6 ヤンキー増殖
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威嚇的な足取りでヤンキーモンスターがぼくたちめがけてやってくる。早足になり、駆け足になり……鉄パイプを振りかざし、こっちへぐんぐん迫ってくる。
「うわわわわーっ」
ぼくがあとずさるよりも早く、ヤンキーモンスターが鉄パイフを振りかぶって跳躍する。
「んひゃあっ」
乙宮さんは四つんばいになって、とっくに逃げていた。
鉄パイプの一撃を、ぼくはバスタードソードを横にしながら眼前にかざして受けとめる。が、相手の勢いを殺せず、そのままうしろへはじき飛ばされてしまう。
間髪いれず、ヤンキーモンスターが襲いかかってくる。ソードをもちあげ、ふたたび相手の攻撃を防ごうとするが――。
モンスターが中空へ飛びあがったままいったん制止し、後方へ放り投げられる。
「見よっ、アタシの必殺技っ」
乙宮さんが膝立ちの姿勢でリボンを発射し、モンスターの胴体にからませると、ぼくから遠ざけてくれたのだ。あのリボン、どうやら伸縮自在な仕様になってるようだ。
「行けっ、カムイっ、やっつけろ」
乙宮さんが叱咤の声をあげる。こうなりゃ、やけくそだ。
「どりゃああああっ」
地を這うように駆けながらソードを振りかぶり、相手が鉄パイプで防御するところへたたきつける。今度はヤンキーモンスターが吹っ飛んだ。三遊間を強襲するゴロみたいな勢いで転がってゆく。
「よっしゃーっ」
ぴょんぴょんはねながら快哉をあげる乙宮さん。バスタードソードが軽く感じる。スポーツ全般が苦手だったぼく。でも、夢補正が加わって、それなりの戦士に仕上がっているってことらしい。
よし、行くぞっ。ぼくはソードを腰だめにかまえ、起きあがろうともがくヤンキーモンスターめがけて突進し、そのまま体当たりするようにぶつかった。ズンッ、という衝撃。ソードが相手の腹を深ぶかとつらぬいたのだ。
勝った。そんなぼくの確信を脅かすように、サングラスの奥で、モンスターの目が底光りを放つ。ぼくはとっさにソードを引き抜きがてら、うしろへ飛びのく。モンスターがのそりと起きあがる。ぼくは前へ片足を踏みこみながら、横ざまにソードでなぎ払った。
モンスターが胴体で真っ二つに両断される。今度こそやっつけた。そんな勝利の余韻に浸るまもなく、せっぱつまった乙宮さんの声がぼくの背を打つ。
「カムイくんっ、あっち、あっちっ」
乙宮さんが廊下の反対側を指差している。
あらたなヤンキーモンスターが二体、登場していた。
*
攻撃こそ最大の防御なり。ぼくは腹の底からこみあげてきそうになる恐怖感をどうにかねじ伏せ、ソードを振りかざし、モンスターたちに立ち向かった。
二対一という不利な状況をくつがえそうと、連打に次ぐ連打を浴びせかける。
と、手前の一体がとつぜんすっ転ぶ。乙宮さんのリボンがそいつの足首にからみつき、そのまますくいあげたんだ。
「いまだっ」
乙宮さんの指示が飛ぶ。ぼくはソードを逆手に持ちかえると、グリップに左手を添え、大の字に倒れこんだモンスターの真上へ飛びあがり、その左胸めがけて剣先を突き刺した。
そこへもう一体のモンスターが鉄パイプで殴りかかろうとするが、大昔のコントさながら、うつ伏せにぶっ倒れる。またもや、乙宮さんのリボンに足をすくわれたのだ。
ぼくはそいつの背中へ飛び移り、うしろから剣先を心の臓あたりへぐいっとねじこんだ。
うおお。連続で仕留めてやったぞ。もちろん、ぼくの力だけじゃない。乙宮さんの助けがなければ……いや、ほとんど乙宮さんのおかげみたいなもんだけど、達成感が胸にこみあげてくるのをとめられそうにない。
これで晴れて、舞坂さんのもとへ馳せ参じることができるっていうもんだ。
ここを離れる許しを請うべく、乙宮さんのほうを振り向くと――。
その先で、最初にやっつけたはずのヤンキーモンスターが立ち上がっていた。
真っ二つになったはずの胴体もしっかりくっついている。
「なんでだよっ」
今度こそ、恐怖にのみこまれそうになる。相手はどうやら、不死身であるらしい。
