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軍神(マルス)の星 改訂版  作者: 梶 一誠
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第十五話 アトランティア強襲

 砂塵が吹き上がり、同時に火炎の熱をおびた凄まじい旋風がキサラギとルーヴェンスを襲った。一人と一体は自分たちが乗ってきたモトクロスを盾に猛威を防ごうとしたが抗しきれず、薙ぎ倒されてしまった。

「キサラギ『サン・グレアー』号が沈むぞ!」キサラギは手をかざして猛り狂う砂塵の先へと目を凝らした。

 再び巨大な火柱が突如として沸き起こり、その中には自分たちが乗船予定の貨客宇宙船『サン・グレアー』号が楕円形の舳先(へさき)を水面から持ち上げ船尾方向から音も無くレノン湖の水底へと最後の旅路に就こうとしている姿が浮かび上がっていた。

「民間人が乗っているのに!」横倒しになっているモトクロスを引き起こそうとするキサラギの目に飛び込んできたのは正に悲惨な光景だった。

 桟橋に横付けされていた貨客宇宙船の乗客たちはありとあらゆる出口や上部デッキから手摺りを乗り越えて旅行カバンを投げ、あるいは身一つで水面へとジャンプする。ある人は火だるまになって水面へと飛び込み、ついにそのまま上がってはこなかった。「子供がいます!誰かぁ」、「ボートを降ろせ!」あるいは「早くレスキューを呼べぇ!」燃える船内からの悲痛な叫びがコンクリート製の桟橋と深夜の冷たい波間を流れやがて空しく溶けていく。無情な偽りの月は眼下の惨劇なぞ意に介さず煌々(こうこう)と白々しい光を投げかけるのみ。

 水面(みなも)は月の明かりと燃え盛る炎のコントラストを代わる代わる描き出していたが、やがて炎の残照は消え失せ、貨客宇宙船『サン・グレアー』号はその姿を水面下に没したのだった。

「戻ろう!ルーヴェンス。命令は履行不能。原隊復帰する」キサラギはモトクロスのエンジンを再起動。アクセルを吹かし豪快にターン。クロネコの相棒をジッパーを下げブルゾンの中へと飛び込ませた。

 キサラギはバイクを発進させる前に一度、頭上を仰ぎ見た。

 人工世界の中心軸に発生している無重量空間で太い帯のように広がる(もや)の先にはうっすらと彼女の立つ大地とは正反対に位置している町並みの灯りが見える。

 ちょうどそこは第二の都市ライプティヒ市にあたる。キラ星のように映る街灯とは別に時折りフラッシュライトのような閃光が生まれている。

「キサラギ、これは砲撃だな。靄のせいで艦首識別不能だが、恐らく巡洋艦クラスだ」ルーヴェンスがキサラギの首下から頭だけを出して同じ光景を見ながら言った。

「クソッタレ!五〇二か?」

「ああ……恐らくね。でもドイツ皇帝派とアトランティア連邦は同盟国のはず……オイ!キサラギ前ぇー!」

 ルーヴェンスの叫びにキサラギは視線を前方へ移すと、教会の尖塔や、三角屋根が目立つポツダム市の上空から迫り来る巨大な影が。

 それはまるで巨大な翼竜、あるいはステンレスとスチール製の鷹を思わせるシルエットだった。大気圏を遊弋するための翼を有した艦艇は獲物へ狙いすました猛禽(もうきん)のごとくに迫り来る。

 蛇の頭のような舳先をポツダム軍港へと針路を向けていたがキサラギがその姿を捉えるや船体の、いわば鷹の背中に当たる所から白い一条の煙と共に閃光が射出された。

「ミ、ミサイルだぁー」ルーヴェンスが声を震わせた。

「市街区上空を制圧旋回するなんて!連邦協定違反じゃねえのかよぉー!」キサラギが吼える中、バイクの姿が暗闇から一瞬だけミサイルの放つ強力な光でくっきりと浮かび上がる。二人は思わずミサイルの進む方向に視線を注いでいた。

 それはまっしぐらに桟橋から数キロメートル沖に建設されている、へキサゴンエリア、宇宙都市と外の宇宙空間とを繋ぐゲートへ。それをぐるりと取り囲み大量の水をたたえる(せき)を担う巨大な壁が瞬時に大火球に包まれた。

