第十九話 ゲルダの足枷 五〇二統帥権凍結
「三日間の喪に服せとの仰せですが、生憎と五〇二は作戦行動中であります。オーランド中将」ゲルダは重巡『ヒンデンブルグ』から進発させた士官専用シャトルの船橋内で通信用液晶モニターに映る第三艦隊司令オーランド中将を前に直立したまま応対していた。
「作戦だと?貴官のやり口は聞く所によると”人の畑に断りもなく勝手に種を蒔き、収穫になるとその畑ごと奪い取る”これが常套手段ではないか」
ゲルダ・ウル・ヴァルデス准将は上官の揶揄にも眉一つ動かさず慇懃に一礼してみせた。
「いかな醜聞とて我ら意に介しませぬ。邦の“為せ”をただ為すばかりにて」
「物は言いよう。貴官の言う邦とは即ちアーサー・ケイリー閣下と同意であろうよ。だが此度の決定は国防総省を通じて全軍に向けての訓令である。例外はない」
狭い船橋の中にはゲルダとシャトルの針路を維持してきた航宙士とパイロット。そして、彼女の陰に隠れるようにしている、参謀兼庶務役を担うカナン・東雲中尉が。さらにその後ろにはスサノオ連合皇国の派遣傭兵飛燕と雷電が控えていた。
「了解いたしました。我とて連邦軍の禄を食む者。訓令にはいささかなる疑念も持ち合わせませぬ。が、五〇二本隊の統帥権凍結に関しては承服できかねます」
ヴァルデス准将麾下第五〇二独立遊撃艦隊における一時的な統帥権凍結。この案件こそが『プロイセン』侵攻作戦の前哨戦を遂行していた『ヒンデンブルグ』にもたらされた変事その物であった。
この一方的な決定に本隊を預かる代将アドルフ・メンツェル少佐と東雲中尉では抗しきれず、旗艦『ハンニバル』には第三艦隊旗艦空母『フランクリン・ルーズベルト』から臨検隊が乗り込み、メンツェルらの動きに目を光らせている有様となっていた。
これをゲルダが知りえたのは、現時点MD:〇一〇五年一〇月四日、二二・三〇。
臨検を強制執行する通達を受けてすぐ、東雲中尉と飛燕、雷電の三名のみが連絡用シャトルで『ハンニバル』を緊急発進。それに呼応する形で巡洋艦からゲルダも高速シャトルを発進させ、二機のシャトルは『ナッサウ』―『プロイセン』間に拡がる星海の只中でのランデヴーを果たしていた。
「貴官らの行動に、同盟国の大海艦隊からの疑念が寄せられている。その懸念に配慮するアデル・ケイリー長官の御意向と認識せよ。連邦海軍は貴官らのような無頼漢とは違うのだ。外交の一部も担っている事を理解していただこう……連合艦隊総司令アデル大将の決定に意見具申なぞ本来なら許されるものではない!」
「お言葉ながら、小官には預り知らぬ事。我らはあくまで電撃戦に特科した軍団にて。独立遊撃艦隊とは常に大本営の意向を最優先に戦術権限を有する艦隊であります。閣下」
「それが賢しいと言うのだ小娘!貴官、いや貴様の差し出口をその薄気味悪い牙と共に引き抜いてくれようか!我らに詳細を報せず自儘な作戦を執れるのもこれまで!どうせ貴様の裏にはアーサー・ケイリー閣下の側でうごめくブライトマン機関とやらの口添えがあるのだろうがなぁ」青筋を立てている中将の面持ちにも、平然としているゲルダに彼はさらに浴びせかけるようにして
「貴様の最大の庇護者であったケイリー元大統領閣下は鬼籍に入られた。今軍を掌握するはご息女のアデル閣下である。この前のような振る舞いが罷り通ると思うなよ」と、言った。
「失礼ながら、スタインメッツ様ではなくケイリー様であらせられますか?」
「そうだ!旧姓に戻されたのだ。この辺りは貴様が知る必要は無い!」
「……この親父はんは少々しつこおすな……」上官の居丈高な見幕に馬耳東風を決め込んでいたゲルダは自分のすぐ後ろで参謀が声をか細くさせるのを耳に留め微かに口の端を上げた。
