『ドMの勇者はご主人様が欲しい~追放もしてないのにパーティーメンバーに逃げられるんですが~』
「も、もうあなたの性癖にはついていけません!」
可愛らしい聖女は、涙目で街の方に向かって猛ダッシュし始めた。
「ああ! 待って、ご主人様! 見捨てないでぇ〜!! あぁ……行っちゃった……」
勇者ゾフィスは、地面に四つん這いになったまま去っていく仲間の姿を見つめる。
「うぅ……一体僕の何がいけないというんだ……」
身につけた首輪から垂れ下がる、聖女が放り捨てたリードが虚しく地面に横たわっている。
ゾフィスはドMだった。
魔王を倒す勇者に選ばれ、可愛らしかったりセクシーだったりクーデレだったりする美少女の仲間たちに囲まれて旅に出たのに。
今、最後まで残ってくれた聖女までもが去ってしまったのだ。
別に魔王を倒すつもりがなかったわけではない。
それどころかむしろ、皆の期待に応えようと訓練を積み、かなりの強さを身につけたつもりだった。
魔物に支配されていた国を解放もしたし、伝説の装備もきちんと試練を乗り越えて手に入れた。
なのに。
「僕はただ……ご主人様たちからご褒美が欲しかっただけなのに」
セクシーな戦士は、縄で縛ってくれるようにお願いしたら蔑んだ目で去っていった。
その視線自体はもう天にも昇るような心地で受け止めたから、後は縛ってくれたら嬉しかったのに。
クーデレな盗賊には、手にした鞭で叩いてくれるようにお願いしていた。
でもなんか、だんだん瞳から光が消えて、最後には無表情なままボロボロ涙だけをこぼしながら静かに姿を消した。
そして今、四つん這いで犬のごとく扱ってくれていた聖女までもが、いなくなってしまったのだ。
「僕は、僕はちゃんと頑張ってるのに……いやでも、放置プレイだと思ったらこれはこれでアリかも……」
興奮して鼻息を荒くしたゾフィスだったが、流石にこのままここにいては世界は救えない。
これでも世界を救おうという意思はあるのだ。
ただ、どうしようもなくご主人様に豚のように扱われたいだけで、使命をおろそかにしようと思っているわけではない。
「よし、一人で魔王を倒しに行こう! そうしたら、ご主人様たちもまた戻ってきて褒めてくれるかもしれないし!」
それは名案に思えたので、ゾフィスはリードを外して立ち上がり、意気揚々と魔王城の方へ向かって歩き出した。
魔王城の結界を破壊する最後の鍵である『聖なる宝珠』ももう手に入れているのだ。
後は乗り込んで魔王を倒すだけだった。
※※※
「頼もーう!」
魔王城の入り口、おどろおどろしい巨大な門扉の前で声を張り上げたゾフィスに、返ってきたのは不気味な沈黙だけだった。
「あれ……留守かな?」
ゾフィスが首をかしげると、突然頭上から無数の矢が降り注いでくる。
「え? あ、痛……♡」
ほとんどの矢は兜や鎧に弾かれたが、肩の鎧の隙間から矢が突き刺さって痛みが走ったのだ。
「あ、ぐぇ、オォ……!」
多勢に無勢で、運良くいくつかの矢が隙間から体を突き刺す快感に悶えながらも、ゾフィスは自分のやるべきことを忘れてはいない。
「あ♡ 開けてくれないならっ、勝手にぃ、入りますよぉ……♪」
矢雨の中で刺さった矢を引き抜きつつ、ゾフィスは門扉に手をかける。
「せぇ……ノォ!!」
オーガが30体いてようやく開けられそうな門を、ん! と力を込めて全力で押し込む。
すると、ギィ……と音を立てて門が動いた。
ザワリ、と矢の雨を降らしていたと思われる魔物たちのざわめきが耳に響く。
「ちょっと、重い、かな……! も、もっと重くてもいいかも……!」
全身に力を込める苦行に少し快楽を覚えながら、ゾフィスがさらに門を押し込むと、メキメキと、おそらく閂が折れ始める音が聞こえた。
「ん〜……っ!」
メキメキメキメキ、バキン! と音が聞こえた瞬間、門が弾けるように中に向けて開いた。