 『サン・グレアー』号を沈めた時とは比べ物にならないくらいの爆炎が水面を昼のように照らし出し、耳を(つんざ)く大音響が二人の下へと伝播してきた。

「こいつら、住民たちを軌道要塞から出さないつもりなんだ」

 二人は堰が破れ、大量の水が瀑布のように白濁した色を帯びて湖水に流れ落ちる様を呆然とながめるしかなかった。やがてそれは桟橋にあった大きな荷物、コンテナを津波の如く飲み込んでいく。

「ルーヴェンス急ごう」キサラギはアクセルを吹かしてモトクロスをもと来た道へと逆走させ始めたが、一〇〇メートルも進まないうちに今度は目前からの砂嵐に視界を奪われた。

 頭上にはミサイルを放った鋼鉄の翼竜が迫っていた。船底部の姿勢制御スラスターからエネルギーを全開にさせているそれは、地上の埃と砂塵を居並ぶ建物の高さのさらなる上へと巻き上げつつゆっくりと移動していた。

「ルーヴェンス。艦種識別……急げ」キサラギは目と口を覆いながらクロネコに指示。

「恐らくコロッサス級。アトランティア連邦海軍の制圧滞空型コルベット……。通称はバード・オブ・プレイだ。ライプティヒ市とエッセン市のヘキサゴンエリアも攻撃を受けた可能性が高い」

「てことは、ルナン達も脱出は不可能ってことに」コルベットが轟音をあげつつ二人の頭上を行きすぎた。キサラギはモトクロスを疾駆させながら、背後の湖面上に滞空しながらまたこちらへと針路を変更しようとしている敵艦を見定めようと振り向いた。

 コルベットのロケット噴射はレノン湖の水面を叩き、凄まじい水蒸気の壁をつくりつつ旋回を始めた。蛇の頭と胴体部分を繋ぐその細長い船体部に何処からのロケット砲が命中。瞬時に火柱が上がるもフリゲートの頑健な装甲はびくともしない。

 湖上には二隻の警備艇が。レノン湖に配備されていた本物の船舶はその持ちうる最大火力で侵略者に対して必死の抵抗を試みるも果たせず、コルベットからの主砲弾の逆撃を受け『サン・グレアー』号と同じ運命を辿った。

「ムリだ!火力が違いすぎる……」彼女はこの言を最後に前方へと注意を向け、爆音を響かせながらモトクロスのスピードをさらに上げた。


 この奇襲が行なわれる一時間ほど前。キサラギとルーヴェンスは日付が変わって一〇月四日のまだ深夜と言っていい時間にポツダム市郊外、レノン湖畔にあるポツダム軍港へとモトクロスを走らせていた

 二人がこんな遅い時間帯までアジトである『金のクマさん亭』に留め置かれたのには訳があった。ハンナ・マティアスが手配した貨客船『サン・グレアー』号が本来の出港時間となっていた一九:〇〇になっても、原因不明の電波障害のため差し控えられていたからだ。

 それでも作戦決行の時間が差し迫った頃合いになって来ると、ルナン・クレールはいち早く彼女だけはこの地を脱出させんとして、ポツダム軍港内で待機するように指示したのだった。ただ、出発となるとルナンのほうが名残惜しそうに、何度も自分の家族を抱き寄せては頬にキッスを繰り返した。

 深夜にモトクロスを駆るキサラギたちが警官に呼び止められる事はなかった。なにせ夕闇迫る頃合いからポツダム市内には昼間の騒乱が激化し、延べ人数で数万人に及ぶ『革新・青の党』に向けて、これを目の仇にしている真っ赤な旗を掲げる連中が挑みかかり、警官隊は鎮圧に駆り出されていたからに他ならない。

 キサラギとルナンが遭遇した、市場での騒ぎはこの大規模な武力衝突の呼び水となったようである。

 ポツダム市政庁は一〇月三日、二〇:〇〇に非常事態宣言を発令。それと同時にこの地より直線距離で一万六千キロメートルを隔てた軌道要塞『ナッサウ』にいるはずの守備艦隊と地上警備軍をただちに帰還させる旨の通信を行なったが、この発信は『ナッサウ』はもとより他の軌道要塞にも一切届いてはいなかったのだった。