オーランド中将は一度大きく息をつき平静を装いつつ、声のトーンを落とし始めた。
「とにかく、現時点より一〇月八日、一五:三〇までは貴様の軍馬の手綱は我らが預かる。それ以降統帥権は貴官に移管されるが、新たな任を授けることとする」ゲルダは深く腰を折る最敬礼の姿勢を取った。”謹んで拝命いたします”の意である。
「第五〇二独立遊撃艦隊は当泊地『ナッサウ』を進発と同時に、ドイツ大海艦隊の随伴を申し付ける。『プロイセン』に赴き次第、貴官らは大海艦隊司令フランツ・ゲッテンヴァーグ提督の指示を仰ぐべし。以上である」ここで通信は一方的に途切れた。
ゲルダは頭を下げながら口元を歪ませ、大きな犬歯をぎらつかせた。
「アーサー・ケイリー閣下の訃報がもたらされた直後に……力及ばす申しわけありませぬ」未だに最敬礼のままで微動だにしないゲルダの背にカナン・東雲も謝意を表した。
ゲルダは身体を起こしてから、黒一色となった液晶パネルを険しい目でねめつけると
「儀式ばった段取りばかりご執心な連中だ。あのミイラ同然の独裁者がくたばった事が何故、我らの足枷となるのか!」憤懣やる方ないゲルダに向かってカナンは耳元まで近寄ってから
「ここではかまいませぬが、『ヒンデンブルグ』にお戻りになった際にはお慎み下さいますよう。……五〇二にもアデル派の狗は忍び込んでおりますゆえ」と、囁きながらも苦言を呈した。
ゲルダは一度、カナンのメガネの奥に光る、黒い瞳を見据えてから無言で肯いた。
「だが、この段階での作戦遅延は後に尾を引くこととなろうな」
「ハイ、本来でしたら本隊の上陸用舟艇群がレノン湖、ザールセン湖を中心に展開。制圧陸軍の投入を開始できたはず……」
ゲルダは肩を上下に揺すってから、カナンにいつもの様に微笑んだ。
「……とは言え、スタインメッツ大将が旧姓に戻るとはな。どう見る?」
「現大統領とファーストレディとの疎遠は以前からの事。実父という目の上のコブがのうなった途端に軍の実権掌握に専念する腹づもりどすがな。現大統領閣下もいい面の皮。こちらには嫌がらせでっせ」カナンもゲルダが相好を崩すのに併せていつも通りのお国詞が口から洩れだしていた。
「ふむ。では我が親父殿も肩身が狭いな」
「ゲルダ様も尻尾をつかまれんようにしませんと」
「虎の尾をつかむか?なればアデルの喉元に食いつくまでよ!」
「その意気でおますがな!それでこそ黒いサーベルタイガー」二人はほくそ笑む。
ゲルダは即座にシャトルを最短コース軌道で『ヒンデンブルグ』への帰還と同時に高坂少佐と副艦長ハインツ大尉との通信を開くよう航宙士に指示した。その報告を待つ間にゲルダはカナンの後ろで控えている飛燕と雷電に歩み寄ると、そっと二人の頬に生身の手を添えた。
「大儀である。二人とも久方ぶりの国許はどうであった?」二人の少女戦士は憧憬の女に優しく接せられて頬を染めた。
「我もポツダム市に降り立った際、貴殿らと同年代の少女をみそめてな。我が配下にと誘ったのだが、あえなくフラれてしまったよ」
「視察を名目としたズル休み中にもお盛んどすなぁ」背後で、わざとらしく上官をからかうカナンにゲルダは舌打ちをして嗜めた。
「かの娘は珍しい装具を携えていた。ヤヨイ・斑鳩が愛用していた金の三日月にツバメの紋章を」
「九二式特殊装甲服でございますか?ゲルダ様」声を上げたのは雷電のほう。彼女はどこか寂し気に目を伏せた。これを見た飛燕が
「もしや、その者の名はキサラギ・スズヤ……ではありませんか?」と、ゲルダに問うた。
「おうっそうだ。世間は狭いな。……いつ見知ったか?」ゲルダにしては珍しく部下の二人に破顔するなり二人の肩を愛おしそうに抱き寄せた。しばらくぶりに会った妹たちを迎えたように。
