7 剣姫降臨
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ぼくと珍念さんはしばらく持ちこたえた。
ときおり、地窓からリボンが伸びてモンスターたちの脚をすくってくれたことが、少なからず助けにもなった。でも、モンスターたちがどんどん増えてゆくにつれ、ぼくらの劣勢が明らかになっていった。珍念さんも当初の勢いをそがれ、防戦一方になり、ぼくはといえば……もはや、なぶり殺しの一歩手前といった苦境へ追いこまれていた。
鉄パイプが束になって振り下ろされると、そのすべてをソードでさばききるのは不可能だ。
「助けに行こうよ。このまんまじゃ、ふたりともやられちゃうよ」
乙宮さんの悲痛な訴えが、開けっぱなしの地窓から流れてくる。
「ざけんなっ、こんなもんで、どうやって連中と戦えばいいっつうんだっ」
そう怒鳴り返したのは茶髪くんだ。だよね。彼の武器はキャッチャーミット。あんなもんで、鉄パイプにどうすりゃ太刀打ちできるのか、ぼくだってわからないや……。
「おいっ、待てっ、何やってんだっ」
教室の後ろ側のドアがガタガタ揺れる。どうやら乙宮さんがむりやり開け放とうとしているらしい。すかさず茶髪の怒声が響いてくる。
「バカッ、はやまんじゃねえっ。おれらまで、ヤンキーたちにやられちまうじゃねえかよっ」
鉄パイプの一撃がぼくの背中を襲う。あまりの痛みで全身がきしみ、間接がはじけそうになる。
「ぐわああああーっ」
最後の気力を振り絞り、ソードを振りまわし、どうにかヤンキーモンスターたちの攻撃を押し返す。だが、ぼくのやみくもなコンボがやんだとたん、鉄パイプが四方から襲いかかってくる。肩に、こめかみに、ふとももに、脇腹に、重い一撃が食らいこんでくる。
たまらずぼくは倒れた。
これまで受けたダメージがたまりにたまり、もはや立っていられなくなったのだ。
これはぜんぶ夢だ。頭のどこかでその認識にすがっていた。でも、この、ぼくがいま受けている痛みはすべて、本物だとしか思えない。
どこか非現実なのに、圧倒的なリアルさで、残酷な痛みがぼくを苛んでゆく。と、珍念さんの叫喚が響き渡った。
「なんまんだぶっ、なんまんだぶっなのでございますっ」
彼女もいま、ぼくと同じような窮状にあるんだ。そんな理解が頭をよぎる。ぼくよりも耐久力だって低いだろうに。助けなきゃ。なんとしてでも助けに行かなきゃ。
それなのに、ぼくの体は意志のくびきからのがれ、ズタ袋さながら床に這いつくばることしかできない。もはや、どこまでも無力に侵食されてゆくほかない。そんなときだった――。
「せいっ」聞き覚えのある声で、裂帛の気合が放たれたのだ。
続けて、どひゅんっ、ていう迫力に満ちた風切り音。廊下の奥から、何かがずんずん近づいてくる。見上げると、廊下に群がるヤンキーモンスターたちがゴムボールのように宙へと放り飛ばされてゆく。
とうとう、ぼくを鉄パイプで打ちすえていた連中も、ひとまとめになってはじき散らされた。
なんとか仰向けになったぼくの真上を、それが舞うように飛び越えてゆく。
しなやかで長い両脚をバレエダンサーのように、あるいはフィギュアスケートのスーパースターのように百八十度開脚でめいっぱい伸ばし……そのときぼくが目の当たりにしたものを墓場まで持っていくことを心に誓ったときにはもう、ぼくの救世主は一撃のもとに、いちばん手前にいたモンスターを袈裟がけに斬り払っていた。
でも、やつらはいくら切られたって、すぐ復活する――そうぼくが指摘するよりも早く、舞坂さんが返す刀で、モンスターのリーゼント頭を地肌からこそげとるように刈り飛ばした。
きゅいーん、という耳障りな金属音が生じる。
軍艦の船首めいたリーゼントを失ったモンスターが、ブラックホールにのみこまれかけているみたいに収縮し。それから――ボンッ、という破裂音とともに粒子となって四散した。
唖然とするぼくの上で、舞坂さんがまたあざやかな跳躍を見せる。
そう。あの百八十度開脚でぼくの上を颯然と通過していき――その雄姿が下からのベストアングルによる視覚記憶として、否応なしにぼくの海馬へと刻みつけられた直後、こっちへ殺到してきたモンスターたちのリーゼントが立て続けに斬り飛ばされた。
「こいつらの弱点は髪の毛」
舞坂さんが振り向きざまに告げる。その言葉通りに、モンスターたちがきゅーんという効果音を発して縮んでゆき、またまた爆散する。なるほど。ヤンキーの魂が宿るあの髪形こそが、ヤツらのウィークポイントだったんだ。
それからも舞坂さんは多勢に無勢という逆境をものともせず、ゾーン状態に入ったダンサーのごとき剣舞を見せた。
それはもう表現芸術の極みに達していると形容しても過言ではなく、無駄のない流麗な動きであの長太刀をふるい、モンスターたちのリーゼント頭を切り払っては、ポップコーンのようにはじけさせていったのだ。
珍念さんが襲われていたほうの廊下でも異変が生じていた。
ヤンキーたちが壁や天井へぶつかり、一方的に蹴散らされていく。その頼もしい、暴風のごとき力がこちらへどんどん押し寄せ、言わずと知れた正体も割れた。
ルカさんが金属バットをぶんぶん振りまわし、破竹の勢いでヤンキーたちを殲滅していた。
その圧倒的な力技でリーゼントごと頭をぶっ壊されたモンスターたちがキューンと縮み、風船の泡が消えるようにポンポンはじけてゆく……最後の一体が、ルカさんによって脳天から叩きつぶされ、ヤンキーモンスター軍団はとうとう全滅した。