 ドイツ選帝候領首府城『ドリット・ベルリン』をはじめとする、主要軌道要塞の政府関係筋はまったくこの事態を把握してはいなかった。

 この通信を傍受、情報の拡散を妨害した艦艇が一隻だけこの『プロイセン』近傍の宙域に息を潜めていた。それはヴァルデスフリート旗下『ヒンデンブルグ』。

 『ヒンデンブルグ』は高度に暗号化されたレーザー通信を本営にあたる第五〇二独立遊撃艦隊に向け

「ライジング・サン。ライジング・サン。ワレ状況ヲ開始セントス」との打電を行なうと、『プロイセン』入港管理局の制止もいとわず軌道要塞内部へ問答無用とばかり強行突入させたのだった。そして三隻の滞空コルベットを発進させた。

 ポツダム軍港は文字通り軍の管理下にある施設である。その大半が今は空家同然となっていた。何せ通常ここに繋がれ待機しているはずの宇宙艦隊はこぞってアトランティア連邦との合同軍事演習に参加するめに『ナッサウ』宙域に駆り出され、ほんの僅かな艦艇それも本当の船舶、湖を中心に活動する警備艇ばかりが居残っているにすぎない。そしてここには民間の宇宙船も(もやい)を繋いでいる。

 その民間用桟橋につながれていた大小の宇宙船の中で、もっとも大きかったのが先の『サン・グレアー』号であり、無重量空間帯を抜け降下を開始したコルベットから真っ先に主砲弾の洗礼を受ける形となった。キサラギとルーヴェンスはその第一撃の惨状に出くわした事となる。


 「コルベット艦から降下する物体有り!多数」バイクを運転する自分の代わりに、制圧旋回を続けているフリゲートの行動を監視させていたルーヴェンスが彼女の胸元から報告を入れた。

 コルベットは警備艦隊のあらかた壊滅させると、やや高度を上げて再度市街上空へと転進。キサラギたちを追い越しながら船底部の格納扉を開いて、パラシュート付で装甲車大の物体を数体降下させ始めた。それとは別の小さめの扉からはわらわらと三角の物体がいくつも飛び出してきていた。その光景は翼竜の体内から小さな翼を持った雛を空中で産み落としているかのように見えた。

空挺部隊(レンジャーズ)!」キサラギは三角凧の群れが宙を泳ぐようにして上空に展開していく様を見ながら呻るようにして声を絞る。

「制圧陸軍の使う無人戦車ハイ・レッグも投入してきた。マズイぜ。こいつは着地後、三分間は動く物全てを無差別攻撃する」ルーヴェンスの金色の眼は自分たちの進行方向に落下していく一つのパラシュートを捉えていた。

 汎用型制圧無人機動兵器ハイ・レッグの一体は二人が疾走する市街中心部へと通ずる街道の道沿いに点在するコンビ二の平たい屋根へと降下した。その自重で店舗ごと押し潰し、ドラム缶のような胴体にあるセンサー一体型モノアイ・スコープを素早く回転させ、頭頂部から機銃を連射させた。狙ったのは反対車線をこちらに向かってきた数台のパトカー。この車列を無人機は真っ先に狙い瞬時に葬った。無慈悲な機動兵器は瓦礫の中からキャタピラ装備の蜘蛛のような四本脚を繰り出してモトクロスの前に立ちはだかるも、彼女はさらにアクセルを開け巧みな体重移動でその四足の脇をすり抜ける。

「マヌケー!この安物ぉー!」ルーヴェンスが喚く中、キサラギはわざと燃え盛るパトカーの車列に向かって疾走。炎の熱に自分をダブらせて無人機の赤外線センサーをごまかすつもりだった。しかし、敵もさるもの瞬時に動体モードに切り替えて機銃脇にあるランチャーから小型ミサイルを発射した。