「我ら二人が任地『ナッサウ』に赴く際に、同じ貨客船に乗り合わせたのです。途中、海賊の襲撃に会い三人で協力して撃退したのは報告の通りであります」と、きれいな標準語で飛燕は答えた。
このすぐ後に、航宙士が軌道算出の結果を報告、五人が乗り込んだシャトルは質量増加のために『プロイセン』宙域にたどり着けるのは早くとも二〇時間後となるとの事だった。
ゲルダは思わず渋面を造った。そして今度は、パイロットから『ヒンデンブルグ』との回線が開いた旨の連絡を受けた。ゲルダが最敬礼を向けていた通信モニターには艦橋内でゲルダとの応対を待つ、二人の士官が映っていた。
「忌々しき事態となった」これがゲルダの第一声。そしてやや憤然としたままゲルダは事の詳細を、副艦長と高坂少佐に告げた。二人の少女戦士は静かにその場から離れた。
「実行部隊の作戦中に喪に服せなど……聞いたことがありません。総省は何を考えているのか」こう率直な自身の見識を披見させたのは高坂であった。
「今はやらせておくさ。ただ、我らに対する執拗な圧力を続けるならこちらにも考えがある。エドガー・ブライトマンも国許での根回しには余念がない。我ら連邦軍内部も門閥の軋轢に窮しているグループも多い。今後はアデル派と現大統領スタインメッツ派に分断の恐れも考慮に入れねば。裏工作は彼に委ねる。……それと少佐、例の件は如何に?」
ゲルダの関心事は上陸制圧作戦の大義名分、騒乱の首謀者『革新・青の党』の象徴的人物ミハエル・デュシャンの捕縛にある。
高坂は一度、目を伏せるようにしてから侵攻部隊が知りえなかった地下鉄を利用して、ポツダム市街を脱出。治外法権を有するリアクター・ギルドの保護を受けるに到った旨を報告した。
「また、ギルドか!……して、貴官は手を拱いていたわけではあるまいな?」
「強襲コルベット『ゴート』を派遣。ギルド・ファーム上空からの武威行動を採らせております」彼の報告にゲルダは暫し思案にくれた。
「高坂少佐、残りの二隻も投入。制空旋回を昼夜問わず行なえ!眠る間も与えるな。心理戦に徹せよ」と、指令を与えた後に彼女は、高坂少佐の隣りに控えている副艦長に向けて、画面のあちら側がざわつく様な指令を発した。
「ハインツ、核機雷を起動せよ」これに色を生したのは高坂。彼はモニター越しに
「お待ちを!ヴァルデス司令。いけません」と、目を剥いて抗議の構えを見せた。
「案ずるな!脅しよ。艦の外に漏れ出した放射線を感知した『プロイセン』は蜂の巣を突いた騒ぎとなろう。ギルド一族も、封建領主連中からの圧力に抗しきれるか見ものではある」ゲルダは槍の切先のような眼光を高坂に向け、口元からはいっそう大きく牙を垣間見せた。
「我がそちらへ帰着するまでに、良き返答があることを期待しよう。ではな、オンティヴァ・ラウ(戦神の加護を)!」ゲルダは通信の最後に、遥かな昔先祖が戦端を開く際に掲げた必勝祈願の祝詞を唱えた。
時はゲルダが統帥権凍結の通告を受ける半日ほど遡る一〇月四日の夕刻。ようやくキサラギと彼女の胸甲内に収められたルーヴェンスはギルド・ファーム上空へと辿り着いた。
「クソッ!あのハゲタカめ。我が物顔じゃないの」滑空を続けるキサラギはファーム内への着陸をコルベットによって阻まれ忌々しく呟いた。
「こちらの高度は現在三〇〇メートル。コルベットはファームの上空一〇〇メートル付近を制圧旋回中。砲撃はさすがに控えているみたいだね。で、どこに降りるつもりなんだい?」と、クロネコがキサラギのイヤホンにダイレクト通信を送れば、キサラギはあるポイントに九二式のツインアイシステムの照準を合わせた。