「はぁ、はぁ……」
心地よい疲労感に肩で息をしつつ、ゾフィスが門の内側に目を向けると……そこにズラリと、炎を手に溜めた魔導士系の魔物が並んでいた。
「うぇ?」
『放テ!』
指揮官と思しき魔物の声とともに、一斉に炎が放たれて襲いかかってくる。
「あじじじじじじっ……! う、ぁ、ろ、ロウソクで焼かれるよりアツィぃいいいいいいいッッッ!!! アァアアアアアアーーーー!♪」
火だるまになってゴロゴロと転がったゾフィスは、全身を襲う苦痛と息が出来ない苦しさに意識がトびそうになりながらも、なんとか耐える。
「も、もぅ……いきなり放火プレイするなら、前もって恐怖を煽ってくれなぃとダメじゃないですか、ご主人様たちぃ……♪ でもいきなりやられるのも、これはこれでイイのでありがとうございます……!」
『!? ナ、何ダ、コイツ……!? 何故死ナナイ!?』
ゆらり、と立ち上がって礼を述べると、まるで理解し難いものを見るような視線を向けられた。
しかしご主人様の質問とあれば答えないわけにはいかない。
「あぁ、僕、自動治癒のスキルと自動蘇生のスキルカンストしてるんで、どれだけ激しく責められても死なないです。ご安心ください♪」
『何……ダト……?』
「あ、防御系を極めなかったのは、痛くなくなるのはイヤだったからです」
ゾフィスは、防御力はほとんど常人と変わらない。
もちろんレベルが上がるのに合わせて多少は強靭になってしまったものの、それでも敵の攻撃を全く無効化するほどのそれではない。
代わりに、どれほどの猛攻を受けようとも、ゾフィスは決して死なない。
敵を倒せるだけの攻撃力以外は、全て自己回復系に極振りしたのだ。
『モ、モウ一回ダ!!!!』
焦った指揮官が魔導士達に命じて再度炎や氷、雷の魔法を雨あられと降らせてくる。
「ヒギィ! 電撃も冷たいのもタマラナイッ!!!!」
やがて魔力が枯渇したのか攻撃が止んだので、ゾフィスはそこでようやく剣を抜いた。
「あ、もう終わりですか?」
『幾ラ回復スルトハ言エ、何故、ソンナニピンピンシテイルノダ……!!?』
もはや恐怖を隠そうともしない指揮官の言葉に、ゾフィスはキョトンとした。
「疲労回復のスキルもあるので。だって、魔物たちに疲れたから休ませて、なんていうほど無様なこともないでしょう?」
ペロリと唇を舐めて、軽く剣を構える。
刀身に映った自分の顔はかなりの童顔で、しかも整っている。
なので出会った頃は、仲間たちたちも可愛がってくれたのだが。
「このまま遊んでいてもいいんですけど、魔王を倒したらご褒美に存分に責めて貰えると思うので……そろそろ先に進ませてもらいますね、ご主人様♪」
ゾフィスは、トン、と軽く地面を蹴って、指揮官の目前に一瞬で到達した。
『……エ?』
「安心してください……僕、責められるの大好きなんですけど、自分がされたいから同じくらい痛めつける方法も知ってます」
軽く相手の耳元で囁いてから、手始めに指先の爪だけを斬り飛ばす。
『ーーーッ!?』
「存分に、苦痛を味わって下さいね♡」
※※※
やがて、魔王城の中を血に染めながらたどり着いた謁見の間の前。
そこで、ゾフィスは改めて声を張り上げた。
「頼もーう!」
『入れ』
聞こえたのは、少しハスキーな女性の声だった。
同時に、城門と違い音もなくスゥ、と開いた扉の奥には、漆黒の闇がわだかまっている。
『褒めてやろう。我が軍勢を蹴散らし、単身でこのようなところまで乗り込んできた武勇、度胸……勇者の名に相応しい』
パチン、と指を鳴らす音が聞こえた後、ボボボ! といきなり紫の炎が生まれ、左右に整然と明かりとなって並ぶ。
石畳の上に赤い絨毯が敷かれた道がそこにあり、数段高い位置にある最奥の玉座に座っている誰かの姿が見えた。