 キサラギはこれもかわしたが、発射体はそのまま反対側車線沿いの水素スタンドへ直撃。猛烈な白光を放って融爆をおこした。

「きゃあぁぁー!」少女の叫びと共にモトクロスはその爆風をもろに受けて転倒し、キサラギとルーヴェンスは路上へと投げ出されてしまった。


 ミハエル・デュシャン奪還作戦決行から約一〇分後、『金のクマさん亭』で待機中のハンナ・マティアスとルナン・クレールら潜伏班の下に作戦はつつがなく進行しているとの実行班からの第一報が届けられた。

 店内カウンター付近に集っていた面々がまずは一安心と息を付いた頃合いであった。テーブル上のコーヒーカップが微かに震えているのを銘々が見て取った次の瞬間、店内と屋外テラスを仕切る窓ガラスがビリビリと振動を始めた。

「何だ?」ルナンが席を立った。

「あ、あれはコルベットか?砲撃だぞ!」テラス窓に寄りかかるようにして上空を仰ぎ見たアメリアはポツダム市上空に予告なく現れたバード・オブ・プレイの艦首に装備した主砲が閃光を放つのを目撃した。砲塔は目まぐるしく回転して連射式に砲弾を放つ。その都度市内各所で火柱が上がった。

「こちらサングリエ!砲撃を……受け……」ライヴ通信モードのノートPCから警察署への撹乱工作担当チームの音声だけが届き、ふいに止んだ。

「マティアス。これも工作の一環なのか?」

 ルナンは脱出用に手配されたドイツ艦隊士官用の制服を着込み、スーツ姿でインカムを装着している情報部局員を上から睨みつけたが、当の本人は膝と腕を組んだまま意に介さない。液晶画面に刻々と変更される突入班に備え付けられたミニカメラからのライヴ映像を彼女のメガネだけが反射させている。

 四分割された画面の一つ、サングリエ班の所だけは”砂嵐”のみ。残り三つも各チームが混乱している様子が映し出されていた。 

コルボー(カラス)へ。こちらマーロウ。今、マント班と合流した。これからそちらへ向かう!何が起きている?」コルボーとはルナンら潜伏班に彼らが付けたコードネーム。

「こちらコルボー。未確認艦艇がポツダムの制空権を握った模様、留意せよ。現在、未確認艦は市内各所を砲撃中。サングリエとの連絡は途絶。確認取れず。こちらは無傷、帰投を待つ。……オーバー」マティアスがインカムのスイッチを切った直後。

「どうなっている!聞いていないぞぉ!作戦続行は……不……」シアン班の画像もサングリエと同じ状態になった。それが途切れる瞬間には無音で何かが爆発したような衝撃と爆炎が映り込んでいた。

 これで残り二つはマント班とマーロウ大尉本人の画像だけとなった。

「アトランティア連邦海軍だと教えてやればいい。……ハンナ・マティアス」

「まだ未確認だ」ルナンの尋問めいた口調にもいっこうに動じないマティアスに

「ではこう言おう。おまえの元古巣、第五〇二独立遊撃艦隊通称ヴァルデス・フリート!違うかぁ」

 ここでマティアスはギロリとルナンを座ったままでにらみ返した。

「やはりな……。あのクロネコを使って私の身辺調査を行なわせていたか?それでも及第点って所だな」それだけをしれっと言うとマティアスはまたPCに向かった。

「こちらマーロウ、たった今、橋と詰所、ハイデルベルグ地区が直接ミサイル攻撃を受けた。監房区全体はもう火の海だ。……シアンは絶望的だ」

「こちらコルボー、荷物は?」

「無事、搬送中」 

 通信を終えたマティアスは一度だけ表情を曇らせ

「早すぎる!ヴァルデス……あの小娘が」と、誰にも悟られぬよう拳で口元を隠しつつ呟くのをルナンは見逃さなかった。

 ルナンとパイパーはゆっくりと右手を腰にある護身用の拳銃へと伸ばす。唯一人、アメリア・スナールだけは自前の動甲冑グライアをまといテラス窓に寄りかかり、ヴァイザーの中から灰色狼のような目を研ぎ澄まさせていた。

「一つ忠告だ。クレール少佐。荒事は荷物の無事を確認してからのほうが良い。それとスナール中尉、あなたの物騒な飛び道具の引き金から手を離してくれないかな?」マティアスはアメリアに背を向けたまま、さらに