「ハゲタカの背中に降りるつもりかよ?」
「やってやるわよ!昨夜の遺恨をはらして目にモノ見せてやらないとあたしの女が廃るってもんよね!」
「意気込みは買うけどさ。でもああも動き回られては難しいぜ」
クロネコドロイドの見立て通り、二人が滑空旋回する下方では、楕円形を為す城壁に囲まれたギルド・ファームの上空を滞空コルベットが鋼鉄の翼を悠々と拡げ、機体下部スラスターを噴射させ地上の砂埃と木っ端を激しく巻き上げながら右へ左へと忙しなく威圧行動を繰り返していた。
「だからさっきから、降着のタイミングを計っているんじゃないのよ。あと少し動きが収まれば……?」
「キサラギ、ギルド側が攻撃を開始したぞ!」キサラギのアイシステムは城壁上からのチカチカと断続的に繰り返される火砲の閃光を捉えたが、ルーヴェンスはすぐにこれを小火器類と分析。
「機銃掃射ごときじゃダメージは与えられないな……いや、あれは」
「何あれ?ワイヤーかしら?繋留アンカーみたいな物?」
ツインアイカメラが捉えた光景には城壁に点在する尖塔のてっぺんから放たれた都合二本の黒糸に見えるワイヤーがハゲタカの両翼端に撃ち込まれ、即座にハゲタカの動きが封じられた姿が。
「行くよ!ルーヴェンス」キサラギの行動は早かった。彼女はすぐさま錐もみ状に体を旋回させ、拡げていた両手足をすぼめ直滑降へ。強襲コルベットの真後ろから接近を開始した。
二人の眼前にコルベットの機尾にある稼働していないツイン型メインジェットの煤けた黒い孔が迫る中
「ルーヴェンス!この凧どうやって外すんだっけ?」と、キサラギ。
「今それ聞くぅ?」こうする間にもキサラギの三角凧はメインジェットのすぐ上へと到達。
「膝を一旦大きく曲げてからピンと伸ばすんだよぉ!」相棒の言う通りにするとキサラギの両足は凧から外れ、二本足だけはハゲタカの硬い背中に到達するも体はそのまま止まらない。まるで着地の下手くそなアホウドリの如く無様に走り続けるキサラギ君。
「止まんない!次はどうするのぉ!」
「肘を内側に思いっきり曲げる!」これでようやく三角凧はキサラギを解放し、再び上昇気流に捉えられて何処かへ飛び去った。
「ぎゃん!」それでもキサラギは甲冑装備のままで派手にでんぐり返しを繰り返し、彼女は空の支配者の細い首を過ぎ、蛇の頭に似た先端の司令区画へ。当然ながらそのままだと地上へとダイブする事に。
「何とかしろぉ!」彼女の胸元でクロネコが悲鳴を上げる中、うつ伏せになった青の少女戦士は
「フルグリーップゥ!」と、両手両足の磁気モードを最大に。ここで動きが止まったかと思いきや、湾曲したハゲタカ頭部の先端から、今度はズリズリとデカいお尻が身体全体を引っ張り始めた。
「お願い。止まってぇ!」両目を閉じたキサラギはここでようやくハゲタカの言わば嘴にあたる辺りで動きを止めたのだった。両手両足を豪快に開きお尻を下にしたあられもない恰好で。
ここで大きく安堵の息をついたキサラギが両目を開くと思わずぎょっとした。コルベット内の男性らと目が合ったからだ。どうやら彼女とクロネコは強襲コルベット艦の監視窓列にしがみついているようだった。
あちらからすれば、司令区画のすぐ外に青い巨大なヤモリが前触れなくへばりついてきた様に見えたのであろう。指揮官をはじめ数名の男性クルーらは一様に目を丸くさせ、口はあんぐり。
「もうやっだぁー」キサラギが軽く会釈すると、向こうも一斉に返して来た。
キサラギがヤモリさながら四肢を繰り出し、なんとか艦橋上部へとよじ登った所でコルベットの警報装置が唸りを上げ始めたのを腹の下で彼女は感じ取った。