玉座の奥にあるカーテンが上がると、そこには大きな窓があり……赤い月が、相手を照らす。
魔王は、女性だった。
美しく長い足を組んでおり、深くスリットの開いたドレスの裾から褐色の太ももが覗いている。
赤いハイヒールに、胸元の巨大な膨らみを締め上げているのは黒革のボンテージ。
頬杖をついた手には鞭を握っており、足元にはリードと首輪で繋がれた巨大なボーン・ドラゴンが寝そベっている。
凍りつくような強気な美貌に嗜虐的な表情を浮かべてちらりと牙を見せ、豊かに波打つ黒髪の隙間からねじくれたツノが一対覗かせる彼女は。
「褒美としてーーー私が直々に、思う存分虐めてやろう」
と。
ゾフィスが一番欲しかった言葉を告げた。
「見れば、可愛い顔をしているじゃないか……ふふ、その顔が苦痛に歪むのが、見たいなぁ……?」
ゾクリ、と期待感に背筋を震わせて、ゴクリと喉を鳴らしながら前に出る。
「虐めて……いただけるのですか……?」
思わず目がトロンとしてしまうのを、抑えきれない。
あの容姿に、抑えていても分かる強大な魔力。
一体、どれほどの苦痛を味わわせてくれるのか……ゾフィスは、彼女に一目惚れしていた。
ーーーああ、この方こそ、僕の理想のご主人様だ……!
「この卑しい豚めを……そのヒールで、踏みにじり、苦痛を与えて……いただけるのですか?」
「ほう」
女魔王はフラフラと近づいていくゾフィスを愉しげに見つめる。
「貴様、その表情……私には分かるぞ……生粋の被虐性癖の持ち主だな?」
「魔王様……」
「私の奴隷になるか?」
「はい……」
玉座へ続く階段の下で、ゾフィスは膝をついた。
勇者として、魔王を倒さなければならないのに。
マゾの本性がこの方の足元にすり寄り、足を舐めたいと痛烈に訴えかけてきて抗えない。
「卑しい僕を……どうぞ、貴女様の奴隷にして下さい……!」
「貴様ほどの強さを持つ者ならば、確かにそれに相応しいな……褒美は何を望む? 世界の半分か? 莫大な財宝か?」
「いいえ……貴女の鞭を……」
手招きされて、四つん這いのまま魔王に近づいたゾフィスは、その爪先で顎を持ち上げられる。
それだけで天上の恍惚を感じながらも、頭の片隅に少しだけ残っていた使命感が言葉を紡がせた。
「もしお聞き入れ下さるのでしたら、ついでに人族と魔物の争いを止めていただけると……そうなれば僕は使命から解放されて、一生、貴女の奴隷として過ごせます……!」
「奴隷のくせにご主人様に対して厚かましいな。……が、ちゃんと望みを言えたのは偉い。ご褒美はくれてやらねばな」
いいだろう、と女魔王は言った。
「魔族については引き揚げさせ、人族の王どもと協定を結ぼう。応じなければ殺すが、一方的に支配されるよりはマシだろう」
「十分にございます……」
「魔獣や魔物については、勝手作ったはいいものの暴れているだけだからな……そうだ、半月に一度、貴様を世界のどこかに飛ばしてやろう。そこで魔獣どもを退治して持って帰って来れば、ご褒美として存分に貴様を満たしてやる」
「ありがとうございます……!」
ハッハ、と犬のように舌を突き出してうなずいたゾフィスのアゴを、女魔王は思い切り掴む。
爪先が食い込んで皮膚を突き破る痛みを感じながらその美しい瞳に覗き込まれると、もう抗えなかった。
「啼け、犬」
「ワン……♪」
※※※
そうして世界は、急に態度を軟化させた魔王と同盟を結んだり攻め滅ぼされたりしながらも、徐々に平和になっていった。
魔王を説得した(奴隷になった)勇者ゾフィスは。
世界各地に無差別に現れては凶悪な魔物を退治し、各地で『不死身の英雄』『世界平和の立役者』と呼ばれるようになったり。
逆に『ど変態のクソ野郎』『気持ち悪すぎて近寄って欲しくない』などと呼ばれて一部女性に蛇蝎のごとく嫌われたりするのは。
ーーーまだ、もう少し先の話である。