「パイパー、それに少佐もバレバレだよ」と、落ち着き払い良く手入れされた肩まで伸びた髪の先を指に絡めつつ、うっすら笑みまで浮かべている。

 ルナンは親友に頷くとダラリと両手を下げた。アメリアもそれに倣い、小盾内蔵武器、小槍の切先を弾丸のように射出する武器から手を離した。ただ彼女のグレーの光を帯びた瞳は標的マティアスの背中を見つめたままである。主計局からの出向者アルフレッド・パイパーも大きく肩で息をついて額の脂汗を拭った。

「さてマティアス、君のリクエストには応じた。そうさ。オレは君の身辺を探らせたよ。君が『革新・青の党』と常に連絡を取っていたことも、ヴァルデス・フリートの司令官と直接面識があることもつかんだ」

 マティアスはインカムを外すとPCの上に放り投げた。

「正直でおおいに結構。では、少佐こちらもある程度の真実を話そう……私はねデーニッツの(いぬ)になる前から『革新・青の党』の活動家だった。もちろん(くに)には内緒でね。訳あって、邦を追われた私の身柄保護とある条件を飲む事で私は情報局第四課に籍を置くことを許された。デーニッツ局長の狗は何でもやって来たさ。どんな後ろ暗いことでも……。そして今回の作戦もな。大方の(プラン)は私が書いたものだ。局長は少し手を加えただけだ」

「青の党は?」

「わたしの重要な協力者で、局長も了解済みだ」

「ある条件とは?」

「私の古巣だったブライトマン機関に関する内情のリーク。主に黒いハンニバルと言われたエドガー・ブライトマンとその弟子に関する事さ」

「この奇襲攻撃も知り得ていたのか?」

 このルナンの問いに、マティアスは少し間を空けてから

「一部……想定外だ」マティアスはやおらに席を立つと上着を脱ぎ、シャツの上に装備したホルスターから小型拳銃を取り出し安全装置を外した。

 アメリアが咄嗟に身構えた時、ルナンが身体をマティアスの盾にするようにして歩み寄り小声でこう囁いた。

「これが肝心だ。君自身はどうしたい?ミハエル・デュシャンを?誰の思惑でもない、君個人としての存念を聞きたい」これを耳にした途端マティアスは”かっ”と目を見開き、薄ら笑いを一変させて強い口調でルナンにこう言った。

「必ずここから脱出させる。我が身がどうなろうと必ず!」そのあとマティアスは自分の拳銃をもとに戻すと元の自信ありげな態度にもどった。

「撃たなかったな?自分がやられると思わなかったのか?」マティアスの言にルナンは軍帽の庇の陰から腹に一物ありげな笑みを浮かべると

「先ずは、荷物の無事を確認してからのほうが良かろう?」

「……正解だ。意外と胆力のある御仁だ」マティアスはいつぞやのようにルナンの健康そうなピンクの唇を人差し指で軽く触った。

 『金のクマさん亭』の戸外で急ブレーキの音と共に商用車が歩道に乗り上げるようにして乱暴に停車した。続いて拳銃の発射音とタイヤが破裂する音が店内にまで響いてきた。

「来たな」マティアスがエントランスを振り向くと同時に、一人の男性が奪還チームの隊長フィリップ・マーロウと名乗った大尉に抱きかかえられるようにして入ってきた。次に入ってきたのは《マント》。昼間にパイパーと睨み合った陰険な目付きの男。 二人とも『プロイセン』警官隊と同じ漆黒のプロテクター、ヘルメットを装備していた。

「車は潰したぞ。急ごう。大尉」マントは大尉を手伝い、エントランスのすぐ脇にある待合客用の長ソファーに長身の男性の身体を横たえさせた。その後に奪回班の二人はヘルメットを脱ぐと床に放り投げた。

「まだだ。写真を、証拠を残せ」マーロウはそう指示を出しながら、マティアスを食い入るような目でにらむと

「制圧陸軍による降下猟兵の攻撃があるとは聞いていないぞ!」

「想定外の事態が出来しました。計画の変更を大尉殿」

「空々しい嘘は止めろ!お前をデーニッツ局長の所まで連行する!覚悟はいいな」

 二人が黙したままで屹立している脇をルナンは猫のようにすり抜けると、長ソファーの傍らにしゃがみ込み運ばれてきた男の顔をしげしげと見つめてから

「これが……我らが大統領候補、ミハエル・デュシャン殿ぉ?貧乏学生みたいな面してるなぁ」

 緊迫した空気をぶち壊すような間延びした声で初見した男性に対する感想をのべたルナンはそのままスーパーで肉の鮮度を試すように人差し指でデュシャン氏の頬を何度も押してみた。

