、結局お前はアリシアを二回殺したんだぁ……一回目は見殺しに、二回目は真っ二つにしたんだよぉ」
オリガは常軌を逸した眼でゲルダを見据えたまま笑い出した。そしてこうゲルダに告げた。
「お前の姉様はさぁ……最後には可愛いメスになったよぉー何回も男共が群がってさぁ、娼婦みたいに自分からケツを…げっおぉ‼」オリガの口中に切っ先が突き込まれた。彼女は顎から血潮を噴出しながら白目を剥く。
「お前だけはぁぁ楽には死なさん!」ゲルダはソードの峰の部位に左手を添えると一気に体重を掛けて、顎からヘソの部位までを一気に切り下げた。オリガは自分の臓物を足下に転がる、娘の骸の上へと降り注ぎならが斃れ伏したのだった。
その後ゲルダは、その剣を頭上に差し上げて配下の手勢へ向けて、残りの一族と投降してきた者達を取り囲むよう合図した。銃を携えた一団が指揮官の意のままに慣れた動きで包囲を完成させるとゲルダは女、子供と老人ばかりとなってしまった親類たちと以前は実父に忠誠を誓いながら裏切った者たち、数十名を前にして
「見るがいい。これが私だ。オリガの言うとおりに、我が長じる前に亡き者にせなんだ手抜かりが招いた事態よ。悔やむが良い!もはや手遅れだ。わたしは帰ってきたぞ!ゲルダ・ウル・ヴァルデスという名の鬼はこの地に帰ってきたぁー!」
ゲルダはソードを勢い良く振り下ろした。
無辜の人々に自動小銃が一斉に火を吹いた。女と子供、赤子であろうと容赦なく銃弾が打ち込まれ、屍が折り重なるようにして大樹の下を埋め尽くした。それを見ていられなくなったマティアスはその場で指揮官に立ちはだかり
「なんてことを!神の御名を畏れなさい!ゲルダ・ウル・ヴァルデス!」と、訴えるもゲルダは野蛮人のようにマティアスの襟首を鷲づかみにすると
「神?神か!……マティアスよ…我は神の御名にひれ伏すことを知らぬ。この軍神の星に神はいない!あるは人の力のみ」と言った。
歯軋りしながら自分の上官に食い下がるマティアス。それでも不肖の弟子はさらに声を荒げた。
「諍いの度に人は魔を引き合いに出しては間違いを犯したと悔いる。さらに神に許しを乞い何事もなかったかのように前へ進む。我はその人だ!神をも頼まず、悪魔すら謀っては、人しか為しえぬ事を為すのみ!」
それでもマティアスは手を振りほどき掠れ声をふりしぼる。
「思い直せ!いいかヴァルデス。この軌道要塞がお前の意のままになるのだ。これまでの恨みを呑み込み己が糧とせよ。それこそが覇業への大いなる一歩となる!お前は次に何を為そうと言うのか?」と、逆にゲルダの鼻先にまで詰め寄った。
「宣戦布告だ!わが意を”黒い独裁者”に示さんがためこの軌道要塞その物全てを殲滅する!」言い放ったゲルダは再びマティアスの胸倉をつかんだ。
「ハンナ・マティアスよ。これまでエドガーブライトマンの目付け役ご苦労であった!その任を解任する。去れ!我はなこの日のために生きてきたのだ!ただ、この軌道要塞とそこに住まう者共に我が憤怒の鉄槌を下す事のみを糧に耐えた。我はこの『J・F・K』が火星世界に存在し得るを許さぬと誓った。誰にも邪魔立てはさせぬ!」ゲルダがマティアスを放すとそのまま後退りしてからこう言った。
「ヴァルデェース!おのれは小娘だ。小娘に授ける軍略なぞ無い!」
その後マティアスは野戦仕様の制服を脱ぎ去り、一枚のシャツとズボンだけの姿でペルガモン市の外れにあるヘキサゴン・エリアへと必死に走った事しか覚えてはいないのだと。
「ヴァルデスはな、妄執の鬼だよ。……私は止められなかった。今でも済まないと思っているんだ」マティアスは自虐とも見える笑みをルナンに向けたのだった。