そんな正真正銘のバケモノ相手に、どうやって勝ちを収めればいいのか。考えれば考えるほど、絶望に打ちのめされそうになる。だからぼくは考えるのをやめ、やみくもに剣をふるうことにした。気づくと、モンスターがずたずたに切り裂かれ、くず折れていた。
「きゃああああっ」
乙宮さんの悲鳴で廊下の反対側へ目を向ける。
二体いたモンスターが今度は四体に増え、それぞれ鉄パイプを構えていた。
いやな予感がこみあげてくる。サングラスのせいで、モンスターたちの視線を確認することはできない。それでもしっかり伝わってきた。連中がぼくよりも、乙宮さんのほうを注視しているらしいことが。ぼくを倒す前に、あのやっかいなリボンを封じる。そういう作戦をこれから実行しようという腹積もりらしい。
「乙宮さんっ、逃げてっ、教室に戻ってっ」
ぼくひとりで連中に対処できるとは思えない。
それでも乙宮さんを守りながらよりは自由に動けるし、勝機も見いだせるかもしれない。
そんなかすかな希望にすがり、とりあえず乙宮さんを逃がすことにしたのだ。なのに――。
「開かないっ、開かないっ」
乙宮さんは黒板側のドアにすがりつくが、いくら力をこめてもドアが動かないようだ。
ぞっとする。ぼくらはどうやら、教室から締めだされてしまったらしい。
「お願いっ、開けてよっ、ねえっ、お願いだからっ」
乙宮さんの必死の懇願も踏みにじられる。
ふざけんなよ。確かにぼくは新入りだ。でも乙宮さんは、ともに学校生活を過ごしてきた仲間なんじゃないのか? そんな仲間を、それも進んで戦いに身を投じた勇者を、こんなにもあっさり見捨てるなんて――。
「乙宮さん、どいてっ」
怒りにまかせ、ぼくはソードでドアをぶっ壊してやろうとした。そのときだ――。
「こっちっ、乙宮さんっ、こっちなのでございますっ」
床すれすれの位置にある地窓が開いており、そこから珍念さんが手招きしてくる。どたどたと、教室の中が騒がしくなった。
「行ってっ」
ぼくが目で地窓のほうを示すと、乙宮さんが動いた。ヘッドスライディングの勢いで地窓に上体を突っこむと、脚をじたばたさせながら教室へと吸いこまれるように消えてゆく。
そのあいだ、教室の内側からは怒鳴り声が交錯していた。
ふとうしろへ目をやると、さっき切り刻んだはずのモンスターが何事もなかったように起きあがっていた。五対一。覚悟を決められたわけじゃない。
それでも――ぼくは戦い抜くことに決めた。
乙宮さんのために。珍念さんのために。ルカさんのために。そして、舞坂さんのために。
と、さっきまでびくともしなかったはずの、黒板側のドアが開き、それほど大きいわけじゃないぼくよりも、ずっと小柄な少女があらわれた。
お下げ髪に縁なし眼鏡。ひっ、ひっ、と肩を揺らし、泣きべそをかいているのは――。
「珍念、さん」
彼女の背後で、ドアがすばやく閉まる。乙宮さんの撤退を許可してもらう交換条件として、こうやって戦闘に志願したということらしい。
「ワワワ、ワダグジもっ、だだっ、だだがうのでっございまずっ」
確かに、その両手には肉厚な刃をした双剣がぶら下がってはいるけれど……テンパりすぎてて見ているこっちのほうがつらいよ。
「ち、珍念さん。そりゃ、気持ちはうれしいけど――」
足手まといにしかならないなんて、頭ごなしにはねつけたくはない。それでも、彼女を戦力にカウントするのはやっぱりムリっしょ。ぼくがそう断じようとしたときだ。
「ぎゅびっびびびっ、びえ――――――っ」
珍念さんが絶叫めいた泣き声をあげながら、四体のヤンキーモンスターめがけて突撃した。
その小柄な体躯にふさわしい敏捷さで、独楽のようにくるくる回り、次から次へと斬撃を浴びせ、モンスターたちを圧倒してゆく……どうやら珍念さんは、泣くと強くなるタイプみたいだね。
カンッ、という鉄パイプの音。見ると、さっきまでは一体だったモンスターがいきなり三体に増えている。多勢に無勢。しかも連中は不死身。でも、やるしかない。
ぼくも珍念さんに劣らぬ雄たけびをあげ、モンスターどもへ打ちかかっていった。