 貧乏学生のようと評されたのも無理はなかった。この時の彼の格好といえば、グレーのフード付パーカーにわざと膝下をちぎったような七分丈のジーンズとサンダル履きのままであった。

「覚醒は?」

「車内で済ませた。四八時間もここには居られないからな」ルナンにぶっきらぼうに答えたのはマーロウであった。そのすぐ脇でマントが自分の携帯メディアで二人を撮影している。

「いいぞ、そのまま。これで潜伏班の所までこのマヌケの護送がなされた証拠になる。オイ、ジャンセン。始末をつけよう」

 マントが思わずマーロウ大尉の本名かと思われる名を挙げると彼は舌打ちをしてマントをねめつけた。

「偽名なんざもういいだろう!ジーンもリカルドももうダメだ。早いとこずらかろう!」マントと呼ばれていた青白い顔の男は自分のホルスターから拳銃を抜きルナンへ向けた。それを合図にマーロウも諦めたように息を付くとマント同じ行動を取った。彼の狙いはミハエル・デュシャン。

「ハンナ・マティアス、邦への忠誠を示す最後のチャンスだ!貴様には二重スパイ(ダブル)の嫌疑がかかっている。……わかっているな?」その言葉にマティアスは黙って上衣の下から拳銃を抜くと、背後で武器を構えているアメリア・スナール中尉へと向けた。

「オイ、そこの完全武装の姉さん、武器を降ろせ!でないとお友達の頭が吹っ飛ぶ。それとオッサン。あんたは手を上げとけよぉ」


 マントという男が銃の扱いに手馴れた”プロ”であると見抜いたアメリアはそのまま両手を上げ、パイパーは苦虫を潰したような顔でカウンター上に自分の銃を投げ出した。

「それでもプロフェッショナルかぁ!やり口が殺し屋みたいじゃないか」と、彼は精一杯の虚勢を張った。

「要人暗殺請負人が邦への忠誠だとぉ!笑わせるな」アメリアも声を張り上げた。

 二人の言にマントはニヤリとした。

「当たりだぁ(あね)さん。隊長さんだけは本職だけどな。いいか奪還指令は暗殺へと変更されたんだよ。いや、奪還が行われると信じていたのはそこのマダムだけなのさ」彼は小ばかにしたようにマティアスをねめつけてから勝ち誇ったように体を小刻みに揺すっている。

「クレール少佐、これまでの尽力には感謝する。これは(あらかじ)め決定された事だ。事情の詳細を君が知る必要はないが安心したまえ。君は最後まで大統領候補を守った忠烈の女史として評価されるだろう。あとの二人はどうする?投降すれば悪いようにはしない。監査付だがそれなりの自由は保障される」

 マーロウが二人に最後通牒ともいえる選択を与えたが、アメリアの返答は決まっていた。彼女が”ノン”と言おうとした時だった。

「バカにするな。新顔だけどなぁ、わ、わしゃとっくに”クレール連隊”の一員じゃぁ!」こう言い放ったのは銃を向けられても敢然とするアルフレッド・パイパーだった。だが彼の声はやや甲高く掠れ声になっている。

 アメリアはヴァイザーの中から、汗だくのパイパーを捉え笑みを浮かべてから

「右に同じだ!」と、凛とした声で意志を彼らとマティアスに告げた。その時、彼女は自分に拳銃を向けているマティアスの表情が先刻とはうって変わって強張り何度も唾を飲み込んでいるのを見て取った。

「……判った!もう撤回はなしだ」


 「オレは死ぬのも、捕虜になるのもどっちもイヤだねぇ」と、ルナンはマントから向けられている銃口など無視してミハエル・デュシャンを身体で(かば)うようにして覆いかぶさった。そして我が子を抱くようにして頬を寄せたのだった。

「ハンナ・マティアス……これでいいのかよ?」彼女は首だけを巡らせマティアスの背中に向けて、さらに追い立てるように

「これでいいのかぁ!マーティアァースッ!」ルナンの腹から発せられた咆哮に、覚醒を始めたミハエル・デュシャンが薄目を開けて

「あ、……母さん?」まるで声変わりをしていない少年のような声にマティアスの背中がピクリと反応。ルナンは目をつぶってミハエルに

「大丈夫、ここにいるからね」と、耳元で囁いた刹那。

 深夜の『金のクマさん亭』から一発の銃声が闇の(とばり)を突いて鳴り響いた。


 キサラギはヘルメットのおかげで頭部は守られていたが、全身を強打、身動きがすぐには取れなくなっていた。手が微かに動くだけの彼女はなんとか起き上がろうとする。ブルゾンのジッパーをこじ開けてクロネコ型ドロイドが飛び出て

「キサラギまだ動くな。ボクが奴をひき付けるから」ルーヴェンスは一度無人起動兵器のほうへ走ると、ドラム缶のような胴体を持つ相手に向かって侮蔑の言葉を投げかけ、キサラギと距離をとる様にして走り出した。ハイ・レッグはクロネコを感知して四足をそちらへと繰り出し始めた。

 キサラギは上半身だけを起こすと辺りを見回した。二〇メートルほど先の前方、アスファルト上に彼女のモトクロスは横倒しになり、後部座席の荷物は転がり落ちていて中から特殊装甲服の手甲と夜叉鴉の装面が飛び出ていた。彼女は何とかたどり着こうとしたが背中の痛みで身体が思うように動かない。

 そんな彼女の頭上を三角凧を背負ったコウモリのような降下猟兵が二人、装備のすぐ横に着陸して凧のバックルを外して路上に転がした。二名は制圧陸軍特有の迷彩柄のヘルメットに戦闘服と黒い編み上げのブーツ。彼らはすぐに自分たちがお目当てにしている対象を見つけた。路上に転がる少女を。

 二人が分厚い偏光ゴーグルの下に見える口元から歯を見せながら近づいてくるのを見たキサラギは自分の性の危機を感じて這いずりながら逃げようとするが、二人はすぐに追いついた。

 一人の兵隊がキサラギのヘルメットの縁を握って無理やり彼女を立たせて、後ろから羽交い絞めにした。もう一人がニヤニヤしながらヘルメットの顎紐を外して路上に転がすと、キサラギの長いツインテールの黒髪と艶やかな顔立ちが顕わになった。その途端野獣共は同時に口笛を吹いて、思わぬ収穫だと下卑た笑みをキサラギに向けた。

「ちくしょう!放せぇ」キサラギは身体全体を(よじ)り、以前訓練を受けた時のように拘束を逃れようと足掻くも、兵隊は即座にキサラギのブルゾンごと下のシャツに手を描けて思い切り下へと引き裂いた。

「いやぁぁぁー!」キサラギの小ぶりなバストが曝け出されて男たちの欲情は一層ヒートアップ。堪らなくなったシャツを破った兵は彼女を路上に押し倒した。

 人の皮を被った二匹の獣はグローブを外すと容赦なく彼女の白い肌に爪を立てる。

「イヤ!イヤァ!ルーヴェンス!ルナァーン助けてぇー!」キサラギはがむしゃらに抵抗、泣き叫ぶもそれがさらに獣性を煽り立て、せせら笑いながら一人はキサラギの頭上から両膝で彼女の腕を押さえ込む。押し倒した一人は下半身へと手を伸ばしていく。

「やめてぇ……イヤだぁ…先輩…助けてぇ」

 これは戦場や略奪された村落で、大昔から飽くことなく繰り返されてきた蛮行。女、特に若い娘はいつでも虐げられ(なぐさ)み者にされ続けてきた。今宵も悲痛な少女の叫びにも無情の月は応えずただ冷徹な光をこの世界に(あまね)く注ぐのみであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] バチバチの戦闘シーンや、ルナンたちのひりつく攻防に息を飲んでいましたが、最後が辛くて感想を書けませんでした……。 が、次話に行ったら「後編」となっておりましたし、安心も出来ましたので、戻っ…
